今号(2008年12月号)に登場する企業からはコラボレーションの重要性が読み取れます。もともと、コラボレーションという言葉が使われ始めたのは1990年代頃からだと私は記憶しています。また、同じ頃、頻繁に組織の型がスポーツにたとえて語られるようにもなりました。決められた職務分掌を忠実にこなす「野球」型組織、与えられた役割をよりダイナミックに果たす「ラグビー」型組織、そのほか「サッカー」型組織などがあります。
また、スポーツだけでなく、組織の型は音楽にたとえられたこともあります。ドラッカーが唱えた「ジャズ・コンボ」型組織はジャズに組織をたとえています。多くのジャズの演奏は最初にテーマがあり、次にアドリブ、そして最後にテーマに戻るという形をとっています。テーマのメロディやコードはおおむね決まっていますが、ジャズはクラシックのように譜面どおり弾くものではありません。演奏者が独自の解釈を加えて演奏します。アドリブでどのようなメロディを奏でるかは演奏者の自由です。誰がどの順番でアドリブを取るのかもジャズとしての決まりはありません。基本的な決まりごとはあるものの、後は個々の自由な発想のもと能力を発揮していく。それぞれのパートが素晴らしい音を奏で、全体として優れた作品が出来上がるわけです。これがジャズ・コンボです。
スポーツにしろ、音楽にしろ、これらの組織に底流しているのはコラボレーションです。その必要性は訴えられ続けてきました。が、真のコラボレーションはなかなか実現しにくいものです。大きな理由はいくつかありますが、一つは制約理論の教えと同じで、メンバーの知識や能力の水準がある程度そろっていなければならないことにあります。
ジャズにはチャーリー・パーカー、マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンスなど、数え切れないほど優れた演奏家がいます。統制が取れたアンサンブル、演奏者同士の丁丁発止のやり取り、そこから発せられる熱気、そして魅惑的な旋律など、素晴らしい音がリスナーの耳に届きます。これが実現するのは参加している全員が全員、一流だからです。演奏の出来栄えはレベルの低いところにクオリティが引きずられてしまいがちです。二流の人が集まった演奏から、一流のものは生まれにくい。1×1は1。1は何回かけても2にはなりません。
ある一定水準以上の人が、それもなるべく均一で集まっていないと真のコラボレーションは成立しにくい。ここに難しさがあるのです。このほかにもコラボレーションが難しい理由はあります。それはまた別のときにお話します。最近、音楽の世界などで、簡単に「コラボ」ということばを耳にするようになりました。でも、このたやすく出来上がったコラボレーションは真のコラボレーションといえるかどうかは別です。コラボレーションがうまくいくかどうかが結果を大きく左右します。真のコラボレーションとは何か、実現しにくい原因となるものは何か。ここを理解することが重要でしょう。今号の企業には参考になる点が多くあると、と私は思います。(岩崎 卓也)
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2008/11/18
2008/11/14
景気に左右されない成長
「景気後退期にあっても、企業は成長できる」
シスコシステムズ CEO ジョン・チェンバーズは「変化に強い経営」を行動で示している経営者の一人です。シスコシステムズは1984年に創立し、インターネット関連機器分野のリーダー企業に成長した会社です。チェンバーズは95年にCEOに就任して以来シスコの舵取りをしてきた人で、10年間で売上高を20倍にした実績があります。2000年のネット・バブル崩壊のときも、いち早く会社を立て直しました。
今号(2008年12月号)に、チェンバーズのインタビュー記事を掲載しました。なぜ、シスコはリーダー企業に成長できたのか。話の中には二つのキーワードが出てきます。一つは「市場の潮目」、もう一つは「コラボレーション」です。「市場の潮目」というのは、原文ではmarket transitionとなっており、辞書上のおとなしい言葉に直すと市場の変化、移り変りといった意味になります。「DHBR」編集部ではmarket transitionを「市場の潮目」と訳しました。チェンバーズの言うtransitionというのは単なる変化ではなく、目に見えない変化を指すので、「変化」ではないより適切な言葉を選びました。
市場の潮目は多くの人が事態に気づく、かなり前から起こっていることが多いのです。また、潮目がきっかけで市場に破壊が生まれます。チェンバーズは皆よりも早い時期に潮目を察知する。だからシスコは変化に強いのです。結果、リスクを他社よりもたくさん取ることができると、チェンバーズは言っています。証券アナリストがシスコの業績予想をする際、シスコが始めた新しい投資に対してその根拠がわからない、と評することがあるそうです。アナリストさえ気づかない市場の潮目を捉える。これこそがシスコの競争優位なのです。ただし、この能力はチェンバーズの属人的な力によるものだといえます。お客さんの声に耳を傾けていると、チェンバーズには天の声が聞こえてくるようです。
私がインタビューの中で注目したのはもう一つのキーワード、コラボレーションです。以前、野中郁次郎先生がおっしゃった言葉に「ゆらぎ」というものがあります。異分野の人たちが集まると、「ゆらぎ」が生じて組織が不安定になります。ところが、組織は安定している状態が必ずしも良いとは限らないのです。なぜなら、この不安定な状態の中からイノベーションが起こるからです。不安定よりも安定した状態のほうが良いとする向きもありますが、組織は不安定な部分があったほうが良いときもあるのです。
チェンバーズのコラボレーションは異分野の人たちによるものであることを前提にしています。最近、よく耳にする仲良し集団によるコラボレーションは真の意味のコラボレーションではありません。これは単なるグループワークです。シスコはグループワークではなく、真のコラボレーションを実現させているといえます。そうなるために、組織は「オープン」で、かつ「異質を歓迎できる」体質が必要になってきます。しかし、なかなか上手くいかないものです。その理由はいくつかあります。それはまた後日、紹介するとして、チェンバーズの言葉はコラボレーションという言葉に託された本来のメッセージをもう一度考えさせられるものがあります。また、コラボレーションが企業の成長の一要因となることを改めて感じさせられました。(岩崎 卓也)
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シスコシステムズ CEO ジョン・チェンバーズは「変化に強い経営」を行動で示している経営者の一人です。シスコシステムズは1984年に創立し、インターネット関連機器分野のリーダー企業に成長した会社です。チェンバーズは95年にCEOに就任して以来シスコの舵取りをしてきた人で、10年間で売上高を20倍にした実績があります。2000年のネット・バブル崩壊のときも、いち早く会社を立て直しました。
今号(2008年12月号)に、チェンバーズのインタビュー記事を掲載しました。なぜ、シスコはリーダー企業に成長できたのか。話の中には二つのキーワードが出てきます。一つは「市場の潮目」、もう一つは「コラボレーション」です。「市場の潮目」というのは、原文ではmarket transitionとなっており、辞書上のおとなしい言葉に直すと市場の変化、移り変りといった意味になります。「DHBR」編集部ではmarket transitionを「市場の潮目」と訳しました。チェンバーズの言うtransitionというのは単なる変化ではなく、目に見えない変化を指すので、「変化」ではないより適切な言葉を選びました。
市場の潮目は多くの人が事態に気づく、かなり前から起こっていることが多いのです。また、潮目がきっかけで市場に破壊が生まれます。チェンバーズは皆よりも早い時期に潮目を察知する。だからシスコは変化に強いのです。結果、リスクを他社よりもたくさん取ることができると、チェンバーズは言っています。証券アナリストがシスコの業績予想をする際、シスコが始めた新しい投資に対してその根拠がわからない、と評することがあるそうです。アナリストさえ気づかない市場の潮目を捉える。これこそがシスコの競争優位なのです。ただし、この能力はチェンバーズの属人的な力によるものだといえます。お客さんの声に耳を傾けていると、チェンバーズには天の声が聞こえてくるようです。
私がインタビューの中で注目したのはもう一つのキーワード、コラボレーションです。以前、野中郁次郎先生がおっしゃった言葉に「ゆらぎ」というものがあります。異分野の人たちが集まると、「ゆらぎ」が生じて組織が不安定になります。ところが、組織は安定している状態が必ずしも良いとは限らないのです。なぜなら、この不安定な状態の中からイノベーションが起こるからです。不安定よりも安定した状態のほうが良いとする向きもありますが、組織は不安定な部分があったほうが良いときもあるのです。
チェンバーズのコラボレーションは異分野の人たちによるものであることを前提にしています。最近、よく耳にする仲良し集団によるコラボレーションは真の意味のコラボレーションではありません。これは単なるグループワークです。シスコはグループワークではなく、真のコラボレーションを実現させているといえます。そうなるために、組織は「オープン」で、かつ「異質を歓迎できる」体質が必要になってきます。しかし、なかなか上手くいかないものです。その理由はいくつかあります。それはまた後日、紹介するとして、チェンバーズの言葉はコラボレーションという言葉に託された本来のメッセージをもう一度考えさせられるものがあります。また、コラボレーションが企業の成長の一要因となることを改めて感じさせられました。(岩崎 卓也)
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2008/11/11
映画会社ピクサーの組織文化
次号(2008年12月号)に「ピクサー:創造力のプラットフォーム」という論文があります。執筆したのはエド・キャットムル氏、彼はピクサー・アニメーション・スタジオ 共同創設者兼社長です。この論文には単に「クリエイティビティとは」といったレベルの話が載っているわけではありません。「なるほど」と、納得させられる内容になっています。映画会社ピクサーはご存知の通り、制作した8作品全てをヒットさせました。このピクサーの組織文化について書かれた論文です。
ポイントは徒弟制度です。ここに意味があります。一橋大学の守島基博教授が日本経済新聞に寄稿した原稿で、OJTなどのトレーニングはタイミングが大事だと書かれていました。例えば、20代に帝王学を教えてもらった人が必ずしも優秀な経営者になるわけではありません。人のキャパシティをトレーニングによって無理にこじあけても相手の年齢によってはうまくいかないこともあるのです。
徒弟制度というと、下足番から始まって若い頃はつつましく、耐え忍ぶという場面を思い浮かべる方もいらっしゃるでしょう。でも、私がいう徒弟制度とは、このような丁稚ではありません。師に位置する人は監督やアニメーターを束ねていくような仕事を遂行します。弟子に位置する人は監督とかアニメーターですね。師となる人はIDEOのデザイン・シンキングのように、部分と全体の両方が見える能力がないとできません。これができるようになるには、徒弟制度が必要なのだな、と改めて感じました。
自己完結できる仕事というのは、早熟はありえます。計算が速いとか、会社のデータを見て株価と会社価値を分析する、といった事項は早期にある程度の高みに達することができるでしょう。他方、組織の全体を維持しながら、部分のパフォーマンスをあげていく能力は早熟はありえない。創造性や広い視野といったものは人の成長と経験によって広がっていくものです。徒弟制度でなければ、こういった無形の能力は育っていかないのではないでしょうか。
CGによる映画を制作し、みんなを驚かせて、なおかつ、他の映画スタジオには作れないものを生み出していく。これはピクサーだからできた。自分たちには当てはまらない特異な世界だ。そのように考える方もいるかもしれません。しかし、私はそうではないと思います。ピクサーの考え方は日本でも応用できるものなのです。ポイントは「生え抜き」です。これについては、また後日書きます。(岩崎 卓也)
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ポイントは徒弟制度です。ここに意味があります。一橋大学の守島基博教授が日本経済新聞に寄稿した原稿で、OJTなどのトレーニングはタイミングが大事だと書かれていました。例えば、20代に帝王学を教えてもらった人が必ずしも優秀な経営者になるわけではありません。人のキャパシティをトレーニングによって無理にこじあけても相手の年齢によってはうまくいかないこともあるのです。
徒弟制度というと、下足番から始まって若い頃はつつましく、耐え忍ぶという場面を思い浮かべる方もいらっしゃるでしょう。でも、私がいう徒弟制度とは、このような丁稚ではありません。師に位置する人は監督やアニメーターを束ねていくような仕事を遂行します。弟子に位置する人は監督とかアニメーターですね。師となる人はIDEOのデザイン・シンキングのように、部分と全体の両方が見える能力がないとできません。これができるようになるには、徒弟制度が必要なのだな、と改めて感じました。
自己完結できる仕事というのは、早熟はありえます。計算が速いとか、会社のデータを見て株価と会社価値を分析する、といった事項は早期にある程度の高みに達することができるでしょう。他方、組織の全体を維持しながら、部分のパフォーマンスをあげていく能力は早熟はありえない。創造性や広い視野といったものは人の成長と経験によって広がっていくものです。徒弟制度でなければ、こういった無形の能力は育っていかないのではないでしょうか。
CGによる映画を制作し、みんなを驚かせて、なおかつ、他の映画スタジオには作れないものを生み出していく。これはピクサーだからできた。自分たちには当てはまらない特異な世界だ。そのように考える方もいるかもしれません。しかし、私はそうではないと思います。ピクサーの考え方は日本でも応用できるものなのです。ポイントは「生え抜き」です。これについては、また後日書きます。(岩崎 卓也)
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2008/11/07
デザイン・シンキングという思考法
次号(2008年12月号)の特集は「優位」の教訓です。企業の無形のアドバンテージをテーマに、シスコ、トヨタ、ピクサーなど、7社の企業を紹介します。私がもっとも腑に落ちたのは、「IDEO:デザイン・シンキング」です。IDEOはクライアントに名だたるグローバル企業が何百社も名を連ねている会社です。この論文ではCEOのティム・ブラウンがデザイン・シンキング(デザイン思考)について解説しています。彼は有名なデザイナーで、作品はMoMA(ニューヨーク近代美術館)のパーマネント・コレクションになっていると聞いています。
「デザイン思考」というのは、前回の記事でも少し触れましたが、部分と全体の調和を図っていくことだといえます。結果、異分野の人たちによる真の意味でコラボレーションを実現させ、イノベーションを生み出していくこともできるのです。IDEOは自動車から携帯サービスまで、何から何までデザインします。対象はシステム、サービスなど、形のないものにまで及びます。それこそ、医療機関の段取りなどの業務についてもデザインします。ユニークなデザインを提供している点が特徴です。しかも、単なるスタイリングだけでなく、デザインにより多種多様なイノベーション・プロジェクトを成功に導いているのです。
IDEOのティム・ブラウンの部下にトム・ケリーという人がいます。著書として『発想する会社!世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法』(早川書房刊)が発刊されています。15年くらい前、トム・ケリー氏に日本で会ったことがあります。まだIDEOはあまり知られてなく、イデオなどと呼ぶ人もいた時代でした。彼はスタンフォード大学を卒業しており、非常に知性のある人だという印象を受けたのを覚えています。
「IDEO:デザイン・シンキング」で述べられている「部分最適を部分最適に終わらせない。そのためには、全体感を持って部分を見る」という点は非常に重要なことだと思います。それには、部分と全体の関係をどのタイミングで考えるか、ということがポイントになってきます。最近はコラボレーションという言葉を耳にする機会が増えました。協力とはたやすいものだという印象を受けますが、真の意味でのコラボレーションを実現させること。そして、イノベーションを生み出すことは決して容易ではありません。IDEOの「デザイン思考」はその点で参考になる思考法なのではないか、と私は感じました。(岩崎 卓也)
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「デザイン思考」というのは、前回の記事でも少し触れましたが、部分と全体の調和を図っていくことだといえます。結果、異分野の人たちによる真の意味でコラボレーションを実現させ、イノベーションを生み出していくこともできるのです。IDEOは自動車から携帯サービスまで、何から何までデザインします。対象はシステム、サービスなど、形のないものにまで及びます。それこそ、医療機関の段取りなどの業務についてもデザインします。ユニークなデザインを提供している点が特徴です。しかも、単なるスタイリングだけでなく、デザインにより多種多様なイノベーション・プロジェクトを成功に導いているのです。
IDEOのティム・ブラウンの部下にトム・ケリーという人がいます。著書として『発想する会社!世界最高のデザイン・ファームIDEOに学ぶイノベーションの技法』(早川書房刊)が発刊されています。15年くらい前、トム・ケリー氏に日本で会ったことがあります。まだIDEOはあまり知られてなく、イデオなどと呼ぶ人もいた時代でした。彼はスタンフォード大学を卒業しており、非常に知性のある人だという印象を受けたのを覚えています。
「IDEO:デザイン・シンキング」で述べられている「部分最適を部分最適に終わらせない。そのためには、全体感を持って部分を見る」という点は非常に重要なことだと思います。それには、部分と全体の関係をどのタイミングで考えるか、ということがポイントになってきます。最近はコラボレーションという言葉を耳にする機会が増えました。協力とはたやすいものだという印象を受けますが、真の意味でのコラボレーションを実現させること。そして、イノベーションを生み出すことは決して容易ではありません。IDEOの「デザイン思考」はその点で参考になる思考法なのではないか、と私は感じました。(岩崎 卓也)
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2008/11/05
部分最適で終わらせないこと
先日、神田昌典さんにお会いしました。彼は面白いことを言っていました。
「画面の向こうで何が起こっているのか」
理解した上で仕事をしていますか、と。
今の時代、私たちはPCの画面を見て仕事する場面が増えました。日々、何がどう処理されているのか。仕事に追われながらも、しっかりと理解していますか。全体の中で自分はどういう位置づけなのか、少しだけ考えればわかることです。でも、見えない、あるいは見ないという場面が増えているように思います。
自分の仕事が全体のどこにあって、誰に影響するのか。仕事の種類によりますが、わからなくなることがあります。会社の規模が大きいほど、その傾向が強くなるでしょう。本当は一枚の伝票にもストーリーがあるのです。例えば、出版社の伝票なら、本の完成に行き着くまでたくさんの物語があります。本を書いたのは誰か。なぜ、その本を書こうと思ったのか。そして、どのようにして書き進んでいったのか。さらには、その本がこれから売れるのかどうか、未来の物語も含んでいます。これは単に伝票を書いているだけではわからないことです。
全体の中で、個々の仕事は分業という形をとっています。でも、そこには全体との関係があり、そこを見ていくことが大切なのでしょう。例えば、雑誌を制作していく過程で、担当者が特定のページしか考えない場合と、全部のページまで考えているときとでは、できあがったものに違いが出てきます。全体を考えると、雑誌はとたんに良くなります。が、そうでないと、単なる寄せ集めになってしまうのです。パッチワークにも優れた作品はあります。でも、どこまでいってもパッチワークはキルトにはなりません。
部分最適を部分最適で終わらせない。このことが重要なのです。次号は企業における無形のアドバンテージを特集しています。その中に「IDEO:デザイン・シンキング」という論文があります。IDEOはデザイン・コンサルティング会社で、本稿は「デザイン思考」について解説しています。部分最適を部分最適に終わらせないためには、全体感をもって部分を見る、ということが重要なのです。
IDEOの仕事はいわゆる製品デザインだけではありません。カイザー・パーマネンテとのプロセス・イノベーション、バンク・オブ・アメリカとのサービス経験のイノベーションなど、目に見えない無形物までが対象になっています。こちらの論文ではIDEOを率いるティム・ブラウンがその方法論を説いています。詳細は次回、こちらのブログで紹介します。(岩崎 卓也)
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次号〈2008年12月号〉は11月10日に発売します。
「画面の向こうで何が起こっているのか」
理解した上で仕事をしていますか、と。
今の時代、私たちはPCの画面を見て仕事する場面が増えました。日々、何がどう処理されているのか。仕事に追われながらも、しっかりと理解していますか。全体の中で自分はどういう位置づけなのか、少しだけ考えればわかることです。でも、見えない、あるいは見ないという場面が増えているように思います。
自分の仕事が全体のどこにあって、誰に影響するのか。仕事の種類によりますが、わからなくなることがあります。会社の規模が大きいほど、その傾向が強くなるでしょう。本当は一枚の伝票にもストーリーがあるのです。例えば、出版社の伝票なら、本の完成に行き着くまでたくさんの物語があります。本を書いたのは誰か。なぜ、その本を書こうと思ったのか。そして、どのようにして書き進んでいったのか。さらには、その本がこれから売れるのかどうか、未来の物語も含んでいます。これは単に伝票を書いているだけではわからないことです。
全体の中で、個々の仕事は分業という形をとっています。でも、そこには全体との関係があり、そこを見ていくことが大切なのでしょう。例えば、雑誌を制作していく過程で、担当者が特定のページしか考えない場合と、全部のページまで考えているときとでは、できあがったものに違いが出てきます。全体を考えると、雑誌はとたんに良くなります。が、そうでないと、単なる寄せ集めになってしまうのです。パッチワークにも優れた作品はあります。でも、どこまでいってもパッチワークはキルトにはなりません。
部分最適を部分最適で終わらせない。このことが重要なのです。次号は企業における無形のアドバンテージを特集しています。その中に「IDEO:デザイン・シンキング」という論文があります。IDEOはデザイン・コンサルティング会社で、本稿は「デザイン思考」について解説しています。部分最適を部分最適に終わらせないためには、全体感をもって部分を見る、ということが重要なのです。
IDEOの仕事はいわゆる製品デザインだけではありません。カイザー・パーマネンテとのプロセス・イノベーション、バンク・オブ・アメリカとのサービス経験のイノベーションなど、目に見えない無形物までが対象になっています。こちらの論文ではIDEOを率いるティム・ブラウンがその方法論を説いています。詳細は次回、こちらのブログで紹介します。(岩崎 卓也)
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次号〈2008年12月号〉は11月10日に発売します。
2008/10/31
ピンチを乗り越えた歴史に学ぶ
最近、『三国志』が話題になっていますね。TVや雑誌、インターネットなどで目にすることが増えました。「週刊ダイヤモンド 10/25号」(弊社刊)でも、『三国志』について触れています。『三国志』を映画化した『レッドクリフ』の公開が11月1日と迫っていることも、注目を集めている要因の一つでしょう。
当編集部でも、三国志関連の書籍を発行する予定です。歴史には、ピンチをチャンスに変えるヒントが詰まっています。しかも、それは長い年月のあいだ、淘汰を経て受け継がれた戦い方のエッセンスでもあります。自身の未来を知るために、また今の仕事でより大きな成果を得るために、歴史は格好の素材です。
『三国志』の戦いでは、勝利した者たちに必ずしもふんだんな経営資源があったわけではありません。『レッドクリフ』では曹操軍、戦艦2000隻、兵士80万の大軍に対して、連合軍はわずか5万の兵士で臨みました。兵力の数字については諸説ありますが、両者の兵力に差があったことは確かです。それでも、策を練ることで勝利を手にすることが可能になります。勝者は何に着眼し、どう戦略を組立てていったのか。そこにはビジネスに応用できる部分が多数あります。本書は勝つための、そしてピンチをチャンスに変えるための思考方法を鍛錬する一冊になると思います。
とはいえ、赤壁の戦いは西暦208年、ずいぶん昔の話です。これを今の時代に置き換えた戦略とはどのようなものでしょうか。そこで、今回の書籍では「ランチェスター戦略」を用いて解説しました。もともと、ランチェスターの法則は第二次世界大戦などで適用された経緯があります。一見、数式が並び、難しそうですが、実はシンプルな法則です。これを応用し、組み立てたランチェスター戦略について、じっくりと紹介していきます。
ランチェスター戦略の個々の考え方を理解していくと、実は現代の経営理論と通底する部分があることに気づくでしょう。現在、たくさんの戦略論が存在します。これらは、ときにトレードオフの関係にあり、場面によって使い分ける必要が出てくることもあります。従って、多くの理論を理解しておくことは、自身の判断における選択肢を増やすことに繋がります。本書ではマイケル・ポーター、ゲイリー・ハメルなど、関連する多数の理論をも紹介し、さらに理解が深まるようにしています。加えて、企業での応用例を解説することで、理論を実践するにあたっての着眼点が理解できるようになっています。
著者の詳細は後日。少しだけ紹介すると、二人共著で、一人は幼少から『三国志』を読んでいた、しかも縁の地を歩いたこともあるという方。もう一人はランチェスター学会員、ランチェスターに詳しい人。この二人のコラボレーションによるものです。
そして、もう一冊、こちらとは別に営業の本も出す予定です。本の内容は別の機会に紹介します。どうぞご期待ください。(岩崎 卓也)
当編集部でも、三国志関連の書籍を発行する予定です。歴史には、ピンチをチャンスに変えるヒントが詰まっています。しかも、それは長い年月のあいだ、淘汰を経て受け継がれた戦い方のエッセンスでもあります。自身の未来を知るために、また今の仕事でより大きな成果を得るために、歴史は格好の素材です。
『三国志』の戦いでは、勝利した者たちに必ずしもふんだんな経営資源があったわけではありません。『レッドクリフ』では曹操軍、戦艦2000隻、兵士80万の大軍に対して、連合軍はわずか5万の兵士で臨みました。兵力の数字については諸説ありますが、両者の兵力に差があったことは確かです。それでも、策を練ることで勝利を手にすることが可能になります。勝者は何に着眼し、どう戦略を組立てていったのか。そこにはビジネスに応用できる部分が多数あります。本書は勝つための、そしてピンチをチャンスに変えるための思考方法を鍛錬する一冊になると思います。
とはいえ、赤壁の戦いは西暦208年、ずいぶん昔の話です。これを今の時代に置き換えた戦略とはどのようなものでしょうか。そこで、今回の書籍では「ランチェスター戦略」を用いて解説しました。もともと、ランチェスターの法則は第二次世界大戦などで適用された経緯があります。一見、数式が並び、難しそうですが、実はシンプルな法則です。これを応用し、組み立てたランチェスター戦略について、じっくりと紹介していきます。
ランチェスター戦略の個々の考え方を理解していくと、実は現代の経営理論と通底する部分があることに気づくでしょう。現在、たくさんの戦略論が存在します。これらは、ときにトレードオフの関係にあり、場面によって使い分ける必要が出てくることもあります。従って、多くの理論を理解しておくことは、自身の判断における選択肢を増やすことに繋がります。本書ではマイケル・ポーター、ゲイリー・ハメルなど、関連する多数の理論をも紹介し、さらに理解が深まるようにしています。加えて、企業での応用例を解説することで、理論を実践するにあたっての着眼点が理解できるようになっています。
著者の詳細は後日。少しだけ紹介すると、二人共著で、一人は幼少から『三国志』を読んでいた、しかも縁の地を歩いたこともあるという方。もう一人はランチェスター学会員、ランチェスターに詳しい人。この二人のコラボレーションによるものです。
そして、もう一冊、こちらとは別に営業の本も出す予定です。本の内容は別の機会に紹介します。どうぞご期待ください。(岩崎 卓也)
2008/10/28
マーケティングが強い組織は
マーケティングからもう一度考え直す時が来ていると感じています。考えるにあたり、そもそもマーケティングとは何か、マーケティングとはあいまいなものだと感じている方もいらっしゃるでしょう。チーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)の役割はどこまでか、といった疑問を持つ方もいるのではないでしょうか。私はマーケティングとは「お客さんのことを考えること」そして「お客さんを知ること」だと言っていいと思います。一般的に、CMOはマーケティング組織の構築と企業文化の確立が役割だといわれています。
話は変わりますが、マーケティング組織といえば、マーケティングが強い企業は“Up or Out”になりがちです。例えば、マッキンゼーなどのコンサルティングファームや外資系の消費財メーカーなどが該当します。お客さんのことを考え始めると、組織に甘えがなくなります。そのような環境下にいると、厳しい考えを持つ人が多くなります。極端な話、「あなたが無能なことは、お客さんには関係ない」、と考えるようになるのです。この厳しさの中、三年で人が退職していくわけです。
お客さんを満足させることが頂点にあると、人材育成もそれに従います。馴れ合いコーチングやご機嫌うかがいメンタリングは微塵もなく、厳しい育成となるのです。これも従業員が辞めやすくなる一要因です。加えて、マーケティングができる人、経験値が高い人は貴重な存在です。マーケティングがわかれば鬼に金棒でしょう。特に、メーカーの場合、金融機関のほうが給料は良いので、転職する人もいるといいます。そして、組織は“Up or Out”になっていくわけです。
再び話は変わりますが、先日お伝えした通り、今号(2008年11月号)では、コトラーのインタビューを再掲しています。インタビュー後のコトラーに対する印象の変化は、10月21日の記事で書きました。もう一つ余談として、印象に残ったことを加えるなら、コトラーの家です。印象深いものがありました。
アメリカの高級住宅街というと、ビバリーヒルズが有名です。実は、シカゴにも大きな住宅街があります。ミシガン湖周辺に位置するのですが、ここにコトラーの家がありました。この付近に立ち並ぶ家は、使用人の家でさえ日本の小さな戸建て住宅ほどの大きさがあります。住宅街の中の一つがコトラーの家です。近隣には、ベルサイユ宮殿を小さくしたような豪華な家もありました。コトラーの家も広い敷地に建てられています。窓からはオーシャンビューならぬ、レイクビューが広がっているという豪華さです。
前回、コトラーの言葉、「マーケティングは、最後はマインドである」を紹介しました。そのほかには、「マーケティングは、にわか知識ではできない」とも言っていました。コトラーは合理的なように見えて、実は経験的な部分も大切にする人なのだ、という点が新鮮であり、印象深かったです。(岩崎 卓也)
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話は変わりますが、マーケティング組織といえば、マーケティングが強い企業は“Up or Out”になりがちです。例えば、マッキンゼーなどのコンサルティングファームや外資系の消費財メーカーなどが該当します。お客さんのことを考え始めると、組織に甘えがなくなります。そのような環境下にいると、厳しい考えを持つ人が多くなります。極端な話、「あなたが無能なことは、お客さんには関係ない」、と考えるようになるのです。この厳しさの中、三年で人が退職していくわけです。
お客さんを満足させることが頂点にあると、人材育成もそれに従います。馴れ合いコーチングやご機嫌うかがいメンタリングは微塵もなく、厳しい育成となるのです。これも従業員が辞めやすくなる一要因です。加えて、マーケティングができる人、経験値が高い人は貴重な存在です。マーケティングがわかれば鬼に金棒でしょう。特に、メーカーの場合、金融機関のほうが給料は良いので、転職する人もいるといいます。そして、組織は“Up or Out”になっていくわけです。
再び話は変わりますが、先日お伝えした通り、今号(2008年11月号)では、コトラーのインタビューを再掲しています。インタビュー後のコトラーに対する印象の変化は、10月21日の記事で書きました。もう一つ余談として、印象に残ったことを加えるなら、コトラーの家です。印象深いものがありました。
アメリカの高級住宅街というと、ビバリーヒルズが有名です。実は、シカゴにも大きな住宅街があります。ミシガン湖周辺に位置するのですが、ここにコトラーの家がありました。この付近に立ち並ぶ家は、使用人の家でさえ日本の小さな戸建て住宅ほどの大きさがあります。住宅街の中の一つがコトラーの家です。近隣には、ベルサイユ宮殿を小さくしたような豪華な家もありました。コトラーの家も広い敷地に建てられています。窓からはオーシャンビューならぬ、レイクビューが広がっているという豪華さです。
前回、コトラーの言葉、「マーケティングは、最後はマインドである」を紹介しました。そのほかには、「マーケティングは、にわか知識ではできない」とも言っていました。コトラーは合理的なように見えて、実は経験的な部分も大切にする人なのだ、という点が新鮮であり、印象深かったです。(岩崎 卓也)
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2008/10/24
わがままな組織
人は厳しい環境におかれると、生産性が下がる、といったことを耳にします。確かに、睡眠不足は仕事のミスを誘発することがあります。仕事量が多すぎると、モチベーションが上がらないと言う人もいるでしょう。が、「厳しい環境は生産性を下げる」という結論に対して、私は無条件でうなずくことができません。なぜなら、その調査には定点観測という概念が抜けているからです。調査が一回限りですと、個々の成長や適応能力といった要素が無視されます。
身近にあるわかりやすい例をあげるなら、『機動戦士ガンダム』の主人公、アムロ・レイを見るといいでしょう。彼のセリフに「殴ったね! オヤジにもぶたれたことないのに!」というものがあります。敵と戦うどころか、親から殴られたことすらなかった。こう言っていた彼も戦いを通じて、徐々に忍耐力がつき、たくましくなっていきます。人間は長い期間を通して、環境に適応していく力があります。とはいえ、人はすぐには変われないものです。お気楽に仕事をしていた人たちが、突然明日から心を入れ替えてしっかり働こう、となるケースはごく稀です。
以前、こちらのブログに書きましたが、人間も「飛躍しない」のです。したがって、今まで緩い環境にいた人が、突如厳しい環境に移ると、ネガティブな反応が返ってくることは当然だといえます。仕事の効率も良くないでしょう。それを見て、人は厳しい環境におかれると生産性が下がる、と結論付けるのは、いかがなものかと思うのです。そもそも、世の中には夜12時に寝て、朝5時に起きて働いている人もいます。毎日、会食で多くのカロリーを取り、車で移動している経営者もいます。同じ条件に長くいることで、悪い環境下でも高い生産性を出せる人はいるのです。
もちろん、睡眠、食事、運動など、バランスのいい生活を送れるように努力することは大切です。ライフワークバランスについて、しっかりと考えることは間違いだとは思いません。でも、そればかりに流れてしまうと、知らないうちに、わがままな組織になってしまうのではないか。そのように私は感じています。(岩崎 卓也)
身近にあるわかりやすい例をあげるなら、『機動戦士ガンダム』の主人公、アムロ・レイを見るといいでしょう。彼のセリフに「殴ったね! オヤジにもぶたれたことないのに!」というものがあります。敵と戦うどころか、親から殴られたことすらなかった。こう言っていた彼も戦いを通じて、徐々に忍耐力がつき、たくましくなっていきます。人間は長い期間を通して、環境に適応していく力があります。とはいえ、人はすぐには変われないものです。お気楽に仕事をしていた人たちが、突然明日から心を入れ替えてしっかり働こう、となるケースはごく稀です。
以前、こちらのブログに書きましたが、人間も「飛躍しない」のです。したがって、今まで緩い環境にいた人が、突如厳しい環境に移ると、ネガティブな反応が返ってくることは当然だといえます。仕事の効率も良くないでしょう。それを見て、人は厳しい環境におかれると生産性が下がる、と結論付けるのは、いかがなものかと思うのです。そもそも、世の中には夜12時に寝て、朝5時に起きて働いている人もいます。毎日、会食で多くのカロリーを取り、車で移動している経営者もいます。同じ条件に長くいることで、悪い環境下でも高い生産性を出せる人はいるのです。
もちろん、睡眠、食事、運動など、バランスのいい生活を送れるように努力することは大切です。ライフワークバランスについて、しっかりと考えることは間違いだとは思いません。でも、そればかりに流れてしまうと、知らないうちに、わがままな組織になってしまうのではないか。そのように私は感じています。(岩崎 卓也)
2008/10/21
マーケティングを科学する
今号(2008年11月号)に「カスタマー・エクイティを科学的に最大化する」という論文が掲載されています。こちらは、これまであいまいだったマーケティング投資と業績の因果関係を、ITと最先端の統計手法を用いて定量的に証明する試みが紹介されています。カスタマー・エクイティを科学的に最大化するために、最適なマーケティング・ミックスを科学的に導き出しました。マーケティングのデータを収集および蓄積し、さらに分析しています。
このカスタマー・エクイティというのは、顧客生涯価値から、その顧客獲得とリテンション(顧客の維持と定着)にかかるコストを差し引いた金額を指します。この10年間、学術会や産業界の経営思想家たちによって、発展してきた概念です。マーケティングを科学することを重視する人にとって、この論文の内容は考え方が一致する箇所が多くあると思います。ただし、皮肉なことに、事例はワコビア銀行です。科学的マーケティングで業績が良くなり、「科学すること」が企業文化として定着したはずなのですが、残念ながら現状はご存知の通りです。
もちろん、科学的な手法は実施しないよりかは実行したほうがよいのです。ただし、いくつか前提として、知っておくべきことがあると思います。非常に合理的で誰もが反駁しがたい理論でも、マーケティングの扱うものは人間です。数字で見ることには限界があるのです。例えば、カスタマー・エクイティの計算は「お客さんは離反しないという」仮定に基づいています。でも、離れていく顧客が一人もいない事業は、現実にはほとんどありません。あるお客さんの生涯価値を計算しても、10年後に離れていったら計算結果は違ってきます。ここに数字を信じるがゆえ、危ないところがあります。
一見、カスタマー・エクイティを最大化することは賢い手段のように見えます。が、マーケティングをサイエンスするという文化よりも、マーケティング・マインドを追求するという、レビットやコトラーが言ったことのほうが先にありきでしょう。ワコビアの事例は象徴的だと感じました。
コトラーの著書を読み、彼はとても合理的な人なのではないか、と思われる方も多いのではないでしょうか。以前お伝えしたとおり、コトラーはもともとマーケティングサイエンスの分野で、微分積分など高度数学を駆使した研究に取り組んでいた人です。私も著書を読み、合理的な人だという印象がありました。が、インタビューの時に会って、印象が変わりました。「最後はマインドなんだよ」と言っていたことが印象に残っています。
理想としては、科学的手法に加えて、マーケティングマインドの文化が会社にあれば、さらに機能するのでしょう。が、どちらか一つだけになってしまいがちなのが現実です。(岩崎 卓也)
-----------------*
▽今号〈2008年11月号〉はこちらからどうぞ
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059691108
このカスタマー・エクイティというのは、顧客生涯価値から、その顧客獲得とリテンション(顧客の維持と定着)にかかるコストを差し引いた金額を指します。この10年間、学術会や産業界の経営思想家たちによって、発展してきた概念です。マーケティングを科学することを重視する人にとって、この論文の内容は考え方が一致する箇所が多くあると思います。ただし、皮肉なことに、事例はワコビア銀行です。科学的マーケティングで業績が良くなり、「科学すること」が企業文化として定着したはずなのですが、残念ながら現状はご存知の通りです。
もちろん、科学的な手法は実施しないよりかは実行したほうがよいのです。ただし、いくつか前提として、知っておくべきことがあると思います。非常に合理的で誰もが反駁しがたい理論でも、マーケティングの扱うものは人間です。数字で見ることには限界があるのです。例えば、カスタマー・エクイティの計算は「お客さんは離反しないという」仮定に基づいています。でも、離れていく顧客が一人もいない事業は、現実にはほとんどありません。あるお客さんの生涯価値を計算しても、10年後に離れていったら計算結果は違ってきます。ここに数字を信じるがゆえ、危ないところがあります。
一見、カスタマー・エクイティを最大化することは賢い手段のように見えます。が、マーケティングをサイエンスするという文化よりも、マーケティング・マインドを追求するという、レビットやコトラーが言ったことのほうが先にありきでしょう。ワコビアの事例は象徴的だと感じました。
コトラーの著書を読み、彼はとても合理的な人なのではないか、と思われる方も多いのではないでしょうか。以前お伝えしたとおり、コトラーはもともとマーケティングサイエンスの分野で、微分積分など高度数学を駆使した研究に取り組んでいた人です。私も著書を読み、合理的な人だという印象がありました。が、インタビューの時に会って、印象が変わりました。「最後はマインドなんだよ」と言っていたことが印象に残っています。
理想としては、科学的手法に加えて、マーケティングマインドの文化が会社にあれば、さらに機能するのでしょう。が、どちらか一つだけになってしまいがちなのが現実です。(岩崎 卓也)
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2008/10/16
マーケティングはコストでいいのか
今号(2008年11月号)に『マーケティングはコストではなく「投資」である』という論文があります。多くの人はマーケティングを「コスト」である、と認識しているのではないでしょうか。この論文では、マーケティングは設備投資と同じく、長期的な収益性に向けた「投資」なのだといいます。
設備投資の場合、私たちは来年以降のことも十分に考え、長期的な収益に目を向けて検討します。ところが、マーケティングについては、すぐ回収できるかどうか、費用対効果を重要視する傾向があります。事業がシュリンクすると、すぐにマーケティングの費用を削る。この現状に対して、マーケティングは投資だ、顧客基盤という見えない資本構築するためのものだ。したがって、費用だと考えてはいけない、とこの論文では言っています。費用と考えるから、景気が悪くなれば削る。結果、競争に負けていく。王者はマーケティングを投資と見るのですよ、ということが書いてあります。
この論文を読んだ方は溜飲が下がるというか、本当にそうだと共感すると思います。ただし、ここには条件がつきます。それは組織が正しいマーケティングをする習慣がなくてはならない、ということです。企業の活動の中で、財務とマーケティングは両輪です。数字がモノを言う組織なだけではなく、お客さんに関する知識や行動がモノを言う組織、この両方がないと、いけないのです。
でも、現状ではCEOの横にはCFOがいて、CMO(マーケティング・オフィサー)がいないこともあります。が、CEOのそばには「数字がわかる人」と「マーケティングがわかる人」というトライアングルがないと、マーケティングをコストとする世界から抜けられないのでしょう。
もちろん、設備投資とマーケティングは性質が異なります。設備投資とマーケティングを一緒に考えるのはいかがなものか、とおっしゃる方もいるでしょう。その疑問を解決するには、マーケティング・サイエンスが必要なのだと思います。今号にはマーケティング投資と業績の因果関係を、ITと最先端の統計手法を用いて定量的に証明する試みに関する論文もあります。こちらはまたの機会に紹介するとしましょう。いずれにしろ、マーケティングを投資として考えていくことが組織の中に埋め込まれていかないと、いつまでたっても費用のままです。景気が悪くなったら減らす、景気が良くなったら増やす。これでは進歩がない、ということはいえます。(岩崎 卓也)
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設備投資の場合、私たちは来年以降のことも十分に考え、長期的な収益に目を向けて検討します。ところが、マーケティングについては、すぐ回収できるかどうか、費用対効果を重要視する傾向があります。事業がシュリンクすると、すぐにマーケティングの費用を削る。この現状に対して、マーケティングは投資だ、顧客基盤という見えない資本構築するためのものだ。したがって、費用だと考えてはいけない、とこの論文では言っています。費用と考えるから、景気が悪くなれば削る。結果、競争に負けていく。王者はマーケティングを投資と見るのですよ、ということが書いてあります。
この論文を読んだ方は溜飲が下がるというか、本当にそうだと共感すると思います。ただし、ここには条件がつきます。それは組織が正しいマーケティングをする習慣がなくてはならない、ということです。企業の活動の中で、財務とマーケティングは両輪です。数字がモノを言う組織なだけではなく、お客さんに関する知識や行動がモノを言う組織、この両方がないと、いけないのです。
でも、現状ではCEOの横にはCFOがいて、CMO(マーケティング・オフィサー)がいないこともあります。が、CEOのそばには「数字がわかる人」と「マーケティングがわかる人」というトライアングルがないと、マーケティングをコストとする世界から抜けられないのでしょう。
もちろん、設備投資とマーケティングは性質が異なります。設備投資とマーケティングを一緒に考えるのはいかがなものか、とおっしゃる方もいるでしょう。その疑問を解決するには、マーケティング・サイエンスが必要なのだと思います。今号にはマーケティング投資と業績の因果関係を、ITと最先端の統計手法を用いて定量的に証明する試みに関する論文もあります。こちらはまたの機会に紹介するとしましょう。いずれにしろ、マーケティングを投資として考えていくことが組織の中に埋め込まれていかないと、いつまでたっても費用のままです。景気が悪くなったら減らす、景気が良くなったら増やす。これでは進歩がない、ということはいえます。(岩崎 卓也)
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2008/10/14
コトラーのインタビュー記事を再掲しました
今号(2008年11月号)では、コトラーのインタビュー記事『マーケティング・マインドの追究』を再掲しています。日本でコトラーはテキストブックライターとしてあまりにも有名です。著作、学会への寄稿文などが多数あり、さまざまな事項について述べています。したがって、読者の中には、コトラーとは何者なのか? という疑問を抱いている方もいるのではないでしょうか。
もともと、コトラーは経済学を学んだ人です。今でいう、マーケティングサイエンスの分野で、微分積分など高度数学を駆使した研究に取り組んでいました。
コトラーはマーケティングを科学するところにスタートがありましたが、マーケティングに浸かっていくうちに、マーケティングは人間の技だというところに到達します。マーケティングとはお客さんを知ることで、マーケティング・マインドが大切だと悟るのです。
なんだかんだ言っても、マーケティングはジェローム・マッカーシーがいった4Pなのです。優秀なマーケターというのはマーケティングの指示があったら、一秒もかからずに、4Pが浮かんでくるものだそうです。脳がそういう風に作用するようにならないと、プロのマーケターとは言わない。今回の記事には載せませんでしたが、このようなニュアンスのことをコトラーはインタビューで答えていました。どんなに科学を使ったからといってもマーケティング・マインドはできあがらない、ということが言いたかったのでしょう。では、どういう風にライバルと差別化していくのか、という話がインタビューに出てきます。
コトラーは「社会のニーズ」というところに、いち早く気づいた人です。最近はCSRやコーズ・マーケティングは当たり前の事項ですが、このインタビューがあった2004年の日本において、社会貢献といった事項は忘れられている時期でした。コトラーは『ソーシャル・マーケティング』という本を書いていますが、彼は社会のニーズを具体化する媒介がマーケティングだといっています。
セサミストリートの事例などが記事には出てきます。昨今、CSRやコーズ・マーケティング、ソーシャル・マーケティングを事業とどう結び付けようか、といった取り組みをされている方には非常にお役にたつのではないか、という話になっていると思います。
ちなみに、今回のインタビューは私が直接、コトラーに話をきました。また、写真を撮ったのも私であります。(岩崎 卓也)
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もともと、コトラーは経済学を学んだ人です。今でいう、マーケティングサイエンスの分野で、微分積分など高度数学を駆使した研究に取り組んでいました。
コトラーはマーケティングを科学するところにスタートがありましたが、マーケティングに浸かっていくうちに、マーケティングは人間の技だというところに到達します。マーケティングとはお客さんを知ることで、マーケティング・マインドが大切だと悟るのです。
なんだかんだ言っても、マーケティングはジェローム・マッカーシーがいった4Pなのです。優秀なマーケターというのはマーケティングの指示があったら、一秒もかからずに、4Pが浮かんでくるものだそうです。脳がそういう風に作用するようにならないと、プロのマーケターとは言わない。今回の記事には載せませんでしたが、このようなニュアンスのことをコトラーはインタビューで答えていました。どんなに科学を使ったからといってもマーケティング・マインドはできあがらない、ということが言いたかったのでしょう。では、どういう風にライバルと差別化していくのか、という話がインタビューに出てきます。
コトラーは「社会のニーズ」というところに、いち早く気づいた人です。最近はCSRやコーズ・マーケティングは当たり前の事項ですが、このインタビューがあった2004年の日本において、社会貢献といった事項は忘れられている時期でした。コトラーは『ソーシャル・マーケティング』という本を書いていますが、彼は社会のニーズを具体化する媒介がマーケティングだといっています。
セサミストリートの事例などが記事には出てきます。昨今、CSRやコーズ・マーケティング、ソーシャル・マーケティングを事業とどう結び付けようか、といった取り組みをされている方には非常にお役にたつのではないか、という話になっていると思います。
ちなみに、今回のインタビューは私が直接、コトラーに話をきました。また、写真を撮ったのも私であります。(岩崎 卓也)
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2008/10/10
マーケティングは飛躍しない
今号(2008年11月号)で、レビットのインタビューを掲載したのは、次の名言を皆様にお伝えしたいという思いがあったことも一つです。
〈マーケティングは飛躍しない〉
17世紀ドイツの哲学者・数学者であるゴットフリート・W・ライプニッツが言った言葉に、〈自然は飛躍しない〉というものがあります。〈マーケティングは飛躍しない〉は同様の意味を含んでいます。自然はほんの少しの変化しかもたらさないように、マーケティングも大きく変わらない。連続体なのです。たとえ、非連続的な変化があっても、過去を引きずっていないものはない。本質は大きく変わらないというのが〈マーケティングは飛躍しない〉の意味するところです。
バイラルマーケティングや関係性マーケティングなど、新しいマーケティングの手法や理論、概念が出現しています。結局、マーケティングの本質は「お客さんを良く知る」ところにあるのではないでしょうか。お客さんを100%知ることはできないけれど、少しでも知ろうとして、市場セグメンテーション、マーケティングの4Pなどの概念が登場したといえます。これらは長い間、小さな変化はありましたが、大きく変わらずにきたことです。マーケティングは飛躍しない。核心をついている言葉だと思いました。
最近、「ロングテール」という言葉を耳にします。これは、米『Wired』誌の編集長が提唱したもので、ロングテールはアマゾンのビジネスモデルを説明するのに用いられます。しかし、私は必ずしも、ロングテールはネットという特殊な環境でのビジネスモデルではないと思います。本やDVDという嗜好品は財の性質上、ロングテール、日常あまり売れない商品があるものなのです。「ロングテールを無視するな」という言葉は、「本やDVDというものはロングテールをないがしろにしてはいけません」、と読み替えるべきなのでしょう。
インタビュー記事はいくつものテーマに細かく分かれていますが、一つずつにインサイトフルな話が詰まっています。例えば、〈顧客は金で買うことはできない〉というものがあります。M&A信奉者は金で買えると言いますが、レビットは〈顧客とはバランスシートに計上される有形資産よりも貴重な資産である〉と言います。
マーケティングの世界では、新しい理論が出現することはめずらしくありません。が、本質は変わらない。飛躍しないのです。ですから、原点を学ぶ意味がある。それが今号の特集の根底にあります。(岩崎 卓也)
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〈マーケティングは飛躍しない〉
17世紀ドイツの哲学者・数学者であるゴットフリート・W・ライプニッツが言った言葉に、〈自然は飛躍しない〉というものがあります。〈マーケティングは飛躍しない〉は同様の意味を含んでいます。自然はほんの少しの変化しかもたらさないように、マーケティングも大きく変わらない。連続体なのです。たとえ、非連続的な変化があっても、過去を引きずっていないものはない。本質は大きく変わらないというのが〈マーケティングは飛躍しない〉の意味するところです。
バイラルマーケティングや関係性マーケティングなど、新しいマーケティングの手法や理論、概念が出現しています。結局、マーケティングの本質は「お客さんを良く知る」ところにあるのではないでしょうか。お客さんを100%知ることはできないけれど、少しでも知ろうとして、市場セグメンテーション、マーケティングの4Pなどの概念が登場したといえます。これらは長い間、小さな変化はありましたが、大きく変わらずにきたことです。マーケティングは飛躍しない。核心をついている言葉だと思いました。
最近、「ロングテール」という言葉を耳にします。これは、米『Wired』誌の編集長が提唱したもので、ロングテールはアマゾンのビジネスモデルを説明するのに用いられます。しかし、私は必ずしも、ロングテールはネットという特殊な環境でのビジネスモデルではないと思います。本やDVDという嗜好品は財の性質上、ロングテール、日常あまり売れない商品があるものなのです。「ロングテールを無視するな」という言葉は、「本やDVDというものはロングテールをないがしろにしてはいけません」、と読み替えるべきなのでしょう。
インタビュー記事はいくつものテーマに細かく分かれていますが、一つずつにインサイトフルな話が詰まっています。例えば、〈顧客は金で買うことはできない〉というものがあります。M&A信奉者は金で買えると言いますが、レビットは〈顧客とはバランスシートに計上される有形資産よりも貴重な資産である〉と言います。
マーケティングの世界では、新しい理論が出現することはめずらしくありません。が、本質は変わらない。飛躍しないのです。ですから、原点を学ぶ意味がある。それが今号の特集の根底にあります。(岩崎 卓也)
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2008/10/07
マーケティング界のドラッカー、レビットのインタビュー
次号(2008年11月号)の「マーケティング論の原点」に、元ハーバード・ビジネススクール 名誉教授 セオドア・レビットのインタビューを再掲します。ご存知、レビット教授は「マーケティング界のドラッカー」と呼ばれているマーケティングの泰斗です。1960年代で、すでに「製造業のサービス事業化」「顧客リレーションシップ」などの重要性を説いていました。
昨年、弊社から『T.レビット マーケティング論』として、レビットの論文集を刊行しました。1960年代に論文が発表されてから、すでに半世紀が経とうとしています。今なお、ビジネススクールの教科書に載っている金字塔的な論文が集められています。
次号に掲載する「マーケティングの針路」は2001年のレビット教授とのインタビューをまとめたものです。サブタイトルには「ビジネス・リーダーの近視眼を正す」とありますが、原題では“myopia”という単語が使われています。「マーケティングとはいったい何か」という意味で、理解が深まる内容になっているのではないか、と思います。インタビュアーは弊誌前編集長です。レビット教授へのインタビューの約束は前編集長が取り付けたのですが、実はハーバード・ビジネススクールを歩いていた時、たまたまレビット教授を見かけて声をかけたのがきっかけでした。インタビューテープをもとに、原稿を執筆したのは私です。レビットの日本語訳著作をすべて読み、何度かレビット教授と書簡を往復して、この原稿を仕上げました。
レビットでよく引用される話に、「レビットのねじの穴」(「レビットのドリル」) があります。お客さんがドリルを買うのはなぜか。それはドリルが欲しいからなのですが、突きつめるとお客さんは「2ミリの穴が欲しい」からドリルを買うのです。レッビトはジョブに着目することを提唱しました。お客さんのニーズを知るということはこれだ、と喝破したのがレビットだといわれています。
ほかにも、レビットには名言がたくさんあります。
ところで、企業が売っているもの、お客さんが買うものとは、いったい何でしょう。
レビットは、それは「誓約」だといいます。
「あなたを必ず満足させ、失望させることはありません」という誓約を企業は売っているといいます。とはいえ、誓約とは不可視で、無形のものです。何らかの手段で有形化し信頼できる期待へと変えなければならない。このようにレビットは言っています。
上記の二つはとても有名な話ですが、ほかにもさまざまなことをレビットは提唱しています。今回、掲載したなかに、決定的な言葉があります。それは次回、こちらで紹介します。(岩崎 卓也)
------------------------------------------------*
次号〈2008年11月号〉の特集は「マーケティング論の原点」、10月10日(金)発売です。
▽『T.レビット マーケティング論』はこちらから
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=4-478-00237-7
昨年、弊社から『T.レビット マーケティング論』として、レビットの論文集を刊行しました。1960年代に論文が発表されてから、すでに半世紀が経とうとしています。今なお、ビジネススクールの教科書に載っている金字塔的な論文が集められています。
次号に掲載する「マーケティングの針路」は2001年のレビット教授とのインタビューをまとめたものです。サブタイトルには「ビジネス・リーダーの近視眼を正す」とありますが、原題では“myopia”という単語が使われています。「マーケティングとはいったい何か」という意味で、理解が深まる内容になっているのではないか、と思います。インタビュアーは弊誌前編集長です。レビット教授へのインタビューの約束は前編集長が取り付けたのですが、実はハーバード・ビジネススクールを歩いていた時、たまたまレビット教授を見かけて声をかけたのがきっかけでした。インタビューテープをもとに、原稿を執筆したのは私です。レビットの日本語訳著作をすべて読み、何度かレビット教授と書簡を往復して、この原稿を仕上げました。
レビットでよく引用される話に、「レビットのねじの穴」(「レビットのドリル」) があります。お客さんがドリルを買うのはなぜか。それはドリルが欲しいからなのですが、突きつめるとお客さんは「2ミリの穴が欲しい」からドリルを買うのです。レッビトはジョブに着目することを提唱しました。お客さんのニーズを知るということはこれだ、と喝破したのがレビットだといわれています。
ほかにも、レビットには名言がたくさんあります。
ところで、企業が売っているもの、お客さんが買うものとは、いったい何でしょう。
レビットは、それは「誓約」だといいます。
「あなたを必ず満足させ、失望させることはありません」という誓約を企業は売っているといいます。とはいえ、誓約とは不可視で、無形のものです。何らかの手段で有形化し信頼できる期待へと変えなければならない。このようにレビットは言っています。
上記の二つはとても有名な話ですが、ほかにもさまざまなことをレビットは提唱しています。今回、掲載したなかに、決定的な言葉があります。それは次回、こちらで紹介します。(岩崎 卓也)
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次号〈2008年11月号〉の特集は「マーケティング論の原点」、10月10日(金)発売です。
▽『T.レビット マーケティング論』はこちらから
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2008/10/04
部門、組織、そして市場戦略
マーケティングが強い企業は体質そのものも強い。その一方で、「人事部や経理部の人間はマーケティングを知らなくてもいい」という向きもあります。
でも、これは違うでしょう。教育研修やコンピテンシーをどう進めていくのか。この過程で、マーケティングがわからないと、できないことがあると私は思います。
能力開発の最終的な目的は売上や利益という具体的な数字に貢献する能力を開発することだといえます。これが本来のコンピテンシーの意味ですし、能力開発とは単純にその人に足りない能力を補完するだけのことでもありません。そう考えると、マーケティングの何たるかがわからずに、間接部門の業務を延々とこなしていても、思ったような結果は得られないことは明らかです。
マーケティングがなぜ大切なのか。それは開発部門にも同様のことがいえます。企業によって、エンジニアが製品開発のメインストリームに入れないことがあります。なぜか。それはマーケティングがわからないからです。マーケティングの本質である「お客さんを知る」ところに出発点がない。結局、工程の一部を担当するにとどっまてしまうのです。もちろん、そうでない企業もあります。カシオは防水の携帯電話を開発しました。カシオは防水時計を作ってきた会社です。なぜ、他社のエンジニアには「防水」が浮かばないのか。この問題提起の裏側には、製品によっては「お客さんを知る」ところから開発を始めるべきだという示唆があります。
反論として、お客さんが何を考えているのかわからなくてもヒット商品は生まれるのだ、といったことがあるでしょう。ヒット商品は得てしてそういうものです。が、ホームランを狙っても、新商品のすべてがたくさん売れるわけではありません。大ヒットにはならない商品で利益を積み上げていく。それには、お客さんを良く知り、合った商品を出すことが大切です。そのために、マーケティングは必要なのです。
マーケティングは企業内の個々の部署だけでなく、組織全体の中で考えていく上でも必要です。企業組織とは何なのか。それは最終的にお客さんのために働いて、利益の上がる組織にする。それにはやはりマーケティングなのですね。だから、企業変革のときには必ずといっていいほど、変革の担当者はマーケティングのしっかりした組織にしたいと言うのです。
日本で最初にCI(コーポレートアイデンティティ)を戦略として取り組んだ会社があります。CIのコンセプトというのは、マーケティングが基本にあります。当時、その会社がCIを進めていくにあたり、市場を国際化していく中で、日本以外の国にも自社を認知してほしいという願いが強くありました。市場開拓、市場戦略の中の大きな変革としてCIを実施したのです。
個々の部門、企業組織全体、そして市場戦略。次号の特集を通して、マーケティングがいかに重要か、改めて感じました。(岩崎 卓也)
----------------*
次号〈2008年11月号〉の特集は「マーケティング論の原点」、10月10日発売です。
でも、これは違うでしょう。教育研修やコンピテンシーをどう進めていくのか。この過程で、マーケティングがわからないと、できないことがあると私は思います。
能力開発の最終的な目的は売上や利益という具体的な数字に貢献する能力を開発することだといえます。これが本来のコンピテンシーの意味ですし、能力開発とは単純にその人に足りない能力を補完するだけのことでもありません。そう考えると、マーケティングの何たるかがわからずに、間接部門の業務を延々とこなしていても、思ったような結果は得られないことは明らかです。
マーケティングがなぜ大切なのか。それは開発部門にも同様のことがいえます。企業によって、エンジニアが製品開発のメインストリームに入れないことがあります。なぜか。それはマーケティングがわからないからです。マーケティングの本質である「お客さんを知る」ところに出発点がない。結局、工程の一部を担当するにとどっまてしまうのです。もちろん、そうでない企業もあります。カシオは防水の携帯電話を開発しました。カシオは防水時計を作ってきた会社です。なぜ、他社のエンジニアには「防水」が浮かばないのか。この問題提起の裏側には、製品によっては「お客さんを知る」ところから開発を始めるべきだという示唆があります。
反論として、お客さんが何を考えているのかわからなくてもヒット商品は生まれるのだ、といったことがあるでしょう。ヒット商品は得てしてそういうものです。が、ホームランを狙っても、新商品のすべてがたくさん売れるわけではありません。大ヒットにはならない商品で利益を積み上げていく。それには、お客さんを良く知り、合った商品を出すことが大切です。そのために、マーケティングは必要なのです。
マーケティングは企業内の個々の部署だけでなく、組織全体の中で考えていく上でも必要です。企業組織とは何なのか。それは最終的にお客さんのために働いて、利益の上がる組織にする。それにはやはりマーケティングなのですね。だから、企業変革のときには必ずといっていいほど、変革の担当者はマーケティングのしっかりした組織にしたいと言うのです。
日本で最初にCI(コーポレートアイデンティティ)を戦略として取り組んだ会社があります。CIのコンセプトというのは、マーケティングが基本にあります。当時、その会社がCIを進めていくにあたり、市場を国際化していく中で、日本以外の国にも自社を認知してほしいという願いが強くありました。市場開拓、市場戦略の中の大きな変革としてCIを実施したのです。
個々の部門、企業組織全体、そして市場戦略。次号の特集を通して、マーケティングがいかに重要か、改めて感じました。(岩崎 卓也)
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次号〈2008年11月号〉の特集は「マーケティング論の原点」、10月10日発売です。
2008/10/01
マーケティングの原点に立ち返る意味
今、書籍の市況ではマーケティングの本は売れない傾向にあります。かつてマーケティングは売れ企画でした。読者から見ると、マーケティングは日々の活動を通して考えていかなくてはいけないことがらです。ですから、マーケティングの本は読んでおいて損はないものです。しかし、ここ五年くらい、若い起業家のノウハウ本や成功ハウトゥもの、そして能力開発系の本が売れるようになってきました。と同時にマーケティングの本が売れなくなったのです。とはいえ、マーケティングをわからない人が事業をやっても、成功する可能性は低いといっていいでしょう。なぜなら、マーケティングとは「お客さんを知る」ということです。相手のことをよく知らずに商売を始めてもうまくいくはずがありません。
次号(2008年11月号)の特集は「マーケティング論の原点」です。タイトルどおりに、マーケティングの原点に立ち返るという意味で、「ハーバード・ビジネスレビュー」のアーカイブを集めました。マーケティングセグメンテーション、マーケティング・ミックスについて、そもそもマーケティングとは何か、といったことが中心となります。
これらの論文で語られていることは今の時代でも変わらずに引き継がれている事項です。コトラーやレビットのインタビュー、日本では知名度が低いのですがハーバード・ビジネススクールでは有名なベンソン P. シャピロ教授の論文を掲載します。
マーケティングと営業は別物だといわれています。両者は性質が異なりますが、営業部門の人にとって、マーケティングの知識は最低限必要なものだといえます。営業部門に属する人をヒューマンスキルとマーケティングなどの知識の高低で四つに分類すると、図のようになります。

ヒューマンスキルと知識、ともに「高」の部分に属する人は契約を多く取ることでしょう。他方、「低」の部分に属する人がもっとも契約が取れないことは明らかです。そして、次に成績が振るわないのはマーケティングの知識はあるがヒューマンスキルが低い人のはずです。でも、すでにヒューマンスキルだけで契約が取れる時代ではなくなりました。今、組織全体として考えていかなくてはいけないことがマーケティングなのです。
マーケティングが強い企業は企業の体質そのものが強いのです。業績が落ち込んでも立ち直りが早い。たとえば、3Mは一度シュリンクし、そこから立ち直ったことがあります。3Mという会社はイノベーションの会社だと言われています。が、実はマーケティングが強い会社でもあります。お客さんがどのようなものを普段利用しているのか、よく観察しています。GEも同様です。それぞれ通り名があって、GEは計測文化の会社だとか言われますが、そこには表裏一体となってマーケティング、顧客志向があります。(岩崎 卓也)
次号(2008年11月号)の特集は「マーケティング論の原点」です。タイトルどおりに、マーケティングの原点に立ち返るという意味で、「ハーバード・ビジネスレビュー」のアーカイブを集めました。マーケティングセグメンテーション、マーケティング・ミックスについて、そもそもマーケティングとは何か、といったことが中心となります。
これらの論文で語られていることは今の時代でも変わらずに引き継がれている事項です。コトラーやレビットのインタビュー、日本では知名度が低いのですがハーバード・ビジネススクールでは有名なベンソン P. シャピロ教授の論文を掲載します。
マーケティングと営業は別物だといわれています。両者は性質が異なりますが、営業部門の人にとって、マーケティングの知識は最低限必要なものだといえます。営業部門に属する人をヒューマンスキルとマーケティングなどの知識の高低で四つに分類すると、図のようになります。

ヒューマンスキルと知識、ともに「高」の部分に属する人は契約を多く取ることでしょう。他方、「低」の部分に属する人がもっとも契約が取れないことは明らかです。そして、次に成績が振るわないのはマーケティングの知識はあるがヒューマンスキルが低い人のはずです。でも、すでにヒューマンスキルだけで契約が取れる時代ではなくなりました。今、組織全体として考えていかなくてはいけないことがマーケティングなのです。
マーケティングが強い企業は企業の体質そのものが強いのです。業績が落ち込んでも立ち直りが早い。たとえば、3Mは一度シュリンクし、そこから立ち直ったことがあります。3Mという会社はイノベーションの会社だと言われています。が、実はマーケティングが強い会社でもあります。お客さんがどのようなものを普段利用しているのか、よく観察しています。GEも同様です。それぞれ通り名があって、GEは計測文化の会社だとか言われますが、そこには表裏一体となってマーケティング、顧客志向があります。(岩崎 卓也)
2008/09/27
日本の研究者の底力
日本はイノベーションが足りないと言われていますが、必ずしもそうではないと思うときがあります。日本は青色発光ダイオードやプリウスを開発した国です。ノーベル賞では、物理学賞の湯川秀樹氏、江崎玲於奈氏、化学賞の田中耕一氏など、近隣のアジア諸国と比べると、圧倒的に多く受賞しています。ノーベル賞受賞者数がゼロ、あるいはゼロに近い国も少なくありません。そう思うと、日本はイノベーションという点で優れた国だといってよいでしょう。
「日本の教育は間違っている」という声を耳にすることが良くあります。しかし、本当に間違っているかどうかはわからないものです。例えば、日本人の数学能力が下がっているという指摘があります。確かに、平均値は下がっているのでしょう。でも、平均値は下がっていても、傑出している人の数が減っているとは限らないのです。増えている可能性もあるのです。単に平均値だけを見て、判断するのは危険な部分もあります。
日本の教育は間違っているから教育制度を見直す。このとき、大切になってくるのは、今の研究者の規律や文化はそんなに悪いものではない、という視点を加味することではないでしょうか。日本のイノベーション能力が低いとか、教育が間違っているといった考えのもと、改善を進めると、今までの良いものまでが壊されてしまうのではないかと私は思っています。
もちろん、課題がまったくないわけではありません。例えば、マーケティングとテクノロジーのギャップの問題などがあります。アップルは携帯型デジタル音楽プレーヤーiPodを発売し、ヒットさせました。でも、発売時の日本企業にはiPodのような携帯型デジタル音楽プレーヤーを開発する技術力がなかったかというと、そうではありません。技術が皆が使える商品につながらなかったのです。
日本には優れた技術がたくさんあります。例えば、日本は環境技術の先進国でもあります。環境技術を輸出して、社会に貢献できる可能性が多くあります。ただ、自社技術を使って、ビジネスに展開し、勝負するところは弱いのかもしれません。もっと、企業は自社技術をより広く発信すれば良いのではないでしょうか。世界に日本の技術が広げていくことにも注力が必要なのではないか、と思います。(岩崎 卓也)
「日本の教育は間違っている」という声を耳にすることが良くあります。しかし、本当に間違っているかどうかはわからないものです。例えば、日本人の数学能力が下がっているという指摘があります。確かに、平均値は下がっているのでしょう。でも、平均値は下がっていても、傑出している人の数が減っているとは限らないのです。増えている可能性もあるのです。単に平均値だけを見て、判断するのは危険な部分もあります。
日本の教育は間違っているから教育制度を見直す。このとき、大切になってくるのは、今の研究者の規律や文化はそんなに悪いものではない、という視点を加味することではないでしょうか。日本のイノベーション能力が低いとか、教育が間違っているといった考えのもと、改善を進めると、今までの良いものまでが壊されてしまうのではないかと私は思っています。
もちろん、課題がまったくないわけではありません。例えば、マーケティングとテクノロジーのギャップの問題などがあります。アップルは携帯型デジタル音楽プレーヤーiPodを発売し、ヒットさせました。でも、発売時の日本企業にはiPodのような携帯型デジタル音楽プレーヤーを開発する技術力がなかったかというと、そうではありません。技術が皆が使える商品につながらなかったのです。
日本には優れた技術がたくさんあります。例えば、日本は環境技術の先進国でもあります。環境技術を輸出して、社会に貢献できる可能性が多くあります。ただ、自社技術を使って、ビジネスに展開し、勝負するところは弱いのかもしれません。もっと、企業は自社技術をより広く発信すれば良いのではないでしょうか。世界に日本の技術が広げていくことにも注力が必要なのではないか、と思います。(岩崎 卓也)
2008/09/24
世界はフラット化していない
今号(2008年10月号)に、「歴史の証明:世界はフラット化していない」というインタビュー記事があります。話をしたのはハーバード・ビジネススクールの経営史を専門としているジェフリー・G・ジョーンズ教授です。
今の時代、世界はフラット化している、といわれています。情報はグローバル化し、世界のすみずみにまでいきわたるようになりました。その結果、イノベーションは世界のどこでも起こりうる。ユニークなアイデアをいろいろなところで見つけて拾うことができる、といわれています。確かに、今の世界は知識と資本が国境を越えて流通する時代であることに間違いはありません。
しかし、知識ならば瞬時に普及させる技術はあるものの、知識と富は一部に集中しています。実は、世界はフラット化していないのだ、とジョーンズ教授は言います。たとえば、金融業界なら、ロンドンやニューヨークを拠点にする重要性がここ数十年でより高まったといえます。ジョーンズ教授は20世紀初頭の国際化と比べると、むしろ今の方が世界はフラットではないと言います。
なぜ知識の集中化が進むのか。「人間と人間の距離が近接することに左右される」という概念をもとに教授は集中化について解説しています。たとえば、賢明な人は他の賢明な人間と暮らしたいと考える。従って、政治的、経済的、文化的など、インフラが充実しているところに人は集まるのです。このことはリチャード・フロリダなどが創造的な人々を対象に研究しているので、フロリダ氏の著書、『クリエイティブ・クラスの世紀』(弊社刊)を参考にされると良いでしょう。
結論として、情報は拡散しているのだけれど、富や知識、そして何らかの価値を生み出す行為は収斂している、ということが書いてありました。
この先、何が起こるのか。100年後の人類が歴史を振り返ったとき、今の私たちをどう見るのか。20世紀に作られたシステムのほころびに気づいたのは、今であってほしい、とジョーンズ教授は言います。別の言い方をするならば、今の経営慣行や事業慣行、資本主義のあり方そのものは、決して持続的ではない。サステナブルではないことに気づいたのは21世紀の前半であってほしい、ということになります。
このインタビューにはいくつか考えされるものがあります。今のインドと中国は20世紀の先進国のやり方をトレースしている部分もあります。確かに、20世紀に栄えた国を真似ることは間違っているとはいえません。が、19世紀におけるヨーロッパの先進国に騰落があるように、100年足らずの間に同じことが起こるのではないかともいえます。常に新しい物が出てきて、ときとしてリニューアルされていく。20世紀のサクセスストーリーが22世紀に通用するのか。このインタビューは疑問を投げかけているようにとれました。(岩崎 卓也)
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▽今号〈2008年10月号〉はこちらからどうぞ
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059691008
今の時代、世界はフラット化している、といわれています。情報はグローバル化し、世界のすみずみにまでいきわたるようになりました。その結果、イノベーションは世界のどこでも起こりうる。ユニークなアイデアをいろいろなところで見つけて拾うことができる、といわれています。確かに、今の世界は知識と資本が国境を越えて流通する時代であることに間違いはありません。
しかし、知識ならば瞬時に普及させる技術はあるものの、知識と富は一部に集中しています。実は、世界はフラット化していないのだ、とジョーンズ教授は言います。たとえば、金融業界なら、ロンドンやニューヨークを拠点にする重要性がここ数十年でより高まったといえます。ジョーンズ教授は20世紀初頭の国際化と比べると、むしろ今の方が世界はフラットではないと言います。
なぜ知識の集中化が進むのか。「人間と人間の距離が近接することに左右される」という概念をもとに教授は集中化について解説しています。たとえば、賢明な人は他の賢明な人間と暮らしたいと考える。従って、政治的、経済的、文化的など、インフラが充実しているところに人は集まるのです。このことはリチャード・フロリダなどが創造的な人々を対象に研究しているので、フロリダ氏の著書、『クリエイティブ・クラスの世紀』(弊社刊)を参考にされると良いでしょう。
結論として、情報は拡散しているのだけれど、富や知識、そして何らかの価値を生み出す行為は収斂している、ということが書いてありました。
この先、何が起こるのか。100年後の人類が歴史を振り返ったとき、今の私たちをどう見るのか。20世紀に作られたシステムのほころびに気づいたのは、今であってほしい、とジョーンズ教授は言います。別の言い方をするならば、今の経営慣行や事業慣行、資本主義のあり方そのものは、決して持続的ではない。サステナブルではないことに気づいたのは21世紀の前半であってほしい、ということになります。
このインタビューにはいくつか考えされるものがあります。今のインドと中国は20世紀の先進国のやり方をトレースしている部分もあります。確かに、20世紀に栄えた国を真似ることは間違っているとはいえません。が、19世紀におけるヨーロッパの先進国に騰落があるように、100年足らずの間に同じことが起こるのではないかともいえます。常に新しい物が出てきて、ときとしてリニューアルされていく。20世紀のサクセスストーリーが22世紀に通用するのか。このインタビューは疑問を投げかけているようにとれました。(岩崎 卓也)
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2008/09/20
誤った意思決定と競争心の亢進
「競争心の亢進」という言葉があります。誰でも、競争には負けたくないものです。最初から負けるつもりで参戦する人はいないでしょう。時には、気持ちが高じて、何をしても勝ちたいという衝動に駆られることもあります。このことを「競争心の亢進」といいます。過熱した競争下、勝ちたい気持ちが先立つと合理的な意思決定が阻害されてしまいがちです。結果を見て初めて、過剰な対価を支払ったことに気づきます。
今号(2008年10月号)には『「競争心」が意思決定を歪める』という論文があります。競争心の亢進とは何か。また、どのようにマネジメントしたらよいかについて書かれています。競争がないところにイノベーションは生まれないと言われています。必ずしも、競争は悪いことではありません。が、競争が高じてしまうと誤った判断をします。たとえば、オークションで一騎打ちになり、価格がつりあがって行く。まわりの人の目もあるし、何より負けるのが悔しい。降りるに降りれず、高い値で落札してしまった、ということは珍しくありません。オークションには勝ったけれども、結局は損している。これはウイナーズカースというのですが、交渉の場面でも起こりがちです。買収、討論、商事紛争など、さまざまな場面に当てはまります。
競争心を亢進させる要因は何でしょうか。この論文では3つの理由をあげています。「敵対心」「時間的プレッシャー」「スポットライト」。スポットライトというのは、競争相手以外の外部者が多く、まわりの人が高い関心を持っている状態をいいます。これが競争心を亢進させるひとつの要因になります。まわりの人に良いところを見せたいという気持ちが大風呂敷を広げさせてしまうのです。
論文の中でもっとも興味深かったのは、弁護士の過度の関与が競争心の亢進の要因になりうるというものです。弁護士の価値基準は勝利か敗北かに分かれている。弁護士は正しい主張と誤った主張に分類し、誰が勝利に値するか、という観点から見ることが多いといいます。
P&Gは競争心の亢進を避けようとして、ジレットを買収するときに弁護士を入れませんでした。論文にはこのP&Gの判断について書かれているのですが、非常に面白いです。弁護士がどうしても必要になるまで席に置かないことも競争心の亢進を軽減させるひとつの手のようです。
弁護士の事例を読み、プロフェッショナルの世界における特性について、私は興味を抱きました。これは論文の内容とは別のことです。「弁護士」は、プロフェッショナルとして完璧な存在の代名詞、という側面があります。この弁護士でさえ、職業上の特性として、競争心の亢進の要因になるといったことがある。弁護士に限らず、医師、会計士など、どんなプロフェッショナルでも、自分から進んで問題やクライアントにマイナスになることをしようとする人はいないでしょう。しかし、どのプロフェッショナルにも、職業的に不可避な問題が実はあるのではないか、と思いました。自分の力だけではどうにもならない特性があって、それは何なのか。プロフェッショナルごとにそれぞれ違うと思います。今後は、その特性を見つけていく必要があるのではないか、ともこの競争心の亢進を読んで思いました。(岩崎 卓也)
今号(2008年10月号)には『「競争心」が意思決定を歪める』という論文があります。競争心の亢進とは何か。また、どのようにマネジメントしたらよいかについて書かれています。競争がないところにイノベーションは生まれないと言われています。必ずしも、競争は悪いことではありません。が、競争が高じてしまうと誤った判断をします。たとえば、オークションで一騎打ちになり、価格がつりあがって行く。まわりの人の目もあるし、何より負けるのが悔しい。降りるに降りれず、高い値で落札してしまった、ということは珍しくありません。オークションには勝ったけれども、結局は損している。これはウイナーズカースというのですが、交渉の場面でも起こりがちです。買収、討論、商事紛争など、さまざまな場面に当てはまります。
競争心を亢進させる要因は何でしょうか。この論文では3つの理由をあげています。「敵対心」「時間的プレッシャー」「スポットライト」。スポットライトというのは、競争相手以外の外部者が多く、まわりの人が高い関心を持っている状態をいいます。これが競争心を亢進させるひとつの要因になります。まわりの人に良いところを見せたいという気持ちが大風呂敷を広げさせてしまうのです。
論文の中でもっとも興味深かったのは、弁護士の過度の関与が競争心の亢進の要因になりうるというものです。弁護士の価値基準は勝利か敗北かに分かれている。弁護士は正しい主張と誤った主張に分類し、誰が勝利に値するか、という観点から見ることが多いといいます。
P&Gは競争心の亢進を避けようとして、ジレットを買収するときに弁護士を入れませんでした。論文にはこのP&Gの判断について書かれているのですが、非常に面白いです。弁護士がどうしても必要になるまで席に置かないことも競争心の亢進を軽減させるひとつの手のようです。
弁護士の事例を読み、プロフェッショナルの世界における特性について、私は興味を抱きました。これは論文の内容とは別のことです。「弁護士」は、プロフェッショナルとして完璧な存在の代名詞、という側面があります。この弁護士でさえ、職業上の特性として、競争心の亢進の要因になるといったことがある。弁護士に限らず、医師、会計士など、どんなプロフェッショナルでも、自分から進んで問題やクライアントにマイナスになることをしようとする人はいないでしょう。しかし、どのプロフェッショナルにも、職業的に不可避な問題が実はあるのではないか、と思いました。自分の力だけではどうにもならない特性があって、それは何なのか。プロフェッショナルごとにそれぞれ違うと思います。今後は、その特性を見つけていく必要があるのではないか、ともこの競争心の亢進を読んで思いました。(岩崎 卓也)
2008/09/17
コーチングとパフォーマンスの関係は
前回、動機付け理論は金科玉条ではないと私は書きました。確かに、人間は1対1の関係の中で動機付けられることがよくあります。が、組織の中でも同じように動機付けられるのか、ということについては疑問です。1対1でのコーチングはやり方次第で成功するとは思います。が、コーチングの巧拙が相手のやる気を上げ下げするのに大きく影響するのか。これは必ずしもそうだとはいえない部分もあります。
コーチング研修テキストやコーチングの本には、「相手が悪いわけではない」「自分が変わらなければならない」「他者は変えられない」といったことが書かれているものがあります。人の話を聞き、聞いた話を言語化するという作業の中で自己変革のレバーが入る。他者ではなく、自分が変わることが大切だ、といいます。確かに、その通りではあります。でも、コーチングとパフォーマンスが上がることは別だ、と私は思うのです。最高のコーチングをしても、モチベーションが上がらない場合がある。まずはそのことを理解したうえでのコーチングでないと、期待通りの成果が得られず戸惑うこともあるのではないでしょうか。
実は、たいしたコーチングはしていなくても、働かない人ばかりに囲まれたとしたら、その人は自分が頑張らなくてはならない、という気になるでしょう。恐らく、その人はその組織の中でハイパフォーマーになるのです。極端な話、何もしない人がいるから、一生懸命働こうと思う人が生まれる。役割からみると、一生懸命働かないということが他者を動機付けている、ともとれます。役割を貫くという次元の目線で見れば、一生懸命働かない人にも存在価値があるともいえます。もちろん、これは非現実的な話で、働かないで給料をもらって良いのか、という非難が出るのは明らかではあります。
企業の業績にどれだけ貢献するのか、という軸だけでみたとき、コーチングは絶対とはいえません。コーチングがうまくいったから、その人はやる気を出したのだ、といえることもあるでしょう。その一方で、コーチングが下手でも、伸びる人は伸びると思います。今号では、前回紹介したとおり、「新しい動機づけ理論」という論文が出ています。動機付けの論文が出たので、もう一度、動機付け、そしてコーチングについて思い直してみた次第です。(岩崎 卓也)
コーチング研修テキストやコーチングの本には、「相手が悪いわけではない」「自分が変わらなければならない」「他者は変えられない」といったことが書かれているものがあります。人の話を聞き、聞いた話を言語化するという作業の中で自己変革のレバーが入る。他者ではなく、自分が変わることが大切だ、といいます。確かに、その通りではあります。でも、コーチングとパフォーマンスが上がることは別だ、と私は思うのです。最高のコーチングをしても、モチベーションが上がらない場合がある。まずはそのことを理解したうえでのコーチングでないと、期待通りの成果が得られず戸惑うこともあるのではないでしょうか。
実は、たいしたコーチングはしていなくても、働かない人ばかりに囲まれたとしたら、その人は自分が頑張らなくてはならない、という気になるでしょう。恐らく、その人はその組織の中でハイパフォーマーになるのです。極端な話、何もしない人がいるから、一生懸命働こうと思う人が生まれる。役割からみると、一生懸命働かないということが他者を動機付けている、ともとれます。役割を貫くという次元の目線で見れば、一生懸命働かない人にも存在価値があるともいえます。もちろん、これは非現実的な話で、働かないで給料をもらって良いのか、という非難が出るのは明らかではあります。
企業の業績にどれだけ貢献するのか、という軸だけでみたとき、コーチングは絶対とはいえません。コーチングがうまくいったから、その人はやる気を出したのだ、といえることもあるでしょう。その一方で、コーチングが下手でも、伸びる人は伸びると思います。今号では、前回紹介したとおり、「新しい動機づけ理論」という論文が出ています。動機付けの論文が出たので、もう一度、動機付け、そしてコーチングについて思い直してみた次第です。(岩崎 卓也)
2008/09/12
動機付け理論の限界
今号(2008年10月号)では「新しい動機づけ理論」という論文を掲載しています。随分前から、私は動機付け理論には限界があると感じていました。よく言われることですが、組織の中では2:6:2、2:8という関係が出てきます。優秀なハイパフォーマーだけで集団を作っても、2:8の比率でハイパフォーマーとローパフォーマーに分かれていきます。全員がモチベーションを高め戦力化しているような「全員が働き蜂」の組織は存在しないのです。このことは、動機付け理論はどこかに限界があることを示しているのではないでしょうか。ものすごく動機付けられている人ですら、自分と同じようなハイパフォーマーだけを集めた組織に入ると、働かなくなることもあるのです。
もちろん、今号の「新しい動機づけ理論」を全て否定するわけではありません。動機付け理論やコーチングは全てをそのまま受け入れてはならないことを意識した上で、読むことが必要だと私は思います。この論文では新しい理論が提唱されており、知っておく価値はあります。具体的な目新しい内容とは次のようになります。
この論文はモチベーションには「欲動」が大きく関係しているといいます。ここでいう欲動とは、英語で言うdriveで、具体的には「獲得」「絆」「理解」「防御」の四種類があります。この点は、従来の動機付け理論と比べて、新しい部分だといえます。また、この4つがどのような要素で左右され、これらをどのように満たせばいいのかが書かれています。具体的に企業での報奨制度、企業文化、職務設計などについて、どのようなてこ入れが良いのか、といったことが解説されています。
この4つの欲動すべてに対処すれば、社員達の能力を引き出し、業績の拡大につながる。これがこの論文の骨子です。また、社員のモチベーションには組織だけでなく、上司という要素が大きいこともこの論文では言っています。確かに、一対一の中で、人間は動機付けられるということが言えます。が、組織の中では、本当にそれだけで動機付けられるのか、というのが私の疑問です。繰り返しになりますが、動機付け理論は役に立つ部分もありますが、金科玉条ではないことを前提に読む必要があります。
次回は、これに関連してコーチングについて、触れたいと思います。(岩崎 卓也)
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もちろん、今号の「新しい動機づけ理論」を全て否定するわけではありません。動機付け理論やコーチングは全てをそのまま受け入れてはならないことを意識した上で、読むことが必要だと私は思います。この論文では新しい理論が提唱されており、知っておく価値はあります。具体的な目新しい内容とは次のようになります。
この論文はモチベーションには「欲動」が大きく関係しているといいます。ここでいう欲動とは、英語で言うdriveで、具体的には「獲得」「絆」「理解」「防御」の四種類があります。この点は、従来の動機付け理論と比べて、新しい部分だといえます。また、この4つがどのような要素で左右され、これらをどのように満たせばいいのかが書かれています。具体的に企業での報奨制度、企業文化、職務設計などについて、どのようなてこ入れが良いのか、といったことが解説されています。
この4つの欲動すべてに対処すれば、社員達の能力を引き出し、業績の拡大につながる。これがこの論文の骨子です。また、社員のモチベーションには組織だけでなく、上司という要素が大きいこともこの論文では言っています。確かに、一対一の中で、人間は動機付けられるということが言えます。が、組織の中では、本当にそれだけで動機付けられるのか、というのが私の疑問です。繰り返しになりますが、動機付け理論は役に立つ部分もありますが、金科玉条ではないことを前提に読む必要があります。
次回は、これに関連してコーチングについて、触れたいと思います。(岩崎 卓也)
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2008/09/10
ワーク・ライフ・バランスの新しい行動
「ワーク・ライフ・バランス」という言葉をどのように捉えていますか。仕事に偏りすぎているから生活の見直しが必要だ、といった意味で使うことが多いのではないでしょうか。仕事か家庭か、バランスを重視し、二元論的な見方でワーク・ライフ・バランスについて議論をしています。
次号(2008年10月号)に掲載した「ワーク・ライフ・バランスの実践法」では、全く異なる考え方を提唱しています。執筆者はスチュワート・D・フリードマン、ペンシルバニア大学 ウォートン・スクールの教授です。彼はアル・ゴアやジャック・ウェルチのアドバイザーを務めたこともある人です。
この論文のワーク・ライフ・バランスとは「今まで以上働き、家族もより大切にする」ことを指します。従来の労働時間を減らすことで家族との時間を増やす、といった二項対立ではありません。
「仕事」「家庭」「地域社会」、そして「自分自身」。この四領域すべてにおいて、優れた成果を追求するほうが理にかなっている。これがフリードマン氏の主張で、このことを「四正面の勝利」と呼んでいます。
具体的には9つのカテゴリーがあって、これらをうまく組み合わせることで、可能性を探っていきます。例えば、「集中と専念」というカテゴリーでは、決まった時間にデジタル機器の通信環境を遮断する。「計画と準備」では、スケジュールを誰かと共有する、日曜日の晩に一週間分の準備をする、といった具体例が並びます。
これらを実践していくことで、効率性が上がるといいます。仕事に対して今までと同じ、あるいは今まで以上のクオリティを持ち、かつ、処理能力が上がっていく。その分、浮いた時間で他のステークホルダーや家族などとの時間に充当できるようになる、という言い方をフリードマン氏はしています。実践すべき内容は目新しくないけれども、忘れがちなことばかりです。
働く上で、会社人間になりたくないからモラトリアムを宣言する人もいます。また、自分はここまで、と決めてしまう人もいます。従来のワーク・ライフ・バランスはそれぞれに主従がつけられていました。会社人間と呼ばれる人は会社が主でプライベートが従なのだ、と。そういう上下の切り分けではなく、この論文のワーク・ライフ・バランスは左右なのです。四つの領域が並んでおり、平等の中で切り分ける。ここが日本におけるワーク・ライフ・バランスの良くある議論との違いです。(岩崎 卓也)
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▽今号〈2008年10月号〉はこちらからどうぞ
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059691008
次号(2008年10月号)に掲載した「ワーク・ライフ・バランスの実践法」では、全く異なる考え方を提唱しています。執筆者はスチュワート・D・フリードマン、ペンシルバニア大学 ウォートン・スクールの教授です。彼はアル・ゴアやジャック・ウェルチのアドバイザーを務めたこともある人です。
この論文のワーク・ライフ・バランスとは「今まで以上働き、家族もより大切にする」ことを指します。従来の労働時間を減らすことで家族との時間を増やす、といった二項対立ではありません。
「仕事」「家庭」「地域社会」、そして「自分自身」。この四領域すべてにおいて、優れた成果を追求するほうが理にかなっている。これがフリードマン氏の主張で、このことを「四正面の勝利」と呼んでいます。
具体的には9つのカテゴリーがあって、これらをうまく組み合わせることで、可能性を探っていきます。例えば、「集中と専念」というカテゴリーでは、決まった時間にデジタル機器の通信環境を遮断する。「計画と準備」では、スケジュールを誰かと共有する、日曜日の晩に一週間分の準備をする、といった具体例が並びます。
これらを実践していくことで、効率性が上がるといいます。仕事に対して今までと同じ、あるいは今まで以上のクオリティを持ち、かつ、処理能力が上がっていく。その分、浮いた時間で他のステークホルダーや家族などとの時間に充当できるようになる、という言い方をフリードマン氏はしています。実践すべき内容は目新しくないけれども、忘れがちなことばかりです。
働く上で、会社人間になりたくないからモラトリアムを宣言する人もいます。また、自分はここまで、と決めてしまう人もいます。従来のワーク・ライフ・バランスはそれぞれに主従がつけられていました。会社人間と呼ばれる人は会社が主でプライベートが従なのだ、と。そういう上下の切り分けではなく、この論文のワーク・ライフ・バランスは左右なのです。四つの領域が並んでおり、平等の中で切り分ける。ここが日本におけるワーク・ライフ・バランスの良くある議論との違いです。(岩崎 卓也)
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2008/09/06
能動的に行動するリーダー
次号(2008年10月号)の特集は「行動するリーダーの条件」を予定しております。「行動」には様々なことがあてはまりますが、次号での「行動」とは、「能動的に行動する」ことをいいます。具体的にどのようなことを指すのか。それは次のようになります。
会社には守らなければならないルールがあります。が、私たちは知らないうちに、ルールに馴致していることがあります。古くなった規範や不文律などに対してただ盲目的に従うのはいかがなものでしょう。なかには、やめるべきこともあるのではないでしょうか。
次号では、旧来の動機付け理論など、古くなった規範や理論を取り上げます。しかし、古い理論を批判するだけでは、行動に結びつきません。新たな理論とはどのようなものなのかを学ぶことが大切です。次号では「ワーク・ライフ・バランスの実践法」など、旧来の理論や考え方に対しての新しい理論、考えを示した論文を掲載します。そのほか、「新しい動機づけ理論」「キャリアの哲学」などの論文を掲載します。
話は変わりますが、能動的に自分で行動するということは、周囲ないしは自分たちの後輩に対して、大げさにいえば範を垂れることになります。少なくとも行動を示すことになるわけです。それには、自分に対して律する気持ちが必要ですし、周囲から見て手本になるような要素がなければいけません。
古くから言われていることですが、企業にステークホルダーがいるように、自分にもステークホルダーがいる。このことを意識して働くことは大切です。取引先の会社に対しては、会社ではなく、会社の代表として相手の会社とつきあうべきでしょう。そこには、パートナーの関係があります。地域社会、家族など、ステークホルダー全体の幸せを考えて振舞っていく必要があるということです。
次号の内容は、「自分自身のたな卸し」といった側面もあります。ステークホルダー全体の幸せを考えるには、ワーク・ライフ・バランスは欠かせません。次号の「ワーク・ライフ・バランスの実践法」という論文の紹介とともに、ワーク・ライフ・バランスに対する新しい考え方を次回、こちらで紹介します。(岩崎 卓也)
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2008年10月号は9月10日発売です。
会社には守らなければならないルールがあります。が、私たちは知らないうちに、ルールに馴致していることがあります。古くなった規範や不文律などに対してただ盲目的に従うのはいかがなものでしょう。なかには、やめるべきこともあるのではないでしょうか。
次号では、旧来の動機付け理論など、古くなった規範や理論を取り上げます。しかし、古い理論を批判するだけでは、行動に結びつきません。新たな理論とはどのようなものなのかを学ぶことが大切です。次号では「ワーク・ライフ・バランスの実践法」など、旧来の理論や考え方に対しての新しい理論、考えを示した論文を掲載します。そのほか、「新しい動機づけ理論」「キャリアの哲学」などの論文を掲載します。
話は変わりますが、能動的に自分で行動するということは、周囲ないしは自分たちの後輩に対して、大げさにいえば範を垂れることになります。少なくとも行動を示すことになるわけです。それには、自分に対して律する気持ちが必要ですし、周囲から見て手本になるような要素がなければいけません。
古くから言われていることですが、企業にステークホルダーがいるように、自分にもステークホルダーがいる。このことを意識して働くことは大切です。取引先の会社に対しては、会社ではなく、会社の代表として相手の会社とつきあうべきでしょう。そこには、パートナーの関係があります。地域社会、家族など、ステークホルダー全体の幸せを考えて振舞っていく必要があるということです。
次号の内容は、「自分自身のたな卸し」といった側面もあります。ステークホルダー全体の幸せを考えるには、ワーク・ライフ・バランスは欠かせません。次号の「ワーク・ライフ・バランスの実践法」という論文の紹介とともに、ワーク・ライフ・バランスに対する新しい考え方を次回、こちらで紹介します。(岩崎 卓也)
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2008年10月号は9月10日発売です。
2008/09/03
女性のキャリアと長く勤めること
前回の「日経 丸の内キャリア塾」の続きになりますが、インタビューでは「女性のキャリアについて、具体的にどうしたら良いのか」という質問がありました。回答としては「長く勤めるということ」が第一にあげられます。ジョブホッピングを否定はしませんが、その道で通用する一人前になるには、長く勤めないと難しいのではないでしょうか。
その一方で、キャリアアップというと、学歴をつける、資格を取ることを思い浮かべる方も少なくないと思います。が、私は資格や学歴がその方のパフォーマンスを決めるものではないと思っています。前にも書きましたが、日本と欧米では、MBAの価値が異なります。欧米の大学ではリベラルアーツをしっかりと教えます。その点、日本は専門教育重視です。リベラルアーツに関する議論はさておき、日本は専門教育が充実しているので、商学部や経済学部、経営学部といった学部で学ぶ内容は、ビジネススクールと大きな差が出ない部分もあります。文学部など、ビジネスとは縁遠い学部出身者がMBAを取ることには意味があると思います。が、商学部や経済学部、経営学部卒で、英語が話せれば、海外留学と比べて習得する知識は大きく差が出ないともいえます。
資格も同様です。資格がないと法的に仕事をすることが許されないものもあります。が、キャリア・デベロップメントの観点でいうと、資格があっても実務を経験しないと、本当の意味での仕事はできないでしょう。MBAや資格を取ることについて否定はしませんが、それでキャリアが約束されたという幻想を抱くのはもうやめましょう、と言いたいのです。結局、企業に長く勤めて、腰を落ち着けて働くことが大切だ、というところに結論がいきます。
ならば、途中で会社を辞めてしまったら、もうキャリアを伸ばすことはできないのでしょうか。前回も触れましたが、そうではありません。40歳過ぎて、ゼロベースからキャリアを作っていくことは可能です。日本は超高齢社会に突入しました。2050年、女性の平均寿命は90歳を超えます。25歳の方にとって、90歳までの間には65年もの時間があります。人生90年だとすると、45歳になってやっと半分まで来たことになります。70歳まで働くなら、人生の半分の地点である45歳でも、あと25年働く時間があります。人生全体を眺めるなら、20代は懸命に働き、30代は仕事を離れ子育てに専念し、40代で元の職場に戻るといった選択肢があってもいいと思います。
あるいは、極端な話、今まで積み上げてきたことをリセットして、もう一度最初からやり直しても、意外と楽しい人生が送れるかもしれません。可能性はたくさんあるはずです。超高齢社会では、これまでとは違ったキャリアの伸ばし方が出てくるのではないか、と私は思います。(岩崎 卓也)
その一方で、キャリアアップというと、学歴をつける、資格を取ることを思い浮かべる方も少なくないと思います。が、私は資格や学歴がその方のパフォーマンスを決めるものではないと思っています。前にも書きましたが、日本と欧米では、MBAの価値が異なります。欧米の大学ではリベラルアーツをしっかりと教えます。その点、日本は専門教育重視です。リベラルアーツに関する議論はさておき、日本は専門教育が充実しているので、商学部や経済学部、経営学部といった学部で学ぶ内容は、ビジネススクールと大きな差が出ない部分もあります。文学部など、ビジネスとは縁遠い学部出身者がMBAを取ることには意味があると思います。が、商学部や経済学部、経営学部卒で、英語が話せれば、海外留学と比べて習得する知識は大きく差が出ないともいえます。
資格も同様です。資格がないと法的に仕事をすることが許されないものもあります。が、キャリア・デベロップメントの観点でいうと、資格があっても実務を経験しないと、本当の意味での仕事はできないでしょう。MBAや資格を取ることについて否定はしませんが、それでキャリアが約束されたという幻想を抱くのはもうやめましょう、と言いたいのです。結局、企業に長く勤めて、腰を落ち着けて働くことが大切だ、というところに結論がいきます。
ならば、途中で会社を辞めてしまったら、もうキャリアを伸ばすことはできないのでしょうか。前回も触れましたが、そうではありません。40歳過ぎて、ゼロベースからキャリアを作っていくことは可能です。日本は超高齢社会に突入しました。2050年、女性の平均寿命は90歳を超えます。25歳の方にとって、90歳までの間には65年もの時間があります。人生90年だとすると、45歳になってやっと半分まで来たことになります。70歳まで働くなら、人生の半分の地点である45歳でも、あと25年働く時間があります。人生全体を眺めるなら、20代は懸命に働き、30代は仕事を離れ子育てに専念し、40代で元の職場に戻るといった選択肢があってもいいと思います。
あるいは、極端な話、今まで積み上げてきたことをリセットして、もう一度最初からやり直しても、意外と楽しい人生が送れるかもしれません。可能性はたくさんあるはずです。超高齢社会では、これまでとは違ったキャリアの伸ばし方が出てくるのではないか、と私は思います。(岩崎 卓也)
2008/08/30
女性のキャリアを語る前提
先日、「日経 丸の内キャリア塾」に私のインタビュー記事が掲載されました。前にもインタビューを受けたことがあり、今回は2年半ぶりということになります。テーマは「女性のキャリア」についてです。
「日経 丸の内キャリア塾」に限らず、インタビュー記事の場合、紙幅の都合で、どうしても話の内容を割愛しなければならない部分が生じます。今回、こちらのブログでは「日経 丸の内キャリア塾」では言い切れなかったことをお伝えしようと思います。
「女性のキャリア」ということでは、「DHBR」2008年6月号「逆転の人材開発論」にて、女性と中高年に絞った人材論を特集しました。こちらのブログで特集の紹介をするにあたり、組織は女性と中高年の活用が必要だ、と私は書きました。その理由のひとつとして、女性と中高年は実務経験があり、仕事に必要な知識、およびその組織のプロトコルを理解している。これは短時間で身に着くものではない、貴重なものだという点をあげました。この考えが私の基本にあります。
ところで、日本は今、デフレとインフレが同時共存しています。世界全体で見ると、スタグフレーションの懸念もあります。
原油に始まる原材料の高騰は一段落しているとはいえ、依然、高い水準にあります。製品価格への転嫁が始まり、インフレが進んでいる。しかし、その一方で需要の低迷により価格の引き上げがしづらいという現実もあるのです。インフレだといわれながらも、消費者物価指数は大きく上がっているとはいい難い状況にあります。
これまで、日本の企業は賃金を上げないで業績を維持してきましたが、いずれできなくなるときが来るでしょう。すると、企業では雇用調整の必要性が出てくることも考えられます。対象として、非正規雇用の人たちだけでなく、企業内弱者のほうに向かうこともあるでしょう。
業種や企業によって、考え方はさまざまです。が、今ある日本社会の価値観に従うと、恐らくワーキング・マザーと中高年に対する雇用調整の可能性は高まることは否定できません。そこに、企業はどうやってブレーキをかけることができるのか、という問題が私のなかにありました。
結論を先にいえば、これだけ厳しい局面でも超高齢社会により、女性には新たな可能性があると私は思っています。ですから、絶望することはありません。また、企業はここで踏ん張れば、いい人材を残すチャンスだということがいえます。では、その女性の可能性とは何か? これらを含めて、次回ブログに詳細を書きます。(岩崎 卓也)
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▽「DHBR」2008年6月号はこちらから
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690608
▽今号〈2008年9月号〉はこちらからどうぞ
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690908
「日経 丸の内キャリア塾」に限らず、インタビュー記事の場合、紙幅の都合で、どうしても話の内容を割愛しなければならない部分が生じます。今回、こちらのブログでは「日経 丸の内キャリア塾」では言い切れなかったことをお伝えしようと思います。
「女性のキャリア」ということでは、「DHBR」2008年6月号「逆転の人材開発論」にて、女性と中高年に絞った人材論を特集しました。こちらのブログで特集の紹介をするにあたり、組織は女性と中高年の活用が必要だ、と私は書きました。その理由のひとつとして、女性と中高年は実務経験があり、仕事に必要な知識、およびその組織のプロトコルを理解している。これは短時間で身に着くものではない、貴重なものだという点をあげました。この考えが私の基本にあります。
ところで、日本は今、デフレとインフレが同時共存しています。世界全体で見ると、スタグフレーションの懸念もあります。
原油に始まる原材料の高騰は一段落しているとはいえ、依然、高い水準にあります。製品価格への転嫁が始まり、インフレが進んでいる。しかし、その一方で需要の低迷により価格の引き上げがしづらいという現実もあるのです。インフレだといわれながらも、消費者物価指数は大きく上がっているとはいい難い状況にあります。
これまで、日本の企業は賃金を上げないで業績を維持してきましたが、いずれできなくなるときが来るでしょう。すると、企業では雇用調整の必要性が出てくることも考えられます。対象として、非正規雇用の人たちだけでなく、企業内弱者のほうに向かうこともあるでしょう。
業種や企業によって、考え方はさまざまです。が、今ある日本社会の価値観に従うと、恐らくワーキング・マザーと中高年に対する雇用調整の可能性は高まることは否定できません。そこに、企業はどうやってブレーキをかけることができるのか、という問題が私のなかにありました。
結論を先にいえば、これだけ厳しい局面でも超高齢社会により、女性には新たな可能性があると私は思っています。ですから、絶望することはありません。また、企業はここで踏ん張れば、いい人材を残すチャンスだということがいえます。では、その女性の可能性とは何か? これらを含めて、次回ブログに詳細を書きます。(岩崎 卓也)
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2008/08/26
ノキアの携帯電話大転換への備え
今号(2008年9月号)に「ノキアのR&D改革:革命に備える」というインタビュー記事が掲載されています。こちらはノキアのボブ・イアヌッチ氏に対して、HBR本誌のアンドリュー・オコネル(アソシエート・エディター)がインタビューしたものです。
イアヌッチ氏はノキアのCTO、技術に関する総責任者です。ノキアは製紙会社として出発した企業で、ご存知の通り現在では携帯電話メーカーとして世界トップクラスの企業になっています。イアヌッチ氏によると、携帯電話業界は間もなく大転換を迎えるといいます。そのために、ノキアは何に力を注ぐのでしょうか。
イアヌッチ氏はIBMのR&D責任者を務めたこともある方です。インタビューでは
〈IBMで学んだことの一つが会社の「遠い未来」に大きな影響を及ぼす可能性のある分野の基礎研究に投資する重要性です〉
と語っています。これから訪れる携帯電話の大きな変化に備えるには、基礎研究を大事にすることが重要。組織体制も含めたR&Dの改革に乗り出すのだといいます。
インタビューの中では、新しい技術の例として、携帯電話をセンサーとして利用することをあげています。私たちはインターネットの検索では、文字を入力し、検索ボタンをクリックして検索します。新しい技術によって、文字入力の部分を携帯電話のカメラで写した画像を利用することが可能になるといいます。例えば、ショー・ウインドウに飾ってある商品を携帯電話のカメラで写す。その画像で検索をかける。すると、その商品に関する情報が画面に表示される、といったことができるようになる可能性もあるのだと語っていました。
即効性のあるデベロップメントの活動と、いつ成果が出るかわからないリサーチの部分をどうバランスさせていくのか難しい問題です。が、成長しているトップ企業のCTOが新しいイノベーション活動の話をすると、夢がかきたてられるような気持ちになります。(岩崎 卓也)
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イアヌッチ氏はノキアのCTO、技術に関する総責任者です。ノキアは製紙会社として出発した企業で、ご存知の通り現在では携帯電話メーカーとして世界トップクラスの企業になっています。イアヌッチ氏によると、携帯電話業界は間もなく大転換を迎えるといいます。そのために、ノキアは何に力を注ぐのでしょうか。
イアヌッチ氏はIBMのR&D責任者を務めたこともある方です。インタビューでは
〈IBMで学んだことの一つが会社の「遠い未来」に大きな影響を及ぼす可能性のある分野の基礎研究に投資する重要性です〉
と語っています。これから訪れる携帯電話の大きな変化に備えるには、基礎研究を大事にすることが重要。組織体制も含めたR&Dの改革に乗り出すのだといいます。
インタビューの中では、新しい技術の例として、携帯電話をセンサーとして利用することをあげています。私たちはインターネットの検索では、文字を入力し、検索ボタンをクリックして検索します。新しい技術によって、文字入力の部分を携帯電話のカメラで写した画像を利用することが可能になるといいます。例えば、ショー・ウインドウに飾ってある商品を携帯電話のカメラで写す。その画像で検索をかける。すると、その商品に関する情報が画面に表示される、といったことができるようになる可能性もあるのだと語っていました。
即効性のあるデベロップメントの活動と、いつ成果が出るかわからないリサーチの部分をどうバランスさせていくのか難しい問題です。が、成長しているトップ企業のCTOが新しいイノベーション活動の話をすると、夢がかきたてられるような気持ちになります。(岩崎 卓也)
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2008/08/22
プリンシパル−エージェント・セオリーとイノベーション投資
プリンシパル−エージェンシー問題はご存知の通り、古くから議論されている事項です。前回紹介した「財務分析がイノベーションを殺す」でも、触れられています。もともと、プリンシパル−エージェント・セオリー(principal-agent theory)では、プリンシパル(依頼人、株主)とエージェント(代理人、経営者)、両者の利益は一致しないことになります。確かに、オーナーである株主と経営の執行を委ねられている経営者の間には、利益相反を招きやすい部分があります。
プリンシパル−エージェント・セオリーでは、経営者の報酬は株式と連動させるべきで、自社株、ストックオプションなどを推進したほうがいい、となっています。しかし、この論文では、イノベーションを実現させたいのなら、このプリンシパル−エージェント・セオリーによった経営者報酬のあり方はおかしいのではないか、と思わされます。なぜなら、経営が短期的な視野で決断されやすくなるからです。経営者は成功するかどうかわからない、不確実で長期的になる傾向の高いイノベーション活動に対して、投資をすることにためらうようになるのです。四半期ベースでEPS(一株あたり利益)を上げようとするなら、イノベーションはしないほうがいいという結論になります。
以前、ある企業がエコノミック・バリュー・ アデッド(EVA)を導入しました。そして、何が起こったか? ラインマネジャーたちが皆、投資をやめたのです。投資をしなければEVAが上がるからです。もちろん、企業によってはEVAを導入し、結果を出しているところもあります。しかし、一般的にはEVAをあげるには、投資をしなければいいという考えに至りやすいです。
この論文には書かれていませんでしたが、例えば、ストックオプションなどの株式連動型の報酬はEVAと同様の意味で、問題視しているのだなと読みました。「投資をしなければいいことがある」というインセンティブが働くことはよろしくないことです。この論文を読むと、イノベーション投資プロジェクトの意思決定方法に誤った理論やツールを用いているケースがあることに気づかされます。(岩崎 卓也)
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▽2008年9月号のご注文はこちらからどうぞ
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690908
プリンシパル−エージェント・セオリーでは、経営者の報酬は株式と連動させるべきで、自社株、ストックオプションなどを推進したほうがいい、となっています。しかし、この論文では、イノベーションを実現させたいのなら、このプリンシパル−エージェント・セオリーによった経営者報酬のあり方はおかしいのではないか、と思わされます。なぜなら、経営が短期的な視野で決断されやすくなるからです。経営者は成功するかどうかわからない、不確実で長期的になる傾向の高いイノベーション活動に対して、投資をすることにためらうようになるのです。四半期ベースでEPS(一株あたり利益)を上げようとするなら、イノベーションはしないほうがいいという結論になります。
以前、ある企業がエコノミック・バリュー・ アデッド(EVA)を導入しました。そして、何が起こったか? ラインマネジャーたちが皆、投資をやめたのです。投資をしなければEVAが上がるからです。もちろん、企業によってはEVAを導入し、結果を出しているところもあります。しかし、一般的にはEVAをあげるには、投資をしなければいいという考えに至りやすいです。
この論文には書かれていませんでしたが、例えば、ストックオプションなどの株式連動型の報酬はEVAと同様の意味で、問題視しているのだなと読みました。「投資をしなければいいことがある」というインセンティブが働くことはよろしくないことです。この論文を読むと、イノベーション投資プロジェクトの意思決定方法に誤った理論やツールを用いているケースがあることに気づかされます。(岩崎 卓也)
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2008/08/19
DCF法の罠
今号(2008年9月号)でもっとも面白いと感じたのは、巻頭論文の「財務分析がイノベーションを殺す」です。執筆者はハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授他です。クリステンセンは「ハーバード・ビジネス・レビュー」本誌1995年2月号に「『イノベーションのジレンマ』への挑戦」を寄稿し、「破壊的技術」という概念を提唱しました。そして、これを発展させ、『イノベーションのジレンマ』(翔泳社)という書籍をまとめたことは良く知られています。この論文では財務分析の誤用により、イノベーションへの投資が阻まれることを指摘しています。
イノベーション投資の価値を評価する方法にDCF法(Discounted Cash Flow 法)というものがあります。随分前から、DCF法の限界は指摘されてきました。このDCF法では価値を計算するに当たり、割引現在価値というものを利用します。意思決定にあたっては、DCF法を適用することで算出した価値と何もしなかったときの価値、この両者を比較します。ここにDCF法の罠があるといいます。
DCF法の場合、市場環境は基本的に変化がないことを前提にしています。でも、実際はそんなことはないでしょう。市場には競合他社が存在し、競争があります。結果、製品価格が下がり、利益率の低下といったことが起こります。自社が何もしなければ、年月が経つに従って、自社の市場シェアは縮小し、販売量も減少するでしょう。でも、DCF法では縮小、減少といった事態は考慮しません。何もしなければ、変化がないととらえます。もちろん、DCF法を使うことは悪いことではありません。ただし、鵜呑みにしてはダメだということです。
もう一つ財務的な意思決定パラダイムの誤用として、固定費と埋没費用について触れています。財務慣行の誤用で将来必要なケイパビリティへの投資をおざなりにさせてしまうという問題を指摘しています。具体的にいうと、資産の償却に関する耐用年数の問題です。新しいケイパビリティを構築する際、古い資産の減価償却が必要になる場合があります。この減価償却によって、その四半期の費用が大きくなり、ひいては株価に影響する。このことを考えると、経営トップは新技術への投資に腰が引けてしまうのです。結果として、イノベーションに乗り遅れる可能性がある、とこの論文では言っています。鉄鋼業界の事例を用いた解説などもあり、興味深く、なるほどと思わせる論文だと感じました。(岩崎 卓也)
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イノベーション投資の価値を評価する方法にDCF法(Discounted Cash Flow 法)というものがあります。随分前から、DCF法の限界は指摘されてきました。このDCF法では価値を計算するに当たり、割引現在価値というものを利用します。意思決定にあたっては、DCF法を適用することで算出した価値と何もしなかったときの価値、この両者を比較します。ここにDCF法の罠があるといいます。
DCF法の場合、市場環境は基本的に変化がないことを前提にしています。でも、実際はそんなことはないでしょう。市場には競合他社が存在し、競争があります。結果、製品価格が下がり、利益率の低下といったことが起こります。自社が何もしなければ、年月が経つに従って、自社の市場シェアは縮小し、販売量も減少するでしょう。でも、DCF法では縮小、減少といった事態は考慮しません。何もしなければ、変化がないととらえます。もちろん、DCF法を使うことは悪いことではありません。ただし、鵜呑みにしてはダメだということです。
もう一つ財務的な意思決定パラダイムの誤用として、固定費と埋没費用について触れています。財務慣行の誤用で将来必要なケイパビリティへの投資をおざなりにさせてしまうという問題を指摘しています。具体的にいうと、資産の償却に関する耐用年数の問題です。新しいケイパビリティを構築する際、古い資産の減価償却が必要になる場合があります。この減価償却によって、その四半期の費用が大きくなり、ひいては株価に影響する。このことを考えると、経営トップは新技術への投資に腰が引けてしまうのです。結果として、イノベーションに乗り遅れる可能性がある、とこの論文では言っています。鉄鋼業界の事例を用いた解説などもあり、興味深く、なるほどと思わせる論文だと感じました。(岩崎 卓也)
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2008/08/15
グーグルの強みは目新しさとは限らない
前回まで、こちらのブログでは、今号(2008年9月号)に掲載した組織能力とIT投資に関する論文を二本紹介しました。これらの論文を受ける形で、「グーグル:革新し続ける組織」「新生銀行:事業戦略とITの融合」、グーグルと新生銀行に関する論文、二本を掲載しています。
「グーグル:革新し続ける組織」ではグーグルが高成長を実現しているその強みについて書かれています。一般的に、グーグルの高成長は検索技術やITインフラにあると語られることが多いのですが、それ以外の事項について触れています。
執筆者はバブソン・カレッジのトーマス・H・ダベンポート教授とバラ・アイヤー准教授のお二人です。ダベンポート教授はITマネジメントの大御所と言われている人です。この論文は周辺取材で書いたものです。が、グーグルインサイトと言うほどではないものの、私の印象ではきちんと調べて書いている、と感じました。
結論としてはグーグルの強みはやはり組織文化にあるのではないか、と私は読みました。21世紀の新しい企業モデルだと言われているグーグルですが、この論文を読むと意外と特別なことはしていないことに気づきます。例えば、デジタル社員提案制度がありますが、これはかつて日本で盛んに行われていたTQCの提案制度にITを利用して実現させているとも取れます。
ファクトベースで分析する。これはコンサルティングファームではあたり前の事項です。
グーグルの組織文化に失敗をどんどん奨励する、というものがあります。これも3Mでは70年代から実行されていました。失敗に寛容な組織がいかにイノベーティブなものを発明しうるか。これはすでに証明されています。
グーグルが提供するサービスは斬新で画期的なものが多くあります。他方、アプローチの仕方、実行の手段、行動については突き詰めると目新しいものだとは言い切れません。でも、グーグルは着実に効果のあることを実行している組織なのだと思いました。効果が期待できる、あらゆるものごとを実行し、整合性をとりながら進めている。ここに強みがあるのだと、この論文から読み取れます。(岩崎 卓也)
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「グーグル:革新し続ける組織」ではグーグルが高成長を実現しているその強みについて書かれています。一般的に、グーグルの高成長は検索技術やITインフラにあると語られることが多いのですが、それ以外の事項について触れています。
執筆者はバブソン・カレッジのトーマス・H・ダベンポート教授とバラ・アイヤー准教授のお二人です。ダベンポート教授はITマネジメントの大御所と言われている人です。この論文は周辺取材で書いたものです。が、グーグルインサイトと言うほどではないものの、私の印象ではきちんと調べて書いている、と感じました。
結論としてはグーグルの強みはやはり組織文化にあるのではないか、と私は読みました。21世紀の新しい企業モデルだと言われているグーグルですが、この論文を読むと意外と特別なことはしていないことに気づきます。例えば、デジタル社員提案制度がありますが、これはかつて日本で盛んに行われていたTQCの提案制度にITを利用して実現させているとも取れます。
ファクトベースで分析する。これはコンサルティングファームではあたり前の事項です。
グーグルの組織文化に失敗をどんどん奨励する、というものがあります。これも3Mでは70年代から実行されていました。失敗に寛容な組織がいかにイノベーティブなものを発明しうるか。これはすでに証明されています。
グーグルが提供するサービスは斬新で画期的なものが多くあります。他方、アプローチの仕方、実行の手段、行動については突き詰めると目新しいものだとは言い切れません。でも、グーグルは着実に効果のあることを実行している組織なのだと思いました。効果が期待できる、あらゆるものごとを実行し、整合性をとりながら進めている。ここに強みがあるのだと、この論文から読み取れます。(岩崎 卓也)
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2008/08/12
やはりIT投資と企業パフォーマンスには正の相関性があるのか
今号(2008年9月号)の特集は「組織IQの経営」です。特集の2番目には「競争力とIT投資の知られざる力学」という論文を掲載しました。執筆者の一人はMIT(マサチューセッツ工科大学)の教授、エリック・ブリニョルフソンです。
前回、紹介した「組織IQ論」では、IT投資と企業業績に相関性はあるのか、という点が一つの論点でした。今回紹介する「競争力とIT投資の知られざる力学」では、IT投資と企業パフォーマンスは正の相関性がある、と言います。論文によると、90年代の半ばからアメリカではIT投資が増えていき、それによって競争力が上がっているというのです。データの検証もしっかりとされています。確かに、IT投資イコール競争力の向上、および市場シェアの向上、ひいては株価の上昇というのは美しい。しかも検証するデータもあります。
しかしながら、ベテランのビジネスパーソンからすると、この論文はおおよそ受け入れられないロジックになっていると思います。組織がITを活用する能力や管理する能力がなければ、パフォーマンスにつながらないと感じているでしょう。
実は、執筆者であるエリック・ブリニョルフソンは、以前「デジタル組織」というものを提唱しています。デジタル組織というのは「ITを使うにふさわしい組織」のことで、デジタル組織が実現されることによって、生産性が幾何学級数的にあがっていく可能性があるというものです。
今号の論文、「競争力とIT投資の知られざる力学」では、前提になる部分、デジタル組織に関することについては触れられていません。約5年前、私はブリニョルフソン教授に衛星回線利用によるインタビューをしたことがあります。当時、彼はIT投資が生きる業種とそうでない業種があるのだと言っていました。たとえば金融やメディアはITとの親和性が高い業種です。必ずしも、全ての組織がIT投資の効果がプラスとして期待できるとは限らないということです。この論文はそのまま読むと、ロジックに無理があるように思えます。が、前提として「デジタル組織」という概念を意識しながら読むと理解が深まると感じました。(岩崎 卓也)
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前回、紹介した「組織IQ論」では、IT投資と企業業績に相関性はあるのか、という点が一つの論点でした。今回紹介する「競争力とIT投資の知られざる力学」では、IT投資と企業パフォーマンスは正の相関性がある、と言います。論文によると、90年代の半ばからアメリカではIT投資が増えていき、それによって競争力が上がっているというのです。データの検証もしっかりとされています。確かに、IT投資イコール競争力の向上、および市場シェアの向上、ひいては株価の上昇というのは美しい。しかも検証するデータもあります。
しかしながら、ベテランのビジネスパーソンからすると、この論文はおおよそ受け入れられないロジックになっていると思います。組織がITを活用する能力や管理する能力がなければ、パフォーマンスにつながらないと感じているでしょう。
実は、執筆者であるエリック・ブリニョルフソンは、以前「デジタル組織」というものを提唱しています。デジタル組織というのは「ITを使うにふさわしい組織」のことで、デジタル組織が実現されることによって、生産性が幾何学級数的にあがっていく可能性があるというものです。
今号の論文、「競争力とIT投資の知られざる力学」では、前提になる部分、デジタル組織に関することについては触れられていません。約5年前、私はブリニョルフソン教授に衛星回線利用によるインタビューをしたことがあります。当時、彼はIT投資が生きる業種とそうでない業種があるのだと言っていました。たとえば金融やメディアはITとの親和性が高い業種です。必ずしも、全ての組織がIT投資の効果がプラスとして期待できるとは限らないということです。この論文はそのまま読むと、ロジックに無理があるように思えます。が、前提として「デジタル組織」という概念を意識しながら読むと理解が深まると感じました。(岩崎 卓也)
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2008/08/08
組織IQが低い企業の投資
次号(2008年7月号)の特集は「組織IQの経営」です。組織能力とITの関係や投資の正当性など、いくつかのテーマに分かれて構成されています。特集の一つは「ITと組織能力の関係」です。一般的に、IT投資をすれば企業業績は向上すると考えられています。本当にそうなのでしょうか。
90年代初めは、IT投資をすることで、あらゆることが実現可能になるといった偏った言い方をされていました。米ビル・クリントン政権の副大統領アル・ゴアが提案した情報スーパーハイウェイ構想などがそうです。日本でも、インターネットによって実現するであろう新しい世界が夢物語のように語られた時代がありました。
80年代はコンピュータの性能が向上し、情報通信技術が急速に発展した時代です。多くの議論がなされました。『リエンジニアリング革命』(マイケル・ハマー、ジェイムズ チャンピー著)やマッキンゼーなどによる提唱もありました。これらの本質は、業務をITによって標準化することで、仕事の効率をあげていくというものです。そのプロセスを社内だけでなく、社外にも押し広げていくことよって、より生産性が高まるといわれていました。この議論は80年代から今でも続いています。
しかし、現実には多額のIT投資をしたもののシステムを持て余している、成果が思うように出ていないといった声を耳にすることもあります。本当にIT投資と企業業績に相関性はあるのでしょうか。次号の「組織IQ論」(早稲田ビジネススクール 教授 平野雅章)では、IT投資によって業務の有効性と効率性が高まることに対して問題提起しています。IT投資に対して否定はしませんが、業績向上になると判断することに対して留保することも正しいのではないかといっています。
この論文では「組織IQ」とはどのようなものか、解説しています。IT投資と企業業績の相関性について、「組織IQ」という変数を加味することで、両者の相関関係を検証しています。
組織IQが低い組織がIT投資をしても高いパフォーマンスを得られない。これは確かにそうだと思いました。
投資とは必ずリターンが確保されるものではない。これは皆わかっているのですが、得てして投資はリターンに結びつくという前提に立ってしまいがちです。もう少し懐疑的な態度をとるべきなのだろうということがいえます。組織能力が高くないと、いくらIT投資をしてもそれはドブに金を捨てるようなものだ。この結論は人的投資など、ほかの投資にもあてはまるのではないでしょうか。組織IQは高いのか、低いのか。この論文を自身の周囲にあてはめて読むと、興味深さが増すかもしれません。(岩崎 卓也)
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http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690908
90年代初めは、IT投資をすることで、あらゆることが実現可能になるといった偏った言い方をされていました。米ビル・クリントン政権の副大統領アル・ゴアが提案した情報スーパーハイウェイ構想などがそうです。日本でも、インターネットによって実現するであろう新しい世界が夢物語のように語られた時代がありました。
80年代はコンピュータの性能が向上し、情報通信技術が急速に発展した時代です。多くの議論がなされました。『リエンジニアリング革命』(マイケル・ハマー、ジェイムズ チャンピー著)やマッキンゼーなどによる提唱もありました。これらの本質は、業務をITによって標準化することで、仕事の効率をあげていくというものです。そのプロセスを社内だけでなく、社外にも押し広げていくことよって、より生産性が高まるといわれていました。この議論は80年代から今でも続いています。
しかし、現実には多額のIT投資をしたもののシステムを持て余している、成果が思うように出ていないといった声を耳にすることもあります。本当にIT投資と企業業績に相関性はあるのでしょうか。次号の「組織IQ論」(早稲田ビジネススクール 教授 平野雅章)では、IT投資によって業務の有効性と効率性が高まることに対して問題提起しています。IT投資に対して否定はしませんが、業績向上になると判断することに対して留保することも正しいのではないかといっています。
この論文では「組織IQ」とはどのようなものか、解説しています。IT投資と企業業績の相関性について、「組織IQ」という変数を加味することで、両者の相関関係を検証しています。
組織IQが低い組織がIT投資をしても高いパフォーマンスを得られない。これは確かにそうだと思いました。
投資とは必ずリターンが確保されるものではない。これは皆わかっているのですが、得てして投資はリターンに結びつくという前提に立ってしまいがちです。もう少し懐疑的な態度をとるべきなのだろうということがいえます。組織能力が高くないと、いくらIT投資をしてもそれはドブに金を捨てるようなものだ。この結論は人的投資など、ほかの投資にもあてはまるのではないでしょうか。組織IQは高いのか、低いのか。この論文を自身の周囲にあてはめて読むと、興味深さが増すかもしれません。(岩崎 卓也)
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2008/08/06
これからの営業(2)
営業の組織はどのようになるのか。前回、こちらのブログでは営業部門と他部門のギャップが少なくなっていくのではないか、と書きました。そのことについて、もう少し掘り下げて考えてみたいと思います。
営業部門を特殊なものだとする向きがあります。営業に対して口出しするのはタブーである、という考え方をする人は少なくありません。人事部門を前線部隊だと呼ぶ人はいませんが、営業部門のことを“force”(部隊)と呼ぶ人はいます。企業によっては、営業は他部門とは違う特殊な部隊だとされているのです。
今後、ビジネスを構想していくにあたり、営業について理解する必要が高まるでしょう。営業を特殊なものとして扱うのではなく、各部門が互いに関心を示しながら理解していかなければならないのです。営業組織はどうあるべきなのか、どのようなモチベーションにすべきか。これらは営業の聖域とされていました。しかし、営業部門以外の人も、この聖域化されてきた部分に関する知識や考える能力を身につけておいたほうがいいのでしょう。
私は聖域化をやめろと言っているのではありません。「聖域だから知らない」と言うわけにはいかなくなったと思っています。組織は細部にわたり透明にしておく必要はないと私は考えます。以前、武田薬品の武田氏は「自分は水晶のような組織を作ろうと思っていたけれど、組織はどこか濁っているほうがいい」と言ったことがあります。もちろん、内部統制にかかわる部分は水晶のように透明でなくてはいけません。グレーな商慣行は徹底して排除すべきです。でも、全ての組織において「視える化」する必要はないのです。あいまいで、あやふやなところを残しておいたほうがうまく行くケースもあります。
営業については聖域化をなくすのではなく、各部門同士が理解しあうことが大切なのだと思います。その結果、川上が担っていた企画というファンクションが営業などの川下に移ることも生じるかと思います。新製品のアイデアについて意見を求めるとき、開発部門などの川上のほうだけに求められていた意見が川下である営業に求められることがあってもいいと思います。むしろ、企画にあたり、お客さんとの距離が近い営業に対して、先に意見を聞くほうがいい場合も出てくるでしょう。
バリューチェーン全体を俯瞰できる力は企業のどこに偏っているのでしょうか。今は営業にはありません。営業が企画というファンクションを握ることで、今後ビジネスのオーナーシップのスタイルが変わる可能性も出てきます。(岩崎 卓也)
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▽ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー別冊9月号、
「営業のビジネススクール」はこちらから
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059700908
営業部門を特殊なものだとする向きがあります。営業に対して口出しするのはタブーである、という考え方をする人は少なくありません。人事部門を前線部隊だと呼ぶ人はいませんが、営業部門のことを“force”(部隊)と呼ぶ人はいます。企業によっては、営業は他部門とは違う特殊な部隊だとされているのです。
今後、ビジネスを構想していくにあたり、営業について理解する必要が高まるでしょう。営業を特殊なものとして扱うのではなく、各部門が互いに関心を示しながら理解していかなければならないのです。営業組織はどうあるべきなのか、どのようなモチベーションにすべきか。これらは営業の聖域とされていました。しかし、営業部門以外の人も、この聖域化されてきた部分に関する知識や考える能力を身につけておいたほうがいいのでしょう。
私は聖域化をやめろと言っているのではありません。「聖域だから知らない」と言うわけにはいかなくなったと思っています。組織は細部にわたり透明にしておく必要はないと私は考えます。以前、武田薬品の武田氏は「自分は水晶のような組織を作ろうと思っていたけれど、組織はどこか濁っているほうがいい」と言ったことがあります。もちろん、内部統制にかかわる部分は水晶のように透明でなくてはいけません。グレーな商慣行は徹底して排除すべきです。でも、全ての組織において「視える化」する必要はないのです。あいまいで、あやふやなところを残しておいたほうがうまく行くケースもあります。
営業については聖域化をなくすのではなく、各部門同士が理解しあうことが大切なのだと思います。その結果、川上が担っていた企画というファンクションが営業などの川下に移ることも生じるかと思います。新製品のアイデアについて意見を求めるとき、開発部門などの川上のほうだけに求められていた意見が川下である営業に求められることがあってもいいと思います。むしろ、企画にあたり、お客さんとの距離が近い営業に対して、先に意見を聞くほうがいい場合も出てくるでしょう。
バリューチェーン全体を俯瞰できる力は企業のどこに偏っているのでしょうか。今は営業にはありません。営業が企画というファンクションを握ることで、今後ビジネスのオーナーシップのスタイルが変わる可能性も出てきます。(岩崎 卓也)
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2008/08/02
これからの営業(1)
7月18日に発行した「営業のビジネススクール」がおかげさまで売れております。こちらは「DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー」の別冊です。アマゾンのトップセラーでは、全雑誌の中で6位、雑誌のビジネス・経済・経営・投資部門では販売初日から一週間、1位でした。ありがとうございます。
当編集部では、今後も営業に関する本を発刊していく予定です。
先日、ある人事系のコンサルタントに取材しました。その中で、今後営業の仕事に携わる人は二極化していくのではないか、という話が出ました。お客さんのパートナーになれる営業と御用聞きだけの営業に分かれていくだろうということです。このようなことは随分前から言われていました。二極化についてもう少し具体的に説明するならば、知識水準の高い営業と、そうでない営業との峻別が始まるのではないか、といえます。
営業の仕事はより細分化されていく時代になるのではないかと思います。お客さんの懐に入り、協力して新規事業を立ち上げていく、といったコンサルティング的な営業も増えるでしょう。さまざまな営業の形が出てくるなかで、単に営業組織に属し、業務をこなすだけの人材は減っていくのではないか、とコンサルタントは言っていました。
人と人との関係の中で商売が成り立つわけですから、セオリー通りの提案や良い製品が売れるとは限りません。お客さんへの説明の仕方やクロージングの方法など、昔ながらの営業のテクニックは大切な事項として残っていくと思います。が、それだけでは通用しない世界になっていくのは明らかでしょう。
もうひとつには、ビジネスを構想していく上で、従来どおり分業という形は変わらないけれど、自分の部門のことだけに関心が縛られるのではすまなくなると思います。作る部門、売る部門、双方が関心を持って理解していくことが必要になってくるでしょう。
そうなったときに、営業のマネジャーが営業組織はどうあるべきなのか、どのようなモチベーションにすべきか。これまで、これらは営業の聖域とされていました。しかし、これからは、営業と他部門のギャップは埋まって行くのではないでしょうか。この詳細は後日改めて書きます。(岩崎 卓也)
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先日、ある人事系のコンサルタントに取材しました。その中で、今後営業の仕事に携わる人は二極化していくのではないか、という話が出ました。お客さんのパートナーになれる営業と御用聞きだけの営業に分かれていくだろうということです。このようなことは随分前から言われていました。二極化についてもう少し具体的に説明するならば、知識水準の高い営業と、そうでない営業との峻別が始まるのではないか、といえます。
営業の仕事はより細分化されていく時代になるのではないかと思います。お客さんの懐に入り、協力して新規事業を立ち上げていく、といったコンサルティング的な営業も増えるでしょう。さまざまな営業の形が出てくるなかで、単に営業組織に属し、業務をこなすだけの人材は減っていくのではないか、とコンサルタントは言っていました。
人と人との関係の中で商売が成り立つわけですから、セオリー通りの提案や良い製品が売れるとは限りません。お客さんへの説明の仕方やクロージングの方法など、昔ながらの営業のテクニックは大切な事項として残っていくと思います。が、それだけでは通用しない世界になっていくのは明らかでしょう。
もうひとつには、ビジネスを構想していく上で、従来どおり分業という形は変わらないけれど、自分の部門のことだけに関心が縛られるのではすまなくなると思います。作る部門、売る部門、双方が関心を持って理解していくことが必要になってくるでしょう。
そうなったときに、営業のマネジャーが営業組織はどうあるべきなのか、どのようなモチベーションにすべきか。これまで、これらは営業の聖域とされていました。しかし、これからは、営業と他部門のギャップは埋まって行くのではないでしょうか。この詳細は後日改めて書きます。(岩崎 卓也)
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2008/07/30
若いときに厳しい環境を選ぶ
先日、斎藤顕一さんが当社の講演会でお話しをされました。その中で、興味深い事項がありました。斎藤さんはビジネスブレークスルー大学院大学の教授、ならびにフォアサイト・アンド・カンパニーの代表取締役でもおられる方です。講演では、若いときから苦労をしておくのか、あるいは年をとってから苦労するのか、といったことについて触れていました。
若いときに苦労の多い環境を選んでおくことは、自分の能力を高めるのに役立ちます。年をとってから、その差がはっきりと出ます。斎藤さんは数式などを交えながら説明しました。
人は自分で環境を選ぶことができます。ぬるま湯の環境を選ぶのか、選ばないのか。若いときの選択が後でジワリと効いてくるのです。これは、今号2008年7月号で特集として組んだ「協力」とも深く関係します。個人によって、経験した環境は違います。協力、コラボレーションが進まないとき、互いの環境の違いが原因となっていることがあります。
その一方で、優れたビジネスパーソンは、環境に対する適応力があります。どんな環境の中でも負けませんし、誰とでも協力できます。この能力は若いときにどのような環境で過ごしたかによって、影響される部分もあると思います。
若いときに過ごした環境によって、得るスキルも変わります。仕事を進める上で、スキルがあることは強みになります。協力においても同様です。ロジカルシンキング、英語など、ビジネスには必要となるさまざまなスキルがあります。しかし、そのスキルは何でも良いわけではありません。例えば、ポータブルスキルであるのか。言い換えると、時代が流れても使えるスキルなのか。また、仕事には何種類ものスタイルがありますが、さまざまなスタイルに適応できるものなのかが重要です。
物事を考える上で、ロジカルシンキングが大切だといわれています。が、場合によってはロジカルに考えないで、イロジカルに考えることが必要なときもあります。イロジカルな中で、別のロジックを作っていくという考え方もあるのです。
さらにいえば、スキル以上に重要になってくるものもあると思います。若いときに厳しい環境をこなした人にしか、わからないことってあるのではないか、と思うときがあります。厳しい規律がある組織の中で律されてきた人たちはコラボレーションしやすいのではないでしょうか。ポータブルスキルも大切ですが、それだけを強調しすぎることに疑問を感じることがあります。結局は、繰り返しになりますが、若いときに厳しい環境を選ぶことが大切なのです。特に、協力という面で違いが出てくると感じました。(岩崎 卓也)
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▽ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー別冊9月号、「営業のビジネススクール」
『「質問する力」が営業力を強化する』(斎藤顕一著)
『「考える営業」の思考法』(遠藤功著)ほか
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若いときに苦労の多い環境を選んでおくことは、自分の能力を高めるのに役立ちます。年をとってから、その差がはっきりと出ます。斎藤さんは数式などを交えながら説明しました。
人は自分で環境を選ぶことができます。ぬるま湯の環境を選ぶのか、選ばないのか。若いときの選択が後でジワリと効いてくるのです。これは、今号2008年7月号で特集として組んだ「協力」とも深く関係します。個人によって、経験した環境は違います。協力、コラボレーションが進まないとき、互いの環境の違いが原因となっていることがあります。
その一方で、優れたビジネスパーソンは、環境に対する適応力があります。どんな環境の中でも負けませんし、誰とでも協力できます。この能力は若いときにどのような環境で過ごしたかによって、影響される部分もあると思います。
若いときに過ごした環境によって、得るスキルも変わります。仕事を進める上で、スキルがあることは強みになります。協力においても同様です。ロジカルシンキング、英語など、ビジネスには必要となるさまざまなスキルがあります。しかし、そのスキルは何でも良いわけではありません。例えば、ポータブルスキルであるのか。言い換えると、時代が流れても使えるスキルなのか。また、仕事には何種類ものスタイルがありますが、さまざまなスタイルに適応できるものなのかが重要です。
物事を考える上で、ロジカルシンキングが大切だといわれています。が、場合によってはロジカルに考えないで、イロジカルに考えることが必要なときもあります。イロジカルな中で、別のロジックを作っていくという考え方もあるのです。
さらにいえば、スキル以上に重要になってくるものもあると思います。若いときに厳しい環境をこなした人にしか、わからないことってあるのではないか、と思うときがあります。厳しい規律がある組織の中で律されてきた人たちはコラボレーションしやすいのではないでしょうか。ポータブルスキルも大切ですが、それだけを強調しすぎることに疑問を感じることがあります。結局は、繰り返しになりますが、若いときに厳しい環境を選ぶことが大切なのです。特に、協力という面で違いが出てくると感じました。(岩崎 卓也)
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2008/07/26
セブン銀行の異業種格闘技
先日、マイクロソフトのセミナーに挨拶を依頼され、おうかがいしました。セミナーでは実に面白いお話を聞くことができました。話をされたのは内田和成先生です。内田先生はボストンコンサルティンググループ(BCG)の元日本代表、現在はシニアヴァイスプレジデントを務めています。経営コンサルタントのほかに、早稲田大学大学院商学研究科などの大学で講師として活躍されております。
内田さんは「異業種格闘技」というものについて話しました。異業種格闘技とは、異なる事業構造を持つ企業が異なるルールで同じ顧客ないし市場を奪い合う競争を意味するそうです。既存のプレーヤーに対する新規参入者については、大前研一さんのアタッカー企業や一橋大学教授の竹内弘高先生のグリーン・ フィールド・コンペティターなどが知られています。
内田さんは異業種格闘技について、銀行を例にして説明しました。最近の学生は新生銀行に口座を開設し、セブン&アイ・ホールディングスのセブン銀行でお金を引き出す人が多いといいます。セブン銀行は流通業からの新規参入者です。既存の企業から遠く離れた業種から参入しました。この点を内田さんは指摘します。
ところで、新生銀行やセブン銀行の魅力はどこにあるのでしょうか。学生はATMで引き出す金額が1千円から5千円くらいの少額の場合が多いのです。したがって、たとえ105円でも学生にとって手数料は大きな金額となります。学生にとって、新生銀行を使うのはリーズナブルな行為なのです。
他方、セブン銀行はコンビニエンスストアなどにATMを設置しているので、街中のいろいろな場所でお金を引き出すことができます。コンビニでお金を引き出して、同じ店で買い物をする。銀行ATMと消費の場所が一体化しているといえます。しかも、いつでもあいているので、利用者からすると非常に便利です。
セブン銀行は通常の銀行のような、預金者から調達した資金を企業に貸し付けて、その利ざやで稼ぐというモデルを採っていません。利用者がお金を引き出すときの、手数料が利益の源になっています。たとえ、一回の手数料が少額でも店舗数が多いので、大きな手数料収入になります。
その一方で、2007年10月にイオン銀行が開業しました。ショッピングセンターでのATM設置だけでなく、スタッフが対面で応対するサービスも展開するようです。サービス業で培ったノウハウは銀行のサービスには負けない。イオン銀行は対面などのサービスで勝負したいと言っているそうです。セブン銀行とイオン銀行、同じ流通業界からも、全く異なるビジネスモデルとコンペティティブ・エッジを持って参入をしています。内田さんは自分の業界にも照らして考えてみることをすすめていました。(岩崎 卓也)
内田さんは「異業種格闘技」というものについて話しました。異業種格闘技とは、異なる事業構造を持つ企業が異なるルールで同じ顧客ないし市場を奪い合う競争を意味するそうです。既存のプレーヤーに対する新規参入者については、大前研一さんのアタッカー企業や一橋大学教授の竹内弘高先生のグリーン・ フィールド・コンペティターなどが知られています。
内田さんは異業種格闘技について、銀行を例にして説明しました。最近の学生は新生銀行に口座を開設し、セブン&アイ・ホールディングスのセブン銀行でお金を引き出す人が多いといいます。セブン銀行は流通業からの新規参入者です。既存の企業から遠く離れた業種から参入しました。この点を内田さんは指摘します。
ところで、新生銀行やセブン銀行の魅力はどこにあるのでしょうか。学生はATMで引き出す金額が1千円から5千円くらいの少額の場合が多いのです。したがって、たとえ105円でも学生にとって手数料は大きな金額となります。学生にとって、新生銀行を使うのはリーズナブルな行為なのです。
他方、セブン銀行はコンビニエンスストアなどにATMを設置しているので、街中のいろいろな場所でお金を引き出すことができます。コンビニでお金を引き出して、同じ店で買い物をする。銀行ATMと消費の場所が一体化しているといえます。しかも、いつでもあいているので、利用者からすると非常に便利です。
セブン銀行は通常の銀行のような、預金者から調達した資金を企業に貸し付けて、その利ざやで稼ぐというモデルを採っていません。利用者がお金を引き出すときの、手数料が利益の源になっています。たとえ、一回の手数料が少額でも店舗数が多いので、大きな手数料収入になります。
その一方で、2007年10月にイオン銀行が開業しました。ショッピングセンターでのATM設置だけでなく、スタッフが対面で応対するサービスも展開するようです。サービス業で培ったノウハウは銀行のサービスには負けない。イオン銀行は対面などのサービスで勝負したいと言っているそうです。セブン銀行とイオン銀行、同じ流通業界からも、全く異なるビジネスモデルとコンペティティブ・エッジを持って参入をしています。内田さんは自分の業界にも照らして考えてみることをすすめていました。(岩崎 卓也)
2008/07/22
ポイント制のメリット、デメリット
経営者の多くは、従業員の失敗に対してパニッシュしない組織が望ましいと言います。私もその考えに賛成です。しかし、実現には人事評価制度について工夫が必要です。少なくとも、減点評価は適さないでしょう。前回、私はこちらのブログで、従業員の評価はポイント制にしたらどうか、という話を書きました。ポイント制は加点評価の最たるものです。加えて、ラジオ体操のハンコのような手軽さもあります。カードがハンコで一杯になったら褒美がもらえる点も、評価結果と報酬の関係をわかりやすくしています。
しかしながら、ポイント制を実施するにあたり2つ注意点があります。一つはポイント制には部門特性の問題が出てくるのです。企業の中にはルーチンワークに従事している部署があります。ここでは目の前のことをミスしないで、時間内に効率よく進めていくことが大切になります。すると、加点よりも減点のほうが評価しやすくなります。例えば、ハンバーガーショップで、マニュアル通りに作業をしている人に対して、ハンバーガーを一つ作る毎に「良くできた」と声をかけ、ハンコを押すのはおかしなことでしょう。むしろ、遅刻した、服装が汚い、手洗いを怠ったなど、減点する要素のほうが目に付きやすいのです。ルーチンワークは褒めるのが難しく、パニッシュのチャンスが多くなります。
もう一つはハンコが少ない人に対する処遇をどうするのか、という問題があります。生産現場ではとかく、しっかりと仕事する人としない人に分かれがちです。優秀な人はたくさんハンコがもらえてうれしいものです。しかし、たいして仕事をしない人も必ず出ます。カードにハンコが埋まっていかない人を、そのまま放置しても良いのか。放置したとしても、ハンコが少ない人なりに考え、ハンコをたくさんもらおうとして気働きをするようになるのか。処遇をどうするのか、意見が分かれるところです。評価方法はいろいろあります。が、いずれにしろ、評価は絶対評価にならないのです。ポイント制も相対評価の域を出ず、ベストとは言えないかもしれません。それでも、褒めたことが形に残る点など、現行制度と比べるとベターなのではないかと思います。(岩崎 卓也)
しかしながら、ポイント制を実施するにあたり2つ注意点があります。一つはポイント制には部門特性の問題が出てくるのです。企業の中にはルーチンワークに従事している部署があります。ここでは目の前のことをミスしないで、時間内に効率よく進めていくことが大切になります。すると、加点よりも減点のほうが評価しやすくなります。例えば、ハンバーガーショップで、マニュアル通りに作業をしている人に対して、ハンバーガーを一つ作る毎に「良くできた」と声をかけ、ハンコを押すのはおかしなことでしょう。むしろ、遅刻した、服装が汚い、手洗いを怠ったなど、減点する要素のほうが目に付きやすいのです。ルーチンワークは褒めるのが難しく、パニッシュのチャンスが多くなります。
もう一つはハンコが少ない人に対する処遇をどうするのか、という問題があります。生産現場ではとかく、しっかりと仕事する人としない人に分かれがちです。優秀な人はたくさんハンコがもらえてうれしいものです。しかし、たいして仕事をしない人も必ず出ます。カードにハンコが埋まっていかない人を、そのまま放置しても良いのか。放置したとしても、ハンコが少ない人なりに考え、ハンコをたくさんもらおうとして気働きをするようになるのか。処遇をどうするのか、意見が分かれるところです。評価方法はいろいろあります。が、いずれにしろ、評価は絶対評価にならないのです。ポイント制も相対評価の域を出ず、ベストとは言えないかもしれません。それでも、褒めたことが形に残る点など、現行制度と比べるとベターなのではないかと思います。(岩崎 卓也)
2008/07/19
関係が上手くいく人は
アメリカにはユニークな心理学者がいるものです。ジョン・M・ゴットマンという人は家庭内の人間関係について研究している学者です。35年間、何千組もの夫婦を調べ、科学的な分析を重ねてきました。夫婦はどうしたら長続きして、どのような夫婦が離婚するのかを調査しているのです。HBR誌のシニア・エディターがゴットマン氏にインタビューしました。今号、2008年8月号「パートナーシップの心理学」という記事がそうです。
ゴットマン氏が何年も使っているテストに「ペーパー・タワー・タスク」というものがあります。これは対象となる夫婦に紙やセロハンテープなどを渡して、紙の塔を協力して作ってもらうのです。長続きする夫婦は短時間でペーパー・タワーをこしらえてしまうそうです。逆に、幸福な結婚生活を送っていない夫婦は時間がかかるといいます。
ゴットマン氏は職場の人間関係と夫婦関係は違うと言います。とはいえ、このインタビュー記事を読む限り、ゴットマン氏の研究は職場の人間関係にも応用できることがわかります。良好な人間関係を築くには「イエス」という言葉が大切です。以前、今号の『オンラインRPGは「協働する組織」の実験場』という論文の解説でも書きましたが、すぐその場でその行為に対してポジティブな評価をすることが大事なのです。職場でも夫婦でも、何かあったら、その場で褒めることが大切なのです。ゴットマン氏は塩が入った瓶にたとえ、瓶に「イエス」という言葉をたくさん詰めておき、塩を振るように、できる限り「イエス」を示すのだといいます。
随分前のことになりますが、人事制度をどう改定したらよいか、という意見を求められたことがあります。そのとき、従業員の評価はポイント制にしたらどうかと提案しました。仕事上でよいことをしたら、ハンコが一個もらえるのです。一定のポイトンがたまると、何かもらえます。ポイントは積み上げていくわけだから、全部が加点評価になります。ゴットマン氏は同じことを言っています。あなたのパートナーに、イエス、イエスと、ことあるごとに言いなさい。加点評価をすすめています。
ただし、言葉は心に残りますが、形には残りません。100回褒めてもらったけど職場での評価はCだった、ということがあります。どんなに褒めてもらっても、結果がA評価になるとは限りません。ハンコは100個押してもらったら、必ず何かもらえるのです。褒める、ポイントをもらうというのはプロセスです。言葉とハンコ、どちらがフェアなプロセスなのかといえば、言葉よりもハンコの数のほうだと思うのです。夫婦ならば、言葉によって褒めてもよいでしょう。が、職場で同じ加点評価をするなら、ポイント制の方がよいのではないか、などと思いながら論文を読みました。(岩崎 卓也)
▽2008年8月号のご注文はこちらからできます
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690808
ゴットマン氏が何年も使っているテストに「ペーパー・タワー・タスク」というものがあります。これは対象となる夫婦に紙やセロハンテープなどを渡して、紙の塔を協力して作ってもらうのです。長続きする夫婦は短時間でペーパー・タワーをこしらえてしまうそうです。逆に、幸福な結婚生活を送っていない夫婦は時間がかかるといいます。
ゴットマン氏は職場の人間関係と夫婦関係は違うと言います。とはいえ、このインタビュー記事を読む限り、ゴットマン氏の研究は職場の人間関係にも応用できることがわかります。良好な人間関係を築くには「イエス」という言葉が大切です。以前、今号の『オンラインRPGは「協働する組織」の実験場』という論文の解説でも書きましたが、すぐその場でその行為に対してポジティブな評価をすることが大事なのです。職場でも夫婦でも、何かあったら、その場で褒めることが大切なのです。ゴットマン氏は塩が入った瓶にたとえ、瓶に「イエス」という言葉をたくさん詰めておき、塩を振るように、できる限り「イエス」を示すのだといいます。
随分前のことになりますが、人事制度をどう改定したらよいか、という意見を求められたことがあります。そのとき、従業員の評価はポイント制にしたらどうかと提案しました。仕事上でよいことをしたら、ハンコが一個もらえるのです。一定のポイトンがたまると、何かもらえます。ポイントは積み上げていくわけだから、全部が加点評価になります。ゴットマン氏は同じことを言っています。あなたのパートナーに、イエス、イエスと、ことあるごとに言いなさい。加点評価をすすめています。
ただし、言葉は心に残りますが、形には残りません。100回褒めてもらったけど職場での評価はCだった、ということがあります。どんなに褒めてもらっても、結果がA評価になるとは限りません。ハンコは100個押してもらったら、必ず何かもらえるのです。褒める、ポイントをもらうというのはプロセスです。言葉とハンコ、どちらがフェアなプロセスなのかといえば、言葉よりもハンコの数のほうだと思うのです。夫婦ならば、言葉によって褒めてもよいでしょう。が、職場で同じ加点評価をするなら、ポイント制の方がよいのではないか、などと思いながら論文を読みました。(岩崎 卓也)
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2008/07/16
スポーツの理論とビジネス
ビジネスをスポーツにたとえて解説する人がいます。話を聞いていて、違和感をおぼえることがありませんか。ビジネスとスポーツには異なる部分があります。両者を同じように語っても、あてはまらない部分が出てしまいます。
種目によりますが、スポーツは個人の力が具体的に見えます。キーとなるプレーヤーが肝心な場面で満塁ホームランを打ったから勝てたというように、決定打というものがあります。が、ビジネスでは個人による決定打はあまりありません。
人事面でも、スポーツチームと企業とは異なります。社員にはプロスポーツ選手のような、シーズンごとの契約見直しが必要だという意見があります。要するに、「実力のない者は去れ」という考えをする人がいるのです。もちろん、この考え方が適している組織もあります。が、従業員を辞めさせないという、今の日本の組織は生物学的に見ても良くできていると私は思います。
ダメだと言われている人を遊ばせておきながら進める。これは必ずしも悪いことだとは言えません。細胞組織の何パーセントかは何もしない細胞でできています。身体の組織が正常に保っているのは、その何もしない細胞があるからだといわれています。全員が優秀な選手である必要はないのです。バスケットでは、精鋭ばかりを集めたドリームチームで戦っても、必ずしも上手く行くとは限りません。野球も同じです。4番バッター、スター選手だけでチームを作っても、優勝できないでしょう。
スポーツのたとえ話はわかりやすい。が、スポーツの本質はビジネスとは違うのです。ゲームも同じです。現実世界のビジネスは失敗した後、容易にリセットできないことが多いし、人は敵に攻撃されたら痛みを感じます。今号、2008年8月号の『オンラインRPGは「協働する組織」の実験場』という論文を前回こちらのブログで紹介しました。この論文は非常に面白かったのですが、私は全部を信じることはできないと伝えたのは、このような理由からです。この論文は従業員のトレーニングとして、協力のあり方をビジュアルに見せるという点では意味があると思います。が、ゲームの考え方をすべてビジネスに応用できるわけではありません。
執筆者の一人、トーマス・マローン教授はMITのスローン・スクール・オブ・マネジメントの教授です。余談になりますが、彼の息子さんは「週刊少年ジャンプ」で連載している『NARUTO -ナルト-』のファンだといいます。
マローン教授が来日したとき、あるパーティでご一緒したことがあります。乾杯の挨拶でマローン教授は、息子さんがナルトの情報交換をするために、つたない翻訳機にかけて、日本語で日本人とコミュニケーションをとっている、と言っていました。来日の際には秋葉原で買い物をしたそうです。そのおかげで今、秋葉原に一番詳しいアメリカ人は自分ではないか、とジョークを言っていました。この論文の依頼者がIBMということに加え、息子さんがナルトファンだということで、マローン教授はゲームに興味を抱いたのではないか。私はそのように思いました。(岩崎 卓也)
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種目によりますが、スポーツは個人の力が具体的に見えます。キーとなるプレーヤーが肝心な場面で満塁ホームランを打ったから勝てたというように、決定打というものがあります。が、ビジネスでは個人による決定打はあまりありません。
人事面でも、スポーツチームと企業とは異なります。社員にはプロスポーツ選手のような、シーズンごとの契約見直しが必要だという意見があります。要するに、「実力のない者は去れ」という考えをする人がいるのです。もちろん、この考え方が適している組織もあります。が、従業員を辞めさせないという、今の日本の組織は生物学的に見ても良くできていると私は思います。
ダメだと言われている人を遊ばせておきながら進める。これは必ずしも悪いことだとは言えません。細胞組織の何パーセントかは何もしない細胞でできています。身体の組織が正常に保っているのは、その何もしない細胞があるからだといわれています。全員が優秀な選手である必要はないのです。バスケットでは、精鋭ばかりを集めたドリームチームで戦っても、必ずしも上手く行くとは限りません。野球も同じです。4番バッター、スター選手だけでチームを作っても、優勝できないでしょう。
スポーツのたとえ話はわかりやすい。が、スポーツの本質はビジネスとは違うのです。ゲームも同じです。現実世界のビジネスは失敗した後、容易にリセットできないことが多いし、人は敵に攻撃されたら痛みを感じます。今号、2008年8月号の『オンラインRPGは「協働する組織」の実験場』という論文を前回こちらのブログで紹介しました。この論文は非常に面白かったのですが、私は全部を信じることはできないと伝えたのは、このような理由からです。この論文は従業員のトレーニングとして、協力のあり方をビジュアルに見せるという点では意味があると思います。が、ゲームの考え方をすべてビジネスに応用できるわけではありません。
執筆者の一人、トーマス・マローン教授はMITのスローン・スクール・オブ・マネジメントの教授です。余談になりますが、彼の息子さんは「週刊少年ジャンプ」で連載している『NARUTO -ナルト-』のファンだといいます。
マローン教授が来日したとき、あるパーティでご一緒したことがあります。乾杯の挨拶でマローン教授は、息子さんがナルトの情報交換をするために、つたない翻訳機にかけて、日本語で日本人とコミュニケーションをとっている、と言っていました。来日の際には秋葉原で買い物をしたそうです。そのおかげで今、秋葉原に一番詳しいアメリカ人は自分ではないか、とジョークを言っていました。この論文の依頼者がIBMということに加え、息子さんがナルトファンだということで、マローン教授はゲームに興味を抱いたのではないか。私はそのように思いました。(岩崎 卓也)
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▽2008年8月号のご注文はこちらからできます
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690808
2008/07/12
ゲームの世界での協働
今号、2008年8月号には『オンラインRPGは「協働する組織」の実験場』という論文を掲載しました。オンラインRPG(role-playing gameロールプレイングゲーム)には、全世界からコンピュータネットワークを介して何人もの人が集まります。参加者同士でパーティを組み、冒険、戦闘などの試練を乗り越え、目的の達成を目指します。オンラインRPGの世界では、理想のコラボレーションが実現しているといいます。
この論文は面白いです。しかし、全部をそのまま納得するのには疑問符がつきます。論文の執筆者もオンラインRPGはファンタジーの世界だということは承知しており、〈ゲームだからといって、頭から馬鹿にしないで欲しい〉と前置きしています。
とはいえ、この論文が提示するロジックはきちんと成り立っています。オンラインRPGには、リアルの世界とは違う独特の環境があります。それにより、リーダーシップ、インセンティブ、リスク・テイキングなどの面で、理想のコラボレーションが実現できる。これは近未来のビジネス環境のワーク・スタイルを垣間見ることになる、といいます。
具体的にいうと、オンラインRPGでは今まで誰とも付き合ったことのない人たちとパーティを組むので、「あ、うん」が通じません。チームのメンバーは自分の持っているスキルと相手のスキルをお互いに認めあわないと、バトルが上手く行かない環境におかれます。この場合、人によって得意技が違います。ので、オンラインRPGでは比較的たやすく状況に応じてリーダーが変わるようなこともあります。しかも、リーダーはみんなから選ばれるのではなくて、自然発生的に出てくるのです。
インセンティブの与え方についても、現実の会社とは違います。リーダーはバトルが終わった瞬間に褒美を上手く分けます。剣、薬などのアイテムやお金が仕事に応じて配分されるわけです。昔から心理学で言われていますが、褒めることが大事なのではなくて、すぐその場でその行為に対してポジティブな評価をすることが大事なのです。
しかし、企業では、少なくとも半年くらい経ってからでないと報酬に反映されないのが一般的です。組織ではポジティブな評価を有形なもの、特に金銭的なもので、すぐにあげるわけには行きません。できないから、褒めるという形で代替しています。オンラインRPGでは、いい仕事をすれば、その場でアイテムがもらえます。確かに、理想的です。なるほどと思いました。
この論文はリアルな世界に役に立つものです。が、「企業文化があれば」という条件がつきます。環境が整っていなければ、いくらツールを入れても効果は低いでしょう。そこをこの論文ではごまかしています。この論文は面白いけれど、全部納得できないと冒頭で申し上げたのはそのごまかしているように見える部分があるからなのです。(岩崎 卓也)
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この論文は面白いです。しかし、全部をそのまま納得するのには疑問符がつきます。論文の執筆者もオンラインRPGはファンタジーの世界だということは承知しており、〈ゲームだからといって、頭から馬鹿にしないで欲しい〉と前置きしています。
とはいえ、この論文が提示するロジックはきちんと成り立っています。オンラインRPGには、リアルの世界とは違う独特の環境があります。それにより、リーダーシップ、インセンティブ、リスク・テイキングなどの面で、理想のコラボレーションが実現できる。これは近未来のビジネス環境のワーク・スタイルを垣間見ることになる、といいます。
具体的にいうと、オンラインRPGでは今まで誰とも付き合ったことのない人たちとパーティを組むので、「あ、うん」が通じません。チームのメンバーは自分の持っているスキルと相手のスキルをお互いに認めあわないと、バトルが上手く行かない環境におかれます。この場合、人によって得意技が違います。ので、オンラインRPGでは比較的たやすく状況に応じてリーダーが変わるようなこともあります。しかも、リーダーはみんなから選ばれるのではなくて、自然発生的に出てくるのです。
インセンティブの与え方についても、現実の会社とは違います。リーダーはバトルが終わった瞬間に褒美を上手く分けます。剣、薬などのアイテムやお金が仕事に応じて配分されるわけです。昔から心理学で言われていますが、褒めることが大事なのではなくて、すぐその場でその行為に対してポジティブな評価をすることが大事なのです。
しかし、企業では、少なくとも半年くらい経ってからでないと報酬に反映されないのが一般的です。組織ではポジティブな評価を有形なもの、特に金銭的なもので、すぐにあげるわけには行きません。できないから、褒めるという形で代替しています。オンラインRPGでは、いい仕事をすれば、その場でアイテムがもらえます。確かに、理想的です。なるほどと思いました。
この論文はリアルな世界に役に立つものです。が、「企業文化があれば」という条件がつきます。環境が整っていなければ、いくらツールを入れても効果は低いでしょう。そこをこの論文ではごまかしています。この論文は面白いけれど、全部納得できないと冒頭で申し上げたのはそのごまかしているように見える部分があるからなのです。(岩崎 卓也)
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2008/07/09
ブルー・オーシャン戦略におけるフェア・プロセス
次号、2008年8月号に「フェア・プロセス:協力と信頼の源泉」という論文を掲載します。執筆したのはブルー・オーシャン戦略のチャン・キム教授とレネ・モボルニュ教授のおふたりです。この論文は1997年に書かれたもので、その頃はまだブルー・オーシャン戦略はありませんでした。
この論文はどうしたら人は協力するようになるのかを調査したものです。この内容を鵜呑みにすれば、人はフェアなプロセスを経た結論であるならば、たとえ自分の意に沿わないものでも、拒否することはないそうです。程度はあるが甘んじて受け入れるのだといいます。
では、どのようなものがフェアなプロセスになるのでしょうか。この論文では「エンゲージメント」が重要だとしています。エンゲージメントというのは、日本語に訳しづらいのですが、約束といってもいいし、参加の奨励といってもいい。ようするに、コミュニケーションをしっかりすることが重要だということです。この論文を読み進めていくと、フェアプロセスは手間がかかることだというのがわかります。したがって、企業ではおざなりに、そして中途半端にされがちなことだといえます。
フェアプロセスをどう実行するか、これが課題です。わが身を振り返っても、相手に対して上手く説明できないこともありました。ものごとは常に表と裏があって、アンビバレンスです。何が間違っているのか、なぜこちらのほうがいいのか。一つのことを語るにも何通りもの言い方があり、何通りもの解釈が成り立ちます。厳密に突き詰めていくと、どちらかの妥協が必要になるのだと思います。
この妥協することへの納得感は年齢と経験によって違います。私はこの論文を読んで思ったのは、妥協することにインセンティブが必要なのではないかということです。どんなにフェアなプロセスを踏んでも、物事は一元的では解決できません。どうしても多元的になる。したがって、平行線をたどることもあれば、どこかで妥協して受け入れさせる場面が出てくることもあります。結論を納得するにはギブアンドテイクというか、何らかのインセンティブが必要なのではないかと思いました。
ただし、この論文ではどうしたらいいのかというところまで書いてありません。そこまで教えてくれたら、より良い論文になるのになぁ、と思いました。
補足になりますが、このフェアプロセスというのは、ブルー・オーシャン・ストラテジーにおいても、大事なツールです。フェアプロセスは民主主義ではありません。アイデアの一番いいものに対して、個人ではなく組織、あるいはチームがコミットメントを傾けるためのツールなのです。ブルー・オーシャン戦略は最終的には他部門の人などが協力して新製品開発をする過程に至ります。部門の代表者が出てきて利害調整をしている現状があります。しかし、この調整をするからイノベーションが生まれてこないのであって、フェアプロセスを入れることで利害を脇におくことができます。
この論文を読んで、ブルー・オーシャン戦略はよく設計されていると改めて思いました。(岩崎 卓也)
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この論文はどうしたら人は協力するようになるのかを調査したものです。この内容を鵜呑みにすれば、人はフェアなプロセスを経た結論であるならば、たとえ自分の意に沿わないものでも、拒否することはないそうです。程度はあるが甘んじて受け入れるのだといいます。
では、どのようなものがフェアなプロセスになるのでしょうか。この論文では「エンゲージメント」が重要だとしています。エンゲージメントというのは、日本語に訳しづらいのですが、約束といってもいいし、参加の奨励といってもいい。ようするに、コミュニケーションをしっかりすることが重要だということです。この論文を読み進めていくと、フェアプロセスは手間がかかることだというのがわかります。したがって、企業ではおざなりに、そして中途半端にされがちなことだといえます。
フェアプロセスをどう実行するか、これが課題です。わが身を振り返っても、相手に対して上手く説明できないこともありました。ものごとは常に表と裏があって、アンビバレンスです。何が間違っているのか、なぜこちらのほうがいいのか。一つのことを語るにも何通りもの言い方があり、何通りもの解釈が成り立ちます。厳密に突き詰めていくと、どちらかの妥協が必要になるのだと思います。
この妥協することへの納得感は年齢と経験によって違います。私はこの論文を読んで思ったのは、妥協することにインセンティブが必要なのではないかということです。どんなにフェアなプロセスを踏んでも、物事は一元的では解決できません。どうしても多元的になる。したがって、平行線をたどることもあれば、どこかで妥協して受け入れさせる場面が出てくることもあります。結論を納得するにはギブアンドテイクというか、何らかのインセンティブが必要なのではないかと思いました。
ただし、この論文ではどうしたらいいのかというところまで書いてありません。そこまで教えてくれたら、より良い論文になるのになぁ、と思いました。
補足になりますが、このフェアプロセスというのは、ブルー・オーシャン・ストラテジーにおいても、大事なツールです。フェアプロセスは民主主義ではありません。アイデアの一番いいものに対して、個人ではなく組織、あるいはチームがコミットメントを傾けるためのツールなのです。ブルー・オーシャン戦略は最終的には他部門の人などが協力して新製品開発をする過程に至ります。部門の代表者が出てきて利害調整をしている現状があります。しかし、この調整をするからイノベーションが生まれてこないのであって、フェアプロセスを入れることで利害を脇におくことができます。
この論文を読んで、ブルー・オーシャン戦略はよく設計されていると改めて思いました。(岩崎 卓也)
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2008/07/05
協力の難しさ
次号、2008年8月号は「協力する組織」というコンセプトで特集を組みます。協力はさまざまな言葉で表現されてきました。たとえば、コラボレーション、チームワーク、そのほか、クロスファンクショナルチームなどがあります。なぜ協力するのか。協力は現状を改革するようなアイデア、技術、オペーレーションにつながるところに意味があると思います。つまり、組織として成長していくために、一人の力よりも多人数の智恵が集まったほうが良いということです。
最近、集団的知性(Collective Intelligence、集合知)を使った取り組みを耳にします。ハリウッドではどの映画が当たるのか、専門家と一般の人たちを比較して予測するようなことがあるそうです。
N(母数)を多くしていく中で、もっと良いアイデアが出てくるのではないかと考える人もいます。協力に関する研究はありますが、まだ結果は多く出ていません。ビジネス雑誌、書籍でも協力をテーマにしたものは数として少ないといっていいでしょう。次号のように協力を大きく取り上げることは意外とチャレンジングだったと思っています。
協力はことのほか難しい。中間管理職以上の方の中には、実感されている人が多いと思います。理由はたくさんあります。
もともと、企業はアダム・スミスのピンの製造の話に始まるように、分業で成り立っています。ピラミッド組織の上に向かって、出世をしていく形になります。ふるいにかけられていくわけですから、成功した場合、誰が成功したのかということが話に出てきます。皆はチームのおかげです、と言いますが、誰かが最終的な褒美にあずかるのです。そのチームが社内で勝って優位に立つということは、誰かが劣位に立つことになります。部門間の協力が必要だとはいえ、見えざる敵を助することになると、他部門との協力は難しくなります。
また、組織の中で、相性の問題はそんなに昔ほど今は重要な要素ではないと思いますが、そういうこともあります。
これまで、企業は協力の難しさに対して、逃げてきたのではないでしょうか。目的の前にチームメンバーは皆平等なんだ、職位も経験も関係ない、と言いながらごまかしていた部分があると思います。自由にアイデアを話し合って、優れたアイデアを採用していく。わかりやすいのですが、現実にはそのプロセスを作るのはむずかしいのです。
当たり前のことですが、ビジネスの世界はエンピリカルとシチュエーショナルです。経験があるということは大きなパワーになります。社内でも一セクションで物事が解決するわけではないので、社内的な交渉力も必要になってきます。そういったときに、経験の浅い人が自由に発言ができたとしても、採用される可能性は相対的には低くなってしまいます。協力をすることは本当に難しい。総論賛成で、各論の部分でぶつかり合うテーマだと思います。その中で、次号では協力することをテーマにした論文をいくつか紹介します。(岩崎 卓也)
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2008年8月号は7月10日(木)発売予定です。
最近、集団的知性(Collective Intelligence、集合知)を使った取り組みを耳にします。ハリウッドではどの映画が当たるのか、専門家と一般の人たちを比較して予測するようなことがあるそうです。
N(母数)を多くしていく中で、もっと良いアイデアが出てくるのではないかと考える人もいます。協力に関する研究はありますが、まだ結果は多く出ていません。ビジネス雑誌、書籍でも協力をテーマにしたものは数として少ないといっていいでしょう。次号のように協力を大きく取り上げることは意外とチャレンジングだったと思っています。
協力はことのほか難しい。中間管理職以上の方の中には、実感されている人が多いと思います。理由はたくさんあります。
もともと、企業はアダム・スミスのピンの製造の話に始まるように、分業で成り立っています。ピラミッド組織の上に向かって、出世をしていく形になります。ふるいにかけられていくわけですから、成功した場合、誰が成功したのかということが話に出てきます。皆はチームのおかげです、と言いますが、誰かが最終的な褒美にあずかるのです。そのチームが社内で勝って優位に立つということは、誰かが劣位に立つことになります。部門間の協力が必要だとはいえ、見えざる敵を助することになると、他部門との協力は難しくなります。
また、組織の中で、相性の問題はそんなに昔ほど今は重要な要素ではないと思いますが、そういうこともあります。
これまで、企業は協力の難しさに対して、逃げてきたのではないでしょうか。目的の前にチームメンバーは皆平等なんだ、職位も経験も関係ない、と言いながらごまかしていた部分があると思います。自由にアイデアを話し合って、優れたアイデアを採用していく。わかりやすいのですが、現実にはそのプロセスを作るのはむずかしいのです。
当たり前のことですが、ビジネスの世界はエンピリカルとシチュエーショナルです。経験があるということは大きなパワーになります。社内でも一セクションで物事が解決するわけではないので、社内的な交渉力も必要になってきます。そういったときに、経験の浅い人が自由に発言ができたとしても、採用される可能性は相対的には低くなってしまいます。協力をすることは本当に難しい。総論賛成で、各論の部分でぶつかり合うテーマだと思います。その中で、次号では協力することをテーマにした論文をいくつか紹介します。(岩崎 卓也)
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2008年8月号は7月10日(木)発売予定です。
2008/07/02
脳科学は面白い
前回、ソニーCSLのシンポジウムで講演したソニー社長 中鉢さんについて書きました。このシンポジウムでは、ほかにソニーCSLに所属する北野宏明氏、茂木健一郎氏などがパネルディスカッションに登場しました。
北野宏明さんは弊社刊行『したたかな生命』(共著)の著者でもあります。なかでも印象に残ったのは、製薬業界の話です。現在、製薬メーカーの多くは新薬開発にかかる投資を2倍に増やしているといいます。他方、新薬開発で創薬が生まれるのは1/2になったそうです。1/4、効率が悪くなっているのです。
製薬業界には2010年問題があります。大型医薬品の特許が切れ、医薬品メーカーの利益が減ってしまうと懸念されています。しかも、R&Dの回収率が悪くなったという現状があります。今、CSLでは創薬をLinuxのようなオープンイノベーションの形で開発しようと取り組んでいるといいます。全く新しい開発のスタイルを試みているようです。
茂木健一郎さんも登場しました。茂木さんの話も面白かったです。鏡に映る自分の姿を自分だと認識できるかどうか。もちろん、人間はできます。が、イヌやネコはできません。多くの動物の中で、自分だと認識できる動物はそんなに多くないそうです。脳科学は面白いですね。できれば、いつかDHBRでも脳に関する特集を組みたいと思いました。
話は変わりますが、脳の話といえば、2008年3月号に「一流人材のつくり方」という論文があります。この論文では、「女性はチェスが弱い」という説を覆すことになる実験をしています。女性は空間把握ができないから地図が読めない、チェスで勝てないなどと言う人がいます。この論文では、執筆者が自分の娘にチェスを徹底的に教え込みました。その結果、娘は3人とも女性チェス・プレーヤー世界ランキングで10位以内に入ったといいます。男女で脳は違うといわれています。が、本当はそんなに大きく変わらないのかもしれない。私はこの論文を読んでそう感じました。(岩崎 卓也)
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▽バックナンバー 「DHBR」2008年3月号はこちらから
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690308
▽最新号はこちら 2008年7月号(6月10日発売)
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690708
北野宏明さんは弊社刊行『したたかな生命』(共著)の著者でもあります。なかでも印象に残ったのは、製薬業界の話です。現在、製薬メーカーの多くは新薬開発にかかる投資を2倍に増やしているといいます。他方、新薬開発で創薬が生まれるのは1/2になったそうです。1/4、効率が悪くなっているのです。
製薬業界には2010年問題があります。大型医薬品の特許が切れ、医薬品メーカーの利益が減ってしまうと懸念されています。しかも、R&Dの回収率が悪くなったという現状があります。今、CSLでは創薬をLinuxのようなオープンイノベーションの形で開発しようと取り組んでいるといいます。全く新しい開発のスタイルを試みているようです。
茂木健一郎さんも登場しました。茂木さんの話も面白かったです。鏡に映る自分の姿を自分だと認識できるかどうか。もちろん、人間はできます。が、イヌやネコはできません。多くの動物の中で、自分だと認識できる動物はそんなに多くないそうです。脳科学は面白いですね。できれば、いつかDHBRでも脳に関する特集を組みたいと思いました。
話は変わりますが、脳の話といえば、2008年3月号に「一流人材のつくり方」という論文があります。この論文では、「女性はチェスが弱い」という説を覆すことになる実験をしています。女性は空間把握ができないから地図が読めない、チェスで勝てないなどと言う人がいます。この論文では、執筆者が自分の娘にチェスを徹底的に教え込みました。その結果、娘は3人とも女性チェス・プレーヤー世界ランキングで10位以内に入ったといいます。男女で脳は違うといわれています。が、本当はそんなに大きく変わらないのかもしれない。私はこの論文を読んでそう感じました。(岩崎 卓也)
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2008/06/28
ソニー社長 中鉢氏の意外な一面
先日、ソニーコンピュータサイエンス研究所(Sony CSL)の創立20周年記念シンポジウムに行きました。CSLはコンピュータサイエンスに関する研究を行う場として1988年2月に設立されました。所長は元慶應義塾大学教授の所 眞理雄氏です。
シンポジウムではソニーの社長 中鉢良治氏が1時間ほど講演しました。私は中鉢さんの講演を聞くのは初めてです。非常に面白い方だと感じました。
講演では学生の頃の話がありました。第一次石油ショックの頃、中鉢さんは東北大学大学院の学生で、工学研究科博士課程にいました。当時は学生運動が盛んで、マル経が流行っていたのです。今でいう産学連携なんてけしからんと言われていました。学を企業という資本主義の手先が汚すとはなにごとだ、という時代だったのです。
私は中鉢氏が何を話すのか、興味深く聞いていました。彼は修士のときに結婚したといいます。しばらく、奥さんのご実家に住んでいたそうです。
「今だから、言いますけど、いやでいやでしょうがなかったんですよ」
早く家を出たいと思っていた。そんな中、博士号を取りソニーに内定が決まりました。ソニーなら横浜に工場がある。これで仙台から抜けられる。わくわくして入社しました。ところが、言い渡された配属先は仙台です。しかも、同期では中鉢さん一人だけでした。なぜ、自分だけが仙台に残らなくてはならないのだ? 実は、担当教授が「中鉢君はまだ若いし、これから物入りだし。じっくり研究させてあげたいから、自宅から通ったほうがいいだろうと」
教授はソニーの人事部長と旧知の知り合いだったので、言ったようです。
「この時、私は産学連携は良くないと思いました」
などと、冗談めいて言っていました。もちろん、産学連携が悪いと言っているわけではありません。講演では産官学連携の重要性をアピールしていました。が、そのときは「やられた」と思ったそうです。
そのほか、朝日新聞の夕刊に出ていた夏目漱石の話などが続きます。結局、最後の5分になり、
「随分時間がおしてまいりましたが、今日の本題です」
と言うではないですか。そこで初めて「21世紀の科学と技術」という講演のテーマが出てきました。中鉢さんは思いのほか、面白い人でチャーミングな人だなって思いました。これが私の6月に得た大きな収穫です。(岩崎 卓也)
シンポジウムではソニーの社長 中鉢良治氏が1時間ほど講演しました。私は中鉢さんの講演を聞くのは初めてです。非常に面白い方だと感じました。
講演では学生の頃の話がありました。第一次石油ショックの頃、中鉢さんは東北大学大学院の学生で、工学研究科博士課程にいました。当時は学生運動が盛んで、マル経が流行っていたのです。今でいう産学連携なんてけしからんと言われていました。学を企業という資本主義の手先が汚すとはなにごとだ、という時代だったのです。
私は中鉢氏が何を話すのか、興味深く聞いていました。彼は修士のときに結婚したといいます。しばらく、奥さんのご実家に住んでいたそうです。
「今だから、言いますけど、いやでいやでしょうがなかったんですよ」
早く家を出たいと思っていた。そんな中、博士号を取りソニーに内定が決まりました。ソニーなら横浜に工場がある。これで仙台から抜けられる。わくわくして入社しました。ところが、言い渡された配属先は仙台です。しかも、同期では中鉢さん一人だけでした。なぜ、自分だけが仙台に残らなくてはならないのだ? 実は、担当教授が「中鉢君はまだ若いし、これから物入りだし。じっくり研究させてあげたいから、自宅から通ったほうがいいだろうと」
教授はソニーの人事部長と旧知の知り合いだったので、言ったようです。
「この時、私は産学連携は良くないと思いました」
などと、冗談めいて言っていました。もちろん、産学連携が悪いと言っているわけではありません。講演では産官学連携の重要性をアピールしていました。が、そのときは「やられた」と思ったそうです。
そのほか、朝日新聞の夕刊に出ていた夏目漱石の話などが続きます。結局、最後の5分になり、
「随分時間がおしてまいりましたが、今日の本題です」
と言うではないですか。そこで初めて「21世紀の科学と技術」という講演のテーマが出てきました。中鉢さんは思いのほか、面白い人でチャーミングな人だなって思いました。これが私の6月に得た大きな収穫です。(岩崎 卓也)
2008/06/25
軽い商品と重い商品を量る単位の違い
戦略や組織を考えるにあたり、人事施策から考えることは正しいとは言えません。とはいえ、固有名詞によって事業の成否が決まる側面はあることも事実です。新規事業を始めようとするとき、リーダーが誰かによって、「上手くいく」「いや、心配だ」、などと言われることがあります。組織は事業の特性に合わせて作っていくべきです。が、範囲の経済が働くよう、事業が何であれ、一律にあてはめようとするケースを目にすることがあります。範囲の経済、制度の効率を上げていくための人事施策をやっている限り、ビジネスは成長しないのではないでしょうか。
新日鉄では一時期半導体を製造していました。半導体の製造部門、鋼鉄の製造部門、二つの組織が同じ会社の中に存在していることになります。物ごとをトン当たりで見ている組織と、半導体のようにグラムで見ている組織が共存しているのです。トンとグラムでは設備が違います。利益率も異なります。求められている知識、スキル、人脈も関係者のロビー活動の方向性も全部違います。両者が並存し、給与体系、福利厚生、人事もみんな同じにするのはありえないことです。
それでも、一律に当てはめようとしてしまうものです。半導体は技術の最先端を行く物です。ライフサイクルは短い。その市場に、鉄鋼という既存の制度を流用し当てはめてしまう。トンの世界で作られた制度をグラムの世界に持っていくのには無理があります。柔軟に変えていく努力をしないと成長はないのでしょう。ただ、実行しようと思っても、就職というより就社という価値観が残っている組織ですと、難しい物があります。適材適所の人事制度と、それに合わせた給与体系に変えていくことが必要です。ただ、どう折り合いを付けていくのかは大変なことなのだと思います。(岩崎 卓也)
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▽一冊からお求めになれます。2008年7月号(6月10日発売)
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690708
新日鉄では一時期半導体を製造していました。半導体の製造部門、鋼鉄の製造部門、二つの組織が同じ会社の中に存在していることになります。物ごとをトン当たりで見ている組織と、半導体のようにグラムで見ている組織が共存しているのです。トンとグラムでは設備が違います。利益率も異なります。求められている知識、スキル、人脈も関係者のロビー活動の方向性も全部違います。両者が並存し、給与体系、福利厚生、人事もみんな同じにするのはありえないことです。
それでも、一律に当てはめようとしてしまうものです。半導体は技術の最先端を行く物です。ライフサイクルは短い。その市場に、鉄鋼という既存の制度を流用し当てはめてしまう。トンの世界で作られた制度をグラムの世界に持っていくのには無理があります。柔軟に変えていく努力をしないと成長はないのでしょう。ただ、実行しようと思っても、就職というより就社という価値観が残っている組織ですと、難しい物があります。適材適所の人事制度と、それに合わせた給与体系に変えていくことが必要です。ただ、どう折り合いを付けていくのかは大変なことなのだと思います。(岩崎 卓也)
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▽一冊からお求めになれます。2008年7月号(6月10日発売)
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2008/06/20
チャンスは大変さを厭わない会社の上に
トムソンコーポレーションという巨大メディア企業があります。2007年にロイター通信を買収した会社です。子会社にトムソンファイナンシャルという金融関係の会社があります。主な事業内容はトレーダーやファンドマネジャー、金融機関の各職向けの情報サービスの提供です。ライバルはブルームバーグなどです。
2008年7月号では「B2Cの手法でB2B事業を伸ばす」という論文で、トムソンを紹介しています。B2Cの手法でB2B事業を伸ばすためのバリュー・プロポジションを開発した話が掲載されています。トムソンのサービスはB2Cのように思えますが、最終的に利用料を支払っているのは企業ですからB2B事業になります。トムソンは金融情報事業の会社です。他の事業者からすると、トムソンの事例は参考にならないように思われるかもしれません。しかし、この論文は素晴らしいことを言っています。
トムソンはどのようにして、B2B事業を伸ばしたのでしょうか。それは、従来の常識的なセグメンテーションをやめたところに、新しい収益の機会を見出しました。一般のビジネス書や雑誌では、セグメンテーションは顧客別、チャネル別、地域別というのがもっぱらです。コトラーの本では、セングメンテーションは地理的セグメンテーション、人口統計的セグメンテーションのほか、ライフスタイルやロイヤルティなども要因として示しています。が、トムソンはエンドユーザーのところに行き、エンドユーザー別のセグメンテーションを導入しました。
消費財を売っているP&Gなどは、お客様=エンドユーザーです。キッチンなどを調査することで、自社製品がどのように使われているか、把握しやすいといえます。それでも、メーカーにとって、エンドユーザーを把握することはたやすくありません。
トムソンはエンドユーザーがどのように自社商品である情報を利用しているのか、わかりませんでした。そこで、徹底調査し、細かいセグメンテーションによって分けるようにしました。この論文では、ファンドマネジャーの仕事を例にあげています。ファンドマネジャーの行動を、「調査と分析」「トレーディング前」「トレーディング」……、という行動に分けるのです。すると、それぞれの中で、違うニーズが出てくるというものです。詳細は本論にゆずりましょう。
営業の現場で、地域別といった従来のセグメンテーションを越えて、エンドユーザーのアクティビティ(行動)を分析する。これを実施するのは非常に困難なことでしょう。しかし、これから先、大変な時代が来ようとしているのであって、大変な作業を厭わない企業が利益のチャンスを見出せるようになるのでしょう。この論文で紹介されているトムソンがいい例だと思うのです。(岩崎 卓也)
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▽一冊からお求めになれます。2008年7月号(6月10日発売)
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690708
2008年7月号では「B2Cの手法でB2B事業を伸ばす」という論文で、トムソンを紹介しています。B2Cの手法でB2B事業を伸ばすためのバリュー・プロポジションを開発した話が掲載されています。トムソンのサービスはB2Cのように思えますが、最終的に利用料を支払っているのは企業ですからB2B事業になります。トムソンは金融情報事業の会社です。他の事業者からすると、トムソンの事例は参考にならないように思われるかもしれません。しかし、この論文は素晴らしいことを言っています。
トムソンはどのようにして、B2B事業を伸ばしたのでしょうか。それは、従来の常識的なセグメンテーションをやめたところに、新しい収益の機会を見出しました。一般のビジネス書や雑誌では、セグメンテーションは顧客別、チャネル別、地域別というのがもっぱらです。コトラーの本では、セングメンテーションは地理的セグメンテーション、人口統計的セグメンテーションのほか、ライフスタイルやロイヤルティなども要因として示しています。が、トムソンはエンドユーザーのところに行き、エンドユーザー別のセグメンテーションを導入しました。
消費財を売っているP&Gなどは、お客様=エンドユーザーです。キッチンなどを調査することで、自社製品がどのように使われているか、把握しやすいといえます。それでも、メーカーにとって、エンドユーザーを把握することはたやすくありません。
トムソンはエンドユーザーがどのように自社商品である情報を利用しているのか、わかりませんでした。そこで、徹底調査し、細かいセグメンテーションによって分けるようにしました。この論文では、ファンドマネジャーの仕事を例にあげています。ファンドマネジャーの行動を、「調査と分析」「トレーディング前」「トレーディング」……、という行動に分けるのです。すると、それぞれの中で、違うニーズが出てくるというものです。詳細は本論にゆずりましょう。
営業の現場で、地域別といった従来のセグメンテーションを越えて、エンドユーザーのアクティビティ(行動)を分析する。これを実施するのは非常に困難なことでしょう。しかし、これから先、大変な時代が来ようとしているのであって、大変な作業を厭わない企業が利益のチャンスを見出せるようになるのでしょう。この論文で紹介されているトムソンがいい例だと思うのです。(岩崎 卓也)
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▽一冊からお求めになれます。2008年7月号(6月10日発売)
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690708
2008/06/17
中国ミドル市場を制する者が世界を制す
企業が成長をどこに求めるかといったとき、大きな市場に行くのが一般的でした。あるいは、成長の可能性が高いと言われている市場に進出しようとも考えます。今、中国ではミドル市場が急成長しています。中国市場は今後どうなっていくのでしょうか。市場は品質、価格などにより、ハイエンド、ミドルエンド、ローエンドに分けることができます。2008年7月号の「中国ミドル市場を制する者が世界を制す」では、中国はミドルエンド市場が狙い目だといっています。ここを制する企業がグローバルになるというのです。なぜでしょうか。
この論文ではミドル市場のことを「グッドイナフ・セグメント」と呼んでいます。グッドイナフとは「ここで充分いける」といった意味合いがあります。中国の市場は外資がハイエンドを攻めて、内資である中国の企業はローエンドに行きました。それはしかたのないことです。中国は市場における歴史が浅いから、テクノロジーも人材もない。ローエンドに行くしかなかったのです。ところが、最近の中国は低価格でありながらハイエンドに近い品質と技術力を提供できるまでに成長してきました。内資がミドルエンド市場に格上げしたともいえます。ハイアールやレノボなどの中国企業がジャンプアップして、メインプレーヤーになりつつあるのです。
中国、内資が主要プレーヤーになる前の段階で叩いておかねばいけないという考えもあります。これは、日本のかつてアメリカ市場に進出したときと、重なるところがあります。当時、アメリカの自動車メーカーはミドルとハイエンドを占めていました。日本はミドル市場に入りシェアを広げたのです。そして、アメリカ市場で無視できない存在に育っていったという歴史があります。そのときの日本企業には教訓がありません。なぜなら勝者でしたから。勝ったことによる教訓はあるけれど、負けたことで学ぶ次に勝つための教訓がないのです。
この論文では、中国をただの生産拠点とするのではなく、一つのマーケットとして見ようと考えているのです。この部分は非常に大事です。これはインドにもいえるのではないでしょうか。インドはまだ物流の制約などがありますが、いずれは解消されていく中でインドにおいても、中国と同じことが言えると思います。日本は今のところ中国でも、インドでも、ハイエンドに入り込んでいるはずです。しかし、ハイエンドにずっと居続けるわけに行かないのです。中長期的にはミドルエンド市場、ここをどういう形で攻めていくのか。すでに、考えている企業もあるとは思いますが、忘れてはいけない点なのです。(岩崎 卓也)
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この論文ではミドル市場のことを「グッドイナフ・セグメント」と呼んでいます。グッドイナフとは「ここで充分いける」といった意味合いがあります。中国の市場は外資がハイエンドを攻めて、内資である中国の企業はローエンドに行きました。それはしかたのないことです。中国は市場における歴史が浅いから、テクノロジーも人材もない。ローエンドに行くしかなかったのです。ところが、最近の中国は低価格でありながらハイエンドに近い品質と技術力を提供できるまでに成長してきました。内資がミドルエンド市場に格上げしたともいえます。ハイアールやレノボなどの中国企業がジャンプアップして、メインプレーヤーになりつつあるのです。
中国、内資が主要プレーヤーになる前の段階で叩いておかねばいけないという考えもあります。これは、日本のかつてアメリカ市場に進出したときと、重なるところがあります。当時、アメリカの自動車メーカーはミドルとハイエンドを占めていました。日本はミドル市場に入りシェアを広げたのです。そして、アメリカ市場で無視できない存在に育っていったという歴史があります。そのときの日本企業には教訓がありません。なぜなら勝者でしたから。勝ったことによる教訓はあるけれど、負けたことで学ぶ次に勝つための教訓がないのです。
この論文では、中国をただの生産拠点とするのではなく、一つのマーケットとして見ようと考えているのです。この部分は非常に大事です。これはインドにもいえるのではないでしょうか。インドはまだ物流の制約などがありますが、いずれは解消されていく中でインドにおいても、中国と同じことが言えると思います。日本は今のところ中国でも、インドでも、ハイエンドに入り込んでいるはずです。しかし、ハイエンドにずっと居続けるわけに行かないのです。中長期的にはミドルエンド市場、ここをどういう形で攻めていくのか。すでに、考えている企業もあるとは思いますが、忘れてはいけない点なのです。(岩崎 卓也)
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2008/06/14
成長余力を残したコア事業の見切り
前回、ストール・ポイント(成長の壁)について解説しました。今月号の「売上げが止まる時」では、売上げを増やしてきた企業の多くはストール・ポイントにあたり、減収に転じていることが書かれています。その原因の一つには、「成長余力を残したコア事業の見切り」があります。事業の見切りをどのようにつけるのか。関係者が自身の経験と知識を持ち寄り、無手勝流に取り組んでも結果は見えています。事実に基づく的確な診断がなければ良い結果は出ません。
今号、2008年7月号の「業績改善の事業診断法」、「過当競争市場のポジショニング戦略」は、「成長余力を残したコア事業の見切り」に関連した論文です。消費財メーカーとして優秀だといわれているP&Gは、新商品などを通して常に新たな消費製品を提供して、シュリンクさせないようにしています。その結果、常に右肩をあがりで来ているのです。「もうだめだと」思っても、まだまだ成長の余力があるのか。それとも、見切りをつけたほうがいいのか。どう見極めるのかがこの2つの論文のテーマです。具体的で、役に立つ内容になっています。
「業績改善の事業診断法」では、業績改善の体系的な方法を紹介しています。「経験曲線」「ABC」(活動基準原価計算)、「ROA/RMSチャート」「SNAPチャート」「NPS」(推奨者の正味比率)、「プロフィット・プール・マップ」「モデルTチャート」「RAPIDモデル」などのツールを紹介しています。
「過当競争市場のポジショニング戦略」は、タイトルどおりポジショニングに関する論文です。競争が厳しい市場ではポジションを体系的に分析するツールが必要です。「価格/便益ポジショニング(PBP)・マップ」というものをこの論文では紹介しています。これは価格と便益の関係に基づいてポジショニング戦略を立案できるツールです。携帯電話のモトローラの事例などをもとに具体的な解説があります。携帯電話市場、中型車市場などのPBPマッピングが載せられており、わかりやすい内容になっています。(岩崎 卓也)
今号、2008年7月号の「業績改善の事業診断法」、「過当競争市場のポジショニング戦略」は、「成長余力を残したコア事業の見切り」に関連した論文です。消費財メーカーとして優秀だといわれているP&Gは、新商品などを通して常に新たな消費製品を提供して、シュリンクさせないようにしています。その結果、常に右肩をあがりで来ているのです。「もうだめだと」思っても、まだまだ成長の余力があるのか。それとも、見切りをつけたほうがいいのか。どう見極めるのかがこの2つの論文のテーマです。具体的で、役に立つ内容になっています。
「業績改善の事業診断法」では、業績改善の体系的な方法を紹介しています。「経験曲線」「ABC」(活動基準原価計算)、「ROA/RMSチャート」「SNAPチャート」「NPS」(推奨者の正味比率)、「プロフィット・プール・マップ」「モデルTチャート」「RAPIDモデル」などのツールを紹介しています。
「過当競争市場のポジショニング戦略」は、タイトルどおりポジショニングに関する論文です。競争が厳しい市場ではポジションを体系的に分析するツールが必要です。「価格/便益ポジショニング(PBP)・マップ」というものをこの論文では紹介しています。これは価格と便益の関係に基づいてポジショニング戦略を立案できるツールです。携帯電話のモトローラの事例などをもとに具体的な解説があります。携帯電話市場、中型車市場などのPBPマッピングが載せられており、わかりやすい内容になっています。(岩崎 卓也)
2008/06/11
好調企業の売上げが止まるのはなぜか
今号、2008年7月号で非常に面白いと感じた論文があります。「売上げが止まる時」というタイトルで、執筆はマシュー・S・オルソン氏です。コーポレート・エグゼクティブ・ボードというアメリカの研究機関でエグゼクティブ・ディレクターを務めている方です。こちらの研究機関が発行するレポートは、日本の大手企業も購読していたと聞いています。
企業の多くは「ストールポイント」を経験するものです。ストールポイントというのは、日本語に訳すと「成長の壁」、減収に転じていく点を意味します。どんな企業にも必ずあります。売上高は事業の拡大とともに右肩で上がっていくものです。が、ある時点で減収に転じると、右肩下がりの傾向が続き、もう一度、増収に転じるのに非常に苦労しています。この論文でいう減収とは外的要因である為替の問題などによるものではありません。戦略上のミスによってストールポイントを迎えてしまったケースを指します。
コーポレート・エグゼクティブ・ボードの調査によると、戦略上の理由でストールポイントに直面した企業は、その原因を4つに分類できるといいます。ひとつは良くいわれる『成功の罠』です。成功すると驕ってしまい、周りを見なくなりがちです。脇が甘くなってしまうのです。そのほか「イノベーション・マネジメントの失敗」「成長余力を残したコア事業の見切り」「人材不足」、合計4つがあげられています。これらはよくある話です。でも、ここにあげられた結論は企業の業績を悪化させる極めて最大公約数だという気もします。
この論文は4つの原因の解説とともに、企業の事例を紹介しています。リーバイスでは、1985年、MBOにより株式の非公開化に踏み切りました。当時のCEO、ロバート・ハースは変革するには非上場にする必要があると判断したのです。それで、再生を果たすのですが、1996年をピークに業績を悪化させてしまいます。ストールポイントに当たったのです。ストールポイントは企業の病気みたいなところがあって、治すのが厄介です。リーバイスの例は極端かもしれませんが、そのほか、ダイムラーやトイザらスなど、ストールポイントを経験した企業は多数あります。
『ビジョナリー・カンパニー』というベストセラーになった本があります。著者のジェームズ・コリンズは、ビジョナリー・カンパニーとして、いろいろな会社をあげました。その中で、一社だけあげるとしたらどの会社ですか? という質問に、3M(スリーエム)をあげました。この3Mですら、ストールポイントを経験しています。その後、業績を低迷させていることがこの論文でも指摘されています。
この論文は過去半世紀の優良企業、およそ500社を調査しています。なかなか細かく分析がなされており、秀逸な論文だと思いました。(岩崎 卓也)
企業の多くは「ストールポイント」を経験するものです。ストールポイントというのは、日本語に訳すと「成長の壁」、減収に転じていく点を意味します。どんな企業にも必ずあります。売上高は事業の拡大とともに右肩で上がっていくものです。が、ある時点で減収に転じると、右肩下がりの傾向が続き、もう一度、増収に転じるのに非常に苦労しています。この論文でいう減収とは外的要因である為替の問題などによるものではありません。戦略上のミスによってストールポイントを迎えてしまったケースを指します。
コーポレート・エグゼクティブ・ボードの調査によると、戦略上の理由でストールポイントに直面した企業は、その原因を4つに分類できるといいます。ひとつは良くいわれる『成功の罠』です。成功すると驕ってしまい、周りを見なくなりがちです。脇が甘くなってしまうのです。そのほか「イノベーション・マネジメントの失敗」「成長余力を残したコア事業の見切り」「人材不足」、合計4つがあげられています。これらはよくある話です。でも、ここにあげられた結論は企業の業績を悪化させる極めて最大公約数だという気もします。
この論文は4つの原因の解説とともに、企業の事例を紹介しています。リーバイスでは、1985年、MBOにより株式の非公開化に踏み切りました。当時のCEO、ロバート・ハースは変革するには非上場にする必要があると判断したのです。それで、再生を果たすのですが、1996年をピークに業績を悪化させてしまいます。ストールポイントに当たったのです。ストールポイントは企業の病気みたいなところがあって、治すのが厄介です。リーバイスの例は極端かもしれませんが、そのほか、ダイムラーやトイザらスなど、ストールポイントを経験した企業は多数あります。
『ビジョナリー・カンパニー』というベストセラーになった本があります。著者のジェームズ・コリンズは、ビジョナリー・カンパニーとして、いろいろな会社をあげました。その中で、一社だけあげるとしたらどの会社ですか? という質問に、3M(スリーエム)をあげました。この3Mですら、ストールポイントを経験しています。その後、業績を低迷させていることがこの論文でも指摘されています。
この論文は過去半世紀の優良企業、およそ500社を調査しています。なかなか細かく分析がなされており、秀逸な論文だと思いました。(岩崎 卓也)
2008/06/07
人口とお金の行方
今号、2008年6月号は女性と中高年に絞った人材論を特集しました。さまざまな切り口がある中、女性の登用を今後どのくらい増やせるのかに焦点を当てました。この特集の背景には少子高齢化があります。『「豊かなる衰退」と日本の戦略』(弊社刊)の著者、横山禎徳(よしのり)さんとも話をしましたが、人口が減るということはリスクの高いことです。以前、書いたように、人口の減少はその国の市場規模が小さくする可能性があるので、国の衰退を意味する部分もあります。その点について、今回は少し詳しくお話をしようと思います。
6000兆円にものぼるといわれている、いわゆるホームレスマネーは現在アラブに集まっています。お金が集まる要因はさまざまですが、お金は人口が多いところに向かい、やがて衰退していくだろうと思われるところを避ける傾向はあるといえます。今、イスラムの出生率は増えているといわれています。地震などにより人口が減るリスクは少ない。人口が増えると、何が起こるでしょうか。
イスラム圏ではインフラが増えています。それに伴い、市場が大きくなり、都市が広がります。住宅供給が加速していき、それにあわせて、道路などの交通やさまざまなインフラが広がるという循環が生まれます。ドバイなどには、日本のゼネコンも参加しています。イスラムのすごいところは、貧困層がないところです。GDPが一人あたりの数字は低いのですが、貧富の格差は少ないのです。
日本では、都市に人口が集中しているため、東京で暮らしていると人口が減ることのメリットが大きいようにも感じます。しかし、イスラムの例からも、人口の増減が市場の大きさに影響することがわかるかと思います。例えば、日本も出生率が今から何倍にもなり、子どもが多く生まれると、理屈からいえば、出生率が増えることで状況が変わる可能性もあるといえるでしょう。(岩崎 卓也)
6000兆円にものぼるといわれている、いわゆるホームレスマネーは現在アラブに集まっています。お金が集まる要因はさまざまですが、お金は人口が多いところに向かい、やがて衰退していくだろうと思われるところを避ける傾向はあるといえます。今、イスラムの出生率は増えているといわれています。地震などにより人口が減るリスクは少ない。人口が増えると、何が起こるでしょうか。
イスラム圏ではインフラが増えています。それに伴い、市場が大きくなり、都市が広がります。住宅供給が加速していき、それにあわせて、道路などの交通やさまざまなインフラが広がるという循環が生まれます。ドバイなどには、日本のゼネコンも参加しています。イスラムのすごいところは、貧困層がないところです。GDPが一人あたりの数字は低いのですが、貧富の格差は少ないのです。
日本では、都市に人口が集中しているため、東京で暮らしていると人口が減ることのメリットが大きいようにも感じます。しかし、イスラムの例からも、人口の増減が市場の大きさに影響することがわかるかと思います。例えば、日本も出生率が今から何倍にもなり、子どもが多く生まれると、理屈からいえば、出生率が増えることで状況が変わる可能性もあるといえるでしょう。(岩崎 卓也)
2008/06/04
コスト増のときに収益力をつけるには
今後も原油や原材料の高騰が続けば、スタグフレーションに陥るおそれがあるという認識を日銀新総裁の白川氏が示した。5月27日に報じられたこのニュースは今を象徴しているように思います。スタグフレーション(stagflation)というのは、stagnationとinflationの造語ですが、直訳すると「景気の後退と物価の上昇が同時に起こること」です。インフレにより物価が上がると、所得も上がるはずです。でも、所得は物価の上昇に比べ、さほど上がらないのです。
スタグフレーションが起こったのは、直近でいうと第2次オイルショックの時です。ヨーロッパとアメリカで起こりました。フランスやイタリアなど、一部のヨーロッパの国では物価上昇にあわせて賃金も上げました。しかし、これが裏目に出てしまいました。賃金が上がったら物価高騰をさらに招いてしまったのです。悪循環が起こり、抜けきれなくなりました。
スタグフレーションに関する解説をいくつか読みました。インフレが続きながら、景気が悪い状況が長く続く。失業率も上がっていく、といった壊滅的で暗いシナリオが目に付きます。第2次オイルショックで、日本はインフレが起こりましたが、スタグフレーションまで行きませんでした。円高により吸収した部分があったのです。また、第一次オイルショックのときの余力もありましたし、現場の改善努力でコストダウンに努めたことも功を奏しました。
次号の特集は「収益力の経営」を組みます。このような暗い状況下にて何ごとだ、とおっしゃる方もいるかもしれません。私たちはスタグフレーションを想定してこの特集の企画を立てたわけではないのですが、それでもインフレはいずれ来るだろうという予測はありました。原油高による原材料費、運送費の高騰はコスト増を招きます。企業は値上げをしなくてはならない。でも、簡単に値上げはできません。なぜなら、今でもデフレの残り火があるからです。価格を下げないと物が売れない、という状況が一掃されたわけではないのです。設備投資は増えましたが、消費者のサイフのひもは緩んでいません。
コストは上がるが、価格に上乗せできないという中で、何をしたらよいのでしょうか。このような視点で次号の特集を組みました。業績改善というと、コストダウンと売上をあげれば良いという考えがあります。確かに、その通りではありますが、私たちの雑誌ではどう戦略的に売上をあげることができるのか。売上はそのままで、利益率を上げる方法はないのか、ということを提案します。(岩崎 卓也)
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次号の発売は6月10日(火)の予定です。
スタグフレーションが起こったのは、直近でいうと第2次オイルショックの時です。ヨーロッパとアメリカで起こりました。フランスやイタリアなど、一部のヨーロッパの国では物価上昇にあわせて賃金も上げました。しかし、これが裏目に出てしまいました。賃金が上がったら物価高騰をさらに招いてしまったのです。悪循環が起こり、抜けきれなくなりました。
スタグフレーションに関する解説をいくつか読みました。インフレが続きながら、景気が悪い状況が長く続く。失業率も上がっていく、といった壊滅的で暗いシナリオが目に付きます。第2次オイルショックで、日本はインフレが起こりましたが、スタグフレーションまで行きませんでした。円高により吸収した部分があったのです。また、第一次オイルショックのときの余力もありましたし、現場の改善努力でコストダウンに努めたことも功を奏しました。
次号の特集は「収益力の経営」を組みます。このような暗い状況下にて何ごとだ、とおっしゃる方もいるかもしれません。私たちはスタグフレーションを想定してこの特集の企画を立てたわけではないのですが、それでもインフレはいずれ来るだろうという予測はありました。原油高による原材料費、運送費の高騰はコスト増を招きます。企業は値上げをしなくてはならない。でも、簡単に値上げはできません。なぜなら、今でもデフレの残り火があるからです。価格を下げないと物が売れない、という状況が一掃されたわけではないのです。設備投資は増えましたが、消費者のサイフのひもは緩んでいません。
コストは上がるが、価格に上乗せできないという中で、何をしたらよいのでしょうか。このような視点で次号の特集を組みました。業績改善というと、コストダウンと売上をあげれば良いという考えがあります。確かに、その通りではありますが、私たちの雑誌ではどう戦略的に売上をあげることができるのか。売上はそのままで、利益率を上げる方法はないのか、ということを提案します。(岩崎 卓也)
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次号の発売は6月10日(火)の予定です。
2008/05/30
超高齢社会の解決策を示す国は
「平成19年版 高齢社会白書」によると、2055年には平均寿命が男性83.67年、女性90.34年となり、女性の平均寿命は90年を超えると見込まれています。夫が定年退職し、かつ60歳を超える夫婦の場合、女性は日々何をしているのでしょうか。女性のほうが社会性があり、参加したコミュニティに打ち込めるといわれています。しかし、これはすべての女性にあてはまるとは言えません。
男性のなかには、会社勤めに没頭し社会との接点が少なくなる人もいます。働く女性が増えた現在、これはワーキングウーマンにも同じことがいえるのではないでしょうか。男性ビジネスパーソンと同様に、女性は長く会社務めをするほど、地域とのつながりが持ちづらいケースが多く出てきます。女性にとって、定年後の男性が抱えている問題は対岸の火事ではなくなりつつあるのです。
『「豊かなる衰退」と日本の戦略』(弊社刊)という本があります。著者は横山禎徳(よこやま・よしのり)さん、マッキンゼーに約30年勤めた方で、ディレクター(シニア・パートナー)、東京支社長にもなった方です。この本には次のようなことが書かれています。少子化というのは西欧諸国で経験していることなので、対策について西欧諸国に学ぶことはあるでしょう。しかし、超高齢社会に世界で最初に突入したのは日本です。65歳以上の老齢人口が総人口の21%以上を占める超高齢社会。ここに潜んでいる問題は前例がないものなのです。従って、アメリカに範を求めてはいけない。自分達で考えなくてはいけない、ということになります。
横山先生はこの著書の後、『アメリカと比べない日本』という本を書かれています。この本でも、超高齢社会における課題は自分達で考え解決しなければならないと言及しています。日本が範を示す番です。最近聞いたのですが、そういう能力のことをアジェンダ・セッティング能力というそうです。課題設定能力というものが、今、問われているのです。もはや、他国の問題を分析し、なぞっていく能力だけでは乗り切れなくなっているのです。そういう意味もあり、今月号は中高年の問題、女性の問題を特集として組みました。この二つの問題はある種重なるものがあります。別々に議論するのではなく、両方に通じる最大公約数のようなものを言う必要があるのかもしれない。今回の特集を組んだ結果、そう感じました。(岩崎 卓也)
男性のなかには、会社勤めに没頭し社会との接点が少なくなる人もいます。働く女性が増えた現在、これはワーキングウーマンにも同じことがいえるのではないでしょうか。男性ビジネスパーソンと同様に、女性は長く会社務めをするほど、地域とのつながりが持ちづらいケースが多く出てきます。女性にとって、定年後の男性が抱えている問題は対岸の火事ではなくなりつつあるのです。
『「豊かなる衰退」と日本の戦略』(弊社刊)という本があります。著者は横山禎徳(よこやま・よしのり)さん、マッキンゼーに約30年勤めた方で、ディレクター(シニア・パートナー)、東京支社長にもなった方です。この本には次のようなことが書かれています。少子化というのは西欧諸国で経験していることなので、対策について西欧諸国に学ぶことはあるでしょう。しかし、超高齢社会に世界で最初に突入したのは日本です。65歳以上の老齢人口が総人口の21%以上を占める超高齢社会。ここに潜んでいる問題は前例がないものなのです。従って、アメリカに範を求めてはいけない。自分達で考えなくてはいけない、ということになります。
横山先生はこの著書の後、『アメリカと比べない日本』という本を書かれています。この本でも、超高齢社会における課題は自分達で考え解決しなければならないと言及しています。日本が範を示す番です。最近聞いたのですが、そういう能力のことをアジェンダ・セッティング能力というそうです。課題設定能力というものが、今、問われているのです。もはや、他国の問題を分析し、なぞっていく能力だけでは乗り切れなくなっているのです。そういう意味もあり、今月号は中高年の問題、女性の問題を特集として組みました。この二つの問題はある種重なるものがあります。別々に議論するのではなく、両方に通じる最大公約数のようなものを言う必要があるのかもしれない。今回の特集を組んだ結果、そう感じました。(岩崎 卓也)
2008/05/28
これからの中高年 人材育成法
2008年6月号の「人材マネジメント失われた50年」では、前回の記事でも触れましたが、人材育成手法のほとんどが半世紀前に開発されたものであることを指摘しています。では、新しい人材育成法としてどうすればよいのか。こちらの論文ではSCMを人材マネジメントに応用することについて述べています。
私は前回、中高年の人材の流動化はもっと高まってもよいのではないか、と書きました。それに伴い、新しい人材の育成法も流動化を意識したものであるべきだと思うのです。金融リテラシーをあげるのみではなく、第2の人生の準備ができるようなものがトレーニングに多く組み込まれるのも良いのではないかと思うのです。人材が外に出ることで教育のROIが下がっていきます。「人材マネジメント失われた50年」では、教育のROIについて触れています。ROIを上げるには、育成のコストを本人が負担するようなことも検討する必要が出てくるでしょう。
現在、資格取得支援制度を取り入れている企業は多くあります。しかし、資格をとっても役に立たない場合があります。従って、資格取得などで支援するのではなく、中高年の優秀な人材か流動化していく仕組み自体を作ることが大切なのでしょう。例えば、リクルートは優秀な人がどんどん辞めていくという文化があります。このような形は組織のあり方のひとつだと思います。
現状ではジョブセキュリティを前提に議論をしています。女性の活用も同じです。従業員はずっと働いていたい、会社を辞めたくないはずだ、ということに間違いはないということで、トレーニングも組み立てられています。これからは、ジョブセキュリティを前提としないトレーニングがあっても良いような気もします。
マネジメントの人材にはある程度の厚みは必要ですが、数として沢山は必要なわけではない。このようなことだけはわかってきたのですから、20年、あるいは30年ごとに人生の節目を迎えて、別の方向に舵を切っても良いのではないかと思います。第二、第三の人生が20年節目にやってくるのも良いでしょう。(岩崎 卓也)
私は前回、中高年の人材の流動化はもっと高まってもよいのではないか、と書きました。それに伴い、新しい人材の育成法も流動化を意識したものであるべきだと思うのです。金融リテラシーをあげるのみではなく、第2の人生の準備ができるようなものがトレーニングに多く組み込まれるのも良いのではないかと思うのです。人材が外に出ることで教育のROIが下がっていきます。「人材マネジメント失われた50年」では、教育のROIについて触れています。ROIを上げるには、育成のコストを本人が負担するようなことも検討する必要が出てくるでしょう。
現在、資格取得支援制度を取り入れている企業は多くあります。しかし、資格をとっても役に立たない場合があります。従って、資格取得などで支援するのではなく、中高年の優秀な人材か流動化していく仕組み自体を作ることが大切なのでしょう。例えば、リクルートは優秀な人がどんどん辞めていくという文化があります。このような形は組織のあり方のひとつだと思います。
現状ではジョブセキュリティを前提に議論をしています。女性の活用も同じです。従業員はずっと働いていたい、会社を辞めたくないはずだ、ということに間違いはないということで、トレーニングも組み立てられています。これからは、ジョブセキュリティを前提としないトレーニングがあっても良いような気もします。
マネジメントの人材にはある程度の厚みは必要ですが、数として沢山は必要なわけではない。このようなことだけはわかってきたのですから、20年、あるいは30年ごとに人生の節目を迎えて、別の方向に舵を切っても良いのではないかと思います。第二、第三の人生が20年節目にやってくるのも良いでしょう。(岩崎 卓也)
2008/05/24
中高年の人材流動化
十数年以上も前のことになりますが、三菱電機がゴールデン・プランというものを導入しました。これは会社が労働組合と一緒になって作ったものです。45歳からリタイアメントの準備をしましょう、といった趣旨で設立されました。なぜ準備が必要かというと、会社人間として育った人の中には知識が偏ってしまうケースが少なくないからです。年金のことや、退職金のことなどに関して、会社任せにしており、ほとんど知識がない人もいます。老後に備えるなら、45歳くらいに始めないと間に合わない、ということが設立の背景にあったようです。
当時、ゴールデン・プランは非常に画期的だと言われ、他社もならって始めました。導入から時が経ち、今の社会状況に合わせ、ゴールデン・プランの内容にも変化はあったと認識しています。が、多くはファイナンシャル部門も含めて、今でも当時と変わらず、福利厚生の一環として続いている部分があると思います。
定年に備えるということは、経済的な問題に備えることが大きな課題としてあります。金融のリテラシーを高めていくのは悪いことではありません。でも、それだけで備えたというのは無理があります。大前研一さんが講演などでよく話すことですが、今は国が国民を守りきれない状態にある。とするならば、中高年のときに、会社をやめてもいい、通用するスキルのトレーニングをやるべきではないか、と私は思います。
会社にとっても、中高年が退職するとなるとキーマンを失うことにもなります。でも、悪いことだけではありません。固定費が減るかもしれない。だから、もっと中高年の人材の流動化が進むような状況にしてもいいのではないか、と思うときがあります。会社の中のトレーにングシステムは最後に役員になることを目指すためのものという位置づけになっている企業があります。企業はふるいの目を細かくする、といったことに注力するのをやめても良いのではないでしょうか。
もちろん、必ずやめなければならないということではありません。それだけではなくて外にどんどん出て行ってもらえるようなトレーにングをしてもよいのではないか、ということです。
人材が外に出るとなると、人材教育のリスクが増し、ROIが下がってしまうことになります。2008年6月号に「人材マネジメント失われた50年」という論文がありますが、こちらでは、〈実は、人材育成手法のほとんどが、半世紀前に開発されたもので、いずれも、確実性の高い環境に適した組織人を育成する手法である。〉と述べています。また、人材開発への投資のROIを改善することにも触れています。この論文についての詳細は次回、こちらのブログでお伝えします。〈岩崎 卓也〉
当時、ゴールデン・プランは非常に画期的だと言われ、他社もならって始めました。導入から時が経ち、今の社会状況に合わせ、ゴールデン・プランの内容にも変化はあったと認識しています。が、多くはファイナンシャル部門も含めて、今でも当時と変わらず、福利厚生の一環として続いている部分があると思います。
定年に備えるということは、経済的な問題に備えることが大きな課題としてあります。金融のリテラシーを高めていくのは悪いことではありません。でも、それだけで備えたというのは無理があります。大前研一さんが講演などでよく話すことですが、今は国が国民を守りきれない状態にある。とするならば、中高年のときに、会社をやめてもいい、通用するスキルのトレーニングをやるべきではないか、と私は思います。
会社にとっても、中高年が退職するとなるとキーマンを失うことにもなります。でも、悪いことだけではありません。固定費が減るかもしれない。だから、もっと中高年の人材の流動化が進むような状況にしてもいいのではないか、と思うときがあります。会社の中のトレーにングシステムは最後に役員になることを目指すためのものという位置づけになっている企業があります。企業はふるいの目を細かくする、といったことに注力するのをやめても良いのではないでしょうか。
もちろん、必ずやめなければならないということではありません。それだけではなくて外にどんどん出て行ってもらえるようなトレーにングをしてもよいのではないか、ということです。
人材が外に出るとなると、人材教育のリスクが増し、ROIが下がってしまうことになります。2008年6月号に「人材マネジメント失われた50年」という論文がありますが、こちらでは、〈実は、人材育成手法のほとんどが、半世紀前に開発されたもので、いずれも、確実性の高い環境に適した組織人を育成する手法である。〉と述べています。また、人材開発への投資のROIを改善することにも触れています。この論文についての詳細は次回、こちらのブログでお伝えします。〈岩崎 卓也〉
2008/05/21
2007年度マッキンゼー賞受賞論文
今号、2008年6月号の特集にある「なぜ女性リーダーが少ないのか」という論文は2007年度マッキンゼー賞を受賞したものです。ノースウェスタン大学 心理学部 教授のアリス・H・イーグリー氏とウェルズリー・カレッジ 心理学部 客員准教授のリンダ・L・カーリ氏が執筆しています。
以前こちらのブログで、日本には女性管理職が少ない。比して、アメリカでは40%以上を占めていることを紹介しました。しかし、そのアメリカでも、執行役員クラスになるととたんに数が減るといいます。この論文では女性がトップにはなれないのは「ガラスの天井(グラス・シーリング)」が原因ではなく「キャリアの迷宮」が問題だといっています。
「ガラスの天井」というのはグラス・シーリング、ガラスでできている透明な天井という意味です。ウォール・ストリート・ジャーナルがおよそ20年前に紹介した言葉です。女性にはある時期から目に見えないグラス・シーリングがあって、ある程度社会的地位が上がると、それ以上はあがれないというのです。しかし、この論文ではそうではなくて、「女性のキャリアが上に行けなくなるのは途中のプロセスに問題があるのだ」と主張しています。キャリアの迷宮とは偏見の名残や女性リーダーへの反発などがあります。詳しく解説しています。
ところで、高い地位に登っていく女性の中には、過酷な30代前半を過ごしている人が多くいます。今月号『「組織の怠惰」が女性活用を阻んでいる』の石倉洋子さんはもともともマッキンゼーで働いていた方です。それは大変な生活をされていたと思います。P&Gも同じです。
また、20代のときに、失敗をどれくらい経験したか。これが自身のスキルをポータブルにする側面もあります。ポータブルなスキルは育児休暇の後、職場に戻ったとしても、陳腐化しないといいます。しばらく離れていた職場は変化していますが、すぐにキャッチアップできる、戻れるのです。
「なぜ女性リーダーが少ないのか」に話を戻しますが、こちらの論文では女性リーダーの比率を高めるにはどのような施策が有効か。現状を分析したうえで、12の対策を提案しています。意識の問題から具体的な改革点まで、さまざまなアイデアが書かれています。(岩崎 卓也)
以前こちらのブログで、日本には女性管理職が少ない。比して、アメリカでは40%以上を占めていることを紹介しました。しかし、そのアメリカでも、執行役員クラスになるととたんに数が減るといいます。この論文では女性がトップにはなれないのは「ガラスの天井(グラス・シーリング)」が原因ではなく「キャリアの迷宮」が問題だといっています。
「ガラスの天井」というのはグラス・シーリング、ガラスでできている透明な天井という意味です。ウォール・ストリート・ジャーナルがおよそ20年前に紹介した言葉です。女性にはある時期から目に見えないグラス・シーリングがあって、ある程度社会的地位が上がると、それ以上はあがれないというのです。しかし、この論文ではそうではなくて、「女性のキャリアが上に行けなくなるのは途中のプロセスに問題があるのだ」と主張しています。キャリアの迷宮とは偏見の名残や女性リーダーへの反発などがあります。詳しく解説しています。
ところで、高い地位に登っていく女性の中には、過酷な30代前半を過ごしている人が多くいます。今月号『「組織の怠惰」が女性活用を阻んでいる』の石倉洋子さんはもともともマッキンゼーで働いていた方です。それは大変な生活をされていたと思います。P&Gも同じです。
また、20代のときに、失敗をどれくらい経験したか。これが自身のスキルをポータブルにする側面もあります。ポータブルなスキルは育児休暇の後、職場に戻ったとしても、陳腐化しないといいます。しばらく離れていた職場は変化していますが、すぐにキャッチアップできる、戻れるのです。
「なぜ女性リーダーが少ないのか」に話を戻しますが、こちらの論文では女性リーダーの比率を高めるにはどのような施策が有効か。現状を分析したうえで、12の対策を提案しています。意識の問題から具体的な改革点まで、さまざまなアイデアが書かれています。(岩崎 卓也)
2008/05/17
もう一つのテーマ
今号、2008年6月号『逆転の人材開発論』は、女性の活用のほか、もう一つテーマがあります。それは中高年の活用です。定年延長について取り組んでいる企業はありますが、すみずみまでに浸透している状態だとはいえません。「当社は実施しています」という企業の中には、社員をふるいにかけて、一部にしか定年延長を適用していないケースもあります。
年齢が高くなると所得が高くなり、生活水準を下げることが難しくなります。私が思うに、中高年は責任を重くするのではなく専門性を発揮できる仕事で活用したらよいのではないでしょうか。中高年の場合、気候が厳しく、体力的に負担がかかるような地域で働くことは無理かもしれません。が、グローバル化などの仕事に携わったら、交渉の場面で面白いことができるのではないでしょうか。できる人はたくさんいます。もっと使ったほうがいいでしょう、近所を散歩させている場合ではありません。もちろん、中高年の活用に取り組むのならば、人事制度を実情に合わせて変えなければいけません。
今回の特集で、女性と中高年の活用について触れたのは、社会の流れとして少子化の傾向が背景にあるからです。時折、人口が減ることにはメリットがある。人口が減ってもかまわない、という意見を語る人もいます。でも、私は人口が減るリスクは決して小さなものではないと思っています。人口が減れば、市場がなくなる、少なくとも日本の国内市場が小さくなるのです。日本は、輸出でまかなっているのはGDPの10パーセントしかありません。国内市場が小さくなるのは、国の経済力が下がるということです。お金が循環しない、つまり消費が途絶えることです。人口が減るのは衰退への道を意味します。
商品や良質なサービスは小さい経済圏は素通りして行ってしまいます。日本でしか作れない、日本にしかないもので、どこの国でも欲しがっている物があれば別です。例えば、石油を持っていればよいのですが、日本にはありません。やはり、私は人口が減るのはよろしくないと思います。深刻なことです。社会システムを維持することだけではなく、市場としての魅力が下がっていくのです。そういう意味で、少子化は由々しき問題であるのです。(岩崎 卓也)
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▽一冊からお求めになれます。2008年6月号(5月10日発売)
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690608
年齢が高くなると所得が高くなり、生活水準を下げることが難しくなります。私が思うに、中高年は責任を重くするのではなく専門性を発揮できる仕事で活用したらよいのではないでしょうか。中高年の場合、気候が厳しく、体力的に負担がかかるような地域で働くことは無理かもしれません。が、グローバル化などの仕事に携わったら、交渉の場面で面白いことができるのではないでしょうか。できる人はたくさんいます。もっと使ったほうがいいでしょう、近所を散歩させている場合ではありません。もちろん、中高年の活用に取り組むのならば、人事制度を実情に合わせて変えなければいけません。
今回の特集で、女性と中高年の活用について触れたのは、社会の流れとして少子化の傾向が背景にあるからです。時折、人口が減ることにはメリットがある。人口が減ってもかまわない、という意見を語る人もいます。でも、私は人口が減るリスクは決して小さなものではないと思っています。人口が減れば、市場がなくなる、少なくとも日本の国内市場が小さくなるのです。日本は、輸出でまかなっているのはGDPの10パーセントしかありません。国内市場が小さくなるのは、国の経済力が下がるということです。お金が循環しない、つまり消費が途絶えることです。人口が減るのは衰退への道を意味します。
商品や良質なサービスは小さい経済圏は素通りして行ってしまいます。日本でしか作れない、日本にしかないもので、どこの国でも欲しがっている物があれば別です。例えば、石油を持っていればよいのですが、日本にはありません。やはり、私は人口が減るのはよろしくないと思います。深刻なことです。社会システムを維持することだけではなく、市場としての魅力が下がっていくのです。そういう意味で、少子化は由々しき問題であるのです。(岩崎 卓也)
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2008/05/13
エグゼクティブの補佐になる意味
前の記事で、2008年7月号に掲載したベネッセコーポレーション取締役副会長 内永ゆか子氏の「女性が組織のリーダーとなるための条件」を紹介しました。実は、十年以上も前のことですが、私は内永さんにお目にかかったことがあります。お会いしたのは、日本でジェンダーフリーを推し進めている方たちが主催するセミナーでした。
当日のプログラムには、女性の著名人が討論する場がありました。テーマはセクハラの問題についてです。途中で、内永さんが意見を求められたとき、彼女はこのように言ったのです。
「私はそういうことに興味はありません。男性とか女性とか、議論するのはナンセンスです。その人の言う意見の価値を考えて、良いアイデアを生み出していくことが大事なのではないでしょうか」
内永さんが意見を述べるなり、満場の大喝采を浴びるというシーンがあったのです。今回、内永さんにこのセミナーの話を申し上げたところ、随分前のことで覚えていらっしゃいませんでしたが、私はこの場面が強く印象に残っています。
「女性が組織のリーダーとなるための条件」には、内永さんのIBM時代の話が載っています。印象的だったのは、女性に必要なのは良いメンターであるというところです。内永さんは取締役になる前、当時の営業を統括する常務取締役の補佐についています。IBMではエグゼクティブになる人は、ほとんど全員がエグゼクティブの補佐を務めるそうです。
自身の能力を高めていくには、相手に何かを教えてもらうよりも、優秀なエグゼクティブの補佐としてつくことが良い方法だと内永さんは言います。これはジョブシャドウイングと呼ばれるものです。相手に「影」のように密着し観察する。そうすることで、仕事で求められるスキルや知識を身につけるのです。
この点はP&Gの和田浩子さんも同じことを言っていました。P&Gジャパンの元社長がP&GのCEOになるケースは良くあります。イェーガー氏、アラン・ラフリー氏もP&Gジャパンの社長でした。和田さんはこの二人についたわけではないのですが、トップの人たちの補佐を務めることで、ビジネスリーダーはどうあるべきかが、具体的にわかる。自分は女性としてどういうキャリアを築けば良いのか、どんな能力が必要なのか、すぐわかると言っていました。(岩崎 卓也)
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当日のプログラムには、女性の著名人が討論する場がありました。テーマはセクハラの問題についてです。途中で、内永さんが意見を求められたとき、彼女はこのように言ったのです。
「私はそういうことに興味はありません。男性とか女性とか、議論するのはナンセンスです。その人の言う意見の価値を考えて、良いアイデアを生み出していくことが大事なのではないでしょうか」
内永さんが意見を述べるなり、満場の大喝采を浴びるというシーンがあったのです。今回、内永さんにこのセミナーの話を申し上げたところ、随分前のことで覚えていらっしゃいませんでしたが、私はこの場面が強く印象に残っています。
「女性が組織のリーダーとなるための条件」には、内永さんのIBM時代の話が載っています。印象的だったのは、女性に必要なのは良いメンターであるというところです。内永さんは取締役になる前、当時の営業を統括する常務取締役の補佐についています。IBMではエグゼクティブになる人は、ほとんど全員がエグゼクティブの補佐を務めるそうです。
自身の能力を高めていくには、相手に何かを教えてもらうよりも、優秀なエグゼクティブの補佐としてつくことが良い方法だと内永さんは言います。これはジョブシャドウイングと呼ばれるものです。相手に「影」のように密着し観察する。そうすることで、仕事で求められるスキルや知識を身につけるのです。
この点はP&Gの和田浩子さんも同じことを言っていました。P&Gジャパンの元社長がP&GのCEOになるケースは良くあります。イェーガー氏、アラン・ラフリー氏もP&Gジャパンの社長でした。和田さんはこの二人についたわけではないのですが、トップの人たちの補佐を務めることで、ビジネスリーダーはどうあるべきかが、具体的にわかる。自分は女性としてどういうキャリアを築けば良いのか、どんな能力が必要なのか、すぐわかると言っていました。(岩崎 卓也)
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2008/05/10
ジェンダーフリーはダイバーシティの一要素
次号、2008年6月号「ジェンダーフリーの論点」に、「企業の女性活用に求められる本質的な視点」という記事があります。こちらで提言しているのはOfficeWaDa代表 和田浩子さんです。1998年、日本人で初めてP&Gのヴァイス・プレジデントに就任した方です。和田さんはダイバーシティの問題を日本の企業が考えるとき、女性の問題だけにフォーカスしている点に触れています。そもそもジェンダーというのはダイバーシティの一要素に過ぎません。ダイバーシティ・マネジメントも経営戦略のひとつである人材育成戦略に位置づけられるとおっしゃっています。女性のキャリア支援を目標に掲げても、会社にとってメリットが明確でなければ女性を特別扱いする意味が失われるわけです。
P&Gはなぜ、ダイバーシティにこだわっているのか。それはお客様がダイバースしているからです。消費財メーカーとして、世界中のさまざまな国籍、宗教、文化を持つ顧客を相手にビジネスをしているのです。お客様に合った社員構成にしないと、お客様の気持ちがわからないのです。
日本はまだジェンダーで止まっています。ダイバーシティまでいっていません。製品のグローバル化はできていますが、マネジメントはグローバル化できないのです。日本企業の中には、「当社はグローバル化しています」という会社があります。でも、それは事業所が他国にあり、製品が他国に流れているだけであって、経営はドメスティックな場合があるのです。製品を輸出していることと、グロバリゼーションは違うのだ、と思いました。
また、「ジェンダーフリーの論点」には、「インド市場でのビジネスに男女の隔たりはない」という記事があります。こちらの記事の日産自動車 本広好枝さんは2005年インド日産社長に就任し、2008年4月より日産自動車 インド事業室長を務めています。インドに女性を送り込むところに、日産のすごさがあると私は感じました。本広さんは日産のダイバーシティの取り組み、ご自身の仕事、職場環境等について語っています。記事を読むとタイトルどおり、インド市場でのビジネスに男女の隔たりはないことがわかります。(岩崎 卓也)
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▽一冊からお求めになれます。2008年6月号(5月10日発売)
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P&Gはなぜ、ダイバーシティにこだわっているのか。それはお客様がダイバースしているからです。消費財メーカーとして、世界中のさまざまな国籍、宗教、文化を持つ顧客を相手にビジネスをしているのです。お客様に合った社員構成にしないと、お客様の気持ちがわからないのです。
日本はまだジェンダーで止まっています。ダイバーシティまでいっていません。製品のグローバル化はできていますが、マネジメントはグローバル化できないのです。日本企業の中には、「当社はグローバル化しています」という会社があります。でも、それは事業所が他国にあり、製品が他国に流れているだけであって、経営はドメスティックな場合があるのです。製品を輸出していることと、グロバリゼーションは違うのだ、と思いました。
また、「ジェンダーフリーの論点」には、「インド市場でのビジネスに男女の隔たりはない」という記事があります。こちらの記事の日産自動車 本広好枝さんは2005年インド日産社長に就任し、2008年4月より日産自動車 インド事業室長を務めています。インドに女性を送り込むところに、日産のすごさがあると私は感じました。本広さんは日産のダイバーシティの取り組み、ご自身の仕事、職場環境等について語っています。記事を読むとタイトルどおり、インド市場でのビジネスに男女の隔たりはないことがわかります。(岩崎 卓也)
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2008/05/07
インテリジェンスを備えたドンキホーテ
次号の2008年7月号、「組織で女性の力を生かす ジェンダーフリーの論点」では、7名の女性の提言を掲載します。その中の一つがベネッセコーポレーション取締役副会長 内永ゆか子氏の「女性が組織のリーダーとなるための条件」です。その中で内永さんは女性はマジョリティである男性達が築いてきた組織のパワー・ポリティクスを理解したほうが良いとおっしゃっています。みずからもポリティカルに、そのカルチャーに上手に乗ることで、仕事が円滑にまわり、より大きな仕事を任せてもらえることを認識しておこうともおっしゃっています。
これからはもっと実力社会になっていくでしょう。これまでのように役員になったら「上がり」といった人生は待っていないのです。昔は、あぐらをかいていても、学歴などの条件があれば、ベルトコンベアに乗るように役員まで行けた時代もありました。今は違います。やりたいことや望むことがあるのなら、その実現のためにポジションと権力が必要であるということを強く認識すべき点は男女ともに共通していることかもしれません。
一方、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 石倉洋子氏は『「組織の怠惰」が女性活用を阻んでいる』の中で、企業は女性の専門性を生かし、組織のビジネスのドライビングフォースとして女性をもっと活用していかなければならない、とおっしゃっています。私は石倉さんのおっしゃることも一つの選択肢としてあるのではないか、と思います。
男性の意思決定のプロセスは予定調和的です。Aさんの顔を見て、BさんのCさんの顔を見て、なるべくそれぞれの利害を壊さないように調整しつつ、上手くまとめるといった手法をとることがよくあります。この方法では新しい習慣やイノベーションは起こってこないでしょう。従来のものに疑問を抱くことが全くない組織は健全とはいえません。従来あるものをひっくり返す、一石を投じる役割は女性が向いているかもしれません。原稿では、「ドン・キホーテ」という言葉を使っています。インテリジェンスを備えたドン・キホーテです。
もちろん、女性が一石を投じる場合は、単に発言するだけではなく、責任を持つことが前提にあります。他方、意思決定の最後は腕力だから、ポジションが必要だという意見にもうなずけます。次号の「ジェンダーフリーの論点」のコーナーはそれぞれの意見があり、読み手にとって興味深い内容になったのではないかと思っています。(岩崎 卓也)
これからはもっと実力社会になっていくでしょう。これまでのように役員になったら「上がり」といった人生は待っていないのです。昔は、あぐらをかいていても、学歴などの条件があれば、ベルトコンベアに乗るように役員まで行けた時代もありました。今は違います。やりたいことや望むことがあるのなら、その実現のためにポジションと権力が必要であるということを強く認識すべき点は男女ともに共通していることかもしれません。
一方、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 石倉洋子氏は『「組織の怠惰」が女性活用を阻んでいる』の中で、企業は女性の専門性を生かし、組織のビジネスのドライビングフォースとして女性をもっと活用していかなければならない、とおっしゃっています。私は石倉さんのおっしゃることも一つの選択肢としてあるのではないか、と思います。
男性の意思決定のプロセスは予定調和的です。Aさんの顔を見て、BさんのCさんの顔を見て、なるべくそれぞれの利害を壊さないように調整しつつ、上手くまとめるといった手法をとることがよくあります。この方法では新しい習慣やイノベーションは起こってこないでしょう。従来のものに疑問を抱くことが全くない組織は健全とはいえません。従来あるものをひっくり返す、一石を投じる役割は女性が向いているかもしれません。原稿では、「ドン・キホーテ」という言葉を使っています。インテリジェンスを備えたドン・キホーテです。
もちろん、女性が一石を投じる場合は、単に発言するだけではなく、責任を持つことが前提にあります。他方、意思決定の最後は腕力だから、ポジションが必要だという意見にもうなずけます。次号の「ジェンダーフリーの論点」のコーナーはそれぞれの意見があり、読み手にとって興味深い内容になったのではないかと思っています。(岩崎 卓也)
2008/05/03
結婚にも努力が要る「婚活」時代
先日、オフィスで最近読んだ本が話題になりました。入社2年目の若手は『「婚活」時代』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)という本を読んだと言っていました。著者は家族研究を専門としている山田 昌弘さん(中央大学文学部教授)と、ジャーナリストの白河 桃子さんです。
聞くところによると、タイトルの「婚活」というのは結婚活動の略で、就職活動と同じように、いまや結婚も努力しないとできない時代だというのです。
その理由について、いくつか書かれているのですが、一つは日本の企業が変わったことをあげています。昔は男性が終身雇用で、会社にいればおよその将来は見えていました。女性は男性に対して、何歳になったら給料はいくらくらいになるという設計が立てやすかったのです。つまり、職場内恋愛という形を取っていても、実は集団お見合いをしているようなものだった、といったことが書かれているそうです。
確かに、私も雇用の流動化の影響はあると思いました。結婚しようとしている相手が将来、その会社をやめてしまう可能性は大きくなりました。それにより、相対的に結婚することに対するリスクが高くなったわけです。時代がそうだということを見越し、相手に頼らないで夫婦両方で稼いでいる女性もいます。
しかし、日本は女性が独り立ちする上で、リスクが高くなるような社会システムになっています。日本だと、シングルマザーを守るための優遇処置が全くないわけではありませんが、進んでいるとはいいがたいものがあります。
逆に、女性は守られているのだから、仕組みに寄りかかっているほうがラクだという考えもあります。ひとつの物事に対して、賛同もあれば反論もある、いろいろな世界です。次月号の特集では、女性の登用に焦点を当てています。結婚については触れていませんが、特集とは別にこの婚活という概念には興味深い物があると思いました。(岩崎 卓也)
聞くところによると、タイトルの「婚活」というのは結婚活動の略で、就職活動と同じように、いまや結婚も努力しないとできない時代だというのです。
その理由について、いくつか書かれているのですが、一つは日本の企業が変わったことをあげています。昔は男性が終身雇用で、会社にいればおよその将来は見えていました。女性は男性に対して、何歳になったら給料はいくらくらいになるという設計が立てやすかったのです。つまり、職場内恋愛という形を取っていても、実は集団お見合いをしているようなものだった、といったことが書かれているそうです。
確かに、私も雇用の流動化の影響はあると思いました。結婚しようとしている相手が将来、その会社をやめてしまう可能性は大きくなりました。それにより、相対的に結婚することに対するリスクが高くなったわけです。時代がそうだということを見越し、相手に頼らないで夫婦両方で稼いでいる女性もいます。
しかし、日本は女性が独り立ちする上で、リスクが高くなるような社会システムになっています。日本だと、シングルマザーを守るための優遇処置が全くないわけではありませんが、進んでいるとはいいがたいものがあります。
逆に、女性は守られているのだから、仕組みに寄りかかっているほうがラクだという考えもあります。ひとつの物事に対して、賛同もあれば反論もある、いろいろな世界です。次月号の特集では、女性の登用に焦点を当てています。結婚については触れていませんが、特集とは別にこの婚活という概念には興味深い物があると思いました。(岩崎 卓也)
2008/04/30
女性の部長相当職は全体の8.8%で良いのか
日本における女性の管理職比率は低いです。厚生労働省「平成18年度女性雇用管理基本調査」の調査結果によると、女性の部長相当職は全体の8.8%だそうです。平成15年度は6.7%で、比べると増加はしています。が、アメリカは40%でこれでも足りないといわれています。日本は圧倒的に遅れています。女性の力を活かすには、女性としてシンボリックな存在を立てることも一つとして必要です。しかしながら、まずは底上げをしないと無理なのではないでしょうか。
成果が数字で出る職種は個人の能力を評価しやすい傾向にあります。が、成果が見えにくい職種から女性の執行役員を出すのは難しいでしょう。その方ができることを何らかの形で証明しないといけないからです。日本企業ではベンチャー、営業を中心とした会社、コンサルティングファームなどではすでに女性の執行役員はいます。でも、メーカーをみると、開発部門出身の女性が社長になるようなケースはまれです。資生堂といった企業でさえいません。企業がダイバーシティの問題と向かい合うとき、どのように考えるべきか。次号では触れています。
話は変わりますが、女性の活用を議論するとき男性は必要以上にフェミニズムになることはないと思います。が、それぞれが理解することは必要でしょう。私は以前観た、女性だけの部族をモチーフにした映画を思い出すことがあります。映画に登場するこの部族は女性だけで構成されています。ときどき、男性は用いられるのですが、通常はいません。映画の見所は女王の座をめぐる争いや、他軍との戦いを視覚的にも楽しめる形で描いたところにあるのでしょう。
しかし、私はこの映画で、女性ばかりの社会に入った男性にわが身において観ていました。大変さや窮屈さが映画を通して感じられるのです。昔の話ですし、現代とは違いますが、どちらかの性で偏っている社会の不自然さ、そこに違う性の人が入ったときの感覚を味わいました。ずっと、日本では管理職は男性が多い状態が続いています。もう、その偏りには限界が来ているのではないか、と思いました。女性の優れている点は沢山語られています。使わない手はありません。
ただし、アメリカが進んでいるからといって、アメリカのやり方を一方的に持ち込んでも、うまく行かないことはご承知の通りです。そこで、日本に合った形は何か、日本のジェンダーの問題についてインタビューした理由はそこにあります。(岩崎 卓也)
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次号の発売は2008年5月10日です。
成果が数字で出る職種は個人の能力を評価しやすい傾向にあります。が、成果が見えにくい職種から女性の執行役員を出すのは難しいでしょう。その方ができることを何らかの形で証明しないといけないからです。日本企業ではベンチャー、営業を中心とした会社、コンサルティングファームなどではすでに女性の執行役員はいます。でも、メーカーをみると、開発部門出身の女性が社長になるようなケースはまれです。資生堂といった企業でさえいません。企業がダイバーシティの問題と向かい合うとき、どのように考えるべきか。次号では触れています。
話は変わりますが、女性の活用を議論するとき男性は必要以上にフェミニズムになることはないと思います。が、それぞれが理解することは必要でしょう。私は以前観た、女性だけの部族をモチーフにした映画を思い出すことがあります。映画に登場するこの部族は女性だけで構成されています。ときどき、男性は用いられるのですが、通常はいません。映画の見所は女王の座をめぐる争いや、他軍との戦いを視覚的にも楽しめる形で描いたところにあるのでしょう。
しかし、私はこの映画で、女性ばかりの社会に入った男性にわが身において観ていました。大変さや窮屈さが映画を通して感じられるのです。昔の話ですし、現代とは違いますが、どちらかの性で偏っている社会の不自然さ、そこに違う性の人が入ったときの感覚を味わいました。ずっと、日本では管理職は男性が多い状態が続いています。もう、その偏りには限界が来ているのではないか、と思いました。女性の優れている点は沢山語られています。使わない手はありません。
ただし、アメリカが進んでいるからといって、アメリカのやり方を一方的に持ち込んでも、うまく行かないことはご承知の通りです。そこで、日本に合った形は何か、日本のジェンダーの問題についてインタビューした理由はそこにあります。(岩崎 卓也)
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次号の発売は2008年5月10日です。
2008/04/26
次号は女性の登用、中高年の活用
次号は女性と中高年に絞った人材論を特集します。ジェンダーに関する話は多岐にわたりますが、今回は女性の登用を今後どのくらい増やせるのかに焦点を当てました。
女性と中高年とを一緒にしたのには理由があります。今、日本は合計特殊出生率が 2005 年は1.26、2006年は1.32になっています。今の人口を維持していくには、一世帯に子どもが二人では足りないといわれています。三人という家庭もなくてはならない状況にあります。
これは難しいことでしょう。川勝平太教授が言うには、女性の集団意思決定は各時代に働いているといいます。戦国時代は子孫が生き残れるようにと子どもを産む数が増えます。世の中が安定しているときは少子化の傾向があり、加え女性が活躍する時代になるようです。歴史でいうと平安時代がそうです。現代は安定している時代で少子化が問題になっていますが、なかなか解決しません。マクロで見たとき、この先も進むでしょう。今後5年間で400万人、労働人口が減ると言われています。
もちろん、労働人口の定義によっては70歳過ぎまで働ける前提でカウントする場合もあります。就労人口と労働力は別なのですが、いずれにしろ減ります。これを穴埋めしてくれるのは誰でしょうか。若い人は少子化で人数が少ないので埋めきれません。そこで、女性と中高年の活用が必要になるわけです。
定年退職した人の再活用もひとつとしてあります。ビジネスは経験則が大切です。質の高い労働力の提供という意味で経験値を持った方の活用は重要です。
他方で人材育成という課題が出てきます。質の高い労働力を調達するには、女性と中高年、ここから抽出していくしかないでしょう。外国人が日本にも増えて日本の組織を外資系化することもありますが、それでは足りません。文化に適応するまでに時間がかかります。最も手近で、ポテンシャルが高いのは女性と中高年なのです。
次号では日本のジェンダーの問題について女性7名が提言しています。その一人が小池百合子氏です。ほか、一橋大学の石倉洋子先生、P&Gで日本人として初めて本国のヴァイスプレジデントになった和田浩子さんなどが登場します。記事の内容はおってお話いたします。(岩崎 卓也)
女性と中高年とを一緒にしたのには理由があります。今、日本は合計特殊出生率が 2005 年は1.26、2006年は1.32になっています。今の人口を維持していくには、一世帯に子どもが二人では足りないといわれています。三人という家庭もなくてはならない状況にあります。
これは難しいことでしょう。川勝平太教授が言うには、女性の集団意思決定は各時代に働いているといいます。戦国時代は子孫が生き残れるようにと子どもを産む数が増えます。世の中が安定しているときは少子化の傾向があり、加え女性が活躍する時代になるようです。歴史でいうと平安時代がそうです。現代は安定している時代で少子化が問題になっていますが、なかなか解決しません。マクロで見たとき、この先も進むでしょう。今後5年間で400万人、労働人口が減ると言われています。
もちろん、労働人口の定義によっては70歳過ぎまで働ける前提でカウントする場合もあります。就労人口と労働力は別なのですが、いずれにしろ減ります。これを穴埋めしてくれるのは誰でしょうか。若い人は少子化で人数が少ないので埋めきれません。そこで、女性と中高年の活用が必要になるわけです。
定年退職した人の再活用もひとつとしてあります。ビジネスは経験則が大切です。質の高い労働力の提供という意味で経験値を持った方の活用は重要です。
他方で人材育成という課題が出てきます。質の高い労働力を調達するには、女性と中高年、ここから抽出していくしかないでしょう。外国人が日本にも増えて日本の組織を外資系化することもありますが、それでは足りません。文化に適応するまでに時間がかかります。最も手近で、ポテンシャルが高いのは女性と中高年なのです。
次号では日本のジェンダーの問題について女性7名が提言しています。その一人が小池百合子氏です。ほか、一橋大学の石倉洋子先生、P&Gで日本人として初めて本国のヴァイスプレジデントになった和田浩子さんなどが登場します。記事の内容はおってお話いたします。(岩崎 卓也)
2008/04/23
XBRLで何が変わるのか
2008年3月、『XBRLの衝撃―日欧米40数カ国550余機関が推し進める世界標準』(花堂靖仁/ダイヤモンド社:著)を刊行しました。XBRLというのは、extensible business reporting language:XMLベースの財務情報記述言語で、2007年6月号「2007年のパワー・コンセプト(中)」などでも紹介しました。
企業の財務諸表をご覧になりたいとき、どうしていますか。人によってはホームページのIR情報からPDF形式のものを入手しているでしょう。
現在、4000以上もの会社が上場していますが、財務分析をするにあたり、ソフトウエアによるデータ解析は頻繁に行われているわけではありません。技術的には可能ですが、手間を考慮したら作業として見合わないと考えられています。この手間の部分ですが、XBRLに全部が切り替われば、時間を短縮できるようになります。
XBRLにより、情報のハンドリングコストを激減させることが可能になります。情報の取引コストが下がるのです。以前から言われている話ですが、これに伴い新しい産業が出てくることが予想されます。現在、株式データを出版社や新聞社が提供しています。さらには、ストラテジストが分析し、レポートを配布しています。これが、XBRLの登場によって、グーグルやヤフーなどが財務分析を無料で提供する可能性も出てくるのです。
情報の価格が大幅に下がることにより、アナリストの優劣が出てくることも予想されます。アナリストは業界の歴史に詳しく、経験も豊富です。そうでないと、業界のキープレーヤーとなる企業の事業内容、今後の見通しについて、適正なレポートを書けないと言われてきました。情報の加工や分析が簡単になれば、企業のOBなど数字情報に詳しい人たちがアナリストよりも正確で企業にとって厳しいレポートを出してくるようになるかもしれません。レポートは今は有償ですが、無償になっていくでしょう。そうなったときに、企業のIRの手法も変わってくることが予想されます。
以上のことが予想されていますが、XBRLはまだ端緒についたばかりです。とはいえ、ワコールでは内部統制システムとXBRLを効果的に組み合わせて進めているといいます。
『XBRLの衝撃―日欧米40数カ国550余機関が推し進める世界標準』は企業の会計、経理、財務、IR担当者などが読む本ではありますが、一般的な知識をつけるという意味でお読みいただいても面白いと思います。XBRLは勉強したことがあるが、うろ覚えだという方、今さら人に聞けないとおっしゃる方にもおすすめします。(岩崎 卓也)
---------------------*
▽一冊からお求めになれます。2008年5月号(4月10日発売)
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690508
▽バックナンバー 2007年6月号
http://www.dhbr.net/magazine/backnumber/200706.html
企業の財務諸表をご覧になりたいとき、どうしていますか。人によってはホームページのIR情報からPDF形式のものを入手しているでしょう。
現在、4000以上もの会社が上場していますが、財務分析をするにあたり、ソフトウエアによるデータ解析は頻繁に行われているわけではありません。技術的には可能ですが、手間を考慮したら作業として見合わないと考えられています。この手間の部分ですが、XBRLに全部が切り替われば、時間を短縮できるようになります。
XBRLにより、情報のハンドリングコストを激減させることが可能になります。情報の取引コストが下がるのです。以前から言われている話ですが、これに伴い新しい産業が出てくることが予想されます。現在、株式データを出版社や新聞社が提供しています。さらには、ストラテジストが分析し、レポートを配布しています。これが、XBRLの登場によって、グーグルやヤフーなどが財務分析を無料で提供する可能性も出てくるのです。
情報の価格が大幅に下がることにより、アナリストの優劣が出てくることも予想されます。アナリストは業界の歴史に詳しく、経験も豊富です。そうでないと、業界のキープレーヤーとなる企業の事業内容、今後の見通しについて、適正なレポートを書けないと言われてきました。情報の加工や分析が簡単になれば、企業のOBなど数字情報に詳しい人たちがアナリストよりも正確で企業にとって厳しいレポートを出してくるようになるかもしれません。レポートは今は有償ですが、無償になっていくでしょう。そうなったときに、企業のIRの手法も変わってくることが予想されます。
以上のことが予想されていますが、XBRLはまだ端緒についたばかりです。とはいえ、ワコールでは内部統制システムとXBRLを効果的に組み合わせて進めているといいます。
『XBRLの衝撃―日欧米40数カ国550余機関が推し進める世界標準』は企業の会計、経理、財務、IR担当者などが読む本ではありますが、一般的な知識をつけるという意味でお読みいただいても面白いと思います。XBRLは勉強したことがあるが、うろ覚えだという方、今さら人に聞けないとおっしゃる方にもおすすめします。(岩崎 卓也)
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▽バックナンバー 2007年6月号
http://www.dhbr.net/magazine/backnumber/200706.html
2008/04/19
低炭素社会へ12のオピニオン
2008年5月号では「低炭素社会への挑戦」として地球環境に関する12のオピニオンを掲載しました。そのなかで、「排出権取引では二酸化炭素は減らない」というものがあります。執筆者はアスペン・スキーイング・カンパニーのオーデン・シンドラー氏です。彼は地球環境問題を担当するディレクターです。
現在、欧州の市場などでは排出権取引が盛んに行われています。しかし、排出権取引は本当にCO2排出量の削減に繋がるのか? というのがシンドラー氏の問題提起です。これは一読の価値があると思いました。
炭素クレジットの購入は免罪符を買うという意味合いがあります。なかでも、グリーン電力証書 RECについて、免罪符を発行するところが本当にクリーンなエネルギーを生産しているのか。その部分が怪しいというのが氏の主張です。もちろん、クリーンなエネルギーを出し、CO2削減に貢献しているところもあるでしょう。しかし、現状ではRECの実効性の有無を見分ける方法がないのです。
今は環境問題を無視することができないという論調よりも、環境はリスクだという考えが主流になっています。これは裏返せばチャンスがあるということです。
「低炭素社会への挑戦」に掲載したオピニオンの中には、このチャンスを積極的に活用していくことを促すものがあります。「ステークホルダーの環境感度は高まっている」では金融市場での評価について触れています。「炭素社会ではバランスシートはこう変わる」では資産価値などがどのように変わっていくのかが示されています。
「環境政策議論に参加せよ」は環境問題に感度が低い企業は政策論議に参加する資格がないといっています。逆に、環境問題に積極的に取組み精通することで、参加すべきもののレベルが高まり、メリットが増える、と書かれています。(岩崎 卓也)
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※REC
グリーン電力証書
1メガWhのクリーン電力を生産するとRECを一枚発行し販売することが認められる。詳細はDHBR2008年5月号をご覧ください。
▽一冊からお求めになれます。2008年4月10日発売
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690508
現在、欧州の市場などでは排出権取引が盛んに行われています。しかし、排出権取引は本当にCO2排出量の削減に繋がるのか? というのがシンドラー氏の問題提起です。これは一読の価値があると思いました。
炭素クレジットの購入は免罪符を買うという意味合いがあります。なかでも、グリーン電力証書 RECについて、免罪符を発行するところが本当にクリーンなエネルギーを生産しているのか。その部分が怪しいというのが氏の主張です。もちろん、クリーンなエネルギーを出し、CO2削減に貢献しているところもあるでしょう。しかし、現状ではRECの実効性の有無を見分ける方法がないのです。
今は環境問題を無視することができないという論調よりも、環境はリスクだという考えが主流になっています。これは裏返せばチャンスがあるということです。
「低炭素社会への挑戦」に掲載したオピニオンの中には、このチャンスを積極的に活用していくことを促すものがあります。「ステークホルダーの環境感度は高まっている」では金融市場での評価について触れています。「炭素社会ではバランスシートはこう変わる」では資産価値などがどのように変わっていくのかが示されています。
「環境政策議論に参加せよ」は環境問題に感度が低い企業は政策論議に参加する資格がないといっています。逆に、環境問題に積極的に取組み精通することで、参加すべきもののレベルが高まり、メリットが増える、と書かれています。(岩崎 卓也)
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※REC
グリーン電力証書
1メガWhのクリーン電力を生産するとRECを一枚発行し販売することが認められる。詳細はDHBR2008年5月号をご覧ください。
▽一冊からお求めになれます。2008年4月10日発売
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2008/04/16
イスラム金融が世界を変える
2008年5月号の「イスラム金融が世界を変える」では、イスラム金融を取り上げています。先日、エグゼクティブ・クラスを対象にしたイスラム金融のセミナーが行われたというニュースを目にしました。イスラム金融の話は十数年くらい前から少しずつ出てきたと記憶しています。が、ここのところ以前よりも増して、注目を集めるようになったと感じています。
イスラム金融の特徴は教義「シャリーア」に反しないところにあります。例えば、シャリーアに準じると、現存しない財の取引は原則禁止となるのです。現物を所有していないのに対象物を売る「空売り」は基本的には行えません。
我々の社会では財の移動によって売上が発生します。でも、数字で出ている皆が信じているお金はバーチャルな部分があるのです。大前研一さんは講演で世界には「ホームレスマネー」といって、6000兆円にものぼる行き場のないお金があると言っていました。地球上を行き来しているお金は取引の数だけ存在しますが、中にはうたかたのものもあるのです。
世界を見渡すと、大手銀行が続々とイスラム金融部門を新設しました。今、なぜイスラム金融サービスが注目を浴びているのでしょうか。その理由を「イスラム金融が世界を変える」は語っています。
例えば、シャリーアの概念では契約を結ぶとき、すべての関係者がリスクとリターンを把握する必要があるといいます。ですから、イスラムの金融機関はサブプライム問題に至ったような複雑な金融工学に手を出すわけには行かないのです。
イスラム金融には見習うべき点がある、とこの論文に書かれています。
興味深い内容の論文だと思いました。(岩崎 卓也)
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▽一冊からお求めになれます。2008年4月10日発売
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イスラム金融の特徴は教義「シャリーア」に反しないところにあります。例えば、シャリーアに準じると、現存しない財の取引は原則禁止となるのです。現物を所有していないのに対象物を売る「空売り」は基本的には行えません。
我々の社会では財の移動によって売上が発生します。でも、数字で出ている皆が信じているお金はバーチャルな部分があるのです。大前研一さんは講演で世界には「ホームレスマネー」といって、6000兆円にものぼる行き場のないお金があると言っていました。地球上を行き来しているお金は取引の数だけ存在しますが、中にはうたかたのものもあるのです。
世界を見渡すと、大手銀行が続々とイスラム金融部門を新設しました。今、なぜイスラム金融サービスが注目を浴びているのでしょうか。その理由を「イスラム金融が世界を変える」は語っています。
例えば、シャリーアの概念では契約を結ぶとき、すべての関係者がリスクとリターンを把握する必要があるといいます。ですから、イスラムの金融機関はサブプライム問題に至ったような複雑な金融工学に手を出すわけには行かないのです。
イスラム金融には見習うべき点がある、とこの論文に書かれています。
興味深い内容の論文だと思いました。(岩崎 卓也)
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2008/04/11
予測の技術
前にも書きましたが、ぜひ今年はロボットの特集を組みたいと思っています。およそ三年前、私はロボットの企画を出したこのですが、編集部で却下された経験があります。でも、今、私はロボットがそろそろムーブメントになるのではないか、という気がしています。それを裏付けるような論文を今号2008年5月号に掲載しました。「予測の技術」がそうです。論文のなかで、ロボットについて触れられている部分があります。執筆者は未来予測学者のポール・L・サフォー氏。スタンフォード大学のコンサルティング准教授です。
話は変わりますが、DHBRでは『立石一真氏ものがたり「できません」と云うな』を連載しています。立石氏はオムロンの創設者で、「SINIC理論」という未来予測理論を提唱しました。SINICとは“Seed-Innovation to Need-Impetus Cyclic Evolution”の頭文字をとったものです。
1970年、立石氏は「SINIC理論」を国際未来学会で発表しました。当時、インターネットもなかった時代に、この理論は情報化社会の出現などを予測しています。これによると情報化社会の後には「最適化社会」、そしてさらには「自律社会」といったものへ移行するようです。実は「予測の技術」の執筆者サフォー氏はこの「SINIC理論」を学んだと聞いています。
そのサフォー氏が「予測の技術」のなかで、自動でお掃除をしてくれるロボット〈ルンバ〉を取り上げています。加え、ロボット工学の変曲点はさほど遠くない時期に訪れる可能性があることを示唆しています。
論文には予測するための6つのルールが載っています。その中のひとつに、円錐を使うものがあり、その事例としてロボット産業について触れています。この論文を読んで、近いうちにロボットは来るのではないかという気持ちがますます強くなりました。ロボットに関する特集を実現したいです。(岩崎 卓也)
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話は変わりますが、DHBRでは『立石一真氏ものがたり「できません」と云うな』を連載しています。立石氏はオムロンの創設者で、「SINIC理論」という未来予測理論を提唱しました。SINICとは“Seed-Innovation to Need-Impetus Cyclic Evolution”の頭文字をとったものです。
1970年、立石氏は「SINIC理論」を国際未来学会で発表しました。当時、インターネットもなかった時代に、この理論は情報化社会の出現などを予測しています。これによると情報化社会の後には「最適化社会」、そしてさらには「自律社会」といったものへ移行するようです。実は「予測の技術」の執筆者サフォー氏はこの「SINIC理論」を学んだと聞いています。
そのサフォー氏が「予測の技術」のなかで、自動でお掃除をしてくれるロボット〈ルンバ〉を取り上げています。加え、ロボット工学の変曲点はさほど遠くない時期に訪れる可能性があることを示唆しています。
論文には予測するための6つのルールが載っています。その中のひとつに、円錐を使うものがあり、その事例としてロボット産業について触れています。この論文を読んで、近いうちにロボットは来るのではないかという気持ちがますます強くなりました。ロボットに関する特集を実現したいです。(岩崎 卓也)
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2008/04/09
スーツを着ないで取締役会に出席する時代
今月から「特定健診」と「特定保健指導」が始まりました。40歳以上75歳未満の医療保険者を対象とした特定健診の実施が義務付けられたのです。特定健診の影響もあるのでしょう。最近、健康への関心がますます高まっているように感じます。2008年5月号には運動に関連した記事を掲載しました。タイトルは「未来の取締役会の姿」で、これは前にお伝えしたパワー・コンセプトのひとつです。ページの中央に大きなイラストが掲載されています。そこには未来の取締役会の姿が描かれています。
未来の会社役員は大きなテーブルを前に、なんとランニング・マシンに乗って会議をしているのです。着用しているものはスーツではなくジャージ。ランニング・マシンは時速3kmで動いています。このような形で会議を実施する根拠は運動をすると脳を活性化できるからなのだそうです。
〈カウチ・ポテトならぬデスク・ポテトになるのを避けるべきだ〉と書かれています。
なぜ運動をすると、脳が活性化されるのか。この記事では前頭前野や海馬が活性化して血流がよくなるといったことから、脳と運動にまつわる歴史まで、いくつかの切り口で解説しています。
この未来図に出てくる会社で運動を熱心にしているのは取締役だけではありません。社員も同様。デスクの下にはエアロバイクが組み込まれています。電子メールの返事はエアロバイクをこぎながら書くのです。私は翻訳する前の原稿を目にしたとき、正直「何だ、これは?」という感想を抱きました。
でも、脳のストレスが少なくなるとメタボリックになる可能性が減るという説もあるようです。職場にランニング・マシンが据えつけられ、午前と午後に仕事を小休止して運動をする。これからはそういう時代になっていくのかな、という気もしました。(岩崎 卓也)
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次号の発売は2008年4月10日です。
未来の会社役員は大きなテーブルを前に、なんとランニング・マシンに乗って会議をしているのです。着用しているものはスーツではなくジャージ。ランニング・マシンは時速3kmで動いています。このような形で会議を実施する根拠は運動をすると脳を活性化できるからなのだそうです。
〈カウチ・ポテトならぬデスク・ポテトになるのを避けるべきだ〉と書かれています。
なぜ運動をすると、脳が活性化されるのか。この記事では前頭前野や海馬が活性化して血流がよくなるといったことから、脳と運動にまつわる歴史まで、いくつかの切り口で解説しています。
この未来図に出てくる会社で運動を熱心にしているのは取締役だけではありません。社員も同様。デスクの下にはエアロバイクが組み込まれています。電子メールの返事はエアロバイクをこぎながら書くのです。私は翻訳する前の原稿を目にしたとき、正直「何だ、これは?」という感想を抱きました。
でも、脳のストレスが少なくなるとメタボリックになる可能性が減るという説もあるようです。職場にランニング・マシンが据えつけられ、午前と午後に仕事を小休止して運動をする。これからはそういう時代になっていくのかな、という気もしました。(岩崎 卓也)
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次号の発売は2008年4月10日です。
2008/04/05
ゲーム世代はポテンシャルが高い
次号、2008年5月号では21個の「パワー・コンセプト」を紹介するとお伝えしました。そのひとつにゲーム世代の特徴を述べた論文があります。ゲーマーはジェネレーションYと同様にこれから会社で主役となっていく世代で、5つの特徴があるといいます。まずは、成果志向であることがあげられます。2番目は多様性の効果がわかっていることです。残りの3つは変化を種に成長し、学習を楽しみ、好奇心が旺盛であること。もちろん、これらすべてがゲーマー全員にあてはまるとは限りません。ただ、この5つの要素を全部持ち合わせている人がいるのなら、その人は優秀だといえます。明らかに、ゲーマーはポテンシャルが高いといえるのです。
現行の制度を見ると、前回も触れましたが、就業時間が決められワーク・プレイスの制限があります。これは多様性を阻害することになりかねません。好奇心旺盛、変化を好むといったことからも遠ざかってしまいます。だとすると、現行の制度はもう古く、新たな制度を構築したほうが良いのではないかと思います。
企業によっては制度を変えるにあたり、さまざまな意見が出されることもあるでしょう。大変だから、制度を変えたくないという声もあります。私は思うのですが、では何のために事業本部制にしているのでしょうか。私は事業本部ごとに、ルールを決めれば良いと思うのです。事業やスペック、製品のライフサイクルはさまざまで、それぞれが異なります。お客様も一人ひとり違います。求められる能力も違うのならば、なぜ全員一律的に人事制度を課すのでしょうか。
制度を維持することのインセンティブは人事部にしか働きません。制度があれば、違反した者を処罰する権利が与えられ、制度の番人になれることを意味します。権限があるところは往々にして、制度が硬直したままになりがちです。
会社には20代、30代、40代、50代、4世代が集まっています。中でも20代というのは明らかにケータイ、ゲーム、インターネットで育ってきているのです。時代に合ったルールに変えていこうと思っても、現場のマネジャーは人事制度に手を加えることはできません。人事部が人事制度を変えていかなければならないのです。(岩崎 卓也)
現行の制度を見ると、前回も触れましたが、就業時間が決められワーク・プレイスの制限があります。これは多様性を阻害することになりかねません。好奇心旺盛、変化を好むといったことからも遠ざかってしまいます。だとすると、現行の制度はもう古く、新たな制度を構築したほうが良いのではないかと思います。
企業によっては制度を変えるにあたり、さまざまな意見が出されることもあるでしょう。大変だから、制度を変えたくないという声もあります。私は思うのですが、では何のために事業本部制にしているのでしょうか。私は事業本部ごとに、ルールを決めれば良いと思うのです。事業やスペック、製品のライフサイクルはさまざまで、それぞれが異なります。お客様も一人ひとり違います。求められる能力も違うのならば、なぜ全員一律的に人事制度を課すのでしょうか。
制度を維持することのインセンティブは人事部にしか働きません。制度があれば、違反した者を処罰する権利が与えられ、制度の番人になれることを意味します。権限があるところは往々にして、制度が硬直したままになりがちです。
会社には20代、30代、40代、50代、4世代が集まっています。中でも20代というのは明らかにケータイ、ゲーム、インターネットで育ってきているのです。時代に合ったルールに変えていこうと思っても、現場のマネジャーは人事制度に手を加えることはできません。人事部が人事制度を変えていかなければならないのです。(岩崎 卓也)
2008/04/02
ジェネレーションYが求めるもの
前回、若い世代に価値観の転換が起こっていることを書きました。ジェネレーションYは勤務時間、ワーク・プレイスで縛られず、自分の好きな時間帯に好きな場所で、高いパフォーマンスを追求するほうが良いと思っているのです。
ジェネレーションンYはなぜこのような考え方をするのでしょうか。それは彼ら彼女らにはジョブセキュリティへの意識が高くないことがあげられます。自分が会社をクビになったらどうしよう、といった不安が上の世代よりも少ない傾向にあるのです。20代でポータブルなスキルを持って、会社の居心地が悪かったらさっさとやめれば良いという価値観があります。私たち、ジェネレーションYより上の世代では20代のうちにポータブルなスキルを身につけようという意識は強くなかったような気がします。もちろん、人によって、組織によって異なるでしょう。
先日、一橋大学に行ったとき、こんな話を聞きました。日本企業に勤める30代の中には、自分の仕事について説明できない人が多いというのです。20代のうちにチャンスを与えられ、それをこなし、自信を持って次のステージに向かうトレーニングを受けていないというのです。
時代はジェネレーションンYの世代に移っていきます。変化に合わせて何をすればいいのでしょうか。
例えば、在宅勤務を取り入れることで、より時代に合致した制度になるのなら進めればいいと思います。なぜ、企業は行わないのでしょう。一部、実施している企業がありますが、完全な在宅勤務ではなく事前申告制にしています。何か足かせをしないと、社員を管理できないという思いがあるのでしょう。
2007年11月号『一流の経営』でブラジルにあるセムコという会社を紹介しました。その会社のCEOが言います。
「一部の不正をする人のために、残りのまじめな人が割りを食う制度を作ることはナンセンスだ」
私はまさにその通りだと思います。前回も書きましたが、ジェネレーションYの価値観に照らすと、人事制度も変わる必要があると思うのです。(岩崎 卓也)
ジェネレーションンYはなぜこのような考え方をするのでしょうか。それは彼ら彼女らにはジョブセキュリティへの意識が高くないことがあげられます。自分が会社をクビになったらどうしよう、といった不安が上の世代よりも少ない傾向にあるのです。20代でポータブルなスキルを持って、会社の居心地が悪かったらさっさとやめれば良いという価値観があります。私たち、ジェネレーションYより上の世代では20代のうちにポータブルなスキルを身につけようという意識は強くなかったような気がします。もちろん、人によって、組織によって異なるでしょう。
先日、一橋大学に行ったとき、こんな話を聞きました。日本企業に勤める30代の中には、自分の仕事について説明できない人が多いというのです。20代のうちにチャンスを与えられ、それをこなし、自信を持って次のステージに向かうトレーニングを受けていないというのです。
時代はジェネレーションンYの世代に移っていきます。変化に合わせて何をすればいいのでしょうか。
例えば、在宅勤務を取り入れることで、より時代に合致した制度になるのなら進めればいいと思います。なぜ、企業は行わないのでしょう。一部、実施している企業がありますが、完全な在宅勤務ではなく事前申告制にしています。何か足かせをしないと、社員を管理できないという思いがあるのでしょう。
2007年11月号『一流の経営』でブラジルにあるセムコという会社を紹介しました。その会社のCEOが言います。
「一部の不正をする人のために、残りのまじめな人が割りを食う制度を作ることはナンセンスだ」
私はまさにその通りだと思います。前回も書きましたが、ジェネレーションYの価値観に照らすと、人事制度も変わる必要があると思うのです。(岩崎 卓也)
2008/03/28
新しいチャンスを優位に導く
次号、2008年5月号では新しい優位の論点を特集します。現在はこれまで以上に変化とチャンスが多くある時代です。原油の価格がここまで高くなり、ロシアやOPEC産油国は増産のインセンティブが働かない状態にあります。有限資源である石油に対して、減産するインセンティブが働いています。また、IPCCの知見の評価などからは、温暖化、気候変動がビジネスに与えるインパクトの大きさを感じさせられます。もう一度、方向転換のため舵を切るのは諸外国も同じ状況にあります。では、そこにどんな新しいチャンスがあるのか、トレンドがあるのか。それをどうやって自分達にとって優位に導けるのか。このような視点で特集を組みました。
次号では21個の「パワー・コンセプト」を紹介します。毎年開催される世界経済フォーラム主催のダボス会議では、「ハーバード・ビジネス・レビュー」アメリカ本誌が共同でブレークスルー・アイデア・リストを作成しています。この最新リストはビジネスを変えるアイデアが記載されています。
そのなかで、これから会社で主役となっていく世代について書かれた「ジェネレーションYの仕事感」という論文を紹介する予定です。ジェネレーションYというのは、定義がいろいろありますが、会社でいえば新入社員から20代後半くらいの世代を指します。実は、この世代では価値観の転換が起こっています。まず、勤務時間で縛るということを嫌がることがあげられます。そして、ワーク・プレイスもそうです。自分の好きな時間帯に好きな場所で、高いパフォーマンスを追求するほうが良いと思っているのです。
当社は出社と退社の時刻が決まっています。それに合わせて残業がいつ発生するのかが決められています。加え、自分の机に出社することが原則です。現実には、直行、直帰での仕事もありますが、この論文でいうと就業規則で決めることはナンセンスだというのです。もともとも、就業時間を決めるということは性悪説に立っている怠勤管理が原点にあります。ジェネレーションYの価値観に照らすと、人事制度は何が何でも守るものではないことが読み取れます。ジェネレーションYの価値観とはどのようなものなのでしょうか。詳細は次回触れます。
(岩崎 卓也)
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次号の発売は2008年4月10日です。
次号では21個の「パワー・コンセプト」を紹介します。毎年開催される世界経済フォーラム主催のダボス会議では、「ハーバード・ビジネス・レビュー」アメリカ本誌が共同でブレークスルー・アイデア・リストを作成しています。この最新リストはビジネスを変えるアイデアが記載されています。
そのなかで、これから会社で主役となっていく世代について書かれた「ジェネレーションYの仕事感」という論文を紹介する予定です。ジェネレーションYというのは、定義がいろいろありますが、会社でいえば新入社員から20代後半くらいの世代を指します。実は、この世代では価値観の転換が起こっています。まず、勤務時間で縛るということを嫌がることがあげられます。そして、ワーク・プレイスもそうです。自分の好きな時間帯に好きな場所で、高いパフォーマンスを追求するほうが良いと思っているのです。
当社は出社と退社の時刻が決まっています。それに合わせて残業がいつ発生するのかが決められています。加え、自分の机に出社することが原則です。現実には、直行、直帰での仕事もありますが、この論文でいうと就業規則で決めることはナンセンスだというのです。もともとも、就業時間を決めるということは性悪説に立っている怠勤管理が原点にあります。ジェネレーションYの価値観に照らすと、人事制度は何が何でも守るものではないことが読み取れます。ジェネレーションYの価値観とはどのようなものなのでしょうか。詳細は次回触れます。
(岩崎 卓也)
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次号の発売は2008年4月10日です。
2008/03/26
一人前になるまでに必要な時間
食事に行く場所として、私は六本木や銀座の店を利用することがあります。加えて、私は港区の西麻布(六本木から渋谷方向に少々行ったあたり)に行くこともときどきあります。5年ほど前の西麻布には、私が知っている限り、鮨屋は5、6軒しかありませんでした。しかし、知らないうちに増え続け、今は25〜30軒くらいあるようです。
鮨屋といえば銀座の「すきやばし 次郎」などが有名で、職人は人間国宝のような扱いを受けています。私は『ど根性ガエル』で育った世代ですから、梅さんは鮨を握るが、簡単にお店は持てない。一人前になるには苦労を重ね、お店を出すには20年くらい修行を積むのが当たり前だと思っていました。
先日、この西麻布の鮨屋に関することがあるブログで触れられていました。鮨って私たちがあがめたて祭るほど、すごいスキルは要らないのではないか、と書かれていたのです。名店でそこそこ修行をして、良い仕入れ先を知っていて、良い場所にこぎれいな店を出して、高い値段をつければ客は来るというのです。私はそれだけでお客様が来るとは思いませんが、確かにそう言われてみるとそういうものなのかな、とも思いました。
西麻布では、同じビルの地下一階と一階に高級鮨店が並んでいるところもあります。銀座と比べると西麻布は職場から近くて便利です。数年前は、鮨屋の予約を取るたびにもう少し店が増えればいいのに、と思っていました。あれよ、あれよと二十数軒、土が盛り上がるみたいに鮨屋が増えています。
驚くことに店主は20代半ばから後半くらい。若いのです。私が行った鮨屋の店主は「すきやばし次郎」で修行したと言っていました。どう見ても20代です。西麻布の鮨屋だけでなく、飲食店の店長の年齢が下がっているように感じます。『ど根性ガエル』の梅さんのように、なかなか店が持てない時代は終わり、20代でも店が出せるようになったのです。私は西麻布の鮨屋乱立を見て、一人前になる年齢が意図的に下がっているのかなと思いました。(岩崎 卓也)
鮨屋といえば銀座の「すきやばし 次郎」などが有名で、職人は人間国宝のような扱いを受けています。私は『ど根性ガエル』で育った世代ですから、梅さんは鮨を握るが、簡単にお店は持てない。一人前になるには苦労を重ね、お店を出すには20年くらい修行を積むのが当たり前だと思っていました。
先日、この西麻布の鮨屋に関することがあるブログで触れられていました。鮨って私たちがあがめたて祭るほど、すごいスキルは要らないのではないか、と書かれていたのです。名店でそこそこ修行をして、良い仕入れ先を知っていて、良い場所にこぎれいな店を出して、高い値段をつければ客は来るというのです。私はそれだけでお客様が来るとは思いませんが、確かにそう言われてみるとそういうものなのかな、とも思いました。
西麻布では、同じビルの地下一階と一階に高級鮨店が並んでいるところもあります。銀座と比べると西麻布は職場から近くて便利です。数年前は、鮨屋の予約を取るたびにもう少し店が増えればいいのに、と思っていました。あれよ、あれよと二十数軒、土が盛り上がるみたいに鮨屋が増えています。
驚くことに店主は20代半ばから後半くらい。若いのです。私が行った鮨屋の店主は「すきやばし次郎」で修行したと言っていました。どう見ても20代です。西麻布の鮨屋だけでなく、飲食店の店長の年齢が下がっているように感じます。『ど根性ガエル』の梅さんのように、なかなか店が持てない時代は終わり、20代でも店が出せるようになったのです。私は西麻布の鮨屋乱立を見て、一人前になる年齢が意図的に下がっているのかなと思いました。(岩崎 卓也)
2008/03/21
改善できないレベルのサービス
先日、職場の派遣社員が退職することになりiPod nanoを買いました。ビックカメラまで買いに行ったのですが、プレゼントなのでラッピングが必要です。私は店員の案内通り、上階にあるラッピングコーナーに行きました。着いてみると、ラッピングコーナーには修理用の窓口も併設されており、3名ほど人が待っていました。
包んでもらおうと思ったのですが、あいにく店員が一人もいないのです。カウンターから奥をのぞいてみたものの、駆けつけてくれる気配もありません。
「すいませーん」
何度か呼びましたが、誰も来てくれませんでした。横には修理を待っている年配の男性がいます。どうやら、彼は相当待たされているらしいのです。私の「すいませーん」と言った言葉がきっかけとなったのでしょうか、さんざん待たされていることに対して、急に怒りがこみ上げてきたようです。すると、近くにいた女性も連鎖的に怒り出しました。そうしているうちに、もうひとりの主婦にも怒りが移り、私の周りには怒りの輪が生まれてしまいました。通常、この様な状態になったら、店員の誰かが抑えに来るべきです。それでも、誰も来る気配がありません。
そこに偶然、修理品を抱えた店員が下の階からやってきました。なんと運の悪い人でしょう。その店員に対して、年配の男性と主婦ともう一人の女性の三人は怒涛のごとく文句を言い始めました。言われている店員は下階の販売を担当している人で、修理担当ではないにもかかわらずです。でも、良く見ると修理コーナーの奥のほうに人がいる気配がします。なのに、出てきません。知らないふりをしているのです。
私は怒鳴られている店員が気の毒になり同情する気持ちもありましたが、その一方で修理担当の店員の態度はいかがなものかという疑問を強く持ちました。おいおい、怒鳴られている仲間を見捨てるなよ、と言いたくもなります。
この店には顧客サービスの基本であるABCのAがなっていないだけではなく、もっと大切な物が欠けていると思いました。サービスがダメなら、改善指導でレベルアップをはかることもできます。しかし、仲間が困っている状況を知っていて隠れているというのは改善が困難なことです。
修理は数こそ出ませんが、利益率が高いのです。ですが、量販店の中には、修理とか、アフターサービスのプロセスがルーズになっているところがあるのではないでしょうか。安く売っているからいいだろう、という心が見え隠れします。もう価格だけでは競争できない時代になっています。「一円でも安いところがあったら教えてください」と言うけれど、これは自分で調べるべきだという意見にも納得できます。その昔、ある人が言っていましたが、
「サービス業は100−1=0」
一個でも欠けた時点でゼロになってしまうのです。ビックカメラはまさにゼロになった例だと思いました。(岩崎 卓也)
包んでもらおうと思ったのですが、あいにく店員が一人もいないのです。カウンターから奥をのぞいてみたものの、駆けつけてくれる気配もありません。
「すいませーん」
何度か呼びましたが、誰も来てくれませんでした。横には修理を待っている年配の男性がいます。どうやら、彼は相当待たされているらしいのです。私の「すいませーん」と言った言葉がきっかけとなったのでしょうか、さんざん待たされていることに対して、急に怒りがこみ上げてきたようです。すると、近くにいた女性も連鎖的に怒り出しました。そうしているうちに、もうひとりの主婦にも怒りが移り、私の周りには怒りの輪が生まれてしまいました。通常、この様な状態になったら、店員の誰かが抑えに来るべきです。それでも、誰も来る気配がありません。
そこに偶然、修理品を抱えた店員が下の階からやってきました。なんと運の悪い人でしょう。その店員に対して、年配の男性と主婦ともう一人の女性の三人は怒涛のごとく文句を言い始めました。言われている店員は下階の販売を担当している人で、修理担当ではないにもかかわらずです。でも、良く見ると修理コーナーの奥のほうに人がいる気配がします。なのに、出てきません。知らないふりをしているのです。
私は怒鳴られている店員が気の毒になり同情する気持ちもありましたが、その一方で修理担当の店員の態度はいかがなものかという疑問を強く持ちました。おいおい、怒鳴られている仲間を見捨てるなよ、と言いたくもなります。
この店には顧客サービスの基本であるABCのAがなっていないだけではなく、もっと大切な物が欠けていると思いました。サービスがダメなら、改善指導でレベルアップをはかることもできます。しかし、仲間が困っている状況を知っていて隠れているというのは改善が困難なことです。
修理は数こそ出ませんが、利益率が高いのです。ですが、量販店の中には、修理とか、アフターサービスのプロセスがルーズになっているところがあるのではないでしょうか。安く売っているからいいだろう、という心が見え隠れします。もう価格だけでは競争できない時代になっています。「一円でも安いところがあったら教えてください」と言うけれど、これは自分で調べるべきだという意見にも納得できます。その昔、ある人が言っていましたが、
「サービス業は100−1=0」
一個でも欠けた時点でゼロになってしまうのです。ビックカメラはまさにゼロになった例だと思いました。(岩崎 卓也)
2008/03/19
バブル経済が染みていない世代
失敗の経験は時間とともに薄れていくものです。誰かが同じ失敗を犯してしまう。そんなことが経済、組織においても必ずあると思います。先日、不動産関係者から聞いた話によると、最近、資産運用で住宅を購入する人が多くなったといいます。夜、大きなマンションに足を運ぶと、電気が消えているのです。
資産運用という名の下に、億ションを売り込んでいますが、いずれ限界は来るだろうという声を耳にします。都内のマンションはそろそろだぶつき、バブル経済のときに近いことが起こりそうになっている気配もあります。
実は、このバブル経済の繰り返しともいえる事象を推進しているのは30代だそうです。「バブルを知っている世代のヤツはダメだ」と口にする30代もいますが、今度は自分たちでバブル経済のときと同じようなことをやってしまう。歴史は繰り返すのです。
会社も同じです。20年くらい経って忘れた頃に、同じ間違いをする人、同じ成功をする人が出てくるのです。天才は忘れた頃にやって来るといいます。組織の中にも、成功失敗のサイクルがあるのです。
サブプライムの問題はそれ自体で日本の金融に問題を提起しています。日本の金融が遅れていたから傷が小さかったと言う人もいますが、個々を突き詰めていくと、金融のシステムについて、キリがなく意見が出てきます。
話を聞いて言えることは、人は反省しないものだということです。バブル経済のときと同じ商習慣、購買習慣が出てきているのです。運用利回りの良いものやリターンの高いものを求めて行ってしまう。株は今、不安定ですし、不動産のほうが安心だということで、お金のある人は不動産に投資してしまうのです。人というのは、誰かが儲かっていると聞くと、同じ方向に行ってしまいます。これは江戸時代からずっと今でも変わらないことのようです。(岩崎 卓也)
資産運用という名の下に、億ションを売り込んでいますが、いずれ限界は来るだろうという声を耳にします。都内のマンションはそろそろだぶつき、バブル経済のときに近いことが起こりそうになっている気配もあります。
実は、このバブル経済の繰り返しともいえる事象を推進しているのは30代だそうです。「バブルを知っている世代のヤツはダメだ」と口にする30代もいますが、今度は自分たちでバブル経済のときと同じようなことをやってしまう。歴史は繰り返すのです。
会社も同じです。20年くらい経って忘れた頃に、同じ間違いをする人、同じ成功をする人が出てくるのです。天才は忘れた頃にやって来るといいます。組織の中にも、成功失敗のサイクルがあるのです。
サブプライムの問題はそれ自体で日本の金融に問題を提起しています。日本の金融が遅れていたから傷が小さかったと言う人もいますが、個々を突き詰めていくと、金融のシステムについて、キリがなく意見が出てきます。
話を聞いて言えることは、人は反省しないものだということです。バブル経済のときと同じ商習慣、購買習慣が出てきているのです。運用利回りの良いものやリターンの高いものを求めて行ってしまう。株は今、不安定ですし、不動産のほうが安心だということで、お金のある人は不動産に投資してしまうのです。人というのは、誰かが儲かっていると聞くと、同じ方向に行ってしまいます。これは江戸時代からずっと今でも変わらないことのようです。(岩崎 卓也)
2008/03/14
何かをしないという決断
前回、多角化におけるCSOの役割について書きました。多角化にあたり、新規事業に進むかどうか、見極めは本当に難しいものがあります。隣接分野だから、技術があるからといった理由で多角化ができるものではありません。今、ライバルはグローバルになっていますし、魅力的な新興市場もあります。この誘惑をあえて断ち切り、「ここは行くべきではない、何々をしない」という判断をくだせるような人、きちんと見極めができる人がトップにいないとうまくいきません。骨太で勇気のある人物が経営陣には必要なのです。
何をするのかだけでなく、何をしないのか。その何かを定義していくことがもう一度求められているのではないでしょうか。上場企業の短期的な利益プレッシャーが大きくなったこともあり、企業が成長分野に行きたいという思いが強まりました。でも、成長分野は混雑分野です。素晴らしい戦略を持っていたとしても、成功する確率はライバルが多いほど下がっていきます。
バブル経済のとき、企業の多くはキャッシュがあり、多角化をどんどん進めて行きました。バブルがはじけ、担保がなくなりました。新規に興した事業は2、3年でダメになり、死屍累々となりました。結局、組織に残ったものはシコリです。
「あの時、100億追加投資してくれたら上手くいったのに……」、と。
何かをしない決断をくだすとき、シニアマネジャーはミドルマネジャーに現場を説得させようとすることがあります。でも、ミドルマネジャーは現場で嫌われたくありません。現場の意向にOKを出してしまうのです。同じ2、3年後に嫌われるなら、今嫌われましょう、と私は言いたいですね。とはいえ、できれば現場に対して厳格に「ノー」と言うのではなく、上手くその事業から撤退をしていけたら、一番良いのだと思います。それを担うのがCSOなのでしょう。(岩崎 卓也)
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DHBRブログではアンケートを実施しています。サイドバーの「このブログから知りたいことは?」をクリックするとアンケートページが開きます。ご協力いただけると幸いです。(編集部)
何をするのかだけでなく、何をしないのか。その何かを定義していくことがもう一度求められているのではないでしょうか。上場企業の短期的な利益プレッシャーが大きくなったこともあり、企業が成長分野に行きたいという思いが強まりました。でも、成長分野は混雑分野です。素晴らしい戦略を持っていたとしても、成功する確率はライバルが多いほど下がっていきます。
バブル経済のとき、企業の多くはキャッシュがあり、多角化をどんどん進めて行きました。バブルがはじけ、担保がなくなりました。新規に興した事業は2、3年でダメになり、死屍累々となりました。結局、組織に残ったものはシコリです。
「あの時、100億追加投資してくれたら上手くいったのに……」、と。
何かをしない決断をくだすとき、シニアマネジャーはミドルマネジャーに現場を説得させようとすることがあります。でも、ミドルマネジャーは現場で嫌われたくありません。現場の意向にOKを出してしまうのです。同じ2、3年後に嫌われるなら、今嫌われましょう、と私は言いたいですね。とはいえ、できれば現場に対して厳格に「ノー」と言うのではなく、上手くその事業から撤退をしていけたら、一番良いのだと思います。それを担うのがCSOなのでしょう。(岩崎 卓也)
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2008/03/12
多角化におけるCSOの役割
インターネットなど、ITの分野が出てきたことで、事業のフィールドがあいまいになったと感じるときがあります。企業は今まで認識していたライバルとは違うライバルと戦っている可能性もあります。このような状況下、現場の勢いに任せていくと、配分すべきところに経営資源が配分されないという問題が出てきます。境界が甘くなり、自分たちが通用しないかもしれない苦手分野へ行軍を始めてしまうこともあるでしょう。あいまいになっているからこそ、誰かが自分たちの持っている競争優位の源泉について判断して、それに経営資源配分を合わせていかなくてはいけないと思うのです。
アメリカは60年代から高度成長期の波に乗って多角化を進めて行きました。その結果、会社全体の利益率が下がって、コングロマリット・ディスカウントが起き、シナジーを生み出せないケースもありました。関連性の少ない分野の多角化をしてしまったことが原因の一つでしょう。あるいは、シナジーを生み出すためのカタリストの役割など、コーポレート本社の支援がより必要だったこともあると思います。もちろん、モノカルチャーでは企業は大きくなれません。事業には派生的なビジネスが発生してきますから多角化は必然でしょう。
今、多角化をどうやって上手くマネジメンとしていくのか、もう一度問われているような気がします。今号の2008年4月号では最高戦略責任者(CSO)を特集しています。多角化の問題を問うということは、突き詰めていくと企業戦略の実現という問題に行き着くと思います。ただ単に現場のエネルギーとか、能力とか、現場力だけに委ねて、企業の全体の価値を上げていくのは難しいでしょう。企業がさらなる成長を求めていくとき、CEOやCOOのキャリアや経験値からみて、CSOという存在が良い場合もあるでしょう。CSOは必須だとは思いません。でも、事業のフィールドがあいまいになった今日、CSOの存在を正当化しうるような事業環境の複雑さは以前よりも増していると感じます。(岩崎 卓也)
アメリカは60年代から高度成長期の波に乗って多角化を進めて行きました。その結果、会社全体の利益率が下がって、コングロマリット・ディスカウントが起き、シナジーを生み出せないケースもありました。関連性の少ない分野の多角化をしてしまったことが原因の一つでしょう。あるいは、シナジーを生み出すためのカタリストの役割など、コーポレート本社の支援がより必要だったこともあると思います。もちろん、モノカルチャーでは企業は大きくなれません。事業には派生的なビジネスが発生してきますから多角化は必然でしょう。
今、多角化をどうやって上手くマネジメンとしていくのか、もう一度問われているような気がします。今号の2008年4月号では最高戦略責任者(CSO)を特集しています。多角化の問題を問うということは、突き詰めていくと企業戦略の実現という問題に行き着くと思います。ただ単に現場のエネルギーとか、能力とか、現場力だけに委ねて、企業の全体の価値を上げていくのは難しいでしょう。企業がさらなる成長を求めていくとき、CEOやCOOのキャリアや経験値からみて、CSOという存在が良い場合もあるでしょう。CSOは必須だとは思いません。でも、事業のフィールドがあいまいになった今日、CSOの存在を正当化しうるような事業環境の複雑さは以前よりも増していると感じます。(岩崎 卓也)
2008/03/08
最高戦略責任者を特集します
「DHBR」2008年4月号は『最高「戦略」責任者』を特集として組みました。日本にはまだ最高戦略責任者(CSO)という役職はありません。CEOやCOOが戦略の立案と実行の最終責任を負っているのが現状です。
「CSO:最高戦略責任者の役割」という論文には、アメリカではCSOは増えている、と書かれています。AIG、キャンベル・スープ、モトローラーなどではCSOを導入しているといいます。ありきたりな言い方をすると、ビジネスが複雑になり、グローバルになっているので、CEOひとりでは手に負えなくなっている。戦略という企業の根幹にかかわる仕事を見きれなくなっています。そこで、CSOの存在がクローズアップされるわけです。もう一度、戦略が本質的な事項を含めてより重要視されていると私は感じます。
私たちが日常的に戦略と呼んでいるものの中には戦略とは言い切れないものもあります。例えば、アニメの『名探偵コナン』。「水平線上の陰謀(ストラテジー)」というタイトルがついたものがあります。ストラテジー(戦略)と書いて、陰謀という日本語をつけていますが、戦略の意味として何だか違和感を覚えます。企業経営の中では、問題解決プランを戦略と言うことがあります。これも戦術と戦略が混同されている例だと思います。
CSOの仕事は、CEOをサポートして、企業戦略ないしは重要な事業の競争戦略を実現させることなのだと思います。「CSO:最高戦略責任者の役割」を読んでいると、CSOは戦略を実現する人であるかたわら、審判みたいなところもあることがわかります。例えば、多角化の際、きちんと整理をして棲み分けをし、自社は何をして、何をしないのかをきちんと口に出して言うことがCSOの役割のひとつだと思います。理由は次回にゆずるとして、実はこの審判のような役割が今、企業にとって重要なのだろうと思います。(岩崎 卓也)
-----------------------------*
「DHBR」2008年4月号は3月10日発売です。
「CSO:最高戦略責任者の役割」という論文には、アメリカではCSOは増えている、と書かれています。AIG、キャンベル・スープ、モトローラーなどではCSOを導入しているといいます。ありきたりな言い方をすると、ビジネスが複雑になり、グローバルになっているので、CEOひとりでは手に負えなくなっている。戦略という企業の根幹にかかわる仕事を見きれなくなっています。そこで、CSOの存在がクローズアップされるわけです。もう一度、戦略が本質的な事項を含めてより重要視されていると私は感じます。
私たちが日常的に戦略と呼んでいるものの中には戦略とは言い切れないものもあります。例えば、アニメの『名探偵コナン』。「水平線上の陰謀(ストラテジー)」というタイトルがついたものがあります。ストラテジー(戦略)と書いて、陰謀という日本語をつけていますが、戦略の意味として何だか違和感を覚えます。企業経営の中では、問題解決プランを戦略と言うことがあります。これも戦術と戦略が混同されている例だと思います。
CSOの仕事は、CEOをサポートして、企業戦略ないしは重要な事業の競争戦略を実現させることなのだと思います。「CSO:最高戦略責任者の役割」を読んでいると、CSOは戦略を実現する人であるかたわら、審判みたいなところもあることがわかります。例えば、多角化の際、きちんと整理をして棲み分けをし、自社は何をして、何をしないのかをきちんと口に出して言うことがCSOの役割のひとつだと思います。理由は次回にゆずるとして、実はこの審判のような役割が今、企業にとって重要なのだろうと思います。(岩崎 卓也)
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「DHBR」2008年4月号は3月10日発売です。
2008/03/05
メーカーは女性執行役員を増やしたい
先日、女性の執行役員はなぜ増えないのか、ということについて書かれた論文を目にしました。こちらは2007年度のマッキンゼー賞受賞論文です。増えない理由は、グラスシーリング(ガラスの天井、目に見えないバリアー)と言われている問題だけではないようです。日本の主だった会社50社の役員一覧を見ました。家電などのメーカーの場合、女性の名前が載っている企業は少ないといわざるを得ませんでした。もちろん、女性がトップになったメーカーもあります。が、役員欄に女性の名が載っている企業はサービス業などが多く、メーカーは少ない傾向があるようです。
ただし、私が経営者などのトップに話をうかがった限りでは、企業は女性を役員に出したいという希望はあるのです。男女雇用機会均等法にともない女性総合職がつくられました。しかし、その後、育成、キャリアパス、その他福利厚生などについて、未整備な点があり、結局、女性役員を出しても、次が続かないような土壌ができてしまったのです。大手メーカーの多くは女性の執行役員、マネジャーを増やそうと、教育に力を入れる動きも見られました。でも、昭和のツケとでもいうべきでしょうか。急にミドルの女性を鍛えて、将来シニアにしていこうとしても、すぐには無理な部分もあります。
例えば、社内の人脈や人を動かす力はすぐに着くわけではありません。さらには、結婚した女性が働く上には子育ての問題が出てきます。子育て、ベビーシッターの問題などはお金で解決できるものもあります。お金があれば、ベビーシッターの手厚いサービスが受けられる。子育てに関する行政が充実しているエリアに住めるのです。そうすれば、残業や休日出勤をして、能力をいかんなく発揮しつつ、子育てでもできるでしょう。ただし、これは相当な金額が必要で、誰でもがまかないきれるわけではありません。
職種によって、女性が活躍できるものと、過去の負の遺産を抱え女性を台頭させられない産業に分かれていると感じました。産業はモザイクで一色でみると難しい問題があります。女性執行役員の問題は、職種による差異という意味合いも含んでいるのだ、とも思いました。
さらにいえば、経済的な余裕により、解決できる問題が増えるのは確かですが、しかしながら、女性執行役員が少ない現状に対して、社会的背景を考えると、単純にお金だけで解決できる問題だけではないものもあるのだなと気づかされます。そんなに、物事は単純ではないのだとも思いました。(岩崎 卓也)
ただし、私が経営者などのトップに話をうかがった限りでは、企業は女性を役員に出したいという希望はあるのです。男女雇用機会均等法にともない女性総合職がつくられました。しかし、その後、育成、キャリアパス、その他福利厚生などについて、未整備な点があり、結局、女性役員を出しても、次が続かないような土壌ができてしまったのです。大手メーカーの多くは女性の執行役員、マネジャーを増やそうと、教育に力を入れる動きも見られました。でも、昭和のツケとでもいうべきでしょうか。急にミドルの女性を鍛えて、将来シニアにしていこうとしても、すぐには無理な部分もあります。
例えば、社内の人脈や人を動かす力はすぐに着くわけではありません。さらには、結婚した女性が働く上には子育ての問題が出てきます。子育て、ベビーシッターの問題などはお金で解決できるものもあります。お金があれば、ベビーシッターの手厚いサービスが受けられる。子育てに関する行政が充実しているエリアに住めるのです。そうすれば、残業や休日出勤をして、能力をいかんなく発揮しつつ、子育てでもできるでしょう。ただし、これは相当な金額が必要で、誰でもがまかないきれるわけではありません。
職種によって、女性が活躍できるものと、過去の負の遺産を抱え女性を台頭させられない産業に分かれていると感じました。産業はモザイクで一色でみると難しい問題があります。女性執行役員の問題は、職種による差異という意味合いも含んでいるのだ、とも思いました。
さらにいえば、経済的な余裕により、解決できる問題が増えるのは確かですが、しかしながら、女性執行役員が少ない現状に対して、社会的背景を考えると、単純にお金だけで解決できる問題だけではないものもあるのだなと気づかされます。そんなに、物事は単純ではないのだとも思いました。(岩崎 卓也)
2008/03/01
ポーターの戦略論だけではない
ハーバード・ビジネス・スクールというと、マイケル・ポーターの戦略論を思い出す人が多いでしょう。もちろん、ポーターのフレームワークを踏まえておかなければならないのは暗黙の了解としてあるでしょう。ただし、学会にはポーターのポジショニングとややぶつかる学派もあります。組織能力や経営資源に重きを置く、リソース・ベースト・ビュー(resource-based view)といわれている学派がそうです。
日本でいうと研究科長に相当する、ハーバード・ビジネス・スクールの戦略担当者は、現在リソース・ベースト・ビューを提唱しているシンシア・A・モンゴメリーという女性です。ポーターとモンゴメリーの共編の『Strategy: Seeking and Securing Competitive Advantage』という本も出ていることからも、ハーバード・ビジネス・スクールはポーターばかりではないことがわかります。
次号ではモンゴメリーが書いた論文を掲載します。タイトルは「戦略の核心」です。彼女の夫はリソース・ベースト・ビューを最初に提唱したBirger WernerfeltというMIT Sloan School of Management.の教授です。この論文でモンゴメリーは「原点に戻りましょう」と言っています。戦略というのは問題解決の道具ではない。企業の目的を実現させるためのものです。ここでいう目的とは、何をなしとげたいのかということで、「金儲けをしたい」というのは目的ではありません。ボスコンの創業メンバーの一人がハーバード・ビジネス・スクールで教えていたとき、ビジネス・スクールの学生に「十年後のあなたは何になっていますか」という質問をしたそうです。8割以上の学生が結婚して、子どもができ、車や家があって、会社ではエグゼクティブに成っているといったことを話しました。そして、残りの一部が「こういうことを成し遂げたい」と回答したそうです。前者は目的ではありません。後者がモンゴメリーの言う目的になります。
「一億円稼ぐ」「一兆円企業になる」というのは野望だけど目的ではありません。一兆円企業になりたいのなら、どんな事業に手を出しても良いわけです。正しく目的を持っていないと、会社というのは自分たちのアイデンティティを毀損していくのです。
「しょせんお金のためにやっているのですよ。それも自分のお金じゃなくて、会社のね……」
このような自嘲気味な言葉を耳にすることがありますが、処世論で青臭い話をするなら、私はこの言葉は吐くべきではないと思うときがあります。お金のためは違うのです。
この論文を読んで、戦略というのは金儲けのためのツールではないことを痛感させられました。(岩崎 卓也)
日本でいうと研究科長に相当する、ハーバード・ビジネス・スクールの戦略担当者は、現在リソース・ベースト・ビューを提唱しているシンシア・A・モンゴメリーという女性です。ポーターとモンゴメリーの共編の『Strategy: Seeking and Securing Competitive Advantage』という本も出ていることからも、ハーバード・ビジネス・スクールはポーターばかりではないことがわかります。
次号ではモンゴメリーが書いた論文を掲載します。タイトルは「戦略の核心」です。彼女の夫はリソース・ベースト・ビューを最初に提唱したBirger WernerfeltというMIT Sloan School of Management.の教授です。この論文でモンゴメリーは「原点に戻りましょう」と言っています。戦略というのは問題解決の道具ではない。企業の目的を実現させるためのものです。ここでいう目的とは、何をなしとげたいのかということで、「金儲けをしたい」というのは目的ではありません。ボスコンの創業メンバーの一人がハーバード・ビジネス・スクールで教えていたとき、ビジネス・スクールの学生に「十年後のあなたは何になっていますか」という質問をしたそうです。8割以上の学生が結婚して、子どもができ、車や家があって、会社ではエグゼクティブに成っているといったことを話しました。そして、残りの一部が「こういうことを成し遂げたい」と回答したそうです。前者は目的ではありません。後者がモンゴメリーの言う目的になります。
「一億円稼ぐ」「一兆円企業になる」というのは野望だけど目的ではありません。一兆円企業になりたいのなら、どんな事業に手を出しても良いわけです。正しく目的を持っていないと、会社というのは自分たちのアイデンティティを毀損していくのです。
「しょせんお金のためにやっているのですよ。それも自分のお金じゃなくて、会社のね……」
このような自嘲気味な言葉を耳にすることがありますが、処世論で青臭い話をするなら、私はこの言葉は吐くべきではないと思うときがあります。お金のためは違うのです。
この論文を読んで、戦略というのは金儲けのためのツールではないことを痛感させられました。(岩崎 卓也)
2008/02/27
CSO(チーフ・ストラテジー・オフィサー)の存在
次号2008年4月号のテーマは戦略です。事業の戦略と企業全体の戦略、大きく分けると戦略はこの二つがあります。次号はこのうちの後者、企業戦略に焦点を当てました。1970年代に書かれた論文に、チーフ・ストラテジー・オフィサー(CSO)について触れられているものがあります。CSOというのはCEO、COOとは異なり、戦略だけを専門に担当する経営幹部を指します。この論文では組織のなかにCSOがいても良いのではないか、と提言しています。多くの企業ではCOO、CEOが戦略を考えています。まわりを見渡すと、CSOを持っている企業はあるにはあるのですが、そう多くはありません。
次号では「CSO(最高戦略責任者)の役割」「戦略とCSO」など、論文のアーカイブを新訳しました。CSOがいないからといって、支障が出るものではありません。が、これを機に戦略を専門に担当するCSOについて考えてみてはいかがでしょうか。
そのほかには、多角化した企業、事業のダイバーシティの問題をどうバランスさせていくのかをテーマにした論文などを載せる予定です。
企業戦略の父といわれているイゴール・アンゾフが執筆した本に、『アンゾフ戦略経営論』(中央経済社)というものがあります。絶版になっていたのですが、先日復刻しているのを見かけました。アンゾフ・マトリックスは製品と市場の2軸をとり、企業の採るべき戦略を導き出していくものです。このマトリクスをDHBRで最初に紹介した論文を次号で掲載します。
ところで、ボストン・コンサルティング・グループが提唱したもので、タイム・ベースド・コンペティション(タイムベース競争)というものがあります。以前からあるものですが、日本では定着せずにいました。しかし、今の時代だからこそ、タイムベース競争が必要になってくるのではないでしょうか。時間を活用し、競争していくという考え方がより大切らにります。
消費者の利便性をよくするというのは時間を短くすることです。長くすれば安心感を与えることができます。時間という要素が関係のない競争は一個もありません。時間という経営資源をもう一度考え直すことは大事なのです。
なぜ、タイムベース競争は日本では定着しなかったのでしょうか。以前。この言葉が多く使われた時代、日本は産業のリーダー国であり、貿易摩擦が起きていました。当時の日本はひた走っており、ビジネスパーソンは時間を度外視して働いていました。がむしゃらに、頑張っていた時期なので、時間が気にならなかったのでしょう。タイミングも大事ですが、時間という要素をどうやって戦略の中の要因に入れていくのか、その様な意味で、タイムベース競争に関する論文を載せます。(岩崎 卓也)
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次号は2008年3月10日に発売する予定です。
次号では「CSO(最高戦略責任者)の役割」「戦略とCSO」など、論文のアーカイブを新訳しました。CSOがいないからといって、支障が出るものではありません。が、これを機に戦略を専門に担当するCSOについて考えてみてはいかがでしょうか。
そのほかには、多角化した企業、事業のダイバーシティの問題をどうバランスさせていくのかをテーマにした論文などを載せる予定です。
企業戦略の父といわれているイゴール・アンゾフが執筆した本に、『アンゾフ戦略経営論』(中央経済社)というものがあります。絶版になっていたのですが、先日復刻しているのを見かけました。アンゾフ・マトリックスは製品と市場の2軸をとり、企業の採るべき戦略を導き出していくものです。このマトリクスをDHBRで最初に紹介した論文を次号で掲載します。
ところで、ボストン・コンサルティング・グループが提唱したもので、タイム・ベースド・コンペティション(タイムベース競争)というものがあります。以前からあるものですが、日本では定着せずにいました。しかし、今の時代だからこそ、タイムベース競争が必要になってくるのではないでしょうか。時間を活用し、競争していくという考え方がより大切らにります。
消費者の利便性をよくするというのは時間を短くすることです。長くすれば安心感を与えることができます。時間という要素が関係のない競争は一個もありません。時間という経営資源をもう一度考え直すことは大事なのです。
なぜ、タイムベース競争は日本では定着しなかったのでしょうか。以前。この言葉が多く使われた時代、日本は産業のリーダー国であり、貿易摩擦が起きていました。当時の日本はひた走っており、ビジネスパーソンは時間を度外視して働いていました。がむしゃらに、頑張っていた時期なので、時間が気にならなかったのでしょう。タイミングも大事ですが、時間という要素をどうやって戦略の中の要因に入れていくのか、その様な意味で、タイムベース競争に関する論文を載せます。(岩崎 卓也)
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次号は2008年3月10日に発売する予定です。
2008/02/23
「答えが書いてある本」と「考えさせる本」
2008年3月号に「一流人材のつくり方」という論文があり、先日内容を紹介しました。前回のおさらいになりますが、一流人材を作るうえで必要なことは3つあります。1番目は師匠が優秀であることです。第2は本人が考えながらトレーニングしていること。3番目が反復練習となります。詳細はDHBRに掲載されている本論にゆずりますが、一番大切なのは良い師匠につくことなのだと私は思っています。
前回の続きになりますが、2番目と3番目についてはどうなのか。2番目の「考えながらトレーニングする」ですが、意外とこれは実現するのが難しくなっていると感じています。今、ビジネス書で売れているものの多くは、「答えが書いてある本」なのです。出版界は答えの載っている本が好きなのです。自己啓発書の多くにはどのようにすべきか、パターンが書いてあります。手帳の書き方、話し方などが具体的に書かれています。確かに、参考になることがたくさん載っていて有益です。が、読んでラクに覚えられるので、読んでおしまいにしがちです。もっと、自分で考えることがあっても良いのではないかと思っています。
3番目の反復トレーニングも同様。本を読んだだけでは、頭の良い人にはなれません。明日からAクラス社員になろうと思っても急にはなれないのです。「×秒で財務諸表が読める」といった広告を目にすることがありますが無理です。財務諸表のどこに目を向けたら良いのか、短期間でポイントを理解することはできるでしょう。でも、昔ながら電卓をたたいて、一つずつ財務諸表を学んだ人とでは明らかに理解の度合いに差がでます。数字の意味がわかるには反復練習が必要です。
例えば、DCF法(Discounted Cash Flow法)はファイナンスの基礎です。勉強を始めると、最初に覚えます。でも、一回数式を使ったくらいでは覚えられません。何回も続けて繰り返し、使うことで、使いこなせるようになります。勉強したから、身に着くものではないのです。この論文の反復練習が大切だというところに、特に私は共感しました。(岩崎 卓也)
前回の続きになりますが、2番目と3番目についてはどうなのか。2番目の「考えながらトレーニングする」ですが、意外とこれは実現するのが難しくなっていると感じています。今、ビジネス書で売れているものの多くは、「答えが書いてある本」なのです。出版界は答えの載っている本が好きなのです。自己啓発書の多くにはどのようにすべきか、パターンが書いてあります。手帳の書き方、話し方などが具体的に書かれています。確かに、参考になることがたくさん載っていて有益です。が、読んでラクに覚えられるので、読んでおしまいにしがちです。もっと、自分で考えることがあっても良いのではないかと思っています。
3番目の反復トレーニングも同様。本を読んだだけでは、頭の良い人にはなれません。明日からAクラス社員になろうと思っても急にはなれないのです。「×秒で財務諸表が読める」といった広告を目にすることがありますが無理です。財務諸表のどこに目を向けたら良いのか、短期間でポイントを理解することはできるでしょう。でも、昔ながら電卓をたたいて、一つずつ財務諸表を学んだ人とでは明らかに理解の度合いに差がでます。数字の意味がわかるには反復練習が必要です。
例えば、DCF法(Discounted Cash Flow法)はファイナンスの基礎です。勉強を始めると、最初に覚えます。でも、一回数式を使ったくらいでは覚えられません。何回も続けて繰り返し、使うことで、使いこなせるようになります。勉強したから、身に着くものではないのです。この論文の反復練習が大切だというところに、特に私は共感しました。(岩崎 卓也)
2008/02/20
ナレッジ・ワーカーの動機付けは
今号2008年3月号は「リーダーシップ強化法」を特集として組みました。リーダーにとって人を育てることがいかに重要かは言うまでもありません。こちらのブログではいくつかの論文について触れました。人を育てるということですと、今号の「知識労働者のモチベーション心理学」をおすすめしたいですね。特集ではなく「HBR Articles」に掲載した論文です。
動機づけには内発的動要因と発的要因によるものがあるといわれています。外発的というのは給与などのインセンティブや出世することなど、目に見えるものを主に指し、内発的というのは仕事のやりがいやねぎらいの言葉などをいいます。これまで、具体的なメカニズムについての調査は工場労働者を対象にしたものが主でした。知的労働者を対象にして本格的に調査したものは多くありません。本論文は社員の動機付けと、仕事をしながら社員は何を考え、どう感じているのかに注目しました。また、結果としてそれがどう成果に影響しているのか、調査結果が出ています。
この調査では26のプロジェクト、チームに属する238人のナレッジ・ワーカーに日誌を毎日記入してもらいました。12000件に近いデータを分析したのがこの論文です。結論から言うと、外発的な要因はその人の動機付けにあまり影響しなくて、内発的な要因のほうが動機付けとして大きい。上司の行動が社員のみならず、チームや企業のパフォーマンスに大きく影響していることが明らかになったとあります。
確かに、その通りだと私は思います。しかし、その一方で私はやはり皆、お金が欲しいという側面があるのも事実だと感じています。アメリカだけでなく中国でも若い人がベンチャーをやるのはなぜか。それはお金が欲しいからという理由が一つとしてあるのではないでしょうか。他人より頭一歩抜き出たいという点では外発的も内発的も同じですが、やはり金が欲しいのです。あるいは、日本人の場合は外発的要因である出世も大きな影響を及ぼすでしょう。
本論文の調査結果などには興味深いものがありますが、読者の中に違和感を覚える方もいるかもしれません。それぞれ価値観は多様です。異論があるかもしれませんが、本論は人を育てることをテーマにしている点、しかも知的労働者が何を考えているのか、具体的な手法や分析結果などが記載されている、といった面白さもあります。よろしければ一読をおすすめします。(岩崎 卓也)
動機づけには内発的動要因と発的要因によるものがあるといわれています。外発的というのは給与などのインセンティブや出世することなど、目に見えるものを主に指し、内発的というのは仕事のやりがいやねぎらいの言葉などをいいます。これまで、具体的なメカニズムについての調査は工場労働者を対象にしたものが主でした。知的労働者を対象にして本格的に調査したものは多くありません。本論文は社員の動機付けと、仕事をしながら社員は何を考え、どう感じているのかに注目しました。また、結果としてそれがどう成果に影響しているのか、調査結果が出ています。
この調査では26のプロジェクト、チームに属する238人のナレッジ・ワーカーに日誌を毎日記入してもらいました。12000件に近いデータを分析したのがこの論文です。結論から言うと、外発的な要因はその人の動機付けにあまり影響しなくて、内発的な要因のほうが動機付けとして大きい。上司の行動が社員のみならず、チームや企業のパフォーマンスに大きく影響していることが明らかになったとあります。
確かに、その通りだと私は思います。しかし、その一方で私はやはり皆、お金が欲しいという側面があるのも事実だと感じています。アメリカだけでなく中国でも若い人がベンチャーをやるのはなぜか。それはお金が欲しいからという理由が一つとしてあるのではないでしょうか。他人より頭一歩抜き出たいという点では外発的も内発的も同じですが、やはり金が欲しいのです。あるいは、日本人の場合は外発的要因である出世も大きな影響を及ぼすでしょう。
本論文の調査結果などには興味深いものがありますが、読者の中に違和感を覚える方もいるかもしれません。それぞれ価値観は多様です。異論があるかもしれませんが、本論は人を育てることをテーマにしている点、しかも知的労働者が何を考えているのか、具体的な手法や分析結果などが記載されている、といった面白さもあります。よろしければ一読をおすすめします。(岩崎 卓也)
2008/02/16
一流人材にはつくり方がある
今号、2008年3月号に「一流人材のつくり方」という論文があります。冒頭に出てくる事例は興味深いものがあります。一昔前まで、女性は空間的思考が苦手だと言われていました。ハンガリーのある教育者夫婦がこの定説はおかしいと思い、自分の娘3人に施しした実験の話が紹介されています。
その夫婦は娘がまだ幼いうちから、空間的な思考が必要なチェスを徹底的に教え込んだのです。その結果、娘は3人とも女性チェス・プレーヤー世界ランキングで10位以内に入ったといいます。この論文は誤った定説に対する問題提起から入り、IQとその人の専門能力について相関性はないことを明らかにしていきます。専門能力は努力のほどとトレーニングの仕方によって変わるのです。やり方を間違わなければ一流の域に到達することが可能なのではないでしょうか。
それには大切なことが大きく3つあるといいます。一番目は師匠が優秀であることです。結局、良い指導者に恵まれないと良い結果は出ないのですね。第二は、本人が考えながらトレーニングをしないと身に着かないということです。のんべんだらりとやっていては、成長しないといいます。これはイチローが学生時代に、一打席ずつ考えながらバッティングセンターでボールを打っていた、ということと共通する部分があるように思えます。
三番目が反復練習。これをしないことには、いつまでたっても伸びていきません。したがって、一年、二年では専門能力は育成できないものだということがいえます。時間がかかることは明らかです。しかも、先の3つの条件は必要条件です。十分条件は運、心技体の体、コンディションなどに恵まれることがあげられます。
以上のことはリーダーシップ、ビジネスの能力にも同じことがいえるとこの論文に書かれています。その通りだな、と私は思います。翻すと、オールラウンドプレーヤーにはそう簡単になれるものではないのです。一芸に秀でるだけでも大変なのですから。でも、時間と労力はかかりますが、一流人材をつくる方法はあるということです。とくに、3つの条件のうち、一番大切なのは良い師匠につくことなのでしょう。そういう意味でも、前回紹介した「メンタリングの原点」などを読み、人材育成について考えることが大切になってくるのです。(岩崎 卓也)
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▽「DHBR」2008年3月号は一冊からお求めになれます。
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690308
その夫婦は娘がまだ幼いうちから、空間的な思考が必要なチェスを徹底的に教え込んだのです。その結果、娘は3人とも女性チェス・プレーヤー世界ランキングで10位以内に入ったといいます。この論文は誤った定説に対する問題提起から入り、IQとその人の専門能力について相関性はないことを明らかにしていきます。専門能力は努力のほどとトレーニングの仕方によって変わるのです。やり方を間違わなければ一流の域に到達することが可能なのではないでしょうか。
それには大切なことが大きく3つあるといいます。一番目は師匠が優秀であることです。結局、良い指導者に恵まれないと良い結果は出ないのですね。第二は、本人が考えながらトレーニングをしないと身に着かないということです。のんべんだらりとやっていては、成長しないといいます。これはイチローが学生時代に、一打席ずつ考えながらバッティングセンターでボールを打っていた、ということと共通する部分があるように思えます。
三番目が反復練習。これをしないことには、いつまでたっても伸びていきません。したがって、一年、二年では専門能力は育成できないものだということがいえます。時間がかかることは明らかです。しかも、先の3つの条件は必要条件です。十分条件は運、心技体の体、コンディションなどに恵まれることがあげられます。
以上のことはリーダーシップ、ビジネスの能力にも同じことがいえるとこの論文に書かれています。その通りだな、と私は思います。翻すと、オールラウンドプレーヤーにはそう簡単になれるものではないのです。一芸に秀でるだけでも大変なのですから。でも、時間と労力はかかりますが、一流人材をつくる方法はあるということです。とくに、3つの条件のうち、一番大切なのは良い師匠につくことなのでしょう。そういう意味でも、前回紹介した「メンタリングの原点」などを読み、人材育成について考えることが大切になってくるのです。(岩崎 卓也)
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▽「DHBR」2008年3月号は一冊からお求めになれます。
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690308
2008/02/13
組織能力の底上げがなぜうまくいかないのか
前回、「メンタリングの原点」という論文を紹介しました。この論文は問題提起をしています。ここでは社員をA、B、Cとパフォーマンスで分けています。メンタリングはパフォーマンスの高いA社員と問題児のC社員に偏りがちになってしまう、とこの論文では指摘しています。本来なら、組織の大多数を占め、ロイヤリティも高いBクラスの人たちにメンタリングを行き届かせるべきなのです。できていないのが問題だ、とこの論文はいっています。
弊誌では人材教育に関する多くの取材経験があります。そのとき、目にした企業の悩みとして、組織能力の向上が思うように行かないというものがありました。理論的には、伸びている人を伸ばし、Cクラスに属する人たちの底上げ教育を同時にやると組織能力は上がるはずです。でも、実際はさほど上がっていかないという声を耳にしたのです。なぜでしょう。Aクラス社員を伸ばすことは問題なく、こちらの期待通りに実施できるケースが多いようです。でも、仮にCクラス社員に属する人たちに特別な教育を施し、優秀な社員へと変えることができたとします。そうすると、それまでBクラス社員だった人のなかからCクラスに転落する社員が出てくるようです。どんな手を打っても、Cクラス社員はいなくならないという状況が時としてあるのです。
組織は細胞と似ています。よく役に立つ細胞がいて、一方で役に立たない細胞がいる。自殺してしまう細胞もいるといいます。これらの中でポジティブな作用をする細胞を取り除いてしまうと、今度は何も働かなかった細胞が代わりをするようになるそうです。アリや働き蜂の社会も同様です。本当に働く者と怠け者が2:8の割合で分かれると言われています。働き者の蜂を追い出して怠け者の蜂だけにすると、この中の優秀な2割だけで集団を作り、残りが怠け者のまま残るといいます。
優秀な人材ばかりで集まったドリームチームは組織として成り立たないと言われる理由はここにあるのですね。優秀な人は優秀でない人がいるから出てくる。働き者でない人を切っても、働き者の一部が働かない人になってしまい、結局、切らなくても良かったということも起こるのです。このような経験に頭を痛めた方も多く、実は皆、悩ましく思っているのではないでしょうか。いろいろな企業の人にご自身の経験を本音でうかがいたいものです。(岩崎 卓也)
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▽「DHBR」2008年3月号は本日(2月9日)発売です。
一冊からお求めになれます。
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690308
弊誌では人材教育に関する多くの取材経験があります。そのとき、目にした企業の悩みとして、組織能力の向上が思うように行かないというものがありました。理論的には、伸びている人を伸ばし、Cクラスに属する人たちの底上げ教育を同時にやると組織能力は上がるはずです。でも、実際はさほど上がっていかないという声を耳にしたのです。なぜでしょう。Aクラス社員を伸ばすことは問題なく、こちらの期待通りに実施できるケースが多いようです。でも、仮にCクラス社員に属する人たちに特別な教育を施し、優秀な社員へと変えることができたとします。そうすると、それまでBクラス社員だった人のなかからCクラスに転落する社員が出てくるようです。どんな手を打っても、Cクラス社員はいなくならないという状況が時としてあるのです。
組織は細胞と似ています。よく役に立つ細胞がいて、一方で役に立たない細胞がいる。自殺してしまう細胞もいるといいます。これらの中でポジティブな作用をする細胞を取り除いてしまうと、今度は何も働かなかった細胞が代わりをするようになるそうです。アリや働き蜂の社会も同様です。本当に働く者と怠け者が2:8の割合で分かれると言われています。働き者の蜂を追い出して怠け者の蜂だけにすると、この中の優秀な2割だけで集団を作り、残りが怠け者のまま残るといいます。
優秀な人材ばかりで集まったドリームチームは組織として成り立たないと言われる理由はここにあるのですね。優秀な人は優秀でない人がいるから出てくる。働き者でない人を切っても、働き者の一部が働かない人になってしまい、結局、切らなくても良かったということも起こるのです。このような経験に頭を痛めた方も多く、実は皆、悩ましく思っているのではないでしょうか。いろいろな企業の人にご自身の経験を本音でうかがいたいものです。(岩崎 卓也)
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▽「DHBR」2008年3月号は本日(2月9日)発売です。
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2008/02/09
師匠について(その2)
今号の「DHBR」2008年3月号は「リーダーシップ強化法」を特集します。先月号の特集「リーダーシップ 経営力の本質」は、リーダーシップの中でも心得を中心に組みました。今号はリーダーシップのハウトゥに寄った内容になっています。
「メンタリングの原点」は金融業界、コンサルティング会社など、人材の質がカギを握る企業を対象とした論文です。退職率が高止まりしつつある現状を踏まえ、メンタリングの問題点、メンタリングに不可欠な基本とは何かについて述べられています。
以前、こちらのブログで私は社外にメンターを作ると良いのではないか、と書きました。メンタリングやコーチングが会社の中で制度化されていることは悪いことではないと思います。ではどこに問題があるのか。この論文では、評定の中に部下と対話することをプラス評価として入れることについて触れています。勤務評定に組み込み定量的な評価を下すようになると、やがてメンター制度は形式的なものになってしまうと指摘しています。
若手社員に仕事を教えながら、達成感や能力開発をされているという実感を与えるためにメンター制度が必要だと言われています。しかし、形式的だとかえって逆効果だという本論の主張はうなずけます。メンタリングにはアプレンティスシップ(apprenticeship)が必要なのです。この言葉は直訳すると徒弟制度になります。が、意味合いとしては年少者を重んじないネガティブなものではなく、従来から日本にある師弟関係を指しています。望ましいメンタリングの形は一対一の血の通ったものであるべきだというのがこの論文に書かれています。確かに、その通りだと私は感じました。
メンタリングを導入すると、メンタイーの成長だけでなく、メンターにもメリットがあるといわれています。その一つがインタイーが優秀だと触発されて、メンターが伸びるケースがあるといわれています。また、メンターになる人にはコミュニケーションのトレーニングを施すので、意志を伝え合う技術も伸びるでしょう。このような効果も含めて考えるとメンター制を実施するのはいいことだと思います。が、メンターを選ぶ際に機械的に入社年での先輩、後輩といった基準で関係を作るのはどうかと思うときがあります。本論文を読み、機械的なメンター制度の弊害を改めて感じました。(岩崎 卓也)
「メンタリングの原点」は金融業界、コンサルティング会社など、人材の質がカギを握る企業を対象とした論文です。退職率が高止まりしつつある現状を踏まえ、メンタリングの問題点、メンタリングに不可欠な基本とは何かについて述べられています。
以前、こちらのブログで私は社外にメンターを作ると良いのではないか、と書きました。メンタリングやコーチングが会社の中で制度化されていることは悪いことではないと思います。ではどこに問題があるのか。この論文では、評定の中に部下と対話することをプラス評価として入れることについて触れています。勤務評定に組み込み定量的な評価を下すようになると、やがてメンター制度は形式的なものになってしまうと指摘しています。
若手社員に仕事を教えながら、達成感や能力開発をされているという実感を与えるためにメンター制度が必要だと言われています。しかし、形式的だとかえって逆効果だという本論の主張はうなずけます。メンタリングにはアプレンティスシップ(apprenticeship)が必要なのです。この言葉は直訳すると徒弟制度になります。が、意味合いとしては年少者を重んじないネガティブなものではなく、従来から日本にある師弟関係を指しています。望ましいメンタリングの形は一対一の血の通ったものであるべきだというのがこの論文に書かれています。確かに、その通りだと私は感じました。
メンタリングを導入すると、メンタイーの成長だけでなく、メンターにもメリットがあるといわれています。その一つがインタイーが優秀だと触発されて、メンターが伸びるケースがあるといわれています。また、メンターになる人にはコミュニケーションのトレーニングを施すので、意志を伝え合う技術も伸びるでしょう。このような効果も含めて考えるとメンター制を実施するのはいいことだと思います。が、メンターを選ぶ際に機械的に入社年での先輩、後輩といった基準で関係を作るのはどうかと思うときがあります。本論文を読み、機械的なメンター制度の弊害を改めて感じました。(岩崎 卓也)
2008/02/06
不安定なときこそ優れた人材が出てくる
先日、知人がDVDを観たと言っていました。タイトルは『長州ファイブ』といい、感動的で面白かったといいます。これは幕末、国禁を犯してまでイギリスへ渡った若者たちの話です。モデルになっているのは長州藩の5人。伊藤博文、日本の鉄道の父と呼ばれる井上勝、東京大学工学部の前身となる工学寮を創立した山尾庸三、そして井上馨、遠藤謹助です。
「倒幕だ、と幕府を倒すことばかり考えているのでは日本は良くならない」
今、自分たちがしなければならないことは海外の技術を学ぶことだ、と彼らは考えます。海外の進んだ技術を日本に持ち帰ることで、日本を良くしたいという気持ちが強かったのです。当時、密航が見つかれば死罪です。命がけでイギリスに渡ったのです。
私は山尾庸三に関する本を読んだことがあります。幕末のように、激しく揺れ動き、秩序が乱れる時代になると、突出した人物が多く出てくるものです。
今の時代、私たちは概ね平安の中にいます。組織が安定しているということは秩序が守られていることをあらわします。むしろ、秩序を乱すような不安定な状態のほうが良い意味での特異な人が出て来ることに適しているのです。
ドラッカーは言います。組織には人がリスクを犯すとか、チャレンジしようとすることに対して、アシを引っ張る仕組みが多すぎる。概して、組織は秩序を作る仕組みになっているのだ、ということです。
もちろん度が過ぎてはいけませんが、秩序が壊れるくらいの危機的な状況を乗り越えた企業は強くなるといわれています。また、経験則として認めるならば、危機のない安定した組織にイノベーションは生まれにくいともいえます。
最近の日本は非常にコンサバティブです。社長は任期内で波風立たずに勤め上げれば名社長です。予定調和に安住するほうがラクだから、多くの人はそちらに流れていくのでしょう。予定調和に生きずに、自ら舵取りしながら生きていくことは疲れることです。安定した世界の中でしかリーダーシップを発揮できない人もときどきいます。もちろん、自覚している人もいるわけで、江戸幕末や明治初期にロマンを感じる人がたくさんいるのは、安定している組織の中ではイノベーションが生まれてこないことを自身で自覚していることのあらわれなのかもしれない、とも思いました。(岩崎 卓也)
「倒幕だ、と幕府を倒すことばかり考えているのでは日本は良くならない」
今、自分たちがしなければならないことは海外の技術を学ぶことだ、と彼らは考えます。海外の進んだ技術を日本に持ち帰ることで、日本を良くしたいという気持ちが強かったのです。当時、密航が見つかれば死罪です。命がけでイギリスに渡ったのです。
私は山尾庸三に関する本を読んだことがあります。幕末のように、激しく揺れ動き、秩序が乱れる時代になると、突出した人物が多く出てくるものです。
今の時代、私たちは概ね平安の中にいます。組織が安定しているということは秩序が守られていることをあらわします。むしろ、秩序を乱すような不安定な状態のほうが良い意味での特異な人が出て来ることに適しているのです。
ドラッカーは言います。組織には人がリスクを犯すとか、チャレンジしようとすることに対して、アシを引っ張る仕組みが多すぎる。概して、組織は秩序を作る仕組みになっているのだ、ということです。
もちろん度が過ぎてはいけませんが、秩序が壊れるくらいの危機的な状況を乗り越えた企業は強くなるといわれています。また、経験則として認めるならば、危機のない安定した組織にイノベーションは生まれにくいともいえます。
最近の日本は非常にコンサバティブです。社長は任期内で波風立たずに勤め上げれば名社長です。予定調和に安住するほうがラクだから、多くの人はそちらに流れていくのでしょう。予定調和に生きずに、自ら舵取りしながら生きていくことは疲れることです。安定した世界の中でしかリーダーシップを発揮できない人もときどきいます。もちろん、自覚している人もいるわけで、江戸幕末や明治初期にロマンを感じる人がたくさんいるのは、安定している組織の中ではイノベーションが生まれてこないことを自身で自覚していることのあらわれなのかもしれない、とも思いました。(岩崎 卓也)
2008/02/02
大塚製薬がとった青色の戦略
今年は明治、大正、昭和初期に創業した経営者の自伝、評伝を読もうと思っています。本田 宗一郎の『俺の考え』(新潮社)、『私の履歴書』(日本経済新聞社)や藤沢武夫の著書など、すでに読了したものもあります。
今、私が最も興味深いと感じているのは大塚製薬です。1921年、大塚武三郎氏は徳島県鳴門市に化学原料メーカーとして大塚製薬工場を創立しました。その後、大塚正士(まさひと)氏が経営を継承。オロナイン軟膏やオロナミンCドリンクなどを発売し、大塚製薬の名が知られるようになりました。意外に思われる方もいるかもしれませんが、大塚製薬は上場していません。
商品開発で特徴的なのは、それまで市場にないものを創るところにあります。競争のないところに進出していくのです。ポカリスエット(POCARI SWEAT)をみてもわかるでしょう。これは大塚明彦氏が代表取締役社長のときに発売されました。SWEATって汗です。今でこそ、スポーツドリンクはたくさん出ていますが、当時は画期的な商品でした。ファイブミニも、カロリーメイトも同じです。
ポカリスエットが発売された当時、消費財のパッケージにブルーを用いることはご法度だったといいます。色には進出色と後退色があって、進出色はオレンジ、黄色、朱色などの暖色系で、色の配置によって向こうからこちら側に出っ張って見える色をいいます。進出してくるように見えるから、進出色というようです。後退色は青などの寒色系で向こう側に後退して見える色を指します。赤などの進出色は波長が長く、後退色である青は波長が短い。当時、青などの波長の短い色よりも赤などの長いものを使ったほうが良いとされ、コカ・コーラをはじめ、赤をイメージカラーにした商品は多かったのです。ならば、あえて他が避ける青を使おうということで、ポカリスエットのカラーを掟破りの青にしたといいます。
大塚製薬といえば、オロナミンCドリンクが有名です。オロナミンCが誕生する前、飲料メーカーの多くはブドウ糖などをビンにつめて売っていました。大塚製薬も同様の製品がありましたが、競争に勝てませんでした。そんな折、リポビタンDなどの他社商品が薬っぽいことに気づきます。美味しくするにはどうしたら良いのだろう? 試行錯誤の末、炭酸を入れることに気づいたのです。これがオロナミンCの開発のきっかけだといわれています。
類似の他社商品の多くは医薬部外品(あるいは医薬品)になります。今でこそ医薬部外品はコンビニでも売れるようになりましたが、当時は薬局等でしか売れませんでした。でも、オロナミンCは医薬部外品、医薬品ではありません。炭酸が入りおいしさを追求したおかげで、お菓子屋さんでも売れるようになったのです。違うチャネルを得ることで、競争から逃れられるようになったわけですね。以来、大塚製薬は競争のないところに行くようになりました。競争がないから、常に一番手になれます。とにかく、逆張りをして過当競争に巻き込まれないようにする。まさに、これはブルーオーシャン戦略なのですね。大塚製薬はずっと昔から、意識もせずにブルーオーシャン戦略をとっていた会社なのです。(岩崎 卓也)
今、私が最も興味深いと感じているのは大塚製薬です。1921年、大塚武三郎氏は徳島県鳴門市に化学原料メーカーとして大塚製薬工場を創立しました。その後、大塚正士(まさひと)氏が経営を継承。オロナイン軟膏やオロナミンCドリンクなどを発売し、大塚製薬の名が知られるようになりました。意外に思われる方もいるかもしれませんが、大塚製薬は上場していません。
商品開発で特徴的なのは、それまで市場にないものを創るところにあります。競争のないところに進出していくのです。ポカリスエット(POCARI SWEAT)をみてもわかるでしょう。これは大塚明彦氏が代表取締役社長のときに発売されました。SWEATって汗です。今でこそ、スポーツドリンクはたくさん出ていますが、当時は画期的な商品でした。ファイブミニも、カロリーメイトも同じです。
ポカリスエットが発売された当時、消費財のパッケージにブルーを用いることはご法度だったといいます。色には進出色と後退色があって、進出色はオレンジ、黄色、朱色などの暖色系で、色の配置によって向こうからこちら側に出っ張って見える色をいいます。進出してくるように見えるから、進出色というようです。後退色は青などの寒色系で向こう側に後退して見える色を指します。赤などの進出色は波長が長く、後退色である青は波長が短い。当時、青などの波長の短い色よりも赤などの長いものを使ったほうが良いとされ、コカ・コーラをはじめ、赤をイメージカラーにした商品は多かったのです。ならば、あえて他が避ける青を使おうということで、ポカリスエットのカラーを掟破りの青にしたといいます。
大塚製薬といえば、オロナミンCドリンクが有名です。オロナミンCが誕生する前、飲料メーカーの多くはブドウ糖などをビンにつめて売っていました。大塚製薬も同様の製品がありましたが、競争に勝てませんでした。そんな折、リポビタンDなどの他社商品が薬っぽいことに気づきます。美味しくするにはどうしたら良いのだろう? 試行錯誤の末、炭酸を入れることに気づいたのです。これがオロナミンCの開発のきっかけだといわれています。
類似の他社商品の多くは医薬部外品(あるいは医薬品)になります。今でこそ医薬部外品はコンビニでも売れるようになりましたが、当時は薬局等でしか売れませんでした。でも、オロナミンCは医薬部外品、医薬品ではありません。炭酸が入りおいしさを追求したおかげで、お菓子屋さんでも売れるようになったのです。違うチャネルを得ることで、競争から逃れられるようになったわけですね。以来、大塚製薬は競争のないところに行くようになりました。競争がないから、常に一番手になれます。とにかく、逆張りをして過当競争に巻き込まれないようにする。まさに、これはブルーオーシャン戦略なのですね。大塚製薬はずっと昔から、意識もせずにブルーオーシャン戦略をとっていた会社なのです。(岩崎 卓也)
2008/01/30
スタンダード制定のイニシアチブはどこに
先日、関東財務局はテラメントという会社に対して、大量保有報告書について訂正報告書の提出を命ずる行政処分を行いました。
ことの発端はテラメント株式会社が提出した大量保有報告書にあります。この会社はトヨタ自動車やNTTなどの企業の株券等を取得、保有割合が51%になったと報告しました。もちろん、大手企業の株式を大量に取得した事実はありません。
現在、有価証券報告書、有価証券届出書等の開示書類はその提出から公衆縦覧等に至るまでの一連の手続が電子化されています。“EDINET(エディネット)”というシステムが構築されており、こちらを利用できるようになっています。
私は今回の報道で危惧される点がいくつかあると思います。EDINETはIDとパスワード取得さえすれば、誰でも提出が可能になっているのですが、この点について「信頼できない情報でも瞬時にネット上に流れ出てしまう同システムの盲点が浮き彫りになった」、といった報道を目にしました。確かにそのような部分もあるでしょう。でも、EDINET等、財務諸表の電子化には大きなメリットもあるのですが、私が読んだ記事では触れられていませんでした。
財務諸表などのビジネスレポートを電子化するための言語にXBRLというものがあります。財務諸表等作成の効率化が図れるのが特徴のひとつです。また、比較、分析などができるので、XBRL導入により世界中の投資家が日本の株をより買いやすくなるわけです。今、世界ではXBRLを使ったファイナンシャルレポーティングの分野のグローバルスタンダードが模索されています。
そもそも、日本はグローバルスタンダードを制定していく上でとかく乗り遅れがちな国だといえます。国際標準規格についてイニシアチブを取れないでいる国だといっていいでしょう。国際会計基準の統一についてもそうです。ところが、このXBRLは日、米、欧主導のもとに進められています。すでに、日本では国税庁のe-Taxで導入済みですから、今後も少しずつ広がっていくでしょう。XBRLが進むことを前提に各国で議論されているにもかかわらず、ネガティブな面ばかりが前面に出るような報道は結果的に日本にとってマイナスになるような気がします。
XBRLが後退してしまうとなると、日、米、欧の主導から日本が抜けてしまう可能性も出てくるわけですね。私はSEC(アメリカ合衆国証券取引委員会)やEUにイニシアチブを取られることを危惧するわけです。そうなったら、これは明らかに国益に反することだと私は思います。(岩崎 卓也)
ことの発端はテラメント株式会社が提出した大量保有報告書にあります。この会社はトヨタ自動車やNTTなどの企業の株券等を取得、保有割合が51%になったと報告しました。もちろん、大手企業の株式を大量に取得した事実はありません。
現在、有価証券報告書、有価証券届出書等の開示書類はその提出から公衆縦覧等に至るまでの一連の手続が電子化されています。“EDINET(エディネット)”というシステムが構築されており、こちらを利用できるようになっています。
私は今回の報道で危惧される点がいくつかあると思います。EDINETはIDとパスワード取得さえすれば、誰でも提出が可能になっているのですが、この点について「信頼できない情報でも瞬時にネット上に流れ出てしまう同システムの盲点が浮き彫りになった」、といった報道を目にしました。確かにそのような部分もあるでしょう。でも、EDINET等、財務諸表の電子化には大きなメリットもあるのですが、私が読んだ記事では触れられていませんでした。
財務諸表などのビジネスレポートを電子化するための言語にXBRLというものがあります。財務諸表等作成の効率化が図れるのが特徴のひとつです。また、比較、分析などができるので、XBRL導入により世界中の投資家が日本の株をより買いやすくなるわけです。今、世界ではXBRLを使ったファイナンシャルレポーティングの分野のグローバルスタンダードが模索されています。
そもそも、日本はグローバルスタンダードを制定していく上でとかく乗り遅れがちな国だといえます。国際標準規格についてイニシアチブを取れないでいる国だといっていいでしょう。国際会計基準の統一についてもそうです。ところが、このXBRLは日、米、欧主導のもとに進められています。すでに、日本では国税庁のe-Taxで導入済みですから、今後も少しずつ広がっていくでしょう。XBRLが進むことを前提に各国で議論されているにもかかわらず、ネガティブな面ばかりが前面に出るような報道は結果的に日本にとってマイナスになるような気がします。
XBRLが後退してしまうとなると、日、米、欧の主導から日本が抜けてしまう可能性も出てくるわけですね。私はSEC(アメリカ合衆国証券取引委員会)やEUにイニシアチブを取られることを危惧するわけです。そうなったら、これは明らかに国益に反することだと私は思います。(岩崎 卓也)
2008/01/26
企画会議に出したいもの
先日、今年組んでみたい特集って何ですか? という質問を受けました。
最近、私はロボットと人間の脳に興味があります。両者は意外と関連している部分があるのです。ただ、脳科学は良いとしてもロボットが「ハーバード・ビジネス・レビュー」の特集としてふさわしいのかどうか考えてしまう部分もあります。
ロボットというと、漫画に出てくるような人型のものを頭に浮かべる方が多いと思います。が、私が感心を持っているのはそれだけでなく、産業機械についても感心があります。高度成長期の人手が足りない時代、製造ラインの人力に代わるものとして産業機械は生まれました。この時代をスタートとして、FMS(フレキシブル生産システム)の構築が盛んに行われている現代まで、産業機械の歴史を紐解いてみたいですね。さらには、今の新しいロボットの市場を知りたいとも思っています。
三菱重工をはじめとして、産業機械を作っている企業はたくさんあります。一方で、産業機械から派生していくと、AIや認知などの脳の問題にかかわってくるのです。
神経科学は社会科学の諸分野と関連を持ちはじめていて、neuro economics(神経経済学)という分野も出てきています。また、すでに電通がneuro marketing(ニューロマーケティング)という言葉を使っています。今後、脳と企業活動はますます関係が深くなっていくように思います。ただし、こちらを特集するとなると、事例がないのが難点です。
以前、企画会議に出したものに「月」、宇宙ビジネスがあります。結局は編集部員に却下されてしまいました。夢のある物語や童話、漫画などでリーダーシップを語るのは良いアイデアだと思います。
『15少年漂流記』などの物語性のあるものをもとに、チームマネジメントやリーダーシップなどに結び付けて特集を組みたいという気もします。
アイデアはいろいろあるので、これらを形にして皆様に有益な誌面をお届けできればと思っています。(岩崎 卓也)
最近、私はロボットと人間の脳に興味があります。両者は意外と関連している部分があるのです。ただ、脳科学は良いとしてもロボットが「ハーバード・ビジネス・レビュー」の特集としてふさわしいのかどうか考えてしまう部分もあります。
ロボットというと、漫画に出てくるような人型のものを頭に浮かべる方が多いと思います。が、私が感心を持っているのはそれだけでなく、産業機械についても感心があります。高度成長期の人手が足りない時代、製造ラインの人力に代わるものとして産業機械は生まれました。この時代をスタートとして、FMS(フレキシブル生産システム)の構築が盛んに行われている現代まで、産業機械の歴史を紐解いてみたいですね。さらには、今の新しいロボットの市場を知りたいとも思っています。
三菱重工をはじめとして、産業機械を作っている企業はたくさんあります。一方で、産業機械から派生していくと、AIや認知などの脳の問題にかかわってくるのです。
神経科学は社会科学の諸分野と関連を持ちはじめていて、neuro economics(神経経済学)という分野も出てきています。また、すでに電通がneuro marketing(ニューロマーケティング)という言葉を使っています。今後、脳と企業活動はますます関係が深くなっていくように思います。ただし、こちらを特集するとなると、事例がないのが難点です。
以前、企画会議に出したものに「月」、宇宙ビジネスがあります。結局は編集部員に却下されてしまいました。夢のある物語や童話、漫画などでリーダーシップを語るのは良いアイデアだと思います。
『15少年漂流記』などの物語性のあるものをもとに、チームマネジメントやリーダーシップなどに結び付けて特集を組みたいという気もします。
アイデアはいろいろあるので、これらを形にして皆様に有益な誌面をお届けできればと思っています。(岩崎 卓也)
2008/01/23
耳にする機会が減った言葉
最近、「お客さま」という言葉を耳にすることが減ったように思いますが、いかがでしょうか。「お客さま主義」は充分浸透したので話題にならなくなったというわけではないでしょう。まわりを見渡しても、「お客さま主義」に関して飛びぬけていると感じさせる企業はあまりありません。お客さまという言葉が出てこないのはなぜなのでしょう。
「DHBR」2006年7月号では、ドイツを特集しました。そのとき、ドイツの新聞に「株主価値」という言葉がいくつ出てくるのか数えたという話がありました。日本でも「株主価値」といった言葉が多く登場するようになり、ある意味、企業は株主のものになったと感じることが増えました。ここ10年、株主という言葉が増えるのに反比例するかのように、お客さまという言葉が減っているように思います。もちろん、松下電器の商品回収などにみられるように、手厚く顧客対応をしている企業もあります。また、以前と比べてコンプライアンスの問題から、顧客にきちんと対応しなければならないという認識が高まった部分もあるでしょう。
時代の流れでしょうか。「顧客目線が……」といった言葉をあまり口にしなくなったように思えます。書籍にしても、「お客様主義」をテーマにしたものは、そんなに売れていかない傾向があります。以前ならば「顧客価値」といったことをテーマにすれば、ある程度部数が出ていました。今はそうではないのです。ここに私はなんともいえない不安感や寂しさを感じずにはいられません。
不況になると、お客様という言葉がよく出る、という方もいます。景気先行きについては日銀をはじめ、さまざまな予測が出されています。が、現在のところ、利益を出し、経営が安泰している企業は多くあります。このような状況下、株主は業績について文句は言わないが、お客さまは非常に不満を抱いている、といったケースが実は多いのではないでしょうか。ここで、また、不況になったら、「お客さま」のほうに目が向き、企業は盛んに「お客さま」という言葉を口にするようになるのでしょうか。「お客さま」という言葉が増えるのは良いのですが、それはそれでどうかという気もしています。(岩崎 卓也)
「DHBR」2006年7月号では、ドイツを特集しました。そのとき、ドイツの新聞に「株主価値」という言葉がいくつ出てくるのか数えたという話がありました。日本でも「株主価値」といった言葉が多く登場するようになり、ある意味、企業は株主のものになったと感じることが増えました。ここ10年、株主という言葉が増えるのに反比例するかのように、お客さまという言葉が減っているように思います。もちろん、松下電器の商品回収などにみられるように、手厚く顧客対応をしている企業もあります。また、以前と比べてコンプライアンスの問題から、顧客にきちんと対応しなければならないという認識が高まった部分もあるでしょう。
時代の流れでしょうか。「顧客目線が……」といった言葉をあまり口にしなくなったように思えます。書籍にしても、「お客様主義」をテーマにしたものは、そんなに売れていかない傾向があります。以前ならば「顧客価値」といったことをテーマにすれば、ある程度部数が出ていました。今はそうではないのです。ここに私はなんともいえない不安感や寂しさを感じずにはいられません。
不況になると、お客様という言葉がよく出る、という方もいます。景気先行きについては日銀をはじめ、さまざまな予測が出されています。が、現在のところ、利益を出し、経営が安泰している企業は多くあります。このような状況下、株主は業績について文句は言わないが、お客さまは非常に不満を抱いている、といったケースが実は多いのではないでしょうか。ここで、また、不況になったら、「お客さま」のほうに目が向き、企業は盛んに「お客さま」という言葉を口にするようになるのでしょうか。「お客さま」という言葉が増えるのは良いのですが、それはそれでどうかという気もしています。(岩崎 卓也)
2008/01/19
Y理論からZ理論へ
先日、こちらのブログで今月号に掲載されている「Y理論は万能ではない」という論稿を紹介しました。この論稿ではタイトルどおり、Y理論が万能ではないことを述べておりますが、実はX理論、Y理論のほかにZ理論というものも存在します。開発に取組んだのは、「欲求五段階説」で知られているマズローです。彼はマグレガーに私淑していました。そこで、彼はX理論による安全確保と方向付けの要因を取り入れた改良版Y理論を提唱しました。
X理論、Y理論を提唱したマグレガー自身も、晩年にはX理論とY理論には矛盾点があるという批判に応え、Z理論というものを開発し始めました。しかし、志半ばで他界してしまうのです。詳細は今号に掲載されている「Y理論は万能ではない」という論稿の中のコラム、「X理論からZ理論へ」に記載されているので、ご興味のある方は手に取ってみてください。
1970年代後半からアメリカで、なぜ日本はこんなに強のか、という疑問が強まりました。日本的経営が熱心に研究され始めたのもこの頃です。その中には、スタンフォード大学のウィリアム・G・オオウチという教授がいました。彼は70年代後半、日本的経営の成功を解き明かそうとして研究を進めてきました。結果、新生Z理論を導き出し、『セオリーZ』という論文を上梓したのです。
研究の過程で彼は、
日本企業には規律がしっかりとあること、
その一方で権限委譲もしている、
終身雇用制度がしっかりとできあがっている。
日本企業のこのような点に着目しました。
オオウチ氏は日本経営の特徴として、「終身雇用」「コンセンサス重視」「集団責任制」などをあげています。日本経営はX理論と、Y理論の両方の良いところを集めたものなのではないか、といったことをオオウチ氏が明らかにしていくのです。
『セオリーZ』はCBS・ソニー出版から発刊されており、私が手にしたもののオビには盛田昭夫さんが絶賛、といったことが書いてありました。(岩崎 卓也)
X理論、Y理論を提唱したマグレガー自身も、晩年にはX理論とY理論には矛盾点があるという批判に応え、Z理論というものを開発し始めました。しかし、志半ばで他界してしまうのです。詳細は今号に掲載されている「Y理論は万能ではない」という論稿の中のコラム、「X理論からZ理論へ」に記載されているので、ご興味のある方は手に取ってみてください。
1970年代後半からアメリカで、なぜ日本はこんなに強のか、という疑問が強まりました。日本的経営が熱心に研究され始めたのもこの頃です。その中には、スタンフォード大学のウィリアム・G・オオウチという教授がいました。彼は70年代後半、日本的経営の成功を解き明かそうとして研究を進めてきました。結果、新生Z理論を導き出し、『セオリーZ』という論文を上梓したのです。
研究の過程で彼は、
日本企業には規律がしっかりとあること、
その一方で権限委譲もしている、
終身雇用制度がしっかりとできあがっている。
日本企業のこのような点に着目しました。
オオウチ氏は日本経営の特徴として、「終身雇用」「コンセンサス重視」「集団責任制」などをあげています。日本経営はX理論と、Y理論の両方の良いところを集めたものなのではないか、といったことをオオウチ氏が明らかにしていくのです。
『セオリーZ』はCBS・ソニー出版から発刊されており、私が手にしたもののオビには盛田昭夫さんが絶賛、といったことが書いてありました。(岩崎 卓也)
2008/01/16
地獄の門の前で口にする言い訳
以前こちらのブログで触れましたが、昨年、私は『やりなおし教養講座』(NTT出版)を読みました。著者は国際基督教大学教養学部教授の村上 陽一郎先生です。この中でダンテの『神曲』の「地獄篇」について触れられている部分があるのですが、私はなるほどと思いました。
私たちの多くは悪いことをしたら地獄に落ちると考えます。しかし、『神曲』の冒頭部分には思わぬ人も地獄に落ちると書いてあるのです。それは〈悪さをしなくても、善のためにも悪のためにも働かなかった人〉。日本人的な表現で言えば現世において何もしなかった人、平々凡々と暮らしていると地獄に落ちるのだそうです。これはあくまで『神曲』での話ですが、意外とそうなのかなと思える部分もあります。
「何もしない」の「何」をどう定義付けるかで解釈は異なると思います。例えば、結婚をして家族のために尽くせば、それはすでに何かをすることに該当しているような気もします。基準は難しいものがありますが、恐らく社会や組織、他人のために何か行動を起こさないことはある意味、罪なのかとも思いました。村上先生は次のように言います。
〈私なりの言い方をすると、いかに自己実現に励まなかったかということだと言っていいかもしれない。自分の自己を築き上げることに怠惰であったというのは悪人よりも下というか、下に扱われるという。〉
役割論者の私としては、そのように何もしない人たちにも存在意義があるというのが信条なのです。が、何もしないことで地獄に落ちてしまうのは仕方のないことだとも思います。
書籍にしろ、日常で使う製品にしろ、全くゼロから生じたものはないと言っていいです。売れている本でも、切り口は新しいがメッセージは以前からあったというものがほとんどです。弊社の社史を見ても、今までたいていのことは誰かが行っています。
死んだあと、地獄の門の前に立ってしばらく考えます。
「私は生きている間、何をしたのかなぁ?」と。「何」の基準を全く新しいものを生み出すことだと定義すると、私をはじめ多くの人は「私はこれをしましたよ」と答えられるものは何もないような気もします。この本を通して、私は自分を省み、何をやっているのかを考える良い機会を得ることができました。(岩崎 卓也)
私たちの多くは悪いことをしたら地獄に落ちると考えます。しかし、『神曲』の冒頭部分には思わぬ人も地獄に落ちると書いてあるのです。それは〈悪さをしなくても、善のためにも悪のためにも働かなかった人〉。日本人的な表現で言えば現世において何もしなかった人、平々凡々と暮らしていると地獄に落ちるのだそうです。これはあくまで『神曲』での話ですが、意外とそうなのかなと思える部分もあります。
「何もしない」の「何」をどう定義付けるかで解釈は異なると思います。例えば、結婚をして家族のために尽くせば、それはすでに何かをすることに該当しているような気もします。基準は難しいものがありますが、恐らく社会や組織、他人のために何か行動を起こさないことはある意味、罪なのかとも思いました。村上先生は次のように言います。
〈私なりの言い方をすると、いかに自己実現に励まなかったかということだと言っていいかもしれない。自分の自己を築き上げることに怠惰であったというのは悪人よりも下というか、下に扱われるという。〉
役割論者の私としては、そのように何もしない人たちにも存在意義があるというのが信条なのです。が、何もしないことで地獄に落ちてしまうのは仕方のないことだとも思います。
書籍にしろ、日常で使う製品にしろ、全くゼロから生じたものはないと言っていいです。売れている本でも、切り口は新しいがメッセージは以前からあったというものがほとんどです。弊社の社史を見ても、今までたいていのことは誰かが行っています。
死んだあと、地獄の門の前に立ってしばらく考えます。
「私は生きている間、何をしたのかなぁ?」と。「何」の基準を全く新しいものを生み出すことだと定義すると、私をはじめ多くの人は「私はこれをしましたよ」と答えられるものは何もないような気もします。この本を通して、私は自分を省み、何をやっているのかを考える良い機会を得ることができました。(岩崎 卓也)
2008/01/12
リーダーには師匠がいる
今月号に掲載した論稿に「マネジャーとリーダー:その似て非なる役割」というものがあります。マネジャーとリーダーの役割は似ていますが異なるのです。執筆したのはアブラハム・ザレズニック氏です。精神分析家で、ハーバード・ビジネススクールの教授として有名でもあります。この論文はマネジャーとリーダーの違いについて述べられています。
論文の中で確かにそうだなと思ったのは、師匠の存在がリーダーにとって重要であるという点です。
〈自分がやりたいことを見つけられるかどうかは(中略)師にめぐり合えるかどうかにかかっている〉と。ここでいう師は自らも才能を開花させており、親代わりになって面倒を見てくれるような人でなければなりません。
アメリカ合衆国の第34代大統領 アイゼンハワーの話が紹介されています。第一次世界大戦直後、彼はパナマへ志願します。理由はかねてから私淑していた先輩将校 コーナー氏がいたからです。この人の下についたことで、それまではさしたる戦歴にも恵まれなかったアイゼンハワーは頭角をあらわしたのです。すぐれた才能の持ち主が学生時代平凡だったということはよくあります。アインシュタインも凡人だったし、カーネギーもいい師匠にめぐりあえたおかげで伸びたのだといいます。
私にも何人か師匠と呼べる人はいます。その中の1人は社史を作っていた人でした。社外の方です。ずんぶん前のことですが、一行でも気に入らなかったら、納得いくまで文を変える人だったのです。とことんやるので、納期には遅れるし、予算もオーバーしてしまいます。でも、出来上がったものは完璧でまさにアートワークに近いと言っていいほどなのです。賞をもらうこともありました。納期や予算については見習ってはいけませんが、本を作りあげていくというところで学ばせてもらいました。
別の方で翻訳の原稿整理がすごく上手な人がいました。一度、私が訳したものを見てもらったことがあります。もとの文の痕跡がなくなるくらい、書き加えていくのです。
「その言葉は原文にはないですよ」
私がそう言うとその人は答えました。
「この日本語でわかるのかね?」
確かに私はわかっていませんでした。言い返せません。私の書いた原稿は鉛筆で直され、最後はグレーで覆われてしまいました。
メンター制度を導入している企業は多くあります。確かに、相談相手としてのメンターはいたほうが良いと思います。でも、単なる先輩というだけでは充分ではありません。社内のメンターのほかに、社外にメンターを作ることも大切なのでしょう。外にいる人のほうが距離が開いている分、良い関係を持続させやすいのです。メンターにはある意味、アイドルをあがめているのと同じ要素が必要なのかもしれません。ともあれ、私が二人の先輩から受けたものははかりしれないくらい大きなものであることは確かです。(岩崎 卓也)
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※「DHBR」2008年2月号は一冊からお求めになれます。
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690208
論文の中で確かにそうだなと思ったのは、師匠の存在がリーダーにとって重要であるという点です。
〈自分がやりたいことを見つけられるかどうかは(中略)師にめぐり合えるかどうかにかかっている〉と。ここでいう師は自らも才能を開花させており、親代わりになって面倒を見てくれるような人でなければなりません。
アメリカ合衆国の第34代大統領 アイゼンハワーの話が紹介されています。第一次世界大戦直後、彼はパナマへ志願します。理由はかねてから私淑していた先輩将校 コーナー氏がいたからです。この人の下についたことで、それまではさしたる戦歴にも恵まれなかったアイゼンハワーは頭角をあらわしたのです。すぐれた才能の持ち主が学生時代平凡だったということはよくあります。アインシュタインも凡人だったし、カーネギーもいい師匠にめぐりあえたおかげで伸びたのだといいます。
私にも何人か師匠と呼べる人はいます。その中の1人は社史を作っていた人でした。社外の方です。ずんぶん前のことですが、一行でも気に入らなかったら、納得いくまで文を変える人だったのです。とことんやるので、納期には遅れるし、予算もオーバーしてしまいます。でも、出来上がったものは完璧でまさにアートワークに近いと言っていいほどなのです。賞をもらうこともありました。納期や予算については見習ってはいけませんが、本を作りあげていくというところで学ばせてもらいました。
別の方で翻訳の原稿整理がすごく上手な人がいました。一度、私が訳したものを見てもらったことがあります。もとの文の痕跡がなくなるくらい、書き加えていくのです。
「その言葉は原文にはないですよ」
私がそう言うとその人は答えました。
「この日本語でわかるのかね?」
確かに私はわかっていませんでした。言い返せません。私の書いた原稿は鉛筆で直され、最後はグレーで覆われてしまいました。
メンター制度を導入している企業は多くあります。確かに、相談相手としてのメンターはいたほうが良いと思います。でも、単なる先輩というだけでは充分ではありません。社内のメンターのほかに、社外にメンターを作ることも大切なのでしょう。外にいる人のほうが距離が開いている分、良い関係を持続させやすいのです。メンターにはある意味、アイドルをあがめているのと同じ要素が必要なのかもしれません。ともあれ、私が二人の先輩から受けたものははかりしれないくらい大きなものであることは確かです。(岩崎 卓也)
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※「DHBR」2008年2月号は一冊からお求めになれます。
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2008/01/09
リーダーシップ論から学ぶ権力の使い方
「DHBR」2008年2月号の特集は「リーダーシップ:経営力の本質」です。今月号に掲載した「権力と影響力」の執筆者はジョン・P・コッター氏(ハーバード・ビジネススクール 名誉教授)です。彼はアメリカのリーダーシップ研究のオーソリティで、弊社刊行の『カモメになったペンギン』の著者でもあります。
1990年には『パワーと影響力』(弊社刊)が刊行されています。この本の中でコッター氏は“power” (パワー)という単語を使います。これまで、日本では“power” はそのまま「パワー」と訳していました。が、もともとここでいうパワーというのは権力を意味します。
2月号の「「権力と影響力」ではよりわかりやすくするため「権力」という訳をつけました。
権力という言葉は企ての匂いがしますし、人を力で動かそうとするような灰色なイメージも漂います。でも、本来、権力というものはそうではないのです。この論稿では人を動かすには権限委譲が大事だということが書かれています。より正確にいうと、優れたリーダーは権限をどのように行使するのかがこの論稿で述べられているのです。
さらにタイトルに「影響力」とついている通り、どうすれば効果的な影響力を発揮しうるか、という観点から権限の行使について述べられている点も特徴的です。権力というのは職位といった形で組織から公式に与えられたものです。以前にもこのブログで書きましたが、与えられたからといって、すぐに全てを使ってはいけません。周囲からその権限を行使することを許されて初めて使えるのです。
コッター氏の論稿を読んで思い出したのが、2007年8月号「製品開発力のプロフェッショナル」で掲載した「プロダクト・インテグリティすり合わせの製品開発力」(藤本隆宏 東京大学大学院 経済学研究科 教授 他)です。この論稿には「重量級プロダクト・マネジャー(Heavy weight product manager)」が登場します。これはトヨタの話なのですが、重量級プロダクト・マネジャーは通常の範囲から逸脱して動く場合もあるのです。
営業、トレーニング研修セクション、現場、サプライヤーなどに対して、意見を言います。そういう意味で、彼は文字通りヘビィ・ウエイトなのですね。まさしくトヨタの自動車開発の最終責任者というのは、周囲に権限を行使することを認められ行使していると思ったのです。
これにはトヨタの社風もかかわっていると思います。一般的に、ある部門の責任者が他部門の人たちに頭ごなしに指示命令をし、場合によっては叱責を与えるなんていうことはありえないことです。でも、私はもしかすると、そういうことが大事なのではないかと思いました。なぜなら、組織では職位や職種、年次といったもので権限がある程度規定されています。それを杓子定規に使い、守っているという組織の現実があります。そのほうが居心地はいいのかも知れません。
ただ、それぞれの権限は染み出るかのように逸脱しあうくらいのほうが場合によってはいいこともあるのではないでしょうか。権力の行使に当たっては職位ではなく、その人の実力に応じて、その人の関係各位から認められればもっと行使しても良い場合があるのではないかと思います。もちろん、内部統制等を考慮する必要も出てきますし、単純に誰でもが行使するというのではありません。ただ、部門間同士、クロスファンクショナルにしようと言っている割には、権限が固まっているので進まないケースを目にすることがあります。「重量級プロダクト・マネジャー」の例から、権限は会社からあたえられるものではなく、自分からとりつけてくるものなのかなと思いました。(岩崎 卓也)
------------------------------------------------*
※「DHBR」 2008年2月号の発売は1月10日(木)です。
※バックナンバーはこちらでお求めになれます。
2007年8月号「製品開発力のプロフェッショナル」
「プロダクト・インテグリティすり合わせの製品開発力」
「ブルー・オーシャン戦略の方法論」など掲載
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690807
1990年には『パワーと影響力』(弊社刊)が刊行されています。この本の中でコッター氏は“power” (パワー)という単語を使います。これまで、日本では“power” はそのまま「パワー」と訳していました。が、もともとここでいうパワーというのは権力を意味します。
2月号の「「権力と影響力」ではよりわかりやすくするため「権力」という訳をつけました。
権力という言葉は企ての匂いがしますし、人を力で動かそうとするような灰色なイメージも漂います。でも、本来、権力というものはそうではないのです。この論稿では人を動かすには権限委譲が大事だということが書かれています。より正確にいうと、優れたリーダーは権限をどのように行使するのかがこの論稿で述べられているのです。
さらにタイトルに「影響力」とついている通り、どうすれば効果的な影響力を発揮しうるか、という観点から権限の行使について述べられている点も特徴的です。権力というのは職位といった形で組織から公式に与えられたものです。以前にもこのブログで書きましたが、与えられたからといって、すぐに全てを使ってはいけません。周囲からその権限を行使することを許されて初めて使えるのです。
コッター氏の論稿を読んで思い出したのが、2007年8月号「製品開発力のプロフェッショナル」で掲載した「プロダクト・インテグリティすり合わせの製品開発力」(藤本隆宏 東京大学大学院 経済学研究科 教授 他)です。この論稿には「重量級プロダクト・マネジャー(Heavy weight product manager)」が登場します。これはトヨタの話なのですが、重量級プロダクト・マネジャーは通常の範囲から逸脱して動く場合もあるのです。
営業、トレーニング研修セクション、現場、サプライヤーなどに対して、意見を言います。そういう意味で、彼は文字通りヘビィ・ウエイトなのですね。まさしくトヨタの自動車開発の最終責任者というのは、周囲に権限を行使することを認められ行使していると思ったのです。
これにはトヨタの社風もかかわっていると思います。一般的に、ある部門の責任者が他部門の人たちに頭ごなしに指示命令をし、場合によっては叱責を与えるなんていうことはありえないことです。でも、私はもしかすると、そういうことが大事なのではないかと思いました。なぜなら、組織では職位や職種、年次といったもので権限がある程度規定されています。それを杓子定規に使い、守っているという組織の現実があります。そのほうが居心地はいいのかも知れません。
ただ、それぞれの権限は染み出るかのように逸脱しあうくらいのほうが場合によってはいいこともあるのではないでしょうか。権力の行使に当たっては職位ではなく、その人の実力に応じて、その人の関係各位から認められればもっと行使しても良い場合があるのではないかと思います。もちろん、内部統制等を考慮する必要も出てきますし、単純に誰でもが行使するというのではありません。ただ、部門間同士、クロスファンクショナルにしようと言っている割には、権限が固まっているので進まないケースを目にすることがあります。「重量級プロダクト・マネジャー」の例から、権限は会社からあたえられるものではなく、自分からとりつけてくるものなのかなと思いました。(岩崎 卓也)
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※「DHBR」 2008年2月号の発売は1月10日(木)です。
※バックナンバーはこちらでお求めになれます。
2007年8月号「製品開発力のプロフェッショナル」
「プロダクト・インテグリティすり合わせの製品開発力」
「ブルー・オーシャン戦略の方法論」など掲載
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690807
2008/01/05
プルラリストであるべき理由
前回、こちらのブログで成果主義はX理論、Y理論と同様に有効な職種とそうでないものがあると書きました。X理論が向いているのはお客様の接点となる職種です。営業職が典型的な例です。
Y理論は自由な発想で新しいアイデアを出し合い、作り上げていく職種に向いています。何でもかんでも好きなことが言える職場で、そしてその中でコンフリクトが起こるかもしれないが、組織にとって新しいバリューを生み出すことが大切な仕事の場合はY理論が良いと思います。
成果主義も同じだと思います。営業に成果主義がなかったら、おかしいわけです。他方、間接部門はどうなのでしょう。まずは成果をはかることから難しいものがあります。フィギュアスケートの芸術点と同じように採点すれば良いという考えもありますが、実現は困難です。つまるところ、成果主義やY理論が悪いのではなくて、その一律の人事制度を当てはめようとする点に問題があるのかもしれませんね。
もちろん、一律といっても完全に一つの基準で評価している企業はほとんどないでしょう。私が申し上げたいことは、人事制度にセグメンテーションの導入をすることの必要性です。多くの企業ではお客様をセグメンテーションし、それぞれ対応を変えているわけです。そうであるならば、社員をセグメンテーションし、それに応じて動機付けの方法と制度を変えるべきではないでしょうか。
従業員が1万人いるグローバル企業なら、国によって報酬が異なる、といったことはすでに行っていることでしょう。ここでいうセグメンテーションというのは地域だけではなく、職種に応じて、なおかつ職位、年齢など、もうちょっと細かく見るべきなのだ、ということです。違う言い方をするなら、効率化のために一律化を図ってきた制度に対して、よりきめ細かいものにしたら良いのではないでしょうか。
先にお伝えしたとおり、次号の特集はリーダーシップです。掲載した論稿については、こちらのブログで紹介していく予定です。「Y理論は万能ではない」もその中の一つの論文ですが、この論文を読んで感じたことは、問題の一つは「一律化」にあるのではないかということです。価値観が一元的ですと多くの問題を生じます。次号の「FROM the EDITORS」にも書きましたが、現実はプルラリズム、多元主義なのです。それはダイバーシティということではなく、さまざまなものに同じ価値があるという意味でのプルラリズムを指します。次号に掲載するそれぞれの論文を通して、一元的にとらえることの問題の深さや多元主義である現実を改めて考えました。そして、今回の特集を通して最も強く感じたことは、私達はプルラリストになるべきである、ということなのです。(岩崎 卓也)
Y理論は自由な発想で新しいアイデアを出し合い、作り上げていく職種に向いています。何でもかんでも好きなことが言える職場で、そしてその中でコンフリクトが起こるかもしれないが、組織にとって新しいバリューを生み出すことが大切な仕事の場合はY理論が良いと思います。
成果主義も同じだと思います。営業に成果主義がなかったら、おかしいわけです。他方、間接部門はどうなのでしょう。まずは成果をはかることから難しいものがあります。フィギュアスケートの芸術点と同じように採点すれば良いという考えもありますが、実現は困難です。つまるところ、成果主義やY理論が悪いのではなくて、その一律の人事制度を当てはめようとする点に問題があるのかもしれませんね。
もちろん、一律といっても完全に一つの基準で評価している企業はほとんどないでしょう。私が申し上げたいことは、人事制度にセグメンテーションの導入をすることの必要性です。多くの企業ではお客様をセグメンテーションし、それぞれ対応を変えているわけです。そうであるならば、社員をセグメンテーションし、それに応じて動機付けの方法と制度を変えるべきではないでしょうか。
従業員が1万人いるグローバル企業なら、国によって報酬が異なる、といったことはすでに行っていることでしょう。ここでいうセグメンテーションというのは地域だけではなく、職種に応じて、なおかつ職位、年齢など、もうちょっと細かく見るべきなのだ、ということです。違う言い方をするなら、効率化のために一律化を図ってきた制度に対して、よりきめ細かいものにしたら良いのではないでしょうか。
先にお伝えしたとおり、次号の特集はリーダーシップです。掲載した論稿については、こちらのブログで紹介していく予定です。「Y理論は万能ではない」もその中の一つの論文ですが、この論文を読んで感じたことは、問題の一つは「一律化」にあるのではないかということです。価値観が一元的ですと多くの問題を生じます。次号の「FROM the EDITORS」にも書きましたが、現実はプルラリズム、多元主義なのです。それはダイバーシティということではなく、さまざまなものに同じ価値があるという意味でのプルラリズムを指します。次号に掲載するそれぞれの論文を通して、一元的にとらえることの問題の深さや多元主義である現実を改めて考えました。そして、今回の特集を通して最も強く感じたことは、私達はプルラリストになるべきである、ということなのです。(岩崎 卓也)
2007/12/28
Y理論は万能か
「週刊ダイヤモンド」12/29・1/5合併号では京セラ名誉会長の稲盛氏がインタビューに答えています。その中のくだりに次のような一文があります。
〈成果主義は、金銭欲を刺激して人を動かそうとする卑しい施策で、私は「導入すべきではない」と主張してきました〉
これを読んで、さすが稲盛さんだと思いました。
次号のDHBRはリーダーシップを特集します。人々の自発性を促し、その勤労意欲とパフォーマンスを向上させることは大きなテーマの一つです。次号のDHBRに『Y理論は万能ではない』という論文を掲載します。ご存知の方も多いと思いますが、X理論とY理論について簡単に説明しておきましょう。X理論とは性悪説で、人はもともと怠け者で働くことが嫌い。従って、管理しなければいけない、と考えます。(ここでいう管理というのは監督を意味します)。他方、Y理論はそうではなく性善説です。人は自由にやらせてあげて、それで動機づけをしようとするのがY理論です。ダグラス・マグレガーが提唱しました。
戦後の日本では高度成長期が終わった頃から、ドラッカーのナレッジワーカーが出て来ました。この頃からY理論でなければいけないという考え方がホワイトカラーの現場において言われ始めました。最近よく言われることに「部下はほめなければいけない」「自由奔放に好きなことをやらせてあげよう」「叱ったりしない」「任せる」「権限委譲」といったことが推奨されています。ある意味、Y理論は万能だというような風潮さえあります。
ところが、次号掲載するこの論文では「Y理論は万能ではありません」と言っているのです。本論ではある実験が紹介されています。比較実験なのですが、結果には興味深いものがありました。実験の対象となる工場では、二つのうち一つはしっかり管理し、もう一つは工員に対して自由奔放にやらせたのです。研究所も同じように二つ、管理しているところと本人の自立性に委ねているところを比較しました。Y理論が万能ならば、工場、研究所、コールセンター、営業、本社スタッフなんでもY理論でやればいい結果が出るはずです。
実験の結果どうだったのでしょうか。工場はきちんと行き届いた管理をしたほうが動機付けもなされる。モラルや意欲も高いという結果が出たのです。その反面、研究所は自由にやらせたほうがいいという結果が出ました。Y理論は万能ではない。だからといって、冒頭で触れた稲盛さんがおっしゃった通り、金銭欲を刺激して人を動かせばよいというものでもありません。
私はこの論文を読んでY理論だけでなく、成果主義も有効な職種とそうではない職種があると感じました。例えば、コールセンターや顧客の窓口対応など、顧客接点に関する仕事はどうなのでしょうか。リッツカールトンのように顧客接点の部署にも、自由奔放な裁量に任せている企業もあります。裁量権で使えるお金もある程度与えています。でも、基本的にルールに則ってしなければならない仕事ってあると思います。成果主義の話の続きは次回にゆずります。(岩崎 卓也)
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今年は今回で更新は最後になります。一年間、弊誌およびこちらのブログとご購読いただき感謝しております。ありがとうございます。
次号、2008年2月号は1月10日に発売予定です。こちらのブログは2008年1月4日からスタートとなります。来年もお越しをお待ちしております。
〈成果主義は、金銭欲を刺激して人を動かそうとする卑しい施策で、私は「導入すべきではない」と主張してきました〉
これを読んで、さすが稲盛さんだと思いました。
次号のDHBRはリーダーシップを特集します。人々の自発性を促し、その勤労意欲とパフォーマンスを向上させることは大きなテーマの一つです。次号のDHBRに『Y理論は万能ではない』という論文を掲載します。ご存知の方も多いと思いますが、X理論とY理論について簡単に説明しておきましょう。X理論とは性悪説で、人はもともと怠け者で働くことが嫌い。従って、管理しなければいけない、と考えます。(ここでいう管理というのは監督を意味します)。他方、Y理論はそうではなく性善説です。人は自由にやらせてあげて、それで動機づけをしようとするのがY理論です。ダグラス・マグレガーが提唱しました。
戦後の日本では高度成長期が終わった頃から、ドラッカーのナレッジワーカーが出て来ました。この頃からY理論でなければいけないという考え方がホワイトカラーの現場において言われ始めました。最近よく言われることに「部下はほめなければいけない」「自由奔放に好きなことをやらせてあげよう」「叱ったりしない」「任せる」「権限委譲」といったことが推奨されています。ある意味、Y理論は万能だというような風潮さえあります。
ところが、次号掲載するこの論文では「Y理論は万能ではありません」と言っているのです。本論ではある実験が紹介されています。比較実験なのですが、結果には興味深いものがありました。実験の対象となる工場では、二つのうち一つはしっかり管理し、もう一つは工員に対して自由奔放にやらせたのです。研究所も同じように二つ、管理しているところと本人の自立性に委ねているところを比較しました。Y理論が万能ならば、工場、研究所、コールセンター、営業、本社スタッフなんでもY理論でやればいい結果が出るはずです。
実験の結果どうだったのでしょうか。工場はきちんと行き届いた管理をしたほうが動機付けもなされる。モラルや意欲も高いという結果が出たのです。その反面、研究所は自由にやらせたほうがいいという結果が出ました。Y理論は万能ではない。だからといって、冒頭で触れた稲盛さんがおっしゃった通り、金銭欲を刺激して人を動かせばよいというものでもありません。
私はこの論文を読んでY理論だけでなく、成果主義も有効な職種とそうではない職種があると感じました。例えば、コールセンターや顧客の窓口対応など、顧客接点に関する仕事はどうなのでしょうか。リッツカールトンのように顧客接点の部署にも、自由奔放な裁量に任せている企業もあります。裁量権で使えるお金もある程度与えています。でも、基本的にルールに則ってしなければならない仕事ってあると思います。成果主義の話の続きは次回にゆずります。(岩崎 卓也)
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今年は今回で更新は最後になります。一年間、弊誌およびこちらのブログとご購読いただき感謝しております。ありがとうございます。
次号、2008年2月号は1月10日に発売予定です。こちらのブログは2008年1月4日からスタートとなります。来年もお越しをお待ちしております。
2007/12/26
海外での布施の心
前回の記事で布施の話をしました。もちろん、同様の考え方は海外にもあります。
以前、曽野綾子さんがおっしゃっていたことを思い出します。キリスト教では宗派にもよりますが、全てのものは神が与えたものだという考え方をします。日々の食事も仕事も富も全てです。それは人間にとって都合の良いものだけでなく、例えば身体の障害なども含むのです。障害は神から与えられたもの、決してネガティブなものではないという考え方をするそうです。
健常者が障害者の支えになることは、日本的にいうと徳の高い行為とでもいいましょうか。クリスチャンにとっては、積極的に行いたい「喜び」なのです。
曽野さんがブラジルの教会に立ち寄ったとき、子供が捨てられているのを目にしたそうです。その頃、教会には親が育てられずやむなく捨てられてしまった子供が集まっていました。その子供を養子にしたいと願う方に、養育をお願いするシステムができているのです。
曽野さんが訪れたとき、教会には障害者の子供が残されていました。日本ですと、障害があるから、誰も引き取り手がいなくて残されたのだと思うことでしょう。ところが違うのです。その子供は引っ張りだこで、誰にお願いしたらよいのか、決まらないから残されていたといいます。日本の布施の心とはやや違う部分もありますが、それぞれ国によって仕える心はあるものだと改めて知らされました。
話は変わりますが、
「私は植林のメンテナンスで草刈に行った事があります」
このように話すと、意外な顔をされることがあります。以前から、私はCSR、環境問題等について調べてきました。その一環として、90年代にはさまざまなボランティアに参加したことがあるのです。樹林の中にはメンテナンスをしないと枯れてしまうものがあります。枝葉が生い茂って、日が当たらないといった不具合が出るそうです。とはいえ、枝打ちは素人にはできません。我々ができることとして草刈をしたのです。
「ビールが美味いよ!」
と事前に言われておりましたが、確かにその通りでした。ドラム缶風呂に入るなど、みなで楽しみながら行いました。そのほか、身体障害者をディズニーランドに連れて行ったこともあります。ただし、人には向き不向きがあります。私には編集者として皆様にお伝えしていくことのほうが向いていると、そのとき思いました。
以前にも書きましたが、社会に貢献する形はそれぞれ人によって、企業によって異なってもいいと私は思うのです。自分ができることをひとつずつ行っていくのが良いと私は思っています。(岩崎 卓也)
以前、曽野綾子さんがおっしゃっていたことを思い出します。キリスト教では宗派にもよりますが、全てのものは神が与えたものだという考え方をします。日々の食事も仕事も富も全てです。それは人間にとって都合の良いものだけでなく、例えば身体の障害なども含むのです。障害は神から与えられたもの、決してネガティブなものではないという考え方をするそうです。
健常者が障害者の支えになることは、日本的にいうと徳の高い行為とでもいいましょうか。クリスチャンにとっては、積極的に行いたい「喜び」なのです。
曽野さんがブラジルの教会に立ち寄ったとき、子供が捨てられているのを目にしたそうです。その頃、教会には親が育てられずやむなく捨てられてしまった子供が集まっていました。その子供を養子にしたいと願う方に、養育をお願いするシステムができているのです。
曽野さんが訪れたとき、教会には障害者の子供が残されていました。日本ですと、障害があるから、誰も引き取り手がいなくて残されたのだと思うことでしょう。ところが違うのです。その子供は引っ張りだこで、誰にお願いしたらよいのか、決まらないから残されていたといいます。日本の布施の心とはやや違う部分もありますが、それぞれ国によって仕える心はあるものだと改めて知らされました。
話は変わりますが、
「私は植林のメンテナンスで草刈に行った事があります」
このように話すと、意外な顔をされることがあります。以前から、私はCSR、環境問題等について調べてきました。その一環として、90年代にはさまざまなボランティアに参加したことがあるのです。樹林の中にはメンテナンスをしないと枯れてしまうものがあります。枝葉が生い茂って、日が当たらないといった不具合が出るそうです。とはいえ、枝打ちは素人にはできません。我々ができることとして草刈をしたのです。
「ビールが美味いよ!」
と事前に言われておりましたが、確かにその通りでした。ドラム缶風呂に入るなど、みなで楽しみながら行いました。そのほか、身体障害者をディズニーランドに連れて行ったこともあります。ただし、人には向き不向きがあります。私には編集者として皆様にお伝えしていくことのほうが向いていると、そのとき思いました。
以前にも書きましたが、社会に貢献する形はそれぞれ人によって、企業によって異なってもいいと私は思うのです。自分ができることをひとつずつ行っていくのが良いと私は思っています。(岩崎 卓也)
2007/12/22
WAVE〜CSRがたどった三つの波
日本で社会と企業の関係が問われ始めたのは、古くは高度成長期、1960年代後半から1970年代の半ば頃でしょうか。この頃はコンシュマリズム、公害などがキーワードとして使われ、CSRという言葉はありませんでした。当時、新聞3誌は企業の社会性のなさについて批判を行いました。これが日本でのCSRの第一の波でした。
第二の波は1990年前後になります。今号の「FROM the EDITORS」にも書きましたが、1989年、エクソンのバルディーズ号がアラスカ沖で座礁する事故が発生しました。流出した重油をエクソンは放置したのです。この事故からバルディーズ原則という環境に対する企業倫理の原則が生まれました。そこには生物圏の保護や天然資源の維持可能な利用、廃棄物処理と減量などが入りました。
ソーシャルスクリーニングという言葉が出てきたのもこの頃です。社会に対して害をなす企業の株は売ることを明確化したものです。これを最初に行ったのはハーバード大学です。この頃、CSR投資という概念ができあがり、資本市場を介して企業を評価する流れがありました。
1989年頃、日本はバブル経済の中にいました。衣食足りて礼節を知るという言葉があります。1990年11月、日本経団連は1%(ワンパーセント)クラブを設立しました。このクラブは社会貢献活動のため、拠出することに努める企業や個人を支援することを目的として設立されたものです。拠出する金額が法人の場合ですと経常利益の1%以上、個人では可処分所得の1%以上を目安にしているところから1%という名前がついたのです。
このような流れがあり、現在では第三波とでもいいましょうか、CSRブームになっています。前の記事でも紹介しましたが、今号の「社会とともに」で紹介した経営者の言葉からは、日本にある布施の心が感じられます。経済合理性の追求のみに走るわけでもなく、日本企業が行うCSRは「布施の心」がポイントのひとつとしてあるような気がします。(岩崎 卓也)
第二の波は1990年前後になります。今号の「FROM the EDITORS」にも書きましたが、1989年、エクソンのバルディーズ号がアラスカ沖で座礁する事故が発生しました。流出した重油をエクソンは放置したのです。この事故からバルディーズ原則という環境に対する企業倫理の原則が生まれました。そこには生物圏の保護や天然資源の維持可能な利用、廃棄物処理と減量などが入りました。
ソーシャルスクリーニングという言葉が出てきたのもこの頃です。社会に対して害をなす企業の株は売ることを明確化したものです。これを最初に行ったのはハーバード大学です。この頃、CSR投資という概念ができあがり、資本市場を介して企業を評価する流れがありました。
1989年頃、日本はバブル経済の中にいました。衣食足りて礼節を知るという言葉があります。1990年11月、日本経団連は1%(ワンパーセント)クラブを設立しました。このクラブは社会貢献活動のため、拠出することに努める企業や個人を支援することを目的として設立されたものです。拠出する金額が法人の場合ですと経常利益の1%以上、個人では可処分所得の1%以上を目安にしているところから1%という名前がついたのです。
このような流れがあり、現在では第三波とでもいいましょうか、CSRブームになっています。前の記事でも紹介しましたが、今号の「社会とともに」で紹介した経営者の言葉からは、日本にある布施の心が感じられます。経済合理性の追求のみに走るわけでもなく、日本企業が行うCSRは「布施の心」がポイントのひとつとしてあるような気がします。(岩崎 卓也)
2007/12/19
アショカ・フェローとチョボラ
2006年、ムハマド・ユヌス氏がノーベル平和賞を受賞したことにより社会企業家の存在が注目を集めるようになりました。今号の特集では「社会企業家の育て方」という記事を掲載しました。こちらはアショカという社会企業家を支援する組織のCEO ウィリアム・ドレイトン氏のインタビュー記事です。
アショカはユヌス氏を含め、世界中で数多くの社会企業家を支援してきました。創業以来60カ国以上で活動し、支援した社会企業家は1500人以上にものぼります。アショカはアショカ・フェローと呼ばれる社会企業家を選び、そこに支援を行います。アショカ・フェローに選ばれると、アショカの世界的なネットワークを生かした物質面の支援かを得られます。さらには、確固たる信用となりますから、有望な投資対象として見られるというメリットも生まれるのです。
こちらの記事ではドレイトン氏がアショカを作ろうと思ったきっかけやアショカ・フェロー選考の過程などについて、ドレイトン氏の貴重な言葉を掲載しました。
〈倫理観は社会がばらばらにならないようにつなぎとめるものです。それがない社会企業家は成功しません〉
数多くの人に接して、支援をしてきたドレイトン氏ならではの発言が盛り込まれています。
アショカ・フェローとなる人はどのような人でしょうか。先に触れたユヌス氏のほか、日本人では、アメリカに住む中南米などの出稼ぎ移民の本国への送金サービスを革新した〓迫(とちさこ)篤昌氏が選ばれています。また、カナダ人のメアリー・ゴートン氏はいじめ問題に取組んだ一人です。いじめの原因の一つは共感できないことにあると思った彼女は問題がある学校に赤ちゃんと母親を連れて行きます。生徒にその赤ちゃんが何を話しているのか、何を感じているのかを記入するように言のです。赤ちゃんは大人が話すような言葉を発しません。当然、始めたばかりの頃、生徒は赤ちゃんが何を言おうとしているのか理解できないのです。しかし、何回かくりかえすうちに、だんだんわかるようになるといいます。そうすることで、生徒は自分以外の人が何を感じているのかわかるようになり、結果として共感能力が養われていくといいます。
この記事で紹介した社会企業家のやり方は一つの社会貢献として素晴らしいと思います。ドレイトン氏の行いも一つのやり方として同様に素晴らしいと思います。ただ、私は日本人もこのようになりなさい、という意図でここに載せたわけではありません。曽野 綾子さんが言っていましたが、社会に対して何かをするには余裕がなければやってはいけないと。私はその通りだと思います。日本は横並び社会です。みんなが行くときに行かないと、「なぜ?」と訊ねられます。
「チョボラ」という言葉があります。ちょっとしたボランティア。私はこれで良いと思います。人それぞれ異なるもの、同じでなくて良いのです。自分ができることをしていくことが良いのではないでしょうか。(岩崎 卓也)
アショカはユヌス氏を含め、世界中で数多くの社会企業家を支援してきました。創業以来60カ国以上で活動し、支援した社会企業家は1500人以上にものぼります。アショカはアショカ・フェローと呼ばれる社会企業家を選び、そこに支援を行います。アショカ・フェローに選ばれると、アショカの世界的なネットワークを生かした物質面の支援かを得られます。さらには、確固たる信用となりますから、有望な投資対象として見られるというメリットも生まれるのです。
こちらの記事ではドレイトン氏がアショカを作ろうと思ったきっかけやアショカ・フェロー選考の過程などについて、ドレイトン氏の貴重な言葉を掲載しました。
〈倫理観は社会がばらばらにならないようにつなぎとめるものです。それがない社会企業家は成功しません〉
数多くの人に接して、支援をしてきたドレイトン氏ならではの発言が盛り込まれています。
アショカ・フェローとなる人はどのような人でしょうか。先に触れたユヌス氏のほか、日本人では、アメリカに住む中南米などの出稼ぎ移民の本国への送金サービスを革新した〓迫(とちさこ)篤昌氏が選ばれています。また、カナダ人のメアリー・ゴートン氏はいじめ問題に取組んだ一人です。いじめの原因の一つは共感できないことにあると思った彼女は問題がある学校に赤ちゃんと母親を連れて行きます。生徒にその赤ちゃんが何を話しているのか、何を感じているのかを記入するように言のです。赤ちゃんは大人が話すような言葉を発しません。当然、始めたばかりの頃、生徒は赤ちゃんが何を言おうとしているのか理解できないのです。しかし、何回かくりかえすうちに、だんだんわかるようになるといいます。そうすることで、生徒は自分以外の人が何を感じているのかわかるようになり、結果として共感能力が養われていくといいます。
この記事で紹介した社会企業家のやり方は一つの社会貢献として素晴らしいと思います。ドレイトン氏の行いも一つのやり方として同様に素晴らしいと思います。ただ、私は日本人もこのようになりなさい、という意図でここに載せたわけではありません。曽野 綾子さんが言っていましたが、社会に対して何かをするには余裕がなければやってはいけないと。私はその通りだと思います。日本は横並び社会です。みんなが行くときに行かないと、「なぜ?」と訊ねられます。
「チョボラ」という言葉があります。ちょっとしたボランティア。私はこれで良いと思います。人それぞれ異なるもの、同じでなくて良いのです。自分ができることをしていくことが良いのではないでしょうか。(岩崎 卓也)
2007/12/15
今、伝記を読む意味
何か悪いことをしたとき、諫めてくれる存在って誰ですか? 両親? それとも上司でしょうか。若い人ならば、自分に対してさまざまなことを言ってくれる人がいることでしょう。ときにはうんざりすることもあるかもしれません。ところが、年をとるとともに苦言を呈してくれる人は減っていきます。昔なら、「地域のオバサン」と呼ばれる人物が目を光らせ、口うるさく注意をしてくれたものです。でも、都心に住んでいると近所づきあいがほとんどありません。良い意味で、近所に対して無関心なのです。恩師との関係も希薄になっていますね。
フィードバックシステムがなくなりつつある今の時代、自分が正しくあるにはセルフフィードバックしかないのです。それには、誰かレスペクトできる人から学ぶことが一つの手段として有効ではないでしょうか。ただし、組織の中で師を作ろうとしても、年齢が高くなるにしたがって難しくなります。同じ組織ですと相手のアラが見えてしまうことも実現しにくい理由になっています。ある程度距離のあいた人物が良いのです。とすると、偉人の本を読むのが最も適した手法ではないでしょうか。これから先、私は「伝記の時代」が来るのではないかと思っています。私達は歴史学者ではないので、内容について細かく正しいかどうか検証する必要はありません。読んで内省ができるようなエピソードに溢れていることが大切なのです。それには、伝記が好適なのではないかと思います。
そこで、今月号では「日本の企業家13人の信念 社会とともに」というコーナーを作りました。こちらには松下幸之助、井深 大、土光敏夫など、日本の産業史における偉大なリーダーの言葉が掲載されています。本田宗一郎は退陣のとき語った挨拶の言葉を紹介しました。本田さんは私がレスペクトする経営者の一人です。通産省に一升瓶持って座りこんだ話など、痛快で豪快な側面について語られることがよくありますが、私が印象に残っているのは青山本社ビルの話です。原稿には載せませんでしたが、ホンダではビルを建てるに当たり最初はガラスばりにしようとしていました。ところが、ガラスが一面に広がっているとドライバーにとって運転しにくい、危険なのでやめようということになったと聞きました。本社ビルは交差点に面しています。角が丸くなっているのは交差点を曲がるドライバーの視界を遮らないようにという思いがあったといいます。また、窓ガラスが前面に出ていないのは、大地震が起きたとき、道を歩いている人を傷つけないようにという配慮からだといいます。
このほか、稲盛和夫、オムロン創業者の立石一真、小倉昌男などを紹介させていただきました。13人のリーダーの言葉から漂うものは「リーダーの品格」です。ぜひとも味わっていただきたいと思う次第です。(岩崎 卓也)
※「DHBR」1月号は一冊からお求めになれます。
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690108
フィードバックシステムがなくなりつつある今の時代、自分が正しくあるにはセルフフィードバックしかないのです。それには、誰かレスペクトできる人から学ぶことが一つの手段として有効ではないでしょうか。ただし、組織の中で師を作ろうとしても、年齢が高くなるにしたがって難しくなります。同じ組織ですと相手のアラが見えてしまうことも実現しにくい理由になっています。ある程度距離のあいた人物が良いのです。とすると、偉人の本を読むのが最も適した手法ではないでしょうか。これから先、私は「伝記の時代」が来るのではないかと思っています。私達は歴史学者ではないので、内容について細かく正しいかどうか検証する必要はありません。読んで内省ができるようなエピソードに溢れていることが大切なのです。それには、伝記が好適なのではないかと思います。
そこで、今月号では「日本の企業家13人の信念 社会とともに」というコーナーを作りました。こちらには松下幸之助、井深 大、土光敏夫など、日本の産業史における偉大なリーダーの言葉が掲載されています。本田宗一郎は退陣のとき語った挨拶の言葉を紹介しました。本田さんは私がレスペクトする経営者の一人です。通産省に一升瓶持って座りこんだ話など、痛快で豪快な側面について語られることがよくありますが、私が印象に残っているのは青山本社ビルの話です。原稿には載せませんでしたが、ホンダではビルを建てるに当たり最初はガラスばりにしようとしていました。ところが、ガラスが一面に広がっているとドライバーにとって運転しにくい、危険なのでやめようということになったと聞きました。本社ビルは交差点に面しています。角が丸くなっているのは交差点を曲がるドライバーの視界を遮らないようにという思いがあったといいます。また、窓ガラスが前面に出ていないのは、大地震が起きたとき、道を歩いている人を傷つけないようにという配慮からだといいます。
このほか、稲盛和夫、オムロン創業者の立石一真、小倉昌男などを紹介させていただきました。13人のリーダーの言葉から漂うものは「リーダーの品格」です。ぜひとも味わっていただきたいと思う次第です。(岩崎 卓也)
※「DHBR」1月号は一冊からお求めになれます。
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690108
2007/12/12
ビジネスマンが道徳心を失う瞬間
2008年1月号『「公器」の経営』のなかで、私が面白いと感じた原稿の一つに教育心理学者のハワード・ガードナーが執筆した『ビジネスマンは道徳心を失いやすい』があります。ガードナーはハーバード大学 教育学大学院の教授です。日本でも「ハワード・ガードナーを読む会」があり、知る人ぞ知る存在なのです。
ガードナーは人間の知能というのは7つの知能で成り立っていると言います。これを“multiple intelligence”(マルティプル・インテリジェンス)と呼び、日本語では多重知能または多元的知能と訳されています。彼は今までの一元論、二元論で語られてきた頭の良さとは違った形での知能を提示します。
インタビューはHBRアメリカ本誌が行い、我々DHBR編集部が日本語に訳しました。その中で彼は人間の知能のほかに徳(virtue)の部分にも言及しています。なぜビジネスパーソンはethical mind――ここでは道徳心と訳しましたが、道徳心を失ってしまうのか。その答えをガードナーは示します。
私が面白いと思ったのは、子供の頃から高い道徳観を持って成長した人でも、組織に入ると忘れてしまう。朱に交わると赤くなってしまう、と彼は言うのです。なぜそうなるのか? ビジネスパーソンはプロフェッショナルではないからです。ここでいうプロフェッショナルというのは、長い歴史があり、その歴史の中で職業に従事する人を律し、規範を破った者を罰する仕組みを作り上げたものを指します。医師のようにインターンを経て、臨床を行ない、技術をみがきながら一流を目指していくといった職業がプロフェッショナルなのです。プロとは自らの職業を神にprofess(プロフェス)した人を言います。
アメリカの場合、ビジネススクールを出たら、すぐに経験がなくても管理職になれるケースが多くあります。誰でもビジネスパーソンになれる。だから、わかりやすくて共通のものさしである「利潤」によって突き動かされてしまうようになる、と彼は言うのです。私はこの論文を耳が痛くなる思いで読みました。確かに、歴史が浅ければお金や利潤以外の基準を確立するのは難しいでしょう。
また、彼が指摘しているように、悪いことをしたことに対するフィードバックをしていくシステムは不十分なところがあるかもしれません。これはビジネスパーソンだけでなく社会全体としてあてはまることだと思います。ガートナー教授はとても厳しい人です。一つひとつの指摘に頷きながらも、自省させられる内容になっています。(岩崎 卓也)
※「DHBR」1月号、一冊からお求めになれます。
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690108
ガードナーは人間の知能というのは7つの知能で成り立っていると言います。これを“multiple intelligence”(マルティプル・インテリジェンス)と呼び、日本語では多重知能または多元的知能と訳されています。彼は今までの一元論、二元論で語られてきた頭の良さとは違った形での知能を提示します。
インタビューはHBRアメリカ本誌が行い、我々DHBR編集部が日本語に訳しました。その中で彼は人間の知能のほかに徳(virtue)の部分にも言及しています。なぜビジネスパーソンはethical mind――ここでは道徳心と訳しましたが、道徳心を失ってしまうのか。その答えをガードナーは示します。
私が面白いと思ったのは、子供の頃から高い道徳観を持って成長した人でも、組織に入ると忘れてしまう。朱に交わると赤くなってしまう、と彼は言うのです。なぜそうなるのか? ビジネスパーソンはプロフェッショナルではないからです。ここでいうプロフェッショナルというのは、長い歴史があり、その歴史の中で職業に従事する人を律し、規範を破った者を罰する仕組みを作り上げたものを指します。医師のようにインターンを経て、臨床を行ない、技術をみがきながら一流を目指していくといった職業がプロフェッショナルなのです。プロとは自らの職業を神にprofess(プロフェス)した人を言います。
アメリカの場合、ビジネススクールを出たら、すぐに経験がなくても管理職になれるケースが多くあります。誰でもビジネスパーソンになれる。だから、わかりやすくて共通のものさしである「利潤」によって突き動かされてしまうようになる、と彼は言うのです。私はこの論文を耳が痛くなる思いで読みました。確かに、歴史が浅ければお金や利潤以外の基準を確立するのは難しいでしょう。
また、彼が指摘しているように、悪いことをしたことに対するフィードバックをしていくシステムは不十分なところがあるかもしれません。これはビジネスパーソンだけでなく社会全体としてあてはまることだと思います。ガートナー教授はとても厳しい人です。一つひとつの指摘に頷きながらも、自省させられる内容になっています。(岩崎 卓也)
※「DHBR」1月号、一冊からお求めになれます。
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690108
2007/12/07
戦略的と受動的の違い
次号の特集では、マイケル・ポーターの「競争優位のCSR戦略」という論文を巻頭に置きました。この論文では、事業活動とCSRを有機的に関連付け事業を伸ばすことの重要さを説いています。さらにポーターは社会に役立つようなCSRの展開が必要だ、と事例をあげながら解説をしています。この論文には「受動的CSR」と「戦略的CSR」ということばが出てきます。事業に対して関連の乏しいものを「受動的CSR」と呼び、それを超越したものを「戦略的CSR」と言っています。
今まで、日本のチャリティというと、創業者の意思で行っているものがほとんどでした。創業者が作った財団はたくさんあります。本業とは関係がないものですと、創業者でないと決断を下しにくいものです。今後は、社長が創業者の血を引いている場合でも、社長個人の意思でチャリティに会社のお金を使うことは難しいケースが増えるでしょう。会社のお金は株主からお預かりしているものだ、という考えが強くなっています。これからは、ポーターがこの論文で言っているような文脈で「戦略的CSR」を展開していくのが恐らく一番良いのでしょう。
ただ、この論文を金科玉条にするというのはいかがなものかと思うわけです。基本的には、日本企業の場合でも、「戦略的CSR」を展開していくことを意識すべきことに間違いはないと思います。ただ、100パーセント常にそうだと断言しきれない部分もあるのではないかという気がしています。私は日本企業においては、「受動的CSR」でも良い場合があるのではないかと思っています。
例えば、知的障害者の雇用を積極的に行いたいときに、「受動的CSR」だから、本業と関係ないから、といったことを理由に組織として賛同を得られなかったとします。これはジレンマになるわけです。また、温暖化対策についても経営に貢献するCSRじゃないとダメだ、と言われたとします。そうなると、事業に関係ないことならば、問題があっても気づかなくても良いのだ、といったロジック入ってしまうでしょう。社会の一員として、やらなければならないことに気づいたとき、自分の事業に関係ないからやらない、という理屈にいってしまうのはイヤだな、と思うのは私だけしょうか。
「受動的CSR」と「戦略的CSR」、企業のCSRをどのようにすすめていくべきなのか。
この論文はお読みになった方によって、それぞれ意見が分かれるものだと思います。(岩崎 卓也)
※「DHBR 2008年1月号」の発売は12月10日(月)です。
今まで、日本のチャリティというと、創業者の意思で行っているものがほとんどでした。創業者が作った財団はたくさんあります。本業とは関係がないものですと、創業者でないと決断を下しにくいものです。今後は、社長が創業者の血を引いている場合でも、社長個人の意思でチャリティに会社のお金を使うことは難しいケースが増えるでしょう。会社のお金は株主からお預かりしているものだ、という考えが強くなっています。これからは、ポーターがこの論文で言っているような文脈で「戦略的CSR」を展開していくのが恐らく一番良いのでしょう。
ただ、この論文を金科玉条にするというのはいかがなものかと思うわけです。基本的には、日本企業の場合でも、「戦略的CSR」を展開していくことを意識すべきことに間違いはないと思います。ただ、100パーセント常にそうだと断言しきれない部分もあるのではないかという気がしています。私は日本企業においては、「受動的CSR」でも良い場合があるのではないかと思っています。
例えば、知的障害者の雇用を積極的に行いたいときに、「受動的CSR」だから、本業と関係ないから、といったことを理由に組織として賛同を得られなかったとします。これはジレンマになるわけです。また、温暖化対策についても経営に貢献するCSRじゃないとダメだ、と言われたとします。そうなると、事業に関係ないことならば、問題があっても気づかなくても良いのだ、といったロジック入ってしまうでしょう。社会の一員として、やらなければならないことに気づいたとき、自分の事業に関係ないからやらない、という理屈にいってしまうのはイヤだな、と思うのは私だけしょうか。
「受動的CSR」と「戦略的CSR」、企業のCSRをどのようにすすめていくべきなのか。
この論文はお読みになった方によって、それぞれ意見が分かれるものだと思います。(岩崎 卓也)
※「DHBR 2008年1月号」の発売は12月10日(月)です。
2007/12/05
ポーターの論文を読む前に
日本には布施(ふせ)というものがあります。仏事の際の僧に対する謝礼を表す言葉として私達は使うことが多いのですが、正確に言うと3つに分類されます。「財施(ざいせ)」といって金銭や衣服、食料を人に施すことがひとつ。ふたつ目は「法施(ほうせ)」といって、仏の教えを説くことです。そして、三番目は「無畏施(むいせ)」といって、人の厄難を救うこと、悩んでいる人が不安や恐怖を取り除くことができるようにすることです。このほか、地位や財産がない人でも簡単にできる「無財の七施」と言うものがあります。詳細は10日に発売する1月号の「FROM the EDITORS」に書きましたが、布施とは見返りを求めない心のことを指すのです。
ある僧侶の話を聞いたことがあります。その僧侶は道を歩いていると、貧しそうな身なりをしている男性がうずくまっているのを見かけました。季節は冬、とても寒そうです。僧侶はその人に袈裟(けさ)をかけてあげました。
ところが、相手の男性は何も言わずにうずくまったままです。
「温かくなりましたか?」
僧侶は声をかけました。その直後、激しく訊いたことを悔やみました。なぜなら、僧侶は男性が温かくなったかどうかを知りたかったのではなく、「ありがとう」という言葉が返ってくるのを期待していた。自分の未熟さに気づいて後悔したのです。この僧侶は自身が行ったことは、見返りを求めた時点で「無畏施(むいせ)」ではなくなっていたことに気づいたのです。
話は変わりますが、ドラッカーの『非営利組織の経営』には、NPOに所属している人は経済合理性のためにだけに働いているのではない。社会に貢献しているという実感と、そこに自分が貢献している自信がもとになっているのだと書かれています。NPOだけでなく、社会機関である企業も同様なことがいえるでしょう。布施の心と同じように、事業と関係なくても、必要なところには手を差し伸べてあげてもいいじゃないですか。見返りを求めるとか、企業のイメージ向上を念頭に置かなくても、普通に人間として、そして社会の一員として助け合う。それで良いと私は思います。
次号の特集「公器の経営」に『競争優位のCSR戦略』(マイケル・ポーター、 マーク・R・クラマー)という論文を掲載しました。こちらはCSRを企業と社会双方がメリットを享受できる活動として展開することの大切さについて触れています。企業は社会と競争力、その両方に益するイノベーションをもたらすべきと説いているわけです。これから先もこの論文のように、経済合理性の中でCSRを語ることはあることだと思います。
『競争優位のCSR戦略』の具体的な内容の紹介は次回このブログで行うつもりでいます。ただ、その前提には日本でいう布施の心があることを伝えたい、と思い今回紹介しました。(岩崎 卓也)
ある僧侶の話を聞いたことがあります。その僧侶は道を歩いていると、貧しそうな身なりをしている男性がうずくまっているのを見かけました。季節は冬、とても寒そうです。僧侶はその人に袈裟(けさ)をかけてあげました。
ところが、相手の男性は何も言わずにうずくまったままです。
「温かくなりましたか?」
僧侶は声をかけました。その直後、激しく訊いたことを悔やみました。なぜなら、僧侶は男性が温かくなったかどうかを知りたかったのではなく、「ありがとう」という言葉が返ってくるのを期待していた。自分の未熟さに気づいて後悔したのです。この僧侶は自身が行ったことは、見返りを求めた時点で「無畏施(むいせ)」ではなくなっていたことに気づいたのです。
話は変わりますが、ドラッカーの『非営利組織の経営』には、NPOに所属している人は経済合理性のためにだけに働いているのではない。社会に貢献しているという実感と、そこに自分が貢献している自信がもとになっているのだと書かれています。NPOだけでなく、社会機関である企業も同様なことがいえるでしょう。布施の心と同じように、事業と関係なくても、必要なところには手を差し伸べてあげてもいいじゃないですか。見返りを求めるとか、企業のイメージ向上を念頭に置かなくても、普通に人間として、そして社会の一員として助け合う。それで良いと私は思います。
次号の特集「公器の経営」に『競争優位のCSR戦略』(マイケル・ポーター、 マーク・R・クラマー)という論文を掲載しました。こちらはCSRを企業と社会双方がメリットを享受できる活動として展開することの大切さについて触れています。企業は社会と競争力、その両方に益するイノベーションをもたらすべきと説いているわけです。これから先もこの論文のように、経済合理性の中でCSRを語ることはあることだと思います。
『競争優位のCSR戦略』の具体的な内容の紹介は次回このブログで行うつもりでいます。ただ、その前提には日本でいう布施の心があることを伝えたい、と思い今回紹介しました。(岩崎 卓也)
2007/12/01
タイトルにもこだわりがあります
次号の特集は「公器の経営」です。「CSR」などに関する論文を掲載します。今回の特集を読まれたなら、特集のタイトルに疑問を持つ方もいるでしょう。論文のタイトルにあわせて、「CSR」「社会貢献」「共生」といった言葉を使えば良いのに……、と思う方もいらっしゃるかもしれません。それでも、次号の特集タイトルには「CSR」といった言葉をあえて使いませんでした。実は、これには理由があります。
私たちは日頃、「環境に優しい」という言葉を耳にすることがよくあります。ただ、私は企業が環境に優しいのは当たり前のことだと思うのです。ドラッカーは『マネジメント』という本の中で、<企業は経済機関ではなく社会機関である。>と語っています。そもそも、CSRという言葉を使わなくても、企業とは社会の便益をもたらすために作られた機関なのです。
DHBRではこれまでも特集の企画としてCSRが何回か候補にのぼったことがあります。それでも、行わずに来ました。今回、あえてCSRを特集することにしたのは、経営の世界の中でグルといわれているマイケル・ポーター、クリステンセン、プラハラッドなどのCSR等に関する論文が出たからです。特集では『CSRの戦略的価値』(マイケル E. ポーター)、『破壊的イノベーションによる社会変革』(クレイトン M. クリステンセン)、『協創力という新たな社会契約』(C. K. プラハラッド)などを掲載しております。『CSRの戦略的価値』は2006年マッキンゼー賞受賞論文です。詳細の内容は次回以降、こちらのブログで紹介する予定でいます。これらの質の高い論文をぜひ読者の皆様に読んでいただきたい。そのような思いから特集を組みました。
CSRの特集を組むにあたり、DHBRでは「私たちは社会的に意義があることを行っている」などと言いながら、自分達の行為に酔いたくなかったのです。企業は公器です。そこにCSRという言葉をあえて使わなかった理由があります。
特集の大タイトルには「社会貢献」「CSR」といった言葉を一切使わないという縛りの中で、今回の特集がしかるべき利潤と社会貢献のバランスが取れた特集になったかどうか。それは読者の皆さんが決めることだと私は思っております。(岩崎 卓也)
※「DHBR 2008年1月号」の発売は12月10日(月)です。
私たちは日頃、「環境に優しい」という言葉を耳にすることがよくあります。ただ、私は企業が環境に優しいのは当たり前のことだと思うのです。ドラッカーは『マネジメント』という本の中で、<企業は経済機関ではなく社会機関である。>と語っています。そもそも、CSRという言葉を使わなくても、企業とは社会の便益をもたらすために作られた機関なのです。
DHBRではこれまでも特集の企画としてCSRが何回か候補にのぼったことがあります。それでも、行わずに来ました。今回、あえてCSRを特集することにしたのは、経営の世界の中でグルといわれているマイケル・ポーター、クリステンセン、プラハラッドなどのCSR等に関する論文が出たからです。特集では『CSRの戦略的価値』(マイケル E. ポーター)、『破壊的イノベーションによる社会変革』(クレイトン M. クリステンセン)、『協創力という新たな社会契約』(C. K. プラハラッド)などを掲載しております。『CSRの戦略的価値』は2006年マッキンゼー賞受賞論文です。詳細の内容は次回以降、こちらのブログで紹介する予定でいます。これらの質の高い論文をぜひ読者の皆様に読んでいただきたい。そのような思いから特集を組みました。
CSRの特集を組むにあたり、DHBRでは「私たちは社会的に意義があることを行っている」などと言いながら、自分達の行為に酔いたくなかったのです。企業は公器です。そこにCSRという言葉をあえて使わなかった理由があります。
特集の大タイトルには「社会貢献」「CSR」といった言葉を一切使わないという縛りの中で、今回の特集がしかるべき利潤と社会貢献のバランスが取れた特集になったかどうか。それは読者の皆さんが決めることだと私は思っております。(岩崎 卓也)
※「DHBR 2008年1月号」の発売は12月10日(月)です。
2007/11/28
流動化の中にいる人たち
前回こちらのブログで、企業は大学の授業にもっとコミットすれば良いのではないか、と述べました。少しだけ補足するならば、私達は「企業の援助」というと金銭的なものを思いがちです。が、私はそれだけではないと思っています。授業の中にビルとインする形で行う企業の援助もあるのではないでしょうか。例えば、コンテンツの提供がひとつです。企業の中で実践を積んでいる方が講師として大学に行き、自らの経験をケースの説明として学生達に語るのです。客員教授として講師を募れば、人は集まると思います。高校が生徒の進路により、いくつかのコースを用意しているように、大学も希望する就職先によって、このような授業をいくつか開設するのも一つの選択肢としてあるような気がします。
話は変わりますが、最近、人材の流動化が進んだ、とよく耳にします。しかし、すべての年齢層で一様に流動化しているのかは疑問が残ります。先日、知人から『エンゼルバンク−ドラゴン桜外伝』の話を聞きました。『ドラゴン桜』という受験のマンガが人気でドラマにもなりました。このマンガは社会人のための『ドラゴン桜』とでもいいましょうか。「転職」をテーマにしています。「メディアに騙されるな、イメージに惑わされるな」といった強烈なメッセージが込められているようです。
知人の話によると、転職するなら外資系企業か日本企業か? といった話がこのマンガに出てきたといいます。外資系企業は全体の4割が転職して入ってきたばかりの人、3割はそろそろやめようと思っている人で占められているといいます。だから、3〜4割くらいしか使える戦力がない。その点日本企業は全体の9割がきちんと働いているというのです。
きちんと働いている人の割合という点で、すべての外資系企業がそのままこの話にあてはまるかどうかは疑問が残ります。が、この話はまったく外れているとは思えません。人材の流動化という点で、外資系企業は“Up or out”ですから、アウトする人が日本企業より多いのは当然でしょう。転職をする人の中には外資系企業に勤めている人が多くなります。そのほか、転職市場にはいわゆる転職ジプシーといわれる人たちが多くいると思います。若くしてさすらい人、本当の自分のディスティネーションを探している人などがそうです。結局、流動化しているといっても、これらの人たちが大半を占めているだけかもしれません。実のところ、人材は満遍なくいろんな人が流動化しているわけではなく、一部の人たちがぐるぐると回っているのではないか、と私は思うのです。(岩崎 卓也)
話は変わりますが、最近、人材の流動化が進んだ、とよく耳にします。しかし、すべての年齢層で一様に流動化しているのかは疑問が残ります。先日、知人から『エンゼルバンク−ドラゴン桜外伝』の話を聞きました。『ドラゴン桜』という受験のマンガが人気でドラマにもなりました。このマンガは社会人のための『ドラゴン桜』とでもいいましょうか。「転職」をテーマにしています。「メディアに騙されるな、イメージに惑わされるな」といった強烈なメッセージが込められているようです。
知人の話によると、転職するなら外資系企業か日本企業か? といった話がこのマンガに出てきたといいます。外資系企業は全体の4割が転職して入ってきたばかりの人、3割はそろそろやめようと思っている人で占められているといいます。だから、3〜4割くらいしか使える戦力がない。その点日本企業は全体の9割がきちんと働いているというのです。
きちんと働いている人の割合という点で、すべての外資系企業がそのままこの話にあてはまるかどうかは疑問が残ります。が、この話はまったく外れているとは思えません。人材の流動化という点で、外資系企業は“Up or out”ですから、アウトする人が日本企業より多いのは当然でしょう。転職をする人の中には外資系企業に勤めている人が多くなります。そのほか、転職市場にはいわゆる転職ジプシーといわれる人たちが多くいると思います。若くしてさすらい人、本当の自分のディスティネーションを探している人などがそうです。結局、流動化しているといっても、これらの人たちが大半を占めているだけかもしれません。実のところ、人材は満遍なくいろんな人が流動化しているわけではなく、一部の人たちがぐるぐると回っているのではないか、と私は思うのです。(岩崎 卓也)
2007/11/24
ビジネススクール、日米の違いを見て
最近、読んで面白かったと感じた本は、国際基督教大学教養学部教授の村上 陽一郎先生がお書きになった『やりなおし教養講座』(NTT出版)です。日本ではリベラルアーツを教える学校がICU以外ひとつもないといいます。アメリカはハーバード大学やアイビー・リーグに属する大学でもリベラルアーツの教育を行っています。その上に立っているのが専門職大学院です。
一方、日本は学部の時に専門科目を教えています。私は商学部でしたが、大学の時にマーケティングや経営史などを専門科目の授業で学びました。これらの科目で使う教科書はビジネススクールで教えているものと同じなのです。私はマーケティングについて、最初はコトラーやジェローム・マッカーシーの「4P」を学んだと記憶しています。ビジネススクールでも、最初にこれらを学ぶ場合が多くあります。ビジネススクールというのは教育の提供方法が違うだけで、コンテンツは大学の学部とさほど変わらないのではないかと思うときがあります。ビジネススクールは実例を使って授業をしているので、単に「変らない」というよりかは、「教えている学問体系についてはそんなに変わりがない」というほうが正しいのかもしれません。
確かに、授業の中身はビジネススクールのほうが、気がきいていると思います。組織論を勉強するにしても、ビジネススクールは事例を使うといった工夫があります。また、学生が入学する動機も違います。一緒に学ぶクラスメイトは社会人として経験を積んだ人たちですから、議論も高次元になっています。ワーキンググループスタイルをとっており、大学の学部のように大箱で一方的に聞くものではない点もビジネススクールの特徴です。学部で充分勉強しなかった人が卒業後、ビジネススクールにもう一回通って、2年間で効率的に勉強するというのは価値のあることだと思います。
村上先生の問題提起から考えると、アメリカにおけるビジネススクールと日本におけるビジネススクールの存在とでは、大きく違うのではないかと思います。アメリカは職業訓練校としてビジネススクールが生まれました。村上先生がおっしゃるように、アメリカの大学院はリベラルアーツを踏まえた後で専門教育を行っているのですが、日本は専門教育の上にまた専門教育を行っいます。ここが異なる点だといえます。
ということだとすると、企業はビジネススクールだけではなくて、大学の授業にも、もっとコミットすれば意外と良いのではないかとこの本を読んで感じました。(岩崎 卓也)
一方、日本は学部の時に専門科目を教えています。私は商学部でしたが、大学の時にマーケティングや経営史などを専門科目の授業で学びました。これらの科目で使う教科書はビジネススクールで教えているものと同じなのです。私はマーケティングについて、最初はコトラーやジェローム・マッカーシーの「4P」を学んだと記憶しています。ビジネススクールでも、最初にこれらを学ぶ場合が多くあります。ビジネススクールというのは教育の提供方法が違うだけで、コンテンツは大学の学部とさほど変わらないのではないかと思うときがあります。ビジネススクールは実例を使って授業をしているので、単に「変らない」というよりかは、「教えている学問体系についてはそんなに変わりがない」というほうが正しいのかもしれません。
確かに、授業の中身はビジネススクールのほうが、気がきいていると思います。組織論を勉強するにしても、ビジネススクールは事例を使うといった工夫があります。また、学生が入学する動機も違います。一緒に学ぶクラスメイトは社会人として経験を積んだ人たちですから、議論も高次元になっています。ワーキンググループスタイルをとっており、大学の学部のように大箱で一方的に聞くものではない点もビジネススクールの特徴です。学部で充分勉強しなかった人が卒業後、ビジネススクールにもう一回通って、2年間で効率的に勉強するというのは価値のあることだと思います。
村上先生の問題提起から考えると、アメリカにおけるビジネススクールと日本におけるビジネススクールの存在とでは、大きく違うのではないかと思います。アメリカは職業訓練校としてビジネススクールが生まれました。村上先生がおっしゃるように、アメリカの大学院はリベラルアーツを踏まえた後で専門教育を行っているのですが、日本は専門教育の上にまた専門教育を行っいます。ここが異なる点だといえます。
ということだとすると、企業はビジネススクールだけではなくて、大学の授業にも、もっとコミットすれば意外と良いのではないかとこの本を読んで感じました。(岩崎 卓也)
2007/11/21
信用と権限委譲の密接な関係
前回、『組織は「約束」の集合体である』という今号の論文を紹介しました。信頼関係のうえに約束が何回守られたかで信用関係が成立することに触れました。身近な例でいうと、クレジットカードの支払いがありますね。遅れることなく何年間も続けて使い、一定の要件にあてはまれば、ゴールド、プラチナ、黒といった色のカードをすすめられるでしょう。単なる信頼関係ではなく、信用を積み上げていくことが重要なのです。そのプロセスに約束を守ることは欠かせません。
信用と権限委譲は非常に密接な関係にあると思います。私は権限移譲について、どうもおかしいと、前々から思っていることがあります。
まわりを見渡すと、派手なパフォーマンスもなく地味だが堅実に仕事を行っている人、そんな人がいることに気づかされます。ひとつの部署に一人くらいはいることでしょう。あるとき、その人に大きな仕事が舞い込んできたとします。すると、中には、「実力はオレの方が上だ」「なんで私には権限がもらえないのか」と不満を抱く人が出てくるのを目にするときがあります。
信用のない人に権限は委譲されないと私は思うのです。派手に自己アピールすることではなく、約束をどれだけ履行しているかというところに、権限の委譲はかかわってくるのではないでしょうか。
約束というのは非常に小さなものからあるわけですね。たとえば、電話番をするといったことも含まれます。積もり重ならないと、高い信用は得られない。信用のない人に良い仕事が回ってこないのは当然なのだろうと私は思うのです。
社会的な共同体である組織において、信用というものに無頓着なケースが多いと感じるときがあります。
私達の周りにはたくさんの課題があります。権限委譲ができない、組織としてビジョンがなかなか定着しかないといったことのほか、人事上の問題など、企業によってそれぞれ異なることと思います。それでも、これらの問題は意外と約束に帰結していくのではないでしょうか。そのような視点で『組織は「約束」の集合体である』を読むと、この論文は面白い。良い論文だと思いました。(岩崎 卓也)
信用と権限委譲は非常に密接な関係にあると思います。私は権限移譲について、どうもおかしいと、前々から思っていることがあります。
まわりを見渡すと、派手なパフォーマンスもなく地味だが堅実に仕事を行っている人、そんな人がいることに気づかされます。ひとつの部署に一人くらいはいることでしょう。あるとき、その人に大きな仕事が舞い込んできたとします。すると、中には、「実力はオレの方が上だ」「なんで私には権限がもらえないのか」と不満を抱く人が出てくるのを目にするときがあります。
信用のない人に権限は委譲されないと私は思うのです。派手に自己アピールすることではなく、約束をどれだけ履行しているかというところに、権限の委譲はかかわってくるのではないでしょうか。
約束というのは非常に小さなものからあるわけですね。たとえば、電話番をするといったことも含まれます。積もり重ならないと、高い信用は得られない。信用のない人に良い仕事が回ってこないのは当然なのだろうと私は思うのです。
社会的な共同体である組織において、信用というものに無頓着なケースが多いと感じるときがあります。
私達の周りにはたくさんの課題があります。権限委譲ができない、組織としてビジョンがなかなか定着しかないといったことのほか、人事上の問題など、企業によってそれぞれ異なることと思います。それでも、これらの問題は意外と約束に帰結していくのではないでしょうか。そのような視点で『組織は「約束」の集合体である』を読むと、この論文は面白い。良い論文だと思いました。(岩崎 卓也)
2007/11/17
組織は「約束」の集合体である
今号、おすすめしたい論文のひとつに“Promise-Based Management”(原タイトル )があります。日本語のタイトルは『組織は「約束」の集合体である』としました。組織とは何か? という問いに対する答えとして、今日ではさまざまなことがいわれています。一橋大学の野中郁次郎先生は「企業という組織は知の集合体である」と言いました。ソニーの出井さんは以前、「企業というのは情報でできている」と言ったことがあります。また、1978年にノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンの弟子、ジェイ・ガルブレスは「組織というものは情報処理マシンだ」と言っています。
この論文では情報や知、情報処理マシンというところを超えて、組織とは約束を履行することで成立するもの、日本語タイトルにもしました『組織は「約束」の集合体である』、と言っています。約束というと、広義にはコンプライアンス、法令順守といったところを意味するのでしょう。この論文ではむしろ狭義に日常的な人間対人間の約束、部門対部門の約束を指しています。
人間同士、信頼関係を築くうえで、約束というものは大きな意味を持ちます。約束のなかでも、小さなものから大事な約束まで重要度によって守られる頻度が変ってきます。ときどき、約束が守られていないのを目にすることもあります。そのたび、約束は意外とないがしろにされているのではないか、と感じます。
私達は人と接するときに、基本的に信頼関係はあることが前提条件になっています。信頼関係のうえに約束が何回も守られていくと、やがて信用関係が出来上がっていきます。たとえば、私達の多くは信頼関係のもとにお金を借りることができます。しかし、お金を借りて返さなければ信用は得られないわけです。ある顧客がカードで買い物をしたとします。その金額が大きければ、カード会社はその人のことを良いお客さんだと判断することでしょう。しかし、その人がお金を返さなかったら、債務不履行者だということになります。そうなるとどんどん限度額が下がって、場合によってはもうお金を貸さないことにもなります。
小さなことでもよいのです。約束を守ることで互いの信用が生まれてきます。社内の人間関係上で信用を得ることは大切です。約束のマネジメントに優れることが重要なのです。この論稿では約束のマネジメントについて解説しています。しっかりした約束のマネジメントができれば、組織はさまざまなことができるようになります。例えば何があるか? それは次回、お話いたします。(岩崎 卓也)
この論文では情報や知、情報処理マシンというところを超えて、組織とは約束を履行することで成立するもの、日本語タイトルにもしました『組織は「約束」の集合体である』、と言っています。約束というと、広義にはコンプライアンス、法令順守といったところを意味するのでしょう。この論文ではむしろ狭義に日常的な人間対人間の約束、部門対部門の約束を指しています。
人間同士、信頼関係を築くうえで、約束というものは大きな意味を持ちます。約束のなかでも、小さなものから大事な約束まで重要度によって守られる頻度が変ってきます。ときどき、約束が守られていないのを目にすることもあります。そのたび、約束は意外とないがしろにされているのではないか、と感じます。
私達は人と接するときに、基本的に信頼関係はあることが前提条件になっています。信頼関係のうえに約束が何回も守られていくと、やがて信用関係が出来上がっていきます。たとえば、私達の多くは信頼関係のもとにお金を借りることができます。しかし、お金を借りて返さなければ信用は得られないわけです。ある顧客がカードで買い物をしたとします。その金額が大きければ、カード会社はその人のことを良いお客さんだと判断することでしょう。しかし、その人がお金を返さなかったら、債務不履行者だということになります。そうなるとどんどん限度額が下がって、場合によってはもうお金を貸さないことにもなります。
小さなことでもよいのです。約束を守ることで互いの信用が生まれてきます。社内の人間関係上で信用を得ることは大切です。約束のマネジメントに優れることが重要なのです。この論稿では約束のマネジメントについて解説しています。しっかりした約束のマネジメントができれば、組織はさまざまなことができるようになります。例えば何があるか? それは次回、お話いたします。(岩崎 卓也)
2007/11/14
マイルストーンとディレクション
今号の特集に「バリュー・キャプターの戦略」という論文があります。これは新規事業において多くの組織がおかしているミスについて指摘しています。
新規事業を開始するにあたり、ビジネスパーソンの多くは計画書を作ります。ビジネスプランを書き、それに応じた予算を獲得し、人の調達を行うといったことをするのが一般的です。
プロジェクトがスタートした後は、半年ごと、あるいは1年ごとに置かれたマイルストーンにて、進捗や市場の見込みなどが検討され、継続か中止かの二者択一の判断が行われています。仮にめでたく製品、サービス等を市場に出すことができても、思ったほど売れなかったら打ち切りになります。常に、事業には打ち切りという判断が付きまとっているのです。
この論稿に登場するバリュー・キャプターと呼ばれる会社はそうではありません。具体的にどこが違うのか? バリュー・キャプターについて詳しく紹介したものが本論です。論稿の執筆者は過去16年間にわたり10社以上もの企業について調査を続け結論を導いています。対象となった企業には、3M、デュポン、IBMなどが名を連ねています。
そもそも新規事業は計画通りに進まないものだ、とバリュー・キャプターは考えます。中止を決定する前に方向転換すれば、良い方へ向かうのではないか? といったことを前提にプロジェクトをまわしているのです。
具体的には、スピン・オフ、スピン・イン、救済といったことで価値を抽出していきます。例えば、プロジェクトを打ち切って損切りをするのではなく、開発している最中に得られた新しい技術や特許を売ってしまってもよいのではないか、といった柔軟な考え方をするのです。
方向転換をすることで全く違うものが生まれます。当初の予定から全く違うものになっても構わない、とバリュー・キャプターは考えます。さらに、会社にとって必要性のない門外漢な事業が生まれた場合はスピン・オフをすすればいい。また、補完的な製品やサービスを組み合わしたら、自社のドメインの中で強力なポジション作れるかもしれない、そのように判断したときはジョイントベンチャーを行うこともあります。スピン・オフ、スピン・イン、救済といったことを用いれば、新規事業が思うようにうまく行かなかったときでも、携わっている人が傷つかなくてもすむ。これもひとつのメリットです。
いったん始めた新規事業を状況において継続させていく。新規事業というものは失敗させるものではなく、何とか成功させるものだ、という考え方を持っているのがバリュー・キャプターなのです。(岩崎 卓也)
新規事業を開始するにあたり、ビジネスパーソンの多くは計画書を作ります。ビジネスプランを書き、それに応じた予算を獲得し、人の調達を行うといったことをするのが一般的です。
プロジェクトがスタートした後は、半年ごと、あるいは1年ごとに置かれたマイルストーンにて、進捗や市場の見込みなどが検討され、継続か中止かの二者択一の判断が行われています。仮にめでたく製品、サービス等を市場に出すことができても、思ったほど売れなかったら打ち切りになります。常に、事業には打ち切りという判断が付きまとっているのです。
この論稿に登場するバリュー・キャプターと呼ばれる会社はそうではありません。具体的にどこが違うのか? バリュー・キャプターについて詳しく紹介したものが本論です。論稿の執筆者は過去16年間にわたり10社以上もの企業について調査を続け結論を導いています。対象となった企業には、3M、デュポン、IBMなどが名を連ねています。
そもそも新規事業は計画通りに進まないものだ、とバリュー・キャプターは考えます。中止を決定する前に方向転換すれば、良い方へ向かうのではないか? といったことを前提にプロジェクトをまわしているのです。
具体的には、スピン・オフ、スピン・イン、救済といったことで価値を抽出していきます。例えば、プロジェクトを打ち切って損切りをするのではなく、開発している最中に得られた新しい技術や特許を売ってしまってもよいのではないか、といった柔軟な考え方をするのです。
方向転換をすることで全く違うものが生まれます。当初の予定から全く違うものになっても構わない、とバリュー・キャプターは考えます。さらに、会社にとって必要性のない門外漢な事業が生まれた場合はスピン・オフをすすればいい。また、補完的な製品やサービスを組み合わしたら、自社のドメインの中で強力なポジション作れるかもしれない、そのように判断したときはジョイントベンチャーを行うこともあります。スピン・オフ、スピン・イン、救済といったことを用いれば、新規事業が思うようにうまく行かなかったときでも、携わっている人が傷つかなくてもすむ。これもひとつのメリットです。
いったん始めた新規事業を状況において継続させていく。新規事業というものは失敗させるものではなく、何とか成功させるものだ、という考え方を持っているのがバリュー・キャプターなのです。(岩崎 卓也)
2007/11/10
優良企業研究から出た長期成長の原則
今号の特集は「グレート・カンパニー 長期志向の経営」です。成長戦略に関する論文をセレクトしました。なかでも、「グレート・カンパニーの条件」は、久しぶりに面白くて秀作だと思いました。
ヨーロッパには創業100年以上でありながら、今なお持続的な成長を続けている企業があります。この論文では長期成長を続けており「フォーチュン・グローバル500」の中に名前が連ねている多国籍ヨーロッパ企業を対象にして、持続的成功要因の調査を行っています。この研究の結果を参考に、従来の成長戦略についてもう一度検討し直すと、改めるべき点が見えてくるのではないでしょうか。
この論文では、最終的に9社が選ばれています。ドイツのシーメンス、アリアンツ、フィンランドのノキアのほか、ロイヤル・ダッチ・シェルなど、グレート・カンパニーと呼ばれる企業について紹介しています。これまでにも、こういった優良業績企業の調査に関する論文はありました。ただ、アメリカ企業が調査対象になっていたので、今回のようなヨーロッパ企業というのは非常にユニークなのです。
優良企業研究には、何らかの形で原則がでてきます。これが意外と面白い。ここでは以下の4つの原則が出ています。
1.既存の資産を活用せよ
2.事業の多角化をおし進めよ
3.過去の過ちを忘れるな
4.変革には慎重であれ
3、4番目は当たり前の教訓だと思います。さらに、2番目の原則はただし書きをつけなくてはいけません。マイケル・ポーターは「競争優位の戦略」で、全社戦略としていたずらな多角化を行うことは業績を下げる、と言っています。コングロマリット・ディスカウントが起こるのです、と。アメリカの多角化は完全に事業ポートフォリオ上のリスクとリターンの関係にあります。業種については無視して変ってきたのですね。この論文でいう事業の多角化とは安易に進めるものではなく、隣接分野に進出するものを指しています。昔の無手勝流なコングロマリット化を意味しているわけではないのです。
1番目と2番目というのは、言葉置き換えると、ただ闇雲にイノベーションすればいいというわけではない、ということを意味します。既存の資源の中にもっと使えるものがあるでしょう、と言っているのです。もはや「選択と集中」だけは持続的成長は達成できないことをこの論文は伝えているのだと思いました。
実は、この論文はこれから上梓される予定の“Enduring Success”という本のデモ版でもあります。この論文の面白さ、秀逸さに触れ、原文を早く読みたくなりました。(岩崎 卓也)
※「DHBR」2007年12月号は11月10日発売です。
一冊からお求めになれます。
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059691207
ヨーロッパには創業100年以上でありながら、今なお持続的な成長を続けている企業があります。この論文では長期成長を続けており「フォーチュン・グローバル500」の中に名前が連ねている多国籍ヨーロッパ企業を対象にして、持続的成功要因の調査を行っています。この研究の結果を参考に、従来の成長戦略についてもう一度検討し直すと、改めるべき点が見えてくるのではないでしょうか。
この論文では、最終的に9社が選ばれています。ドイツのシーメンス、アリアンツ、フィンランドのノキアのほか、ロイヤル・ダッチ・シェルなど、グレート・カンパニーと呼ばれる企業について紹介しています。これまでにも、こういった優良業績企業の調査に関する論文はありました。ただ、アメリカ企業が調査対象になっていたので、今回のようなヨーロッパ企業というのは非常にユニークなのです。
優良企業研究には、何らかの形で原則がでてきます。これが意外と面白い。ここでは以下の4つの原則が出ています。
1.既存の資産を活用せよ
2.事業の多角化をおし進めよ
3.過去の過ちを忘れるな
4.変革には慎重であれ
3、4番目は当たり前の教訓だと思います。さらに、2番目の原則はただし書きをつけなくてはいけません。マイケル・ポーターは「競争優位の戦略」で、全社戦略としていたずらな多角化を行うことは業績を下げる、と言っています。コングロマリット・ディスカウントが起こるのです、と。アメリカの多角化は完全に事業ポートフォリオ上のリスクとリターンの関係にあります。業種については無視して変ってきたのですね。この論文でいう事業の多角化とは安易に進めるものではなく、隣接分野に進出するものを指しています。昔の無手勝流なコングロマリット化を意味しているわけではないのです。
1番目と2番目というのは、言葉置き換えると、ただ闇雲にイノベーションすればいいというわけではない、ということを意味します。既存の資源の中にもっと使えるものがあるでしょう、と言っているのです。もはや「選択と集中」だけは持続的成長は達成できないことをこの論文は伝えているのだと思いました。
実は、この論文はこれから上梓される予定の“Enduring Success”という本のデモ版でもあります。この論文の面白さ、秀逸さに触れ、原文を早く読みたくなりました。(岩崎 卓也)
※「DHBR」2007年12月号は11月10日発売です。
一冊からお求めになれます。
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059691207
2007/11/07
知っているのはコア・コンピタンスだけじゃない
先日、若手マーケターの会に出席しました。これは、P&G出身の方が発足した会で、SNSで交流しています。メンバーは消費財に携わっている方、とくにP&Gが多いのですが、資生堂、カネボウといった企業の方もいます。定期的に集まって勉強会などを行っているようです。
私はこちらの会に呼んでいただき、戦略論の系譜について話をしました。聞き手は20代後半から30代前半で、会の名称どおり若手ばかりです。驚いたのは出席者の持つ知識の豊富さです。私はかなりむずかしい話をしたつもりですが、しっかりと話に付いてくるのです。メンバーの方たちはビジネススクールを出ているわけではありません。それでも、良く知っているのです。
ゲイリー・ハメルらのコア・コンピタンスやマイケル・ポーターのバリュー・チェーンといったことならば、皆さんご存知でしょう。しかし、出席者の方たちは一歩深い知識を持っています。各戦略の相対的優位性や状況に応じてどの戦略が良いのか、といったことまで議論ができるのです。今の20代なんて、あんまり勉強していないのかなと思っていましたが、そうではありませんでした。GEのCEO ジェフリー・イメルト、AOLの創業者のスティーヴ・ケイスなど、P&G出身のビックネームはたくさんいます。外資系の企業はどこの国からリーダーが生まれても良いように教育を行っているのでしょう。座学かも知れませんが、P&Gはきちんと教育を行っている。これが私の率直な感想でした。
もちろん、国内の企業にも教育をしっかりと行っているところは多くあります。例えば、ミスミがそうです。20代からとてもきびしい教育するスタイルをしていると聞きました。ミスミの場合、29歳で海外現地法人の社長になった人もいるといいます。25歳くらいで、言葉もよく話せない中、現地に行くわけですね。上司の行いを見ながら、なんとかシゴトを進めていくことで若手がどんどん成長していくのです。
知識豊富な若者を目の当たりにして、企業の人材教育の違いが大きな差を生むことを改めて感じさせられました。(岩崎 卓也)
私はこちらの会に呼んでいただき、戦略論の系譜について話をしました。聞き手は20代後半から30代前半で、会の名称どおり若手ばかりです。驚いたのは出席者の持つ知識の豊富さです。私はかなりむずかしい話をしたつもりですが、しっかりと話に付いてくるのです。メンバーの方たちはビジネススクールを出ているわけではありません。それでも、良く知っているのです。
ゲイリー・ハメルらのコア・コンピタンスやマイケル・ポーターのバリュー・チェーンといったことならば、皆さんご存知でしょう。しかし、出席者の方たちは一歩深い知識を持っています。各戦略の相対的優位性や状況に応じてどの戦略が良いのか、といったことまで議論ができるのです。今の20代なんて、あんまり勉強していないのかなと思っていましたが、そうではありませんでした。GEのCEO ジェフリー・イメルト、AOLの創業者のスティーヴ・ケイスなど、P&G出身のビックネームはたくさんいます。外資系の企業はどこの国からリーダーが生まれても良いように教育を行っているのでしょう。座学かも知れませんが、P&Gはきちんと教育を行っている。これが私の率直な感想でした。
もちろん、国内の企業にも教育をしっかりと行っているところは多くあります。例えば、ミスミがそうです。20代からとてもきびしい教育するスタイルをしていると聞きました。ミスミの場合、29歳で海外現地法人の社長になった人もいるといいます。25歳くらいで、言葉もよく話せない中、現地に行くわけですね。上司の行いを見ながら、なんとかシゴトを進めていくことで若手がどんどん成長していくのです。
知識豊富な若者を目の当たりにして、企業の人材教育の違いが大きな差を生むことを改めて感じさせられました。(岩崎 卓也)
2007/11/03
教育をするに足りない観点
日本はリーダーシップの教育をもっと早くに始めるべきです。なぜなら、リーダーシップスキルはS字曲線を描くからです。スキルの中にはS字曲線のような学習曲線という観点から教えないといけないものもあるのです。
下図はリーダーシップスキルが時間の経過とともにどの程度増加してたかを表すグラフです。横軸に時間を取り縦軸にリーダーシップスキルを取っています。このような形をS字曲線といいます。最初の勾配は緩やかになっていますね。若いうちはある程度基本を守っていれば、能力が着実に漸増していくことがわかります。そして、ある時間(矢印の部分)を過ぎると勾配が急になります。ここをクリティカルマスと呼び、人はこの急勾配を超えることで本物のリーダーと成長していくわけです。いつまでもクリティカルマスを超えずに能力が漸増し続ける人もいるでしょう。リーダーとして成長するには、急勾配を超えなくてはなりません。
それにはどうしたらよいでしょうか。
リーダーとして成長していくには大量のリーダーとしての経験が必要なのです。別の言い方をすると、ビジネスマンとしての経験が必要なわけです。

図 S字曲線 横軸 時間 縦軸 能力のレベル
※アルファベットのSの字を横に伸ばしたような形になる
経験といっても成功体験では効果は小さいでしょう。むしろ試行錯誤や失敗、マイナス評価を受ける、上司から叱責される、お客様に迷惑をかける、といったネガティブな経験がクリティカルマスを超えるには大切なのです。
クリティカルマスをあげるには、どのようにしたら良いかを考えてみてください。40代から逆算すれば、おのずと20代で何をすべきかがわかるわけですね。20代というのは成功を積み重ねることも重要だと思いますが、失敗もしなくてはいけないのです。
成功。これはラッキーです。しかしながら、成功の後にはトラブルシューティングをすることがあまりありません。他方、失敗はアンラッキーなことですけれども、できなかったとき、多くはトラブルシューティングとリカバリーショットが求められます。失敗対応力をつけるには、トラブルシューティングとリカバリーショットができなければいけません。
このような経験が前回お話したソフトスキルを向上させていくのだと私は思っています。
しかし、すべての企業で必ずしもリーダーシップスキルを上げるために必要な経験ができるとは限りません。なかにはエリートと呼ばれる人たちを保護する方針を採っている企業もあります。これでは真のリーダーに成長するための必要な経験は得られません。そこで、前回ご紹介した『プロフェッショナル養成講座』といった書籍が役に立つのではないかと思っています。(岩崎 卓也)
下図はリーダーシップスキルが時間の経過とともにどの程度増加してたかを表すグラフです。横軸に時間を取り縦軸にリーダーシップスキルを取っています。このような形をS字曲線といいます。最初の勾配は緩やかになっていますね。若いうちはある程度基本を守っていれば、能力が着実に漸増していくことがわかります。そして、ある時間(矢印の部分)を過ぎると勾配が急になります。ここをクリティカルマスと呼び、人はこの急勾配を超えることで本物のリーダーと成長していくわけです。いつまでもクリティカルマスを超えずに能力が漸増し続ける人もいるでしょう。リーダーとして成長するには、急勾配を超えなくてはなりません。
それにはどうしたらよいでしょうか。
リーダーとして成長していくには大量のリーダーとしての経験が必要なのです。別の言い方をすると、ビジネスマンとしての経験が必要なわけです。

図 S字曲線 横軸 時間 縦軸 能力のレベル
※アルファベットのSの字を横に伸ばしたような形になる
経験といっても成功体験では効果は小さいでしょう。むしろ試行錯誤や失敗、マイナス評価を受ける、上司から叱責される、お客様に迷惑をかける、といったネガティブな経験がクリティカルマスを超えるには大切なのです。
クリティカルマスをあげるには、どのようにしたら良いかを考えてみてください。40代から逆算すれば、おのずと20代で何をすべきかがわかるわけですね。20代というのは成功を積み重ねることも重要だと思いますが、失敗もしなくてはいけないのです。
成功。これはラッキーです。しかしながら、成功の後にはトラブルシューティングをすることがあまりありません。他方、失敗はアンラッキーなことですけれども、できなかったとき、多くはトラブルシューティングとリカバリーショットが求められます。失敗対応力をつけるには、トラブルシューティングとリカバリーショットができなければいけません。
このような経験が前回お話したソフトスキルを向上させていくのだと私は思っています。
しかし、すべての企業で必ずしもリーダーシップスキルを上げるために必要な経験ができるとは限りません。なかにはエリートと呼ばれる人たちを保護する方針を採っている企業もあります。これでは真のリーダーに成長するための必要な経験は得られません。そこで、前回ご紹介した『プロフェッショナル養成講座』といった書籍が役に立つのではないかと思っています。(岩崎 卓也)
2007/10/31
業務スキル習得の偏りがもたらした欠落
DHBR別冊を出します。『プロフェッショナル養成講座』です。20代から30代くらいのジュニア・マネジャーに読んでいただきたい、という思いで作りました。価格は980円、本誌の約半分です。通常、本誌の論文は「である調」で書かれていますが、この本は「ですます調」に変えてあります。翻訳にも再度手を加え、直しています。
主だった論文は3つ。一つは大前研一氏の『ザ・プロフェッショナル』の第一章、プロフェッショナルとは何かという部分が掲載されています。
二つ目はリーダーシップ研究者の大御所による論文です。執筆したのは先日、弊社から刊行した『カモメになったペンギン』の著者でもあるジョン・コッター氏で、「マネージング・ユア・ボス」というボス・マネジメントの話が載っています。
三つ目は『EQ』(講談社)の著者、ダニエル・ゴールマン氏が新刊本を出すにあたり、先に「ハーバート・ビジネス・レビュー」に紹介したEQについての論文です。そのほか、簡単なスキル講座といったものもあります。
最近、目の前の業務スキルに関する本ばかりが目立ちます。もちろん、これらを否定する気は全くありません。必要なことだと思いますが、「あなたの仕事の得意分野は何ですか」、と問われたときに、「時間管理です」「手帳術です」「パソコン、エクセルです」といった答えで良いのか、と私は思うのです。コーチングは百歩譲って良いとしても、仕事関連技術だけが得意な上司の下で働きたくないなぁ、と私は感じるわけですね。
業務スキルをハードスキルとソフトスキルに分けるのならば、パソコンなどを使うことをハードスキルとしましょう。将来を背負って立つ人が必要なものはハードスキルだけではないはずです。組織を率いていくことができるソフトスキルも必要なのです。だとすればソフトスキルの習得にもうちょっと早い段階で取り組むべきことを自覚したほうがいいのではないか。その必要性があるのではないか。これがこの本を作った根底にあります。
そもそも、日本はリーダーシップの教育を開始するのが遅いのです。エクセルの勉強といっしょに、20代から行っても良いのではないでしょうか。若いうちに苦労をすることは大切です。失敗もしなくてはいけないし、辛い仕事もやっておかねばいけません。
先日、大前氏が講演でマキタという電動工具の会社のことを話していました。マキタは今や押しもおされぬ世界の電動工具のメーカーです。彼らはアメリカの市場を開拓するとき、さまざまな苦労をしているのですね。当時、日本からは円を持ち出す額が制限されていました。円がなく仕事ができない状況下、彼らは何をしたのか? ニューヨークで屋台を引いてラーメンを売り、事務所の費用を稼いでいたというのです。今の時代、そういうことはまずありません。もちろん同じことをしろ、とは言いません。しかし、若いうちに試練を与えることがエリート教育なのだ、と企業は教育の位置づけを変えるべきではないでしょうか。とはいえ、まだまだ早い段階でソフトスキルの習得ができるような体系になっていない企業が多くあります。本書は早くに組織を率いていく能力、ソフトスキルを学ぶことに役立つ一冊だといえます。
なぜ早くに学ぶことが必要なのか。理由は人間の成長を曲線で表すとよくわかります。人間の成長を曲線で示すと、どのような形になるのでしょうか。この部分については次回、詳しく説明します。
DHBR別冊、『プロフェッショナル養成講座』の発売は11月9日、本誌発売の1日前です。(岩崎 卓也)
※大前氏の講演録はこちらでご覧になれます。
http://diamond.jp/series/omae_speach/2/?page=1
主だった論文は3つ。一つは大前研一氏の『ザ・プロフェッショナル』の第一章、プロフェッショナルとは何かという部分が掲載されています。
二つ目はリーダーシップ研究者の大御所による論文です。執筆したのは先日、弊社から刊行した『カモメになったペンギン』の著者でもあるジョン・コッター氏で、「マネージング・ユア・ボス」というボス・マネジメントの話が載っています。
三つ目は『EQ』(講談社)の著者、ダニエル・ゴールマン氏が新刊本を出すにあたり、先に「ハーバート・ビジネス・レビュー」に紹介したEQについての論文です。そのほか、簡単なスキル講座といったものもあります。
最近、目の前の業務スキルに関する本ばかりが目立ちます。もちろん、これらを否定する気は全くありません。必要なことだと思いますが、「あなたの仕事の得意分野は何ですか」、と問われたときに、「時間管理です」「手帳術です」「パソコン、エクセルです」といった答えで良いのか、と私は思うのです。コーチングは百歩譲って良いとしても、仕事関連技術だけが得意な上司の下で働きたくないなぁ、と私は感じるわけですね。
業務スキルをハードスキルとソフトスキルに分けるのならば、パソコンなどを使うことをハードスキルとしましょう。将来を背負って立つ人が必要なものはハードスキルだけではないはずです。組織を率いていくことができるソフトスキルも必要なのです。だとすればソフトスキルの習得にもうちょっと早い段階で取り組むべきことを自覚したほうがいいのではないか。その必要性があるのではないか。これがこの本を作った根底にあります。
そもそも、日本はリーダーシップの教育を開始するのが遅いのです。エクセルの勉強といっしょに、20代から行っても良いのではないでしょうか。若いうちに苦労をすることは大切です。失敗もしなくてはいけないし、辛い仕事もやっておかねばいけません。
先日、大前氏が講演でマキタという電動工具の会社のことを話していました。マキタは今や押しもおされぬ世界の電動工具のメーカーです。彼らはアメリカの市場を開拓するとき、さまざまな苦労をしているのですね。当時、日本からは円を持ち出す額が制限されていました。円がなく仕事ができない状況下、彼らは何をしたのか? ニューヨークで屋台を引いてラーメンを売り、事務所の費用を稼いでいたというのです。今の時代、そういうことはまずありません。もちろん同じことをしろ、とは言いません。しかし、若いうちに試練を与えることがエリート教育なのだ、と企業は教育の位置づけを変えるべきではないでしょうか。とはいえ、まだまだ早い段階でソフトスキルの習得ができるような体系になっていない企業が多くあります。本書は早くに組織を率いていく能力、ソフトスキルを学ぶことに役立つ一冊だといえます。
なぜ早くに学ぶことが必要なのか。理由は人間の成長を曲線で表すとよくわかります。人間の成長を曲線で示すと、どのような形になるのでしょうか。この部分については次回、詳しく説明します。
DHBR別冊、『プロフェッショナル養成講座』の発売は11月9日、本誌発売の1日前です。(岩崎 卓也)
※大前氏の講演録はこちらでご覧になれます。
http://diamond.jp/series/omae_speach/2/?page=1
2007/10/27
企業文化の変革に成功したテクノロジー・カンパニー
今号の特集のPART I は「リーダーの仕事は変革である」です。IBM、ネスレなどが紹介されています。先日、こちらのブログに書いたリーバイスやセムコもこのパートに掲載しています。今回はもうひとつ、携帯電話が好調なモトローラの事例を紹介しましょう。こちらの記事は元モトローラ社長兼CEO フィッシャー氏に対してDHRアメリカ本誌がインタビューしたものです。
モトローラは携帯電話、トランシーバー、CPU(MPU)などで有名です。1969年には月からの第一声を伝える装置を開発するなど、優れた技術を持ったテクノロジーカンパニーとして存続してきました。科学と技術が日進月歩で進む現代、技術だけでは勝てなくなっています。それはモトローラも同じです。設立者であるガルビン(Galvin)一家が支配してきたところ、生え抜きではないジョージ・フィッシャー社長になり、市場に目を向けなければダメだと言い出すのです。技術の力だけで押していく会社では勝ち残れないと。彼はいくつかの施策を行い、技術志向のモトローラに顧客志向を根付かせていきました。こちらのインタビューでは、単に何を行ったのかという結論だけでなく、決断の背景になった考えが出ています。モトローラの事例は企業文化を変えないと、どんな戦略もうまく行かないことを示すものです。
失敗を許容する企業文化など、企業によって持つ文化はそれぞれ異なりますが、ソフトの資産が充実していないと、どんなに事業計画が素晴らしくてもうまく行かない。PART I の「リーダーの仕事は変革である」では、変革に必要なさまざまな要素が事例の底に存在していると思います。
最近、「徳」の大切さを耳にしますが、そもそもそういう点がしっかりないと、企業はただのキャッシュマシーンになってしまうのですね。私達の日常の半分は会社のことで占められています。人間が働いているなか、スタティックな戦略だけで評価していくというのは少々つらいものがあるとも思いました。(岩崎 卓也)
モトローラは携帯電話、トランシーバー、CPU(MPU)などで有名です。1969年には月からの第一声を伝える装置を開発するなど、優れた技術を持ったテクノロジーカンパニーとして存続してきました。科学と技術が日進月歩で進む現代、技術だけでは勝てなくなっています。それはモトローラも同じです。設立者であるガルビン(Galvin)一家が支配してきたところ、生え抜きではないジョージ・フィッシャー社長になり、市場に目を向けなければダメだと言い出すのです。技術の力だけで押していく会社では勝ち残れないと。彼はいくつかの施策を行い、技術志向のモトローラに顧客志向を根付かせていきました。こちらのインタビューでは、単に何を行ったのかという結論だけでなく、決断の背景になった考えが出ています。モトローラの事例は企業文化を変えないと、どんな戦略もうまく行かないことを示すものです。
失敗を許容する企業文化など、企業によって持つ文化はそれぞれ異なりますが、ソフトの資産が充実していないと、どんなに事業計画が素晴らしくてもうまく行かない。PART I の「リーダーの仕事は変革である」では、変革に必要なさまざまな要素が事例の底に存在していると思います。
最近、「徳」の大切さを耳にしますが、そもそもそういう点がしっかりないと、企業はただのキャッシュマシーンになってしまうのですね。私達の日常の半分は会社のことで占められています。人間が働いているなか、スタティックな戦略だけで評価していくというのは少々つらいものがあるとも思いました。(岩崎 卓也)
2007/10/24
制度を作る柔軟性
前回、「フリート・バンク〜ワーク・ライフ・バランス」の論稿を紹介する際にも書きましたが、日本では新たな制度を取り入れるとき、さまざまな制約がついてまわります。近年、在宅勤務制度を導入している企業が増えました。しかし、導入にあたっては本当に働いているのか、出退勤はどう管理するのか、といったことなど、とかくネガティブなことばかりが話題になります。でも、現実を見れば会社に来なくてもできることは沢山あることは明らかです。普段、私はほとんど会社にいません。家で原稿整理をすることもありますし、外で打ち合わせをすることもあります。会社に来ると、人がいっぱいいてびっくりするくらいです。
最近、ワークライフバランスという言葉をよく耳にするようになりました。アメリカにはコールセンターの会社で、従業員が自宅で仕事をするという方式をとっているところもあります。アメリカには離婚をして、女手一つで子供を育てている人がたくさんいます。彼女達が育児をしながら働けるよう、制度を導入したといいます。
子供が大きくなるまでは、勤務地をどこにするか選べるようにして、優秀な人を温存できる仕組みを持っておけばいいのではないでしょうか。今の時代、“シュフ”は主婦と主夫、2種類いるわけですからワーキングファーザーがいてもいいわけです。要するに、その人の人生観や生活観に基づいて、それに見合った業務を選択できるようにした方が良いのではないかと思います。もちろん、誰でもがどんなスタイルでも良いわけではありません。典型的な例はCEOです。最高経営責任者が在宅勤務というのはできません。
日本企業は制度をちょっといじる程度にとどまっています。もっとドラステックに制度改革をすれば良いのに、と思うときがあります。例えば、3年間、育児に専念してメインストリームから外れた時、もう一回、戻るチャンスを会社が与えられるといった制度をより充実させるべきではないでしょうか。確かに、女性が参画しやすいよう、制度を整備している企業もあります。しかし、現状では、育児で会社を休んだら、そのこと自体が後にマイナスとして降りかかる企業が多くあります。
育児休暇だけではありません。何らかの理由でキャリアパスから外れたとき、復活できるようにすることがひとつとしてありますね。今のようにキャリアパスから外れたら、はずれっぱなしにしておく制度がおかしいと感じます。
もうひとつ大切なのは、制度を作るうえで、制度を悪用する人を作らないための制度設計という発想をやめることです。この間、紹介したセムコの例を読むとそう思いませんか。確かに性善説だけでは成り立たないのよ、って言われてしまえばそれまでです。でも、もう1回性善説でやってみませんか、と私は言いたいですね。(岩崎 卓也)
最近、ワークライフバランスという言葉をよく耳にするようになりました。アメリカにはコールセンターの会社で、従業員が自宅で仕事をするという方式をとっているところもあります。アメリカには離婚をして、女手一つで子供を育てている人がたくさんいます。彼女達が育児をしながら働けるよう、制度を導入したといいます。
子供が大きくなるまでは、勤務地をどこにするか選べるようにして、優秀な人を温存できる仕組みを持っておけばいいのではないでしょうか。今の時代、“シュフ”は主婦と主夫、2種類いるわけですからワーキングファーザーがいてもいいわけです。要するに、その人の人生観や生活観に基づいて、それに見合った業務を選択できるようにした方が良いのではないかと思います。もちろん、誰でもがどんなスタイルでも良いわけではありません。典型的な例はCEOです。最高経営責任者が在宅勤務というのはできません。
日本企業は制度をちょっといじる程度にとどまっています。もっとドラステックに制度改革をすれば良いのに、と思うときがあります。例えば、3年間、育児に専念してメインストリームから外れた時、もう一回、戻るチャンスを会社が与えられるといった制度をより充実させるべきではないでしょうか。確かに、女性が参画しやすいよう、制度を整備している企業もあります。しかし、現状では、育児で会社を休んだら、そのこと自体が後にマイナスとして降りかかる企業が多くあります。
育児休暇だけではありません。何らかの理由でキャリアパスから外れたとき、復活できるようにすることがひとつとしてありますね。今のようにキャリアパスから外れたら、はずれっぱなしにしておく制度がおかしいと感じます。
もうひとつ大切なのは、制度を作るうえで、制度を悪用する人を作らないための制度設計という発想をやめることです。この間、紹介したセムコの例を読むとそう思いませんか。確かに性善説だけでは成り立たないのよ、って言われてしまえばそれまでです。でも、もう1回性善説でやってみませんか、と私は言いたいですね。(岩崎 卓也)
2007/10/20
仕事と家庭を両立させたワーキング・マザーの選択
ワーキング・マザーが仕事と家庭を両立させることはたやすくありません。実際に両立している女性達はどのような方法を採っているのでしょうか。今月号の「フリート・バンク〜ワーク・ライフ・バランス」はアメリカのフリート・バンク(現バンク・オブ・アメリカ)の元バイス・プレジデント2名が執筆した論稿です。彼女らは子供を育てながら働いています。かつては、多くのマネジャーがそうであるように、彼女らも私生活を犠牲にしていました。そんな中、子育て上のハプニングに直面するたびに、自身の働き方に疑問を持ち、変えていかなければならない感じていたことでしょう。結果、ふたりが取り入れたのは1つのポストを2人でシェアするワーク・シェアリングというスタイルです。この論稿では彼女たちが自身の経験を紹介しています。
企業において、女性が家庭を両立させるための制度は少しずつ充実してきています。私はこの論稿を読んで、ワーク・シェアリングという選択肢もひとつとしてあるのではないかと思いました。
執筆者のふたりは管理職であるバイス・プレジデントというポストにつき、ひとつの仕事をするのです。一人が働いている日は、もうひとりの人は休日になります。午前と午後、曜日などで分けることもあります。朝、子供が熱を出して会社を休まなければならなくなったときは、もうひとりに電話をして出勤してもらうこともできます。どちらがメインでということではなく、完全に二人三脚なのです。仕事の引き継ぎはボイスメールなどを使っているようです。給料は一人分で、これをふたりで分けます。会社はふたりがどのように働くかは一切干渉しません。
このスタイルをとる前、ふたりは同じような仕事を経験していました。ワーク・シェアリングが可能かどうかは、ふたりの経験や考え方が左右するのも事実です。また、ふたりの仕事は銀行のなかの定型化されたものだから実現できたということもあるでしょう。意思決定がひんぱんに必要な仕事ですと実現は厳しいかもしれません。
ワーク・シェアリングはすべてのワーキング・マザーに適用できるものではないかもしれません。職種など、実現にあたり制限が出てくるとは思います。さらには、日本で実施するとなると、法的なもの、その他いろいろな障壁が出てくるのでしょう。それでも、私は日本企業はこのようなシステムを選択肢のひとつとして取り入れたらよいのではないかと思っています。
働き方について、日本は自由度がないように思う時があります。しかしながら、一人ひとり家庭の事情や仕事に対する考え、人生観は異なっています。多様化された価値観に対応できる制度を作ることが大切なのは皆さんもご承知のことでしょう。より多くの選択肢を用意することが本当は必要なのだと思います。(岩崎 卓也)
企業において、女性が家庭を両立させるための制度は少しずつ充実してきています。私はこの論稿を読んで、ワーク・シェアリングという選択肢もひとつとしてあるのではないかと思いました。
執筆者のふたりは管理職であるバイス・プレジデントというポストにつき、ひとつの仕事をするのです。一人が働いている日は、もうひとりの人は休日になります。午前と午後、曜日などで分けることもあります。朝、子供が熱を出して会社を休まなければならなくなったときは、もうひとりに電話をして出勤してもらうこともできます。どちらがメインでということではなく、完全に二人三脚なのです。仕事の引き継ぎはボイスメールなどを使っているようです。給料は一人分で、これをふたりで分けます。会社はふたりがどのように働くかは一切干渉しません。
このスタイルをとる前、ふたりは同じような仕事を経験していました。ワーク・シェアリングが可能かどうかは、ふたりの経験や考え方が左右するのも事実です。また、ふたりの仕事は銀行のなかの定型化されたものだから実現できたということもあるでしょう。意思決定がひんぱんに必要な仕事ですと実現は厳しいかもしれません。
ワーク・シェアリングはすべてのワーキング・マザーに適用できるものではないかもしれません。職種など、実現にあたり制限が出てくるとは思います。さらには、日本で実施するとなると、法的なもの、その他いろいろな障壁が出てくるのでしょう。それでも、私は日本企業はこのようなシステムを選択肢のひとつとして取り入れたらよいのではないかと思っています。
働き方について、日本は自由度がないように思う時があります。しかしながら、一人ひとり家庭の事情や仕事に対する考え、人生観は異なっています。多様化された価値観に対応できる制度を作ることが大切なのは皆さんもご承知のことでしょう。より多くの選択肢を用意することが本当は必要なのだと思います。(岩崎 卓也)
2007/10/17
取材をしたい会社はブラジルに
一度取材してみたい会社があります。それはブラジルにあるセムコという会社です。『セムラーイズム』(リカルド セムラー著/新潮社)という本が出されており、セムコについての詳細はこちらに書かれています。この会社はひと言でいうと、自由奔放なのです。産業機器メーカーですが、日本のメーカーのような工場での服装規定はありません。新興国企業では製品が盗難にあうことがよくあります。しかし、セムコは倉庫にカギをかけることはしません。出張費も自由に使えますし、給料もみんなで決める。
しかも、報酬は11種類もの選択肢があって、その中から自由に組み合わせを選べるようになっているのです。もちろん、固定給とボーナスという形でも良いですし、加えて自社株またはストックオプション、純利益に応じた報奨金といった形で報酬をもらうこともできます。報酬体系が柔軟なため、社員は新しい発想を生み出しやすく、リスクを恐れなくなります。最終的に、一人ひとりが自分の利益だけでなく、会社の利益を最大化することが最善であることに気づくようになるのです。ただし、単に自由なのではありません。財務管理に関しては厳格です。数字に対して非常にうるさいのです。利益が出なければ、ボーナスはもらえません。
多くの制度は悪い人がいることを前提に、作られています。盗みを働く人、仕事をサボる人、そういった行為を抑制するために設けられた規定がたくさんあります。しかし、よくよく考えると、悪さをする人間は全体の中の数パーセントにしかいないのです。セムコはこの数人のために残りの人たちを侮辱したくないと考えます。私はなんとも素晴らしい考え方だと思いました。セムコは悪さをするマイノリティーのためではなく、残りの人を活かすための制度しか作らないのです。
セムコが日本で紹介されたのは90年代半ばのことです。当時、私はこのような経営が成り立つのか、疑問に思ったことも事実です。それから10年以上もの歳月が流れました。先日、私はセムコの業績を調べてみたのです。そうしたら、成長しているのですね。
今月号の特集では企業事例を取り上げています。その中の一つとしてセムコを紹介させていただきました。組織体系など、詳細はこの論稿にあります。
よろしければ、ご一読ください。(岩崎 卓也)
しかも、報酬は11種類もの選択肢があって、その中から自由に組み合わせを選べるようになっているのです。もちろん、固定給とボーナスという形でも良いですし、加えて自社株またはストックオプション、純利益に応じた報奨金といった形で報酬をもらうこともできます。報酬体系が柔軟なため、社員は新しい発想を生み出しやすく、リスクを恐れなくなります。最終的に、一人ひとりが自分の利益だけでなく、会社の利益を最大化することが最善であることに気づくようになるのです。ただし、単に自由なのではありません。財務管理に関しては厳格です。数字に対して非常にうるさいのです。利益が出なければ、ボーナスはもらえません。
多くの制度は悪い人がいることを前提に、作られています。盗みを働く人、仕事をサボる人、そういった行為を抑制するために設けられた規定がたくさんあります。しかし、よくよく考えると、悪さをする人間は全体の中の数パーセントにしかいないのです。セムコはこの数人のために残りの人たちを侮辱したくないと考えます。私はなんとも素晴らしい考え方だと思いました。セムコは悪さをするマイノリティーのためではなく、残りの人を活かすための制度しか作らないのです。
セムコが日本で紹介されたのは90年代半ばのことです。当時、私はこのような経営が成り立つのか、疑問に思ったことも事実です。それから10年以上もの歳月が流れました。先日、私はセムコの業績を調べてみたのです。そうしたら、成長しているのですね。
今月号の特集では企業事例を取り上げています。その中の一つとしてセムコを紹介させていただきました。組織体系など、詳細はこの論稿にあります。
よろしければ、ご一読ください。(岩崎 卓也)
2007/10/13
グローバル・チャレンジャー100社の戦略
私達はグローバル企業というと、P&GやGEなど、伝統的な欧米企業のグローバル戦略を思い浮かべます。今の時代は、それだけではありません。BCG(ボストン・コンサルティング・グループ)が定義している世界をまたにかけて躍進する企業、「グローバル・チャレンジャー」について知るとより実感がわくことでしょう。
今号に掲載した論稿、「BRICsプラスの優良企業100社」ではBRICsプラス(中国、インド、ロシア、東欧、ラテンアメリカの18カ国)を本籍とする企業のうち、グローバル・チャレンジャーと呼べる会社100社をリストアップしています。論稿では100社を6つの戦略モデルに分類し、具体的にどのような戦略をとっているのかを解説をしています。
ブラジルの食品加工企業のペルディゴンとサディアは、自国の天然資源を活用した製品をグローバルに展開しています。両社の成長モデルの根幹となっているのは国内における圧倒的な生産ケイパビリティです。さらに、海外でのSCM能力の構築に投資している点などを解説しています。
インドのウィプロ、IT技術者の人材プールには驚かされました。ケタ違いの規模なのです。2005年の採用者数は15,000人以上ともいわれています。しかも採用に至ったのは、0.7%、約200万人から選りすぐられたというから、規模の大きさが他とは違うことをうかがい知ることができます。このほか、中国の海信集団(ハイセンス)、メキシコのセメックス、香港のジョンソン・エレクトリックなどの企業戦略を紹介しています。この論稿を執筆したのはBCGの方、2名です。新興国企業について具体的な戦略を知る上で、優れた論稿だといえます。
論稿の本題から話はそれますが、私はこの論稿を通じて中国、ブラジル、ロシアといった国の“大陸感”といったものを強く感じました。結果的にこの原稿には載らなかったのですが、中国、ブラジル、ロシアといった国は大陸の広大な土地から出でた文化があります。そこには私達“島国”に住んでいるとわからない部分があるのです。私達は大陸、コンチネンタルな価値観を持っていません。日本人の感覚はどちらかというとイギリスのグローバリゼーションが合っているのです。これから先、多くの日本企業は今回の論稿で紹介された企業とより深くかかわっていくこともあるでしょう。そのとき、大陸感という価値観の違いを超えていくことが課題になるような気がしました。(岩崎 卓也)
今号に掲載した論稿、「BRICsプラスの優良企業100社」ではBRICsプラス(中国、インド、ロシア、東欧、ラテンアメリカの18カ国)を本籍とする企業のうち、グローバル・チャレンジャーと呼べる会社100社をリストアップしています。論稿では100社を6つの戦略モデルに分類し、具体的にどのような戦略をとっているのかを解説をしています。
ブラジルの食品加工企業のペルディゴンとサディアは、自国の天然資源を活用した製品をグローバルに展開しています。両社の成長モデルの根幹となっているのは国内における圧倒的な生産ケイパビリティです。さらに、海外でのSCM能力の構築に投資している点などを解説しています。
インドのウィプロ、IT技術者の人材プールには驚かされました。ケタ違いの規模なのです。2005年の採用者数は15,000人以上ともいわれています。しかも採用に至ったのは、0.7%、約200万人から選りすぐられたというから、規模の大きさが他とは違うことをうかがい知ることができます。このほか、中国の海信集団(ハイセンス)、メキシコのセメックス、香港のジョンソン・エレクトリックなどの企業戦略を紹介しています。この論稿を執筆したのはBCGの方、2名です。新興国企業について具体的な戦略を知る上で、優れた論稿だといえます。
論稿の本題から話はそれますが、私はこの論稿を通じて中国、ブラジル、ロシアといった国の“大陸感”といったものを強く感じました。結果的にこの原稿には載らなかったのですが、中国、ブラジル、ロシアといった国は大陸の広大な土地から出でた文化があります。そこには私達“島国”に住んでいるとわからない部分があるのです。私達は大陸、コンチネンタルな価値観を持っていません。日本人の感覚はどちらかというとイギリスのグローバリゼーションが合っているのです。これから先、多くの日本企業は今回の論稿で紹介された企業とより深くかかわっていくこともあるでしょう。そのとき、大陸感という価値観の違いを超えていくことが課題になるような気がしました。(岩崎 卓也)
2007/10/10
曲がり角でリーバイスは
振り返ってみると、今号では改めて企業文化の重要性を知らされました。とくに強く響いたのはリーバイスの事例を知ったときです。今号ではジーンズの〈リーバイス〉を主力製品とするリーバイ・ストラウス・アンド・カンパニー(以下、リーバイス)の事例を掲載しました。
企業経営を続けていると、曲がり角に来ることはよくあります。変革が必要になっていることはわかっていても、企業文化を変えていくことは容易ではありません。ソフト面での変革を行うのには時間がかかります。オフィスのレイアウトを変えるのとはわけが違います。経営トップは頭を痛めるのです。リーバイスは現在会長職に就いているロバート・ハースが社長だった1985年、MBO(マネジメント・バイアウト)によって、株式を非公開にしています。企業が変革をするとき、privatization(プライベータゼーション)というのは一つの手法として有効なのだと思いました。
リーバイスはMBOを実施した後、「アスピレーション」の起草を行っていきます。これは経営陣と従業員が共有する価値観を定義する一大プロジェクトです。
人間としての尊厳を大切にしましょう。
多様性を尊重しましょう。
彼ら彼女らは原点に戻って、もう一度企業文化を立て直していくのです。アパレルメーカーだからできた部分もあるのでしょう。さらには、MBOを行ってプライベータゼーションを行ったことが価値観の共有といった企業文化にかかわる部分の改革を成功させた根底にあるのではないかと私は思いました。
もうひとつ、掲載されている事例を紹介します。ナイキです。もともと同社はブルー・リボン・スポーツという名前の会社でした。社員のほぼ全員が陸上競技の経験者で、各分野のトップ選手を対象に製品を作っていたのです。ところが、80年代半ば、ナイキの業績に急ブレーキがかかりました。エアロビクス市場、カジュアル・シューズ市場での失敗などの問題を抱えていたのです。ナイキは自問自答をします。そして、マーケティングを忘れていたことに気づき、舵を切っていくのです。
今号に掲載した「マーケティング・フォーカスの転換」はナイキのフィル・ナイト氏(共同創設者兼会長)のインタビューになっています。ここではナイキが企業文化を変えていく様子が明らかになっています。
2007年11月号「一流の経営」は40余社の事例を掲載しました。優れた企業がそれぞれの場面で、どのような経営を行っていったのか。資料性大ともいえる特集になったと自負しております。(岩崎 卓也)
※「DHBR」2007年11月号 10月10日発売です。
一冊からお求めになれます。
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059691107
企業経営を続けていると、曲がり角に来ることはよくあります。変革が必要になっていることはわかっていても、企業文化を変えていくことは容易ではありません。ソフト面での変革を行うのには時間がかかります。オフィスのレイアウトを変えるのとはわけが違います。経営トップは頭を痛めるのです。リーバイスは現在会長職に就いているロバート・ハースが社長だった1985年、MBO(マネジメント・バイアウト)によって、株式を非公開にしています。企業が変革をするとき、privatization(プライベータゼーション)というのは一つの手法として有効なのだと思いました。
リーバイスはMBOを実施した後、「アスピレーション」の起草を行っていきます。これは経営陣と従業員が共有する価値観を定義する一大プロジェクトです。
人間としての尊厳を大切にしましょう。
多様性を尊重しましょう。
彼ら彼女らは原点に戻って、もう一度企業文化を立て直していくのです。アパレルメーカーだからできた部分もあるのでしょう。さらには、MBOを行ってプライベータゼーションを行ったことが価値観の共有といった企業文化にかかわる部分の改革を成功させた根底にあるのではないかと私は思いました。
もうひとつ、掲載されている事例を紹介します。ナイキです。もともと同社はブルー・リボン・スポーツという名前の会社でした。社員のほぼ全員が陸上競技の経験者で、各分野のトップ選手を対象に製品を作っていたのです。ところが、80年代半ば、ナイキの業績に急ブレーキがかかりました。エアロビクス市場、カジュアル・シューズ市場での失敗などの問題を抱えていたのです。ナイキは自問自答をします。そして、マーケティングを忘れていたことに気づき、舵を切っていくのです。
今号に掲載した「マーケティング・フォーカスの転換」はナイキのフィル・ナイト氏(共同創設者兼会長)のインタビューになっています。ここではナイキが企業文化を変えていく様子が明らかになっています。
2007年11月号「一流の経営」は40余社の事例を掲載しました。優れた企業がそれぞれの場面で、どのような経営を行っていったのか。資料性大ともいえる特集になったと自負しております。(岩崎 卓也)
※「DHBR」2007年11月号 10月10日発売です。
一冊からお求めになれます。
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059691107
2007/10/06
ベストプラクティスとハロー効果
前回お伝えしたとおり、次号は企業のベストプラクティスを紹介いたします。
「GEがやっているからウチもやろう」
このような言葉を耳にすることはよくあります。P&Gがやっているから、トヨタがやっているから、そのような理由で導入を決断する企業は少なくありません。
GEにはお手本になることが多いのは事実ですが、GEが行っていることの中にも悪い事例はあるのです。たとえ、良い事例だとしてもGEがやっているから、P&Gがやっているからといって導入し、失敗するケースはたくさんあると思います。注意が必要なことなのです。
なぜうまく行かないのでしょうか。一つには企業文化の違いがあげられます。GEが成功したものの中にはGEの企業文化があったからこそうまくいったものもあるのです。GEは21年間かけて計測の文化というものを作り上げてしました。それはあらゆることを数値化していくという徹底した計測主義です。
それなのに、数値化されていることは一般的なことだけ、あとはだいたいカンでわかる、などといっている企業がGEの真似をしてもうまくいくとは思えません。
例えば、360度評価の導入が一つの例としてわかりやすいと思います。人事評価を上司以外にも同僚、部下、顧客など複数の人が行いフィードバックするこの制度、部下に評価の仕方を教えないで実施してしまうとどうなるでしょうか。360度評価の導入したために、従業員同士の人間関係が悪くなってしまうケースも散見されます。
でも、GEはやっています、アメリカでは当たり前です、といった意見におされてしまう。これでは失敗してしまうのです。定性的でとても定量化できないようなものでさえ、何とか定量化していく。このような文化があって初めて360度評価は成り立つと思います。
日本のエレクトロニクスメーカーを真似して失敗した事例もありました。パソコンの生産で日本企業はEMS(Electronics Manufacturing Service)、製造のアウトソーシングやモジュール生産をやるようになりました。この事例はテレビや白物家電にはあてはまらないこともあるのです。むしろ効率性を損なってしまった例もあります。製品の特性を考慮しないとベストプラクティスがワーストプラクティスに変わってしまうわけですね。いたずらに優れた企業のやり方を真似していく。生兵法というのは、こういうことだと思います。(岩崎 卓也)
「GEがやっているからウチもやろう」
このような言葉を耳にすることはよくあります。P&Gがやっているから、トヨタがやっているから、そのような理由で導入を決断する企業は少なくありません。
GEにはお手本になることが多いのは事実ですが、GEが行っていることの中にも悪い事例はあるのです。たとえ、良い事例だとしてもGEがやっているから、P&Gがやっているからといって導入し、失敗するケースはたくさんあると思います。注意が必要なことなのです。
なぜうまく行かないのでしょうか。一つには企業文化の違いがあげられます。GEが成功したものの中にはGEの企業文化があったからこそうまくいったものもあるのです。GEは21年間かけて計測の文化というものを作り上げてしました。それはあらゆることを数値化していくという徹底した計測主義です。
それなのに、数値化されていることは一般的なことだけ、あとはだいたいカンでわかる、などといっている企業がGEの真似をしてもうまくいくとは思えません。
例えば、360度評価の導入が一つの例としてわかりやすいと思います。人事評価を上司以外にも同僚、部下、顧客など複数の人が行いフィードバックするこの制度、部下に評価の仕方を教えないで実施してしまうとどうなるでしょうか。360度評価の導入したために、従業員同士の人間関係が悪くなってしまうケースも散見されます。
でも、GEはやっています、アメリカでは当たり前です、といった意見におされてしまう。これでは失敗してしまうのです。定性的でとても定量化できないようなものでさえ、何とか定量化していく。このような文化があって初めて360度評価は成り立つと思います。
日本のエレクトロニクスメーカーを真似して失敗した事例もありました。パソコンの生産で日本企業はEMS(Electronics Manufacturing Service)、製造のアウトソーシングやモジュール生産をやるようになりました。この事例はテレビや白物家電にはあてはまらないこともあるのです。むしろ効率性を損なってしまった例もあります。製品の特性を考慮しないとベストプラクティスがワーストプラクティスに変わってしまうわけですね。いたずらに優れた企業のやり方を真似していく。生兵法というのは、こういうことだと思います。(岩崎 卓也)
2007/10/03
「一流の経営」を特集します
次号の「DHBR」の特集は「一流の経営」です。HBRジャパンが創刊されてから、今年で31年目となります。今回の特集では現在でも通用する企業のベストプラクティスをご紹介します。この31年を振り返って、優れた企業に関する論文をサマライズし掲載しています。ゼネラル・エレクトリック(以下GE)、IBM、ネスレ、P&G 、ナイキなど、46社をご紹介する予定です。
1980年代初頭、GEのジャック・ウェルチは“Steal the best.”と言って、ビジネスやマネージメントに関する世界中の優れた慣行について勉強するように奨励しました。これがベストプラクティスに学ぶことが盛んになったひとつの要因です。その後、日本でもベンチマーキングという言葉が90年代の初め頃によく使われるようになりました。それと同じ頃、ボストンコンサルタントやマッキンゼーが欧米の事例を日本に紹介していき、80〜90年代にかけて良い事例に学ぶということが一般化していったのです。今回はその延長線上にある企画ともいえます。
良い事例に学ぶことは学習の王道だといえます。ただし、本当は失敗に学ぶことこそが役に立つのではないか、と私は個人的に思います。しかし、どの企業も失敗例というのは公にしたがらないものです。失敗した人が企業をクビにならずに働き続けているということも事情としてあるのでしょう。また、敗者復活のチャンスが違う形で与えられること、「身内の恥」はできれば隠したいという部分もあるでしょう。企業内部の事情もあり、公開できないのは仕方のないことかも知れません。でも、バッドプラクティスをもっと共有できるような世の中であれば、もっと社会は良くなるのではないかと私は思うのです。
現状はベストプラクティスに学ぶしかないわけです。でも、そのベストプラクティスを導入して失敗する企業は少なくありません。GEでは「業界を超えてベストプラクティスを探せ!」と言われていました。業界を超えて探すことについては悪くないのですが、導入するときに、他の産業と自分が属している産業の違い、その会社の風土、売っている商品などについてよく検討しなければなりません。ちょっとした違いのせいで、ベストプラクティスが自社にうまくあてはまらないことがあるのです。今回の特集を読む上での注意点は次回、このブログで紹介します。次号の発売は10月10日です。(岩崎 卓也)
1980年代初頭、GEのジャック・ウェルチは“Steal the best.”と言って、ビジネスやマネージメントに関する世界中の優れた慣行について勉強するように奨励しました。これがベストプラクティスに学ぶことが盛んになったひとつの要因です。その後、日本でもベンチマーキングという言葉が90年代の初め頃によく使われるようになりました。それと同じ頃、ボストンコンサルタントやマッキンゼーが欧米の事例を日本に紹介していき、80〜90年代にかけて良い事例に学ぶということが一般化していったのです。今回はその延長線上にある企画ともいえます。
良い事例に学ぶことは学習の王道だといえます。ただし、本当は失敗に学ぶことこそが役に立つのではないか、と私は個人的に思います。しかし、どの企業も失敗例というのは公にしたがらないものです。失敗した人が企業をクビにならずに働き続けているということも事情としてあるのでしょう。また、敗者復活のチャンスが違う形で与えられること、「身内の恥」はできれば隠したいという部分もあるでしょう。企業内部の事情もあり、公開できないのは仕方のないことかも知れません。でも、バッドプラクティスをもっと共有できるような世の中であれば、もっと社会は良くなるのではないかと私は思うのです。
現状はベストプラクティスに学ぶしかないわけです。でも、そのベストプラクティスを導入して失敗する企業は少なくありません。GEでは「業界を超えてベストプラクティスを探せ!」と言われていました。業界を超えて探すことについては悪くないのですが、導入するときに、他の産業と自分が属している産業の違い、その会社の風土、売っている商品などについてよく検討しなければなりません。ちょっとした違いのせいで、ベストプラクティスが自社にうまくあてはまらないことがあるのです。今回の特集を読む上での注意点は次回、このブログで紹介します。次号の発売は10月10日です。(岩崎 卓也)
2007/09/29
アメリカ本誌に最も多く寄稿した日本人
10月4日、大前研一さんの新刊を弊社より発刊させていただきます。タイトルは『大前研一 戦略論』です。内容は大前さんの論文集になります。実は、「ハーバードビジネスレビュー」アメリカ本誌に寄稿した日本人の中で、もっとも寄稿回数が多いのは大前さんなのです。日本人の場合、1回のみの掲載がほとんどというのに、なんと全部で7本も書いています。もちろん、英語で書かれているのですが、そのうち日本語に翻訳されていないものが4本もありました。今回、新たに日本語訳をつけたものが本書で読めます。
この本は大前さんの80年代の文筆活動をまとめたものともいえます。80年代当時、大前さんはマッキンゼーのディレクターをしており、今とは書く目的も違うこともあり作風が多少異なる部分もあります。20〜30歳代の方にとっては、今まで知らなかった大前さんの世界を垣間見ることになるかもしれませんね。また、40歳を超えた世代の方ならば、この頃の大前さんの活躍が記憶に残っている方も多いことでしょう。とはいえ、当時書かれたものは非常に多くあるので、全部お読みになっていない方もいるでしょう。また、もうかなり時間も経っているので内容を忘れている人もいらっしゃることでしょう。本書は論文のサマライズなので、読むことで内容を思い出し、学び直すといった点でお役に立つのではないかと自負しております。
1番おすすめしたい論文は「競争は戦略の目的ではない」(Getting Back to Strategy)です。この論文で彼はアカデミズムの戦略論に対して一石を投じています。「競争に勝つことが戦略の目的ではないだろう」と彼は言うのです。
〈戦略は顧客第一主義に基づいて立案されなければならない。そして、ライバルを相手に成否を試すのだ。〉
このような言葉で、私達がついつい忘れがちになってしまうことを問題として指摘しているのです。
昔、TBSブリタニカという出版社がありました。そこには、「ビジネスマン諸君」というさまざまな業界の人が書いたコラムがありました。以前大前さんはウォールストリートジャーナルで連載をしていました。「ザ・ベスト・コラム」というところに掲載されていました。こういったコラムまでが本書には掲載されているのです。
「もう過去のものですよ」
ご本人は仰ってましたが、私は新鮮さを感じますね。「ふるきをたずねて新しきを知る」とはまさにこのことを言うのだと思います。
ときどき大前さんとはお話しする機会がありますが、とにかく彼は明晰です。脳みそのつくりが違うなぁ、と私はいつも感じています。本書は大前さんの戦略論の原点ともいえます。80年代の大前さんをよく知っている方も、そうでない方もよろしければご一読を。(岩崎 卓也)
この本は大前さんの80年代の文筆活動をまとめたものともいえます。80年代当時、大前さんはマッキンゼーのディレクターをしており、今とは書く目的も違うこともあり作風が多少異なる部分もあります。20〜30歳代の方にとっては、今まで知らなかった大前さんの世界を垣間見ることになるかもしれませんね。また、40歳を超えた世代の方ならば、この頃の大前さんの活躍が記憶に残っている方も多いことでしょう。とはいえ、当時書かれたものは非常に多くあるので、全部お読みになっていない方もいるでしょう。また、もうかなり時間も経っているので内容を忘れている人もいらっしゃることでしょう。本書は論文のサマライズなので、読むことで内容を思い出し、学び直すといった点でお役に立つのではないかと自負しております。
1番おすすめしたい論文は「競争は戦略の目的ではない」(Getting Back to Strategy)です。この論文で彼はアカデミズムの戦略論に対して一石を投じています。「競争に勝つことが戦略の目的ではないだろう」と彼は言うのです。
〈戦略は顧客第一主義に基づいて立案されなければならない。そして、ライバルを相手に成否を試すのだ。〉
このような言葉で、私達がついつい忘れがちになってしまうことを問題として指摘しているのです。
昔、TBSブリタニカという出版社がありました。そこには、「ビジネスマン諸君」というさまざまな業界の人が書いたコラムがありました。以前大前さんはウォールストリートジャーナルで連載をしていました。「ザ・ベスト・コラム」というところに掲載されていました。こういったコラムまでが本書には掲載されているのです。
「もう過去のものですよ」
ご本人は仰ってましたが、私は新鮮さを感じますね。「ふるきをたずねて新しきを知る」とはまさにこのことを言うのだと思います。
ときどき大前さんとはお話しする機会がありますが、とにかく彼は明晰です。脳みそのつくりが違うなぁ、と私はいつも感じています。本書は大前さんの戦略論の原点ともいえます。80年代の大前さんをよく知っている方も、そうでない方もよろしければご一読を。(岩崎 卓也)
2007/09/26
降っても晴れても リスクに強い組織
ここのところ松下の製品不具合に関する情報をよく目にします。先日は松下電池製、電池パックの不具合がありました。その前はナショナルFF式石油暖房機、ストーブの欠陥が重大事故を起こす可能性があるとして回収を行いました。このときは当時の社長である中村氏が委員長になって対策を進めました。このようなことは何度も起こってはいけないことです。ただ、私が思うに、企業は危機に直面したときお客様と真摯に向き合うことは何よりも大切でしょう。適切な対応によってお客様からの信頼を得ると同時に、危機を繰り返し乗り越えることによって足腰が鍛えられるのです。
他社の災難を対岸の火事だと思っている企業もあるかもしれません。自分のところにも火事が起きたとき、生き残れるのか自問したことはありますか。ポイントとなるのはお客様のことだけを考えて会社の組織体制、仕組みを作っているかどうかだといえます。このようなリスクに対して強い組織作りを意識することがまずは大切なのでしょう。
昔、ロッキード社の社長を務めていた人に雨男のような人がいました。彼は雇われ社長でしたが、行く先々で会社の危機に見舞われたのです。でも、彼は何度も危機を乗り越えてきているから、会社に大変なことが起こると迅速に対応できます。雨に降られ慣れているので、「今日は快晴だけど夕方6時くらいから雨が降る」といったことがなんとなくわかるような人でした。
まさに「組織が覚える」ということはこういうことです。シミュレーションではわからないことを実体験として覚えていくことが大切なのです。メーカーが取組んでいる素晴らしい側面を新聞で目にすることは少ないです。ですから、ユーザーであるお客様はメーカー社内のことはわかりません。恐らく、松下電器は一般的に知られているよりもしっかりとした対応をしているのではないかと私は思っています。全容を解明してくださるのなら、DHBRならきちんとメーカーの良い部分も書くでしょう。
日本では自社の不都合点を「恥」としてオープンにしない傾向があります。アメリカは恥だと思っていない。むしろ、オープンにするほうがフェアだと言ってしまうでしょう。恥の部分を重ねる。これはほめられることではありませんし、当事者は辛い。それでも、危機にどう対応するか、真摯に向き合っていくことで強い組織を作っていくではないかという気がしています。(岩崎 卓也)
他社の災難を対岸の火事だと思っている企業もあるかもしれません。自分のところにも火事が起きたとき、生き残れるのか自問したことはありますか。ポイントとなるのはお客様のことだけを考えて会社の組織体制、仕組みを作っているかどうかだといえます。このようなリスクに対して強い組織作りを意識することがまずは大切なのでしょう。
昔、ロッキード社の社長を務めていた人に雨男のような人がいました。彼は雇われ社長でしたが、行く先々で会社の危機に見舞われたのです。でも、彼は何度も危機を乗り越えてきているから、会社に大変なことが起こると迅速に対応できます。雨に降られ慣れているので、「今日は快晴だけど夕方6時くらいから雨が降る」といったことがなんとなくわかるような人でした。
まさに「組織が覚える」ということはこういうことです。シミュレーションではわからないことを実体験として覚えていくことが大切なのです。メーカーが取組んでいる素晴らしい側面を新聞で目にすることは少ないです。ですから、ユーザーであるお客様はメーカー社内のことはわかりません。恐らく、松下電器は一般的に知られているよりもしっかりとした対応をしているのではないかと私は思っています。全容を解明してくださるのなら、DHBRならきちんとメーカーの良い部分も書くでしょう。
日本では自社の不都合点を「恥」としてオープンにしない傾向があります。アメリカは恥だと思っていない。むしろ、オープンにするほうがフェアだと言ってしまうでしょう。恥の部分を重ねる。これはほめられることではありませんし、当事者は辛い。それでも、危機にどう対応するか、真摯に向き合っていくことで強い組織を作っていくではないかという気がしています。(岩崎 卓也)
2007/09/22
消費者の顔をした株主
今月号の特集、『「お客様主義」経営論』を制作している過程で、「消費者」と「株主」という二つの顔を持った個人の集団が企業と対峙する時代が来るのではないかと感じました。そもそも、コンシューマリズムは1960年代、ケネディ大統領が4つの権利を提唱したことに端を発します。安全を求める権利、選択する権利、知らされる権利、意見を反映される権利があると大統領が言い、日本にも飛び火したのです。
ところが、21世紀になってから、顧客主義が軽んじられてきたことは先日、こちらのブログで述べたとおりです。しかしながら、これからの時代、個人株主がさらに増えていくことを考えると流れは変わってくるような気がします。個人株主というのは消費者なのです。個人株主を大事にするか、お客様主義になれるかどうか、仕組みを変える必要が出てくることが予想されます。
流れを後押しするものの一つにXBRLがあります。以前、こちらのブログでも紹介しましたが、東証は決算情報(決算短信等)にXBRLを本格導入することを基本方針とし、検討を進めることとしています。
今はPDFで開示されている財務業績がXBRLの導入により、数値を手入力する必要がなくなります。今までと比べて、手入力によるミスが少なくなるでしょう。解析ソフトも開発が進んでいるようですね。XBRLの導入により、データをダウンロードすれば、これまでの何千分の一の時間で作業がすむようになります。今後は上場会社が今よりもっと細かく分析される傾向が強まるでしょう。
個人株主の中には賢い方がたくさんいます。XBRLの導入で情報開示がこの道のプロと言われていた人たちが、企業分析を今まで以上に短時間できるようになるのです。その結果、分析がより細かくできるようになるでしょう。企業に消費者の顔をした株主の個人集団がより激しく企業と対峙する時代が来るかもしれません。これから先、個人へのパワーが増す中、矢面に立たされる企業が出てくることは想像に難くはないと思っています。(岩崎 卓也)
ところが、21世紀になってから、顧客主義が軽んじられてきたことは先日、こちらのブログで述べたとおりです。しかしながら、これからの時代、個人株主がさらに増えていくことを考えると流れは変わってくるような気がします。個人株主というのは消費者なのです。個人株主を大事にするか、お客様主義になれるかどうか、仕組みを変える必要が出てくることが予想されます。
流れを後押しするものの一つにXBRLがあります。以前、こちらのブログでも紹介しましたが、東証は決算情報(決算短信等)にXBRLを本格導入することを基本方針とし、検討を進めることとしています。
今はPDFで開示されている財務業績がXBRLの導入により、数値を手入力する必要がなくなります。今までと比べて、手入力によるミスが少なくなるでしょう。解析ソフトも開発が進んでいるようですね。XBRLの導入により、データをダウンロードすれば、これまでの何千分の一の時間で作業がすむようになります。今後は上場会社が今よりもっと細かく分析される傾向が強まるでしょう。
個人株主の中には賢い方がたくさんいます。XBRLの導入で情報開示がこの道のプロと言われていた人たちが、企業分析を今まで以上に短時間できるようになるのです。その結果、分析がより細かくできるようになるでしょう。企業に消費者の顔をした株主の個人集団がより激しく企業と対峙する時代が来るかもしれません。これから先、個人へのパワーが増す中、矢面に立たされる企業が出てくることは想像に難くはないと思っています。(岩崎 卓也)
2007/09/19
価値の上がるものにお金をかけたい
私は住む家は「賃貸」にしており、購入していません。恐らくこれからも購入しないでしょう。もちろん、これは私個人の考え方によるもので、借りるか買うかどちらが良いのか断定できるものではありません。私が購入に踏み切らないのはリスクの大きさが理由としてあげられます。中でも一番大きな理由は地震です。正確な地盤情報はハッキリとわからないものです。自分が購入した土地が実は地盤がゆるい、といったことが万が一明らかになる可能性もないとはいいきれないのです。そのほか、病気になり寝たきりになってしまうなど、支払いができなくなるパターンがいくもあります。保険加入によって保障される部分もありますが、保険金が思ったよりも少ない、支払われないといったことを考えるとやはりちゅうちょしてしまいますね。
賃貸住宅に住んでいるもう一つの理由は資産価値が下がっていくものに対して、ローンの返済をしていくことに抵抗を感じていることがあります。何千万円ものお金を利息として払うのなら、他のものに使いたいのです。そういった意味では、ローンを組まずにキャッシュで家が買えるのならば、私は分譲マンションを購入するかもしれませんね。
そもそも日本の住宅取得とアメリカとでは感覚が随分違います。アメリカは住宅を購入したあと、転売したときに価値が上がります。日本では土地そのものは買ったときの価格よりも高く売れることはありますが、建物は年々価値が下がっていきます。
アメリカでは庭の手入れをこまめにしてお花を植える、良い家具を入れる、お風呂をリフォームするといったことを施すと上モノの価値が上がっていく場合がよくあるのです。日本のように転売したときに建物の価値が必ず下がるようなことはありません。マンションを買って住み始めたら、その時点で2〜3割評価額が下がってしまいます。土地の価格が上がった場合、マンションの価格が買ったときよりも高く売れることはありますが、あくまで居住部分は価値が下がるというのが日本の考え方です。
ただし、ヒトは買い物が好きです。何かを手に入れると幸せな気持ちになります。ですから、家を買うということは単に損得だけで判断できない部分があることも事実ですね。とはいえ、やはり私はリスクを考えると住居は賃貸でいこうと思っています。(岩崎 卓也)
賃貸住宅に住んでいるもう一つの理由は資産価値が下がっていくものに対して、ローンの返済をしていくことに抵抗を感じていることがあります。何千万円ものお金を利息として払うのなら、他のものに使いたいのです。そういった意味では、ローンを組まずにキャッシュで家が買えるのならば、私は分譲マンションを購入するかもしれませんね。
そもそも日本の住宅取得とアメリカとでは感覚が随分違います。アメリカは住宅を購入したあと、転売したときに価値が上がります。日本では土地そのものは買ったときの価格よりも高く売れることはありますが、建物は年々価値が下がっていきます。
アメリカでは庭の手入れをこまめにしてお花を植える、良い家具を入れる、お風呂をリフォームするといったことを施すと上モノの価値が上がっていく場合がよくあるのです。日本のように転売したときに建物の価値が必ず下がるようなことはありません。マンションを買って住み始めたら、その時点で2〜3割評価額が下がってしまいます。土地の価格が上がった場合、マンションの価格が買ったときよりも高く売れることはありますが、あくまで居住部分は価値が下がるというのが日本の考え方です。
ただし、ヒトは買い物が好きです。何かを手に入れると幸せな気持ちになります。ですから、家を買うということは単に損得だけで判断できない部分があることも事実ですね。とはいえ、やはり私はリスクを考えると住居は賃貸でいこうと思っています。(岩崎 卓也)
2007/09/15
無意識に顧客を搾取する企業
2007年10月号「お客様が敵に変る時」という論稿は日本にも及ぶかもしれない新しい流れをあらわしています。
私たちは企業に勤める人間でもあり、その一方で消費者でもあります。顧客という立場に立ったとき、企業に対してとても腹立たしい気持ちになったことは、1回や2回は皆様おありでしょう。
生命保険会社から送られてくる約款の文字が小さくて読めない、携帯電話の料金プランが複雑でどれに加入してよいのかわからないといったことは、アメリカでもよくあることなのです。この論稿では携帯電話のサービスプラン、銀行などを事例に用いて説明をしています。
〈企業は顧客の判断ミスをなくそうとするどころかつけ入っている〉と言い切り、透明で顧客本位の戦略から顧客を搾取する企業本位の戦略に変えてしまったことを批判しています。もちろん、すべての企業がそうではありません。なかには顧客を食い物にして短期的に儲けようとしている企業があることはアメリカも日本も同じなのです。
このような企業はやがて顧客に憎まれ見放されるでしょう。それだけではありません。この論稿で注目すべきは、アメリカでは訴訟が起きる、賠償金支払を命ぜられる、といったケースがすでに発生していることです。これまで企業は「それはお客様の自己責任です」という言葉で都合よく処理してきた部分もありますが、今後は言えなくなるような時代が来るかもしれません。
“value for money”という言葉があります。支払った金額に見合った価値を享受する。その視点から、今後は使わないものに対して、企業はお客様にお金を返すといった必要性も出てくる可能性はあります。自社に好ましくない商慣行の兆候があるかどうか確認が必要です。こちらの論稿では4つの質問によって、自社をチェックし分析するためのヒントを紹介しています。自社が危険な状態にはまっているのかどうか、今のうちに自問しておくと良いかもしれません。(岩崎 卓也)
私たちは企業に勤める人間でもあり、その一方で消費者でもあります。顧客という立場に立ったとき、企業に対してとても腹立たしい気持ちになったことは、1回や2回は皆様おありでしょう。
生命保険会社から送られてくる約款の文字が小さくて読めない、携帯電話の料金プランが複雑でどれに加入してよいのかわからないといったことは、アメリカでもよくあることなのです。この論稿では携帯電話のサービスプラン、銀行などを事例に用いて説明をしています。
〈企業は顧客の判断ミスをなくそうとするどころかつけ入っている〉と言い切り、透明で顧客本位の戦略から顧客を搾取する企業本位の戦略に変えてしまったことを批判しています。もちろん、すべての企業がそうではありません。なかには顧客を食い物にして短期的に儲けようとしている企業があることはアメリカも日本も同じなのです。
このような企業はやがて顧客に憎まれ見放されるでしょう。それだけではありません。この論稿で注目すべきは、アメリカでは訴訟が起きる、賠償金支払を命ぜられる、といったケースがすでに発生していることです。これまで企業は「それはお客様の自己責任です」という言葉で都合よく処理してきた部分もありますが、今後は言えなくなるような時代が来るかもしれません。
“value for money”という言葉があります。支払った金額に見合った価値を享受する。その視点から、今後は使わないものに対して、企業はお客様にお金を返すといった必要性も出てくる可能性はあります。自社に好ましくない商慣行の兆候があるかどうか確認が必要です。こちらの論稿では4つの質問によって、自社をチェックし分析するためのヒントを紹介しています。自社が危険な状態にはまっているのかどうか、今のうちに自問しておくと良いかもしれません。(岩崎 卓也)
2007/09/12
儲からないお客様につくしなさい
弊誌の“FROM the EDITORS”というコーナーには、編集部からのメッセージを掲載させていただいています。今月号、このコーナーの原稿を執筆しているとき思い出したことがあります。それは山中〓(かん)氏の言葉です。氏は「百貨店経営の神様」とあがめられた経営者で、私はお亡くなりになる前に一度お会いしたことがあります。
「儲かるお客様から本当に儲けるためには、儲からないお客様につくしなさい」
山中氏はこのようにおっしゃっていました。
「このお客はあまり儲けさせてくれないから、そのお金に見合う程度の事しかやらない」
効率のよいやり方のように思う方もいらっしゃるかもしれませんが、実はこれは駄目だということなのです。山中氏にとって、お客様をランク付けして対応を分けて付き合うなんて言語道断だということです。儲からないお客様にも儲けさせてくれるお客様と同じように接することが大事なのです。そうしないと本当にいいサービスは身に付かないのです。商売の原則からいうと、儲かるお客様というのは全体の2割程度、儲からないお客様は8割います。儲かるお客様が利益の8割を稼いでいるわけで、ここにも2:8の法則が当てはまります。ということは10回お客様が来るとしたら、そのうち儲かるお客様は2回だけしか来ないのです。
この人は儲からない客だとして、8回も質の低いサービスをしている店員のところに、良いお客が来たからといって突然良いサービスができるでしょうか。サービスのレベルを変える。これは本当良いサービスを身に付けている人のやることではないはずです。そもそも、良いサービスは反復して行ったほうがサービスを提供する人も苦にならないはずです。
要するに全力を尽くしましょうということです。全力を尽くさずにいると、本当に尽くさなくてはならないときに全力を出せなくなってしまうのです。80%をサボっている人が残りの20%、大切なお客様が来たときに本当にいいサービスができるのかどうか。サボっていた身体でベストパフォーマンスは出せないでしょう。
他方、顧客対応の質を上げるならマニュアル整備に力を入れるべき、という考え方も一つあります。もちろん、業種によってマニュアルはどうしても必要になってくると思いますが、それに頼っていていいのかということです。またマニュアルを作ったら、作り放しでいいのかという問題もあります。トヨタがトヨタでありつづけているのは、マニュアルを常に改善しているからでもあるのです。マニュアルを日々改善していけばいくほど、例外が減っていってクオリティーが上がっていくということなのではないでしょうか。
今月号の“FROM the EDITORS”は、『お客様主義は「永遠の課題」』というタイトルをつけました。執筆に当たっては、山中かん氏のことを思いながら書いた部分もありました。(岩崎 卓也)
2007年10月号 9月10日発売 定価2,000円(税込)
特集:「お客様主義」経営論
一冊から購入できます。
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059691007
「儲かるお客様から本当に儲けるためには、儲からないお客様につくしなさい」
山中氏はこのようにおっしゃっていました。
「このお客はあまり儲けさせてくれないから、そのお金に見合う程度の事しかやらない」
効率のよいやり方のように思う方もいらっしゃるかもしれませんが、実はこれは駄目だということなのです。山中氏にとって、お客様をランク付けして対応を分けて付き合うなんて言語道断だということです。儲からないお客様にも儲けさせてくれるお客様と同じように接することが大事なのです。そうしないと本当にいいサービスは身に付かないのです。商売の原則からいうと、儲かるお客様というのは全体の2割程度、儲からないお客様は8割います。儲かるお客様が利益の8割を稼いでいるわけで、ここにも2:8の法則が当てはまります。ということは10回お客様が来るとしたら、そのうち儲かるお客様は2回だけしか来ないのです。
この人は儲からない客だとして、8回も質の低いサービスをしている店員のところに、良いお客が来たからといって突然良いサービスができるでしょうか。サービスのレベルを変える。これは本当良いサービスを身に付けている人のやることではないはずです。そもそも、良いサービスは反復して行ったほうがサービスを提供する人も苦にならないはずです。
要するに全力を尽くしましょうということです。全力を尽くさずにいると、本当に尽くさなくてはならないときに全力を出せなくなってしまうのです。80%をサボっている人が残りの20%、大切なお客様が来たときに本当にいいサービスができるのかどうか。サボっていた身体でベストパフォーマンスは出せないでしょう。
他方、顧客対応の質を上げるならマニュアル整備に力を入れるべき、という考え方も一つあります。もちろん、業種によってマニュアルはどうしても必要になってくると思いますが、それに頼っていていいのかということです。またマニュアルを作ったら、作り放しでいいのかという問題もあります。トヨタがトヨタでありつづけているのは、マニュアルを常に改善しているからでもあるのです。マニュアルを日々改善していけばいくほど、例外が減っていってクオリティーが上がっていくということなのではないでしょうか。
今月号の“FROM the EDITORS”は、『お客様主義は「永遠の課題」』というタイトルをつけました。執筆に当たっては、山中かん氏のことを思いながら書いた部分もありました。(岩崎 卓也)
2007年10月号 9月10日発売 定価2,000円(税込)
特集:「お客様主義」経営論
一冊から購入できます。
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059691007
2007/09/08
カスタマー・エクスペリエンスの重要性
新しいバズワードとまではいいませんが、「カスタマー・エクスペリエンス」という言葉はキーワードとして注目に値すると思います。サービス業に限らず、メーカーまでもが自分たちはユーザーが製品を使っているシーンを想定して開発をしていると言っています。自動車メーカーも同じです。一時期、日本の自動車会社は、我々はトランスポーテーションサービスカンパニーであると言い出したわけです。
次号2007年10月号の特集には、「顧客経験のマネジメント」という論稿を掲載します。ここでは、カスタマー・エクスペリエンス(顧客経験)について触れられています。顧客の期待だけでなく、顧客の経験までを把握して経営をすべきというのがこの論稿の主張です。
顧客経験いうことを意識することは企業の中で根付いているように見えるのですが、現実はどうなのでしょう。問題は誤ったCRMが繰り広げられていることではないでしょうか。90年代、儲けさせてくれるお客様が良い客、という風潮が出ていました。CRMをみると、私たちは儲けや利益優先といったものごとで、お客様を知らないうちに値踏みしているのではないでしょうか。お客様からすると、自分がもうかるお客かどうかなんて関係のないことです。企業を儲けさせるために付き合っているわけではないわけですから、顧客のライフタイムバリューなんて関係のないことです。このお客さんと生涯付き合ったら何千万円もらえるかを、企業が考えているなんて、お客さんは想像もしません。出会いが悪かったらライフタイムバリューはゼロです。お客様はその企業とは付き合いません。
「いっぱいお金を払ってくれるからいいサービスをしましょう」
これはわかるのですが、払ってないお客さんをないがしろにしてしまおうという風潮があるのではないでしょうか。
アメリカではレストランやホテルなどでチップを払うのが普通です。ところが、日本人はアメリカ人と比べ、たくさんの量を食べられないわけです。
レストランで店の人に、「前菜をメインにして欲しい」などとお願いすると、店員はいきなり不機嫌になってしまいます。仕方がないので、一本300ドルものワインを頼むと、今度はサービスでよくなるのですね。
日本ではここまで極端なケースはまれですが、効率化の道具を入れ、コストを削減を図ってきました。知らないうちに、ある程度均一であるはずの組織にばらつきが出たのが今なのかなという気がしています。(岩崎 卓也)
次号2007年10月号の特集には、「顧客経験のマネジメント」という論稿を掲載します。ここでは、カスタマー・エクスペリエンス(顧客経験)について触れられています。顧客の期待だけでなく、顧客の経験までを把握して経営をすべきというのがこの論稿の主張です。
顧客経験いうことを意識することは企業の中で根付いているように見えるのですが、現実はどうなのでしょう。問題は誤ったCRMが繰り広げられていることではないでしょうか。90年代、儲けさせてくれるお客様が良い客、という風潮が出ていました。CRMをみると、私たちは儲けや利益優先といったものごとで、お客様を知らないうちに値踏みしているのではないでしょうか。お客様からすると、自分がもうかるお客かどうかなんて関係のないことです。企業を儲けさせるために付き合っているわけではないわけですから、顧客のライフタイムバリューなんて関係のないことです。このお客さんと生涯付き合ったら何千万円もらえるかを、企業が考えているなんて、お客さんは想像もしません。出会いが悪かったらライフタイムバリューはゼロです。お客様はその企業とは付き合いません。
「いっぱいお金を払ってくれるからいいサービスをしましょう」
これはわかるのですが、払ってないお客さんをないがしろにしてしまおうという風潮があるのではないでしょうか。
アメリカではレストランやホテルなどでチップを払うのが普通です。ところが、日本人はアメリカ人と比べ、たくさんの量を食べられないわけです。
レストランで店の人に、「前菜をメインにして欲しい」などとお願いすると、店員はいきなり不機嫌になってしまいます。仕方がないので、一本300ドルものワインを頼むと、今度はサービスでよくなるのですね。
日本ではここまで極端なケースはまれですが、効率化の道具を入れ、コストを削減を図ってきました。知らないうちに、ある程度均一であるはずの組織にばらつきが出たのが今なのかなという気がしています。(岩崎 卓也)
2007/09/05
顧客、消費者、そしてお客様
次号、2007年10月号の特集は「お客様主義 経営論」です。9月10日発売となります。弊誌の歴史の中でも、変わったタイトルです。なせ、このタイトルにしたのかというと、ここ10年来、お客様が一番大事なのだという気運が高まっていないのではないか、そのような疑問を感じているからです。
サービス業にいらっしゃる方は「顧客」「消費者」という言葉を日常的に使うことはないと思います。「お客様」と呼んでいるはずです。「顧客」「消費者」って冷たい言い方だと思いませんか。伊勢丹の有名な言葉で「お買い場」というものがあります。商品の「売り場」ではなく、お客様がお買いになる場所という、お客様の視点から物を見ていることが伝わってくる言葉なのです。このような言霊を定着させていくことが、経営においては大事だと常々いわれていたのですが、最近忘れられているのではないでしょうか。
21世紀になってから、ビジネスジャーゴンにはお客様関連のものがみあたりません。ビジネスジャーゴンはITが流行っているときは、売らんがためのものでした。ことお客様にかかわるもので、企業の怠慢を戒めるようなものはほとんどありませんでした。そこで、原点に帰るという意味を含めて、日本企業が大事にしていた、「お客様」と呼んでいる言葉をもう一度使ってみようということで、今号のタイトルををつけたのです。
つきつめていえば、お客様を第一に考えるということは、企業で一番大切なことだと思うのです。日本の経営スタイル、風土に合っていることでもあります。ところが、90年代後半から、株主価値経営がいわれ始め、知らないうちに顧客主義が軽んじられてきたな、ということは多くの人が実感しているところだと思います。
そんななか、バリュー・ベースド・マネジメント(VBM)という言葉が出てきて、ビジネスモデル、企業内部の仕組みを変えていかなくてはならないという考えが強くなってきました。もちろん、これらは大切なことです。かといって効率を優先する、自社の仕組みや事情を優先してやって良いということはありえないのです。
正直、私自身、自分の会社を省みたとき、天につばを吐くような気持ちにさせられます。出版、テレビなど、マスメディアにはお客様という言葉がない。読者であり視聴者なのです。創る人と読む人、観る人なのです。
出版社が大切にしているステークホルダーは、書店であり、校正、ライターなどのスタッフです。エンドユーザーとの接点がしっかりとなされていないのです。もちろん、お客様を大事にしていないとはいいませんが、一番大事にいているかどうか、その部分について自分自身を含め再度考え直したい、これが今号のテーマです。(岩崎 卓也)
サービス業にいらっしゃる方は「顧客」「消費者」という言葉を日常的に使うことはないと思います。「お客様」と呼んでいるはずです。「顧客」「消費者」って冷たい言い方だと思いませんか。伊勢丹の有名な言葉で「お買い場」というものがあります。商品の「売り場」ではなく、お客様がお買いになる場所という、お客様の視点から物を見ていることが伝わってくる言葉なのです。このような言霊を定着させていくことが、経営においては大事だと常々いわれていたのですが、最近忘れられているのではないでしょうか。
21世紀になってから、ビジネスジャーゴンにはお客様関連のものがみあたりません。ビジネスジャーゴンはITが流行っているときは、売らんがためのものでした。ことお客様にかかわるもので、企業の怠慢を戒めるようなものはほとんどありませんでした。そこで、原点に帰るという意味を含めて、日本企業が大事にしていた、「お客様」と呼んでいる言葉をもう一度使ってみようということで、今号のタイトルををつけたのです。
つきつめていえば、お客様を第一に考えるということは、企業で一番大切なことだと思うのです。日本の経営スタイル、風土に合っていることでもあります。ところが、90年代後半から、株主価値経営がいわれ始め、知らないうちに顧客主義が軽んじられてきたな、ということは多くの人が実感しているところだと思います。
そんななか、バリュー・ベースド・マネジメント(VBM)という言葉が出てきて、ビジネスモデル、企業内部の仕組みを変えていかなくてはならないという考えが強くなってきました。もちろん、これらは大切なことです。かといって効率を優先する、自社の仕組みや事情を優先してやって良いということはありえないのです。
正直、私自身、自分の会社を省みたとき、天につばを吐くような気持ちにさせられます。出版、テレビなど、マスメディアにはお客様という言葉がない。読者であり視聴者なのです。創る人と読む人、観る人なのです。
出版社が大切にしているステークホルダーは、書店であり、校正、ライターなどのスタッフです。エンドユーザーとの接点がしっかりとなされていないのです。もちろん、お客様を大事にしていないとはいいませんが、一番大事にいているかどうか、その部分について自分自身を含め再度考え直したい、これが今号のテーマです。(岩崎 卓也)
2007/09/01
教えて欲しいことがあります
今年になってから3度の世界同時株安が起こりました。2月の中国上海からの株安、3月の米国の株安、7月に起こった株安。今回はご存知の通り、米国のサブプライム問題が理由とされています。この問題はどこまで飛び火するのでしようか。
竹中平蔵氏の発言は楽観的です。世界経済が米国依存を強めていることから、影響の波及が大きい面はあるとするものの、そんなに深刻な問題ではないといっています。かつて、大臣をおやりになったことや経済学者というお立場にあることなどから影響力を考慮し、あえてオブラートに包んでいるのかとも思います。
他方、大前研一氏はサブプライムローンの証券化を問題だと指摘しています。サブプライムローンが何千、何万と束ねられREITのような小口債券化した商品、いわゆるABS(アセット・バックト・セキュリティ:資産担保証券)に転じていることの危うさを指摘しています。サブプライムとは住宅ローンの一種です。本当だったら貸してはいけない人たちに、高利で貸していたのがサブプライムローンなのです。
ABS化したものを各国の機関投資家がどれだけポートフォーリオの中に入れているのかわかりませんが、日本の機関投資家も買っていることは確かです。ここに問題があるのだと思います。
証券化することで最初のお金がどんどん姿を変えていっています。私はセカンドオピニオンとして、あらゆる新聞に目を通したわけではありません。しかし、少なくとも竹中氏と大前氏の言っていることは全く違うわけです。竹中さんはそんなにゆゆしき問題ではないと言っています。他方、大前氏は深刻な問題だと言っているのです。ちょっとわからない状況になっています。
なかでも、市場の予測に関しては証券会社のエコノミストというのは専門家なのでしょうが、ニュートラルではないような気がします。私が知りたいのは、ニュートラルで本当のこと言ってくれるエコノミストは誰なのか、ということです。
皆様、ニュートラルで本当のことを言ってくれるエコノミストをご存知でしたら教えていただけますか。このブログのコメント欄に、エコノミスト名やご解説等を入れていただけるとうれしいです。
もちろん、プライムローンの問題に関しては、正しいことを言える人がいるのかどうか、難しい面もあります。今の市場はひとつのことが動けば複雑に多数のものが絡み合って、予想外のものが動くといった状況です。このようなカオスな経済を正しく読める人なんて、つきつめるといないのかもしれません。
だったら、「読めない」って自ら言って欲しい気もしますが、できないのが専門家のつらいところなのでしょう。ただ、私たちとしては、投資判断はなんかの形で欲しいものです。
エコノミストをご存知の方、教えてください。(岩崎 卓也)
竹中平蔵氏の発言は楽観的です。世界経済が米国依存を強めていることから、影響の波及が大きい面はあるとするものの、そんなに深刻な問題ではないといっています。かつて、大臣をおやりになったことや経済学者というお立場にあることなどから影響力を考慮し、あえてオブラートに包んでいるのかとも思います。
他方、大前研一氏はサブプライムローンの証券化を問題だと指摘しています。サブプライムローンが何千、何万と束ねられREITのような小口債券化した商品、いわゆるABS(アセット・バックト・セキュリティ:資産担保証券)に転じていることの危うさを指摘しています。サブプライムとは住宅ローンの一種です。本当だったら貸してはいけない人たちに、高利で貸していたのがサブプライムローンなのです。
ABS化したものを各国の機関投資家がどれだけポートフォーリオの中に入れているのかわかりませんが、日本の機関投資家も買っていることは確かです。ここに問題があるのだと思います。
証券化することで最初のお金がどんどん姿を変えていっています。私はセカンドオピニオンとして、あらゆる新聞に目を通したわけではありません。しかし、少なくとも竹中氏と大前氏の言っていることは全く違うわけです。竹中さんはそんなにゆゆしき問題ではないと言っています。他方、大前氏は深刻な問題だと言っているのです。ちょっとわからない状況になっています。
なかでも、市場の予測に関しては証券会社のエコノミストというのは専門家なのでしょうが、ニュートラルではないような気がします。私が知りたいのは、ニュートラルで本当のこと言ってくれるエコノミストは誰なのか、ということです。
皆様、ニュートラルで本当のことを言ってくれるエコノミストをご存知でしたら教えていただけますか。このブログのコメント欄に、エコノミスト名やご解説等を入れていただけるとうれしいです。
もちろん、プライムローンの問題に関しては、正しいことを言える人がいるのかどうか、難しい面もあります。今の市場はひとつのことが動けば複雑に多数のものが絡み合って、予想外のものが動くといった状況です。このようなカオスな経済を正しく読める人なんて、つきつめるといないのかもしれません。
だったら、「読めない」って自ら言って欲しい気もしますが、できないのが専門家のつらいところなのでしょう。ただ、私たちとしては、投資判断はなんかの形で欲しいものです。
エコノミストをご存知の方、教えてください。(岩崎 卓也)
2007/08/29
社会保険庁の組織IQ
組織IQという概念をご存知でしょうか。知能指数IQと同じように、組織の能力を測る概念として組織IQというものがあります。スタンフォード大学を中心とするチームが90年代半ばに開発し、日本には99年に紹介されています。弊社刊行『スマート・カンパニー』(ヘイム メンデルソン 、ヨハネス ジーグラー共著)など、組織IQについて触れている書籍もあります。この概念では、組織の能力はメンバー個人の知識やスキルではなく、組織全体として意思決定の仕組みやルールが整備されているかどうかが大切になってきます。
早稲田大学ビジネススクールの平野雅章教授は経営情報学をご専門とされており、組織IQに関する研究をしています。実にこれがおもしろいのです。組織IQが低い組織はIT投資額が多くても期待した結果が出せない傾向があるというのです。IT投資を実行する前に、まずは組織IQの向上を行わなくてはならないわけですね。
多額のお金をかけて最新設備のITを導入しても、組織IQが低いと運用面で慣れるまでのラーニングカーブがなかなか上がりません。むしろ、組織のパフォーマンスを下げてしまうことすらあるのです。私たちは最先端のテクノロジーを導入すると聞くと、それだけで安心してしまう傾向があります。しかし、実際はそうではないのです。
話は変わりますが、ここのところ社会保険庁に関する問題を耳にする機会が多くあります。ずさんな業務運営についていえば、ここまで組織全体のばらつきをなくせること自体、驚かされます。総じてミスをしている。このような組織のことを「組織IQが低い」というのでしょう。社会保険庁の問題を解決するのなら、年金に関して詳しい人が問題に斬り込んでも抜本的な解決には至らないような気がします。本当に必要なのは意思決定プロセスの改善なのでしょう。今、社会保険庁に必要なのはコンサル担当、マッキンゼーやBCGなどのコンサルタントなのではないでしょうか。(岩崎 卓也)
早稲田大学ビジネススクールの平野雅章教授は経営情報学をご専門とされており、組織IQに関する研究をしています。実にこれがおもしろいのです。組織IQが低い組織はIT投資額が多くても期待した結果が出せない傾向があるというのです。IT投資を実行する前に、まずは組織IQの向上を行わなくてはならないわけですね。
多額のお金をかけて最新設備のITを導入しても、組織IQが低いと運用面で慣れるまでのラーニングカーブがなかなか上がりません。むしろ、組織のパフォーマンスを下げてしまうことすらあるのです。私たちは最先端のテクノロジーを導入すると聞くと、それだけで安心してしまう傾向があります。しかし、実際はそうではないのです。
話は変わりますが、ここのところ社会保険庁に関する問題を耳にする機会が多くあります。ずさんな業務運営についていえば、ここまで組織全体のばらつきをなくせること自体、驚かされます。総じてミスをしている。このような組織のことを「組織IQが低い」というのでしょう。社会保険庁の問題を解決するのなら、年金に関して詳しい人が問題に斬り込んでも抜本的な解決には至らないような気がします。本当に必要なのは意思決定プロセスの改善なのでしょう。今、社会保険庁に必要なのはコンサル担当、マッキンゼーやBCGなどのコンサルタントなのではないでしょうか。(岩崎 卓也)
2007/08/25
自分らしさを出せるリーダー
2007年9月号に『「自分らしさ 」のリーダーシップ』という論稿が掲載されています。原題は「Discovering Your Authentic Leadership」です。Authenticについては直訳すると「本物志向」となりますが、より日本語として意味が近い「自分らしさ」という言葉で訳しました。
執筆者の第一の主張はリーダーは人の真似をしてはダメだということです。数年前のこと、経営者の中にはジャック・ウェルチになろうとしている人がたくさんいました。でも、リーダーシップにはいろいろな形があります。真似をしようとすると、どうしても表面的な部分を取り入れることになってしまいがちです。
傲慢とカリスマを混同することもあるでしょう。それが執務に反映されたとしたら部下は不幸です。人の真似をしようとすると、まずはその人の形から入ります。傲慢なところを真似て有名な経営者に近づいた気になってしまう。そこが怖いのです。
この論稿では〈偉大なリーダーを真似しても限界があるので、自分らしさを貫きなさい〉というメッセージを出しています。本論のなかでは触れていませんが、人は偉くなるとどうしても権限を使い、威張ることになりがちです。以前、弊誌でも別の論文で紹介しましたが、新米のリーダーは周りから権限を使っても良い、というメッセージをもらってから初めて権限を使えるのだと。簡単にいうと謙虚さが大事ということになります。さらにリーダーは自分らしさを忘れてはいけないということなのです。
この論稿では自分らしさを貫くリーダーへの成長ステップとして、これまでの自分史を振り返ることをすすめています。内省をするのは照れくさいものがありますが、日本人ならば座禅を組みながら自分と向き合うといったやり方が、一番良いのでしょうか。
自分を良く知り、自分らしさを出すことで、部下やパートナーの力を引き出し成果を出し続けられるリーダーになるのです。(岩崎 卓也)
執筆者の第一の主張はリーダーは人の真似をしてはダメだということです。数年前のこと、経営者の中にはジャック・ウェルチになろうとしている人がたくさんいました。でも、リーダーシップにはいろいろな形があります。真似をしようとすると、どうしても表面的な部分を取り入れることになってしまいがちです。
傲慢とカリスマを混同することもあるでしょう。それが執務に反映されたとしたら部下は不幸です。人の真似をしようとすると、まずはその人の形から入ります。傲慢なところを真似て有名な経営者に近づいた気になってしまう。そこが怖いのです。
この論稿では〈偉大なリーダーを真似しても限界があるので、自分らしさを貫きなさい〉というメッセージを出しています。本論のなかでは触れていませんが、人は偉くなるとどうしても権限を使い、威張ることになりがちです。以前、弊誌でも別の論文で紹介しましたが、新米のリーダーは周りから権限を使っても良い、というメッセージをもらってから初めて権限を使えるのだと。簡単にいうと謙虚さが大事ということになります。さらにリーダーは自分らしさを忘れてはいけないということなのです。
この論稿では自分らしさを貫くリーダーへの成長ステップとして、これまでの自分史を振り返ることをすすめています。内省をするのは照れくさいものがありますが、日本人ならば座禅を組みながら自分と向き合うといったやり方が、一番良いのでしょうか。
自分を良く知り、自分らしさを出すことで、部下やパートナーの力を引き出し成果を出し続けられるリーダーになるのです。(岩崎 卓也)
2007/08/22
お父さんのひざの上に座る意味
7月、元文化庁長官の河合隼雄先生が亡くなられました。私は何冊かご著書を拝読いたしましたが、教育に関する記述で印象に残ったものがあります。先生がおっしゃるには、子供が育つ上で子供を取り囲む環境には二種類あるといい、それは父性的なものと母性的なものだというのです。
かつての日本社会における家父長制の中で、「お父さん」は家の真ん中に腰をおろしていました。家には親戚やご近所、そして御用聞きなどが自由に出入りしていたものです。子供がお父さんのひざの上に座る姿はどの家庭でも珍しいことではなく、子供は父親がする大人たちの会話を耳にしていたものです。この時代の子供はさまざまな情報が入ってくるきわめてオープンなシステムの中で育ったわけです。他方、母親はクローズドシステム、守ってあげる愛で子供を抱え込むわけです。当時、両者のバランスはほどよくとれていました。
このような状況下、昭和の中くらいから日本の学校教育は知識偏重になっていきます。今振り返ると、それは間違いだったとは思えません。貧しい国から輸出立国に変わっていく上で必要なことだったのです。その反動でゆとり教育という別の方向に転換したわけですけれども。河合先生の書かれたものを読んでいていると、今の日本の教育で必要なことは父性と母性の二種類のバランスをはかるということなのではないか、と感じました。オープンシステム一方だけが強いと、世の中の風説を浴びる、ストレス耐性といった面で強くなる可能性はあります。その分、寛容性がなくなってしまうのです。
団塊ジュニア以降は母性が強くなっていきました。背景にあったものは核家族化と共働きということだと思います。だから都市部で顕著に出ているのです。親とふれあう時間が少なくなっているから、親は必要以上にわが子をかわいがってしまうケースも見られます。父性と母性のバランスはどの程度がベストかはわかりませんが、従来バランスしていたものと、今とでは明らかに違いがあります。母性の方に重きがあって、父性というのはなくなりつつあるといえます。
朝、8時過ぎに近所を歩いていると、「お子様のお通りです」みたいな様子で子供は学校に向かいます。横断歩道では用心棒のように、保護者や祖父母が立っているわけじゃないですか。要人が来たのか、というくらい子供を厚く保護しているわけです。外に出ることですら、このように慈しまれているわけですね。学校でも、家でも保護されて、これでいいのか保護しすぎなのではないか、と思うときがあります。
私が子供の頃、『放任主義』(羽仁進著)がベストセラーになりました。私は小学校のとき読んだ記憶があるのです。恐らく私の親が読んでいたのでしょう。どう考えても、この「放任主義」からは、今の家庭教育は遠くなっています。過保護な親、行き過ぎた世話焼き、この現状を見て、父性と母性のバランスが崩れているに違いないことを肌で感じました。(岩崎 卓也)
かつての日本社会における家父長制の中で、「お父さん」は家の真ん中に腰をおろしていました。家には親戚やご近所、そして御用聞きなどが自由に出入りしていたものです。子供がお父さんのひざの上に座る姿はどの家庭でも珍しいことではなく、子供は父親がする大人たちの会話を耳にしていたものです。この時代の子供はさまざまな情報が入ってくるきわめてオープンなシステムの中で育ったわけです。他方、母親はクローズドシステム、守ってあげる愛で子供を抱え込むわけです。当時、両者のバランスはほどよくとれていました。
このような状況下、昭和の中くらいから日本の学校教育は知識偏重になっていきます。今振り返ると、それは間違いだったとは思えません。貧しい国から輸出立国に変わっていく上で必要なことだったのです。その反動でゆとり教育という別の方向に転換したわけですけれども。河合先生の書かれたものを読んでいていると、今の日本の教育で必要なことは父性と母性の二種類のバランスをはかるということなのではないか、と感じました。オープンシステム一方だけが強いと、世の中の風説を浴びる、ストレス耐性といった面で強くなる可能性はあります。その分、寛容性がなくなってしまうのです。
団塊ジュニア以降は母性が強くなっていきました。背景にあったものは核家族化と共働きということだと思います。だから都市部で顕著に出ているのです。親とふれあう時間が少なくなっているから、親は必要以上にわが子をかわいがってしまうケースも見られます。父性と母性のバランスはどの程度がベストかはわかりませんが、従来バランスしていたものと、今とでは明らかに違いがあります。母性の方に重きがあって、父性というのはなくなりつつあるといえます。
朝、8時過ぎに近所を歩いていると、「お子様のお通りです」みたいな様子で子供は学校に向かいます。横断歩道では用心棒のように、保護者や祖父母が立っているわけじゃないですか。要人が来たのか、というくらい子供を厚く保護しているわけです。外に出ることですら、このように慈しまれているわけですね。学校でも、家でも保護されて、これでいいのか保護しすぎなのではないか、と思うときがあります。
私が子供の頃、『放任主義』(羽仁進著)がベストセラーになりました。私は小学校のとき読んだ記憶があるのです。恐らく私の親が読んでいたのでしょう。どう考えても、この「放任主義」からは、今の家庭教育は遠くなっています。過保護な親、行き過ぎた世話焼き、この現状を見て、父性と母性のバランスが崩れているに違いないことを肌で感じました。(岩崎 卓也)
2007/08/18
企業の存立とCSR
いつから企業にとって、事業と社会性が別のものになったのでしょうか。知らないうちに、カネを儲けることが事業になってしまったような気がします。そもそも、企業は社会に価値のあるものを提供するために、ひとりではできないことをみんなでやりましょう、ということでできたものです。これが株式会社や組織の成り立ちだったわけです。それなのに、いまでは事業と社会性が別々に議論されるようになってしまいました。企業に対してCSRを問うこと自体がおかしいな、と思うことがあります。
企業の責任は「まずは遵法義務だ」という言葉をよく耳にするようにもなりました。この「まずは」というのもおかしなことだと思うのです。なぜなら、あまりにも当たり前のことだからです。90年代、社会貢献という言葉が言われ始め浸透していくわけですが、そんなことは言われなければいけないのか、というところが悲しいですね。
組織が巨大化していくほど、ルールが必要になってくる。ルールが複雑になっていくと、知らないうちに大事なものを見失っていく。このようなジレンマが組織にはあるとは思います。そういった意味で、CSRを忘れずにいましょうというメッセージがもともとはあったと思います。それは間違いではないと思うのですが、原点を忘れて単なる寄付行為や慈善活動をすればいい、という形になってしまっている部分を目にすると、少し違うのではないかと感じました。もちろん、なかにはあえて区別をしておかないとやりきれないものもあります。例えば、身体障害者の雇用がそれにあたります。雇用を確保するには、別途CSRの看板を掲げる必要はあるのかもしれません。
今号の特集は『「脱」管理主義のリーダーシップ』です。人を動機付けることは、ふたつあると思います。衛生要因に注目するやり方がひとつ。そして、もうひとつはシグニチャー・エクスペリエンスと関連します。シグニチャー・エクスペリエンスは今号掲載の『「理想の職場」のつくり方』に記載されています。内容はそちらを参考にしていただくとして、最近は社会に対して手ごたえのある仕事をしたいという方が増えています。それに伴い、その企業の社会性が重視されてきているのです。このこと自体、そもそもの企業の存立の理由に疑問を投げかける要求だと感じました。今一度企業と社会性というものについて考える時なのではないか、と思った次第です。(岩崎 卓也)
企業の責任は「まずは遵法義務だ」という言葉をよく耳にするようにもなりました。この「まずは」というのもおかしなことだと思うのです。なぜなら、あまりにも当たり前のことだからです。90年代、社会貢献という言葉が言われ始め浸透していくわけですが、そんなことは言われなければいけないのか、というところが悲しいですね。
組織が巨大化していくほど、ルールが必要になってくる。ルールが複雑になっていくと、知らないうちに大事なものを見失っていく。このようなジレンマが組織にはあるとは思います。そういった意味で、CSRを忘れずにいましょうというメッセージがもともとはあったと思います。それは間違いではないと思うのですが、原点を忘れて単なる寄付行為や慈善活動をすればいい、という形になってしまっている部分を目にすると、少し違うのではないかと感じました。もちろん、なかにはあえて区別をしておかないとやりきれないものもあります。例えば、身体障害者の雇用がそれにあたります。雇用を確保するには、別途CSRの看板を掲げる必要はあるのかもしれません。
今号の特集は『「脱」管理主義のリーダーシップ』です。人を動機付けることは、ふたつあると思います。衛生要因に注目するやり方がひとつ。そして、もうひとつはシグニチャー・エクスペリエンスと関連します。シグニチャー・エクスペリエンスは今号掲載の『「理想の職場」のつくり方』に記載されています。内容はそちらを参考にしていただくとして、最近は社会に対して手ごたえのある仕事をしたいという方が増えています。それに伴い、その企業の社会性が重視されてきているのです。このこと自体、そもそもの企業の存立の理由に疑問を投げかける要求だと感じました。今一度企業と社会性というものについて考える時なのではないか、と思った次第です。(岩崎 卓也)
2007/08/14
リーダーは完璧になる必要はない
ピーター M.センゲという学者をご存知でしょうか。MIT スローン・スクール・オブ・マネジメントの上級講師で、「学習する組織」を提唱した人です。今月号の「完全なるリーダーはいらない」では執筆者の一人として寄稿し、〈リーダーを目指す人は完璧になる必要はないのだよ〉という心が温まるメッセージを発しています。
“Incomplete leader”という言葉を使い、完璧は現実的には不可能であると主張します。さらに、リーダーはまわりの人たちの協力を仰ぎながら、個人の技ではなく組織的にリーダーシップを構築することの大切さを示唆しています。
センゲが執筆陣に入っているだけあって、学習することによって組織能力を高めていくという発想が根底にあり、これが本論の特徴になっています。また、昔からMITの方たちは、組織はネットワークであり、情報というものがすべての関係を作っているという考え方をしています。
例えば、私が一緒に仕事をしている営業部門の人とのあいだには、「DHBR」担当者と編集者という関係があり、情報が交換されていきます。そこには先輩と後輩、そのほかいろいろな関係があるのです。そのなかで情報は変わって行きます。営業担当者のセクションが変わったときには、別の関係が生じ違う情報が行きかうことになるわけです。さらには、仕事の接点がなくなると関係がなくなることもあります。その関係というのは相手の役割によって情報が変わり、その時に態度も変わるという考え方をします。この論稿でも、情報と関係についてMITらしさを感じる部分があります。
本論がすすめているのは「完全なリーダーシップ」ではなく「分散型リーダーシップ」です。自分の足りないところを誰かに補ってもらう。と、同時に補ってもらう相手に自分の強みを発揮しましょうということが書かれています。相互依存型のリーダーシップスタイルというのが本当のリーダーの姿だということなのです。
ピーター M.センゲは「HBR」アメリカ本誌ではひんぱんに登場する学者ではありません。久しぶりにセンゲが出てきたということもあり、今月号のオススメとしてこの論稿を紹介させていただきました。(岩崎 卓也)
“Incomplete leader”という言葉を使い、完璧は現実的には不可能であると主張します。さらに、リーダーはまわりの人たちの協力を仰ぎながら、個人の技ではなく組織的にリーダーシップを構築することの大切さを示唆しています。
センゲが執筆陣に入っているだけあって、学習することによって組織能力を高めていくという発想が根底にあり、これが本論の特徴になっています。また、昔からMITの方たちは、組織はネットワークであり、情報というものがすべての関係を作っているという考え方をしています。
例えば、私が一緒に仕事をしている営業部門の人とのあいだには、「DHBR」担当者と編集者という関係があり、情報が交換されていきます。そこには先輩と後輩、そのほかいろいろな関係があるのです。そのなかで情報は変わって行きます。営業担当者のセクションが変わったときには、別の関係が生じ違う情報が行きかうことになるわけです。さらには、仕事の接点がなくなると関係がなくなることもあります。その関係というのは相手の役割によって情報が変わり、その時に態度も変わるという考え方をします。この論稿でも、情報と関係についてMITらしさを感じる部分があります。
本論がすすめているのは「完全なリーダーシップ」ではなく「分散型リーダーシップ」です。自分の足りないところを誰かに補ってもらう。と、同時に補ってもらう相手に自分の強みを発揮しましょうということが書かれています。相互依存型のリーダーシップスタイルというのが本当のリーダーの姿だということなのです。
ピーター M.センゲは「HBR」アメリカ本誌ではひんぱんに登場する学者ではありません。久しぶりにセンゲが出てきたということもあり、今月号のオススメとしてこの論稿を紹介させていただきました。(岩崎 卓也)
2007/08/11
シグニチャー・エクスペリエンスと低い離職率
今月号の特集は「脱管理主義のリーダーシップ」です。そのなかに『「理想の職場」のつくり方』という論稿があります。ここで、ポイントとなる言葉は「シグニチャー・エクスペリエンス」です。まだ、日本語になっていないので今回の論稿では訳をつけていません。
この言葉の意味は、その組織ならではの、もっと言うとその組織でしか得られない業務経験を指します。
実は、シグニチャー・エクスペリエンスがちゃんとしている会社は離職率が低いのです。それは当然のことで、その組織ならではの経験があるから従業員にとってその職場が好きな場所であることを保証できる、適さない人材は採用に至らない、といったことが可能になるのです。結果として、自社に適した人材を採用できるのです。
この論稿は何をメッセージとして発しているのかというと、今、日本企業は多数の人材を採用しています。リクルーターは口にこそしませんが、ふるいをかけて残ればいいという本音が見え隠れします。規模を確保することで、最終的に残るであろう優秀な人材が10パーセント程度ならば良いといった発想があるように思われます。この考えに対する警鐘がこの論稿にはあるのです。
シグニチャー・エクスペリエンスを大切にしている会社は、採用した人数は少人数でもいいからそのうちの9割を残すという考え方をします。300人を採用して30人を残すのか、33人採って30人を残すのか。そういうことなのです。
事例としてホール・フーズ・マーケットという企業を取り上げています。この会社は日本にはまだありませんが、無農薬、健康志向の高い食材を扱っています。特徴的なのは従業員が採用に携わるのです。肉売り場から肉売り場で新しく働く人を採用し、チームの業績は個人の業績とリンクさせています。仲間になれないやつは採らない、といったやり方でもあるのです。
そのほか、本論ではゴールドマン・サックスの人材募集に関するシグニチャー・エクスペリエンスや、スターバックスの店舗でのOJTなど、具体的な事例の解説が掲載されています。
人材争奪戦が繰り広げられるなか、片っ端からかき集めるのが最良のやり方だとはいえません。シグニチャー・エクスペリエンスは採用に当たって何にポイントを置くのか、再考させてくれる新しい言葉だといえます。(岩崎 卓也)
この言葉の意味は、その組織ならではの、もっと言うとその組織でしか得られない業務経験を指します。
実は、シグニチャー・エクスペリエンスがちゃんとしている会社は離職率が低いのです。それは当然のことで、その組織ならではの経験があるから従業員にとってその職場が好きな場所であることを保証できる、適さない人材は採用に至らない、といったことが可能になるのです。結果として、自社に適した人材を採用できるのです。
この論稿は何をメッセージとして発しているのかというと、今、日本企業は多数の人材を採用しています。リクルーターは口にこそしませんが、ふるいをかけて残ればいいという本音が見え隠れします。規模を確保することで、最終的に残るであろう優秀な人材が10パーセント程度ならば良いといった発想があるように思われます。この考えに対する警鐘がこの論稿にはあるのです。
シグニチャー・エクスペリエンスを大切にしている会社は、採用した人数は少人数でもいいからそのうちの9割を残すという考え方をします。300人を採用して30人を残すのか、33人採って30人を残すのか。そういうことなのです。
事例としてホール・フーズ・マーケットという企業を取り上げています。この会社は日本にはまだありませんが、無農薬、健康志向の高い食材を扱っています。特徴的なのは従業員が採用に携わるのです。肉売り場から肉売り場で新しく働く人を採用し、チームの業績は個人の業績とリンクさせています。仲間になれないやつは採らない、といったやり方でもあるのです。
そのほか、本論ではゴールドマン・サックスの人材募集に関するシグニチャー・エクスペリエンスや、スターバックスの店舗でのOJTなど、具体的な事例の解説が掲載されています。
人材争奪戦が繰り広げられるなか、片っ端からかき集めるのが最良のやり方だとはいえません。シグニチャー・エクスペリエンスは採用に当たって何にポイントを置くのか、再考させてくれる新しい言葉だといえます。(岩崎 卓也)
2007/08/08
コンピタンシーモデルでいいのか検討していますか
経営ツールや人事関連ツールなど、マネジメントのソフトウェアについていうと、自社に合うものと合わないものがあります。導入する場合、真剣に考え検討しないといけないと思います。現在、日本企業の多くにコンピタンシーモデルが入っています。本当に自分の会社がコンピタンシーモデルで良いのか、検討することが大切です。本当に必要性があるのか? という素朴な疑問を持つことが大事なのではないでしょうか。
クリエイティヴィティを開発しよう、と良くいわれています。でも、原子力発電所や飛行機メーカー、生命にかかわるような職場で、いたずらにクリエイティヴィティが開発されたらどうなるでしょうか。開発者が創造性を発揮して自由に製品を開発していったのなら、危険なことも起こります。このような職場ではクリエイティヴィティは必ずしも必要ではないのです。
パイロットはA地点からB地点に安全でかつ、快適に乗客を届けるということが大切な仕事です。わざわざ遠回りして、北極を見に行こう、というようなことはしなくていいのです。話はそれますが、そう考えると、「パイロットって単純労働的な要素がある割に、随分給料高いなぁ」と前々から思っていました。英語を流暢に話す必要もないし、計器類は自動操縦です。確かに、目が良くなくてはいけないといった肉体的な制約がある、さらには精神的にも肉体的にも大変、ということは聞いています。それでも、ちょっと給料が高すぎると感じているのは私だけでしょうか。もちろん、人命を預かっているということで、非常に責任のある仕事だということはわかります。自己管理などをしっかりしていることと思います。そういうことを含めると、高い給料が必要なのかもしれません。そのことはわかるのですが、どうも高いと感じてしまいます。
話を戻すと、警察官などに対して求められているクリエイティヴィティは、メーカーに求められているものと性質が異なります。しかし、企業によっては自社の事業や従業員の行っている職種を考慮しきれていないまま、言葉に惑わされて新しいツールなどを入れてしまいます。自社にそのツールが合っているのかどうかは重要なことだと思っています。(岩崎 卓也)
クリエイティヴィティを開発しよう、と良くいわれています。でも、原子力発電所や飛行機メーカー、生命にかかわるような職場で、いたずらにクリエイティヴィティが開発されたらどうなるでしょうか。開発者が創造性を発揮して自由に製品を開発していったのなら、危険なことも起こります。このような職場ではクリエイティヴィティは必ずしも必要ではないのです。
パイロットはA地点からB地点に安全でかつ、快適に乗客を届けるということが大切な仕事です。わざわざ遠回りして、北極を見に行こう、というようなことはしなくていいのです。話はそれますが、そう考えると、「パイロットって単純労働的な要素がある割に、随分給料高いなぁ」と前々から思っていました。英語を流暢に話す必要もないし、計器類は自動操縦です。確かに、目が良くなくてはいけないといった肉体的な制約がある、さらには精神的にも肉体的にも大変、ということは聞いています。それでも、ちょっと給料が高すぎると感じているのは私だけでしょうか。もちろん、人命を預かっているということで、非常に責任のある仕事だということはわかります。自己管理などをしっかりしていることと思います。そういうことを含めると、高い給料が必要なのかもしれません。そのことはわかるのですが、どうも高いと感じてしまいます。
話を戻すと、警察官などに対して求められているクリエイティヴィティは、メーカーに求められているものと性質が異なります。しかし、企業によっては自社の事業や従業員の行っている職種を考慮しきれていないまま、言葉に惑わされて新しいツールなどを入れてしまいます。自社にそのツールが合っているのかどうかは重要なことだと思っています。(岩崎 卓也)
2007/08/04
模索段階にあるナレッジワーカーの人事制度
近代社会で人事制度の多くはブルーカラーの管理をベースに作られてきました。そのためにホワイトカラーの、さらに翻ってナレッジワーカーの人事制度は、模索段階にいまだにあるだろうなと思うのです。
コンピタンシーで管理するというのは、その一つのツールなわけです。そのほか、カフェテリア・プランや異動のことを考えた401kだとか、人事ツールや福利厚生プログラムがいろいろと出てきました。これらが現状に合った形になっているのかというと、まだまだではないでしょうか。
人材に投資するということでGEといった企業の話が良く出てきます。サウスウエスト航空など、一部の進んだ企業があることは事実ですが、それらは特異なケースだといえます。
このような進んだ企業の事例が紹介される一方で、ホワイトカラーのサボタージュをどうやって止めるのかといった、現実に即した話はあまり議論されていません。メンタルヘルス問題についての決定打もない、ワーカーホリックの人をどう処遇するのか、そういうこともわかってないのです。
今のところブルーワーカーのような単純労働を前提にしているので、同じように均一的な労働をして、一人当たりもそんなに差が出ていないことが目に付きます。パフォーマンスに、ばらつきがない人たちを管理する仕組みの中で人事制度が依然として残っているのです。
ばらつきがない人たちを管理することが根幹にあるから、なかなか特異な人たちを処分し切れない。これも現実です。他方、日本はスターを排出するような仕組みを持たないからこそ強いんだという人もいるし、いやいや、これからはタレントタレントがいないと、ナレッジエコノミーで勝っていけないのですよ、という意見もあります。どちらも正しいと思います。一律に事務職の人は総合職よりも給料が安くてもいいのだ、という暴論はもう今の時代ではあてはまりません。
プロセスを再設定してその時に、もっと面白いことをやれるような人たち。これは昔からある議論ですが、こういう人たちは間接業務をやっているけれども、その中で、非常に高いバリューを出せるのです。こういう人をどう処分するのか、「間接部門だからあなたコストでしょ。コストのくせに、偉そうなこと言うなと」という言い方も一方であります。
いまだに解決ができてないのが人事の問題なのかな、という気がします。(岩崎 卓也)
コンピタンシーで管理するというのは、その一つのツールなわけです。そのほか、カフェテリア・プランや異動のことを考えた401kだとか、人事ツールや福利厚生プログラムがいろいろと出てきました。これらが現状に合った形になっているのかというと、まだまだではないでしょうか。
人材に投資するということでGEといった企業の話が良く出てきます。サウスウエスト航空など、一部の進んだ企業があることは事実ですが、それらは特異なケースだといえます。
このような進んだ企業の事例が紹介される一方で、ホワイトカラーのサボタージュをどうやって止めるのかといった、現実に即した話はあまり議論されていません。メンタルヘルス問題についての決定打もない、ワーカーホリックの人をどう処遇するのか、そういうこともわかってないのです。
今のところブルーワーカーのような単純労働を前提にしているので、同じように均一的な労働をして、一人当たりもそんなに差が出ていないことが目に付きます。パフォーマンスに、ばらつきがない人たちを管理する仕組みの中で人事制度が依然として残っているのです。
ばらつきがない人たちを管理することが根幹にあるから、なかなか特異な人たちを処分し切れない。これも現実です。他方、日本はスターを排出するような仕組みを持たないからこそ強いんだという人もいるし、いやいや、これからはタレントタレントがいないと、ナレッジエコノミーで勝っていけないのですよ、という意見もあります。どちらも正しいと思います。一律に事務職の人は総合職よりも給料が安くてもいいのだ、という暴論はもう今の時代ではあてはまりません。
プロセスを再設定してその時に、もっと面白いことをやれるような人たち。これは昔からある議論ですが、こういう人たちは間接業務をやっているけれども、その中で、非常に高いバリューを出せるのです。こういう人をどう処分するのか、「間接部門だからあなたコストでしょ。コストのくせに、偉そうなこと言うなと」という言い方も一方であります。
いまだに解決ができてないのが人事の問題なのかな、という気がします。(岩崎 卓也)
2007/08/01
村社会とすり合わせ型製品開発
私が若い頃、「三無主義」ということばがよく使われていました。無気力・無関心・無責任の3つの「無」の世代だという批判を若者が受けている時代があったのです。いつのときでも批判される対象は存在します。そのなかには、時代を経て評価が変わっていくものがあることも事実です。
従来からあるもので、今見直すべきものに、私は「村」があると思っています。村というコミュニティをもう一度見直してもいいのではないか、と私は思うときがあるのです。村社会はよろしくない、とする批判はあります。たしかに、村は排他的で一定の価値観が固定されていて、そこから発展しないという欠点があるのです。
でも、最近は必ずしも悪いところばかりではない、という気持ちになっています。まず、村社会のほうが長期的な思考になります。村というコミュニティはずっと続いていくわけですから。さらには、みんなで分け合おう、という気持ちが大変強いのが村の特徴です。
もちろん、村から出て都会で働きたいという人を批判してはいけません。出たいときはいつでも自由に出て行けるという自由な環境であることがひとつの前提としてあります。
インテグラルな製品、(以前こちらのブログで紹介したすり合わせ型の製品)を作るのならば、村という概念を再考したほうがいいのではないでしょうか。村は必要に応じて離合集散します。これはまさにプロジェクトというかたちをとって、村の組織を維持するのにあった考え方です。火災が生じたならば、それが自分の家から多少離れていても、村の人は現場に向かってバケツリレーで水を運ぶのです。このような点からも、リスクに対して強い側面を持っているといえます。
他方、モジュール型製品は都市型のほうが適しているのかも知れませんね。分業は取引コストを抑えるので、コストダウンにつながります。個人化が進むのはいたし方がないことですね。このような方式が向いているのは金融業でしょう。
すり合わせ型製品の開発は、資本主義でありながら社会主義である村社会で行われることに向いています。従って、今「村」というコミュニティの持つ良さをもう一度確かめるときではないかと思った次第です。(岩崎 卓也)
従来からあるもので、今見直すべきものに、私は「村」があると思っています。村というコミュニティをもう一度見直してもいいのではないか、と私は思うときがあるのです。村社会はよろしくない、とする批判はあります。たしかに、村は排他的で一定の価値観が固定されていて、そこから発展しないという欠点があるのです。
でも、最近は必ずしも悪いところばかりではない、という気持ちになっています。まず、村社会のほうが長期的な思考になります。村というコミュニティはずっと続いていくわけですから。さらには、みんなで分け合おう、という気持ちが大変強いのが村の特徴です。
もちろん、村から出て都会で働きたいという人を批判してはいけません。出たいときはいつでも自由に出て行けるという自由な環境であることがひとつの前提としてあります。
インテグラルな製品、(以前こちらのブログで紹介したすり合わせ型の製品)を作るのならば、村という概念を再考したほうがいいのではないでしょうか。村は必要に応じて離合集散します。これはまさにプロジェクトというかたちをとって、村の組織を維持するのにあった考え方です。火災が生じたならば、それが自分の家から多少離れていても、村の人は現場に向かってバケツリレーで水を運ぶのです。このような点からも、リスクに対して強い側面を持っているといえます。
他方、モジュール型製品は都市型のほうが適しているのかも知れませんね。分業は取引コストを抑えるので、コストダウンにつながります。個人化が進むのはいたし方がないことですね。このような方式が向いているのは金融業でしょう。
すり合わせ型製品の開発は、資本主義でありながら社会主義である村社会で行われることに向いています。従って、今「村」というコミュニティの持つ良さをもう一度確かめるときではないかと思った次第です。(岩崎 卓也)
2007/07/28
次月号の特集はリーダーシップ
次号の特集は『「脱」管理主義のリーダーシップ』です。企業は女性、若者、定年退職者に対する経営課題に取組んでいますが、本丸は中間管理職なのです。会社を支えている役割の大きさからいっても、企業が力を入れることは当然です。が、聞くところによるとうつ病が多いのが現状のようです。上司のなかには、昔のような働きぶりを再現できていない、ずいぶんひ弱になったな、と感じている人が多くいるようです。中間管理職はOJTの対象ではないと私は思っていたのですが、OJTが必要で、どのようにして能力をストレッチしていくかということが課題となっています。なかなか再教育が難しい世代です。実際、どういう形で取り組んでいるかというのは、普遍的な課題となっていくと私は感じています。
今日のブログではリーダー、なかでも権限の使い方に関することをふたつ書こうと思っています。ひとつは新任リーダーの話です。
なりたてのマネジャーに対する研修が流行っているようです。若い部下の接し方などを教えているといいます。弊誌バックナンバー2007年3月号に「新任マネジャーはなぜつまずいてしまうのか」という論稿があります。これは新任のリーダーの話で、参考になるのではないでしょうか。執筆者の主張は、権限って会社に与えられるものではなく、部下によって規定されるものであるという点が第一。リーダーは部下によってリーダーにならされるのです。環境によって、リーダーとして認められるのです。つまり、自分がリーダーだと思っているうちはリーダーではないのです。
とくに、その権限の行使の仕方を間違ってしまう例を良く目にします。リーダーになると権限が増えます。それをすぐに行使すると、アメリカでもみんなから嫌われるそうです。極端なことを言えば、権限はみんなから「使っていいよ」って言われてから使わないと駄目だということです。地位と権限を与えられると、本人はその気になってしまう。組織における温度差が上司と部下の間に生じるわけです。その温度差を縮めるように権限を使っていかなければいけない。これらのことがこの論稿に書かれています。
もうひとつは組織のフラット化の話です。フラット化をすると、部下は増えます。階層が減るので部下の数が多くなり、みなくていけない人の数が増えるのです。今まで3人だけ管理すればよかったのが9人もの人を見なければいけなくなる。フラット化を一気に実行すると失敗するといわれています。リーダーの権限が増えるので、どう使っていったらよいかわからなくなってしまうわけです。これが失敗の一因となっているといわれています。
今回はリーダーの権限の使い方に関することをふたつ書きました。特集記事では今回のこのブログとは別の視点から、リーダーシップについて斬り込んだ論稿も掲載いたします。詳細は次のブログ記事で紹介します。(岩崎 卓也)
今日のブログではリーダー、なかでも権限の使い方に関することをふたつ書こうと思っています。ひとつは新任リーダーの話です。
なりたてのマネジャーに対する研修が流行っているようです。若い部下の接し方などを教えているといいます。弊誌バックナンバー2007年3月号に「新任マネジャーはなぜつまずいてしまうのか」という論稿があります。これは新任のリーダーの話で、参考になるのではないでしょうか。執筆者の主張は、権限って会社に与えられるものではなく、部下によって規定されるものであるという点が第一。リーダーは部下によってリーダーにならされるのです。環境によって、リーダーとして認められるのです。つまり、自分がリーダーだと思っているうちはリーダーではないのです。
とくに、その権限の行使の仕方を間違ってしまう例を良く目にします。リーダーになると権限が増えます。それをすぐに行使すると、アメリカでもみんなから嫌われるそうです。極端なことを言えば、権限はみんなから「使っていいよ」って言われてから使わないと駄目だということです。地位と権限を与えられると、本人はその気になってしまう。組織における温度差が上司と部下の間に生じるわけです。その温度差を縮めるように権限を使っていかなければいけない。これらのことがこの論稿に書かれています。
もうひとつは組織のフラット化の話です。フラット化をすると、部下は増えます。階層が減るので部下の数が多くなり、みなくていけない人の数が増えるのです。今まで3人だけ管理すればよかったのが9人もの人を見なければいけなくなる。フラット化を一気に実行すると失敗するといわれています。リーダーの権限が増えるので、どう使っていったらよいかわからなくなってしまうわけです。これが失敗の一因となっているといわれています。
今回はリーダーの権限の使い方に関することをふたつ書きました。特集記事では今回のこのブログとは別の視点から、リーダーシップについて斬り込んだ論稿も掲載いたします。詳細は次のブログ記事で紹介します。(岩崎 卓也)
2007/07/25
すり合わせ型に適した業績評価
利益の分配および業績評価制度システムを徹底的に突き詰めると、GEのように計測の会社になるのでしょう。これはKPI (key performance indicator 重要業績評価指標)がしっかりしており、管理会計の仕組みがないとうまくいきません。GEはABC (activity-based costing 活動基準原価計算)をさまざまなところで導入しています。
そうすると、部門間でこの電気代についてどちらの部門が担うのか、という話が出てきます。例えば、水道ならば蛇口ごとに使う部署を決めて管理する、といったこともあります。ある意味、本末転倒な議論が起こるのですが、GEのすごいとこはそれを実行してしまうところにあります。
業績評価についてしっかりしていないといけないと申しましたが、敬虔な成果主義の主張はインテグラル・プロセス、すり合わせ型の製品を開発している会社には合わない、といったことが起きる可能性もあります。日本の自動車メーカーに成果主義を入れてもうまくいかないことはよくあります。
ある自動車メーカーは年俸制を導入して失敗しました。その会社はすり合わせ型のものづくりを進めていました。ワイガヤをやり、誰の手柄でもなくチームの手柄であることが優先されるような方法で製品開発をすすめていたのです。このような場合、成果給をやりすぎてしまうと、失敗する可能性が大きいのです。一人に成果を集中させないということ、分散化させるというのはそれぞれ難しいと思います。が、チームの成果をみんなで分配する、プロフィットシェアリングは意外と日本にはなじみやすい成果主義のやりだと思います。
GEのマネジメントはすばらしいことがわかると、みなこれを真似してやろう、思うわけです。ただし、どのような製品を作って、どういうふうに開発するのかによって、マネジメントスタイルは規定されます。それぞれ自社に合ったスタイルを採用することが大切です。東芝時代の西室泰三氏が経営者として優れているのは、ジャック・ウエルチと親交があったけれども、全てを真似しようとしなかった点です。GEは20何年もかけてシステムを作ったわけですから、真似をして導入するのも大変だ、ということがあったのかもしれません。ただ、ベストプラクティスは確かに学ぶことが多いのですが、うのみにしてはいけないのです。優秀な経営者はそのことを良くわきまえているのです。(岩崎 卓也)
そうすると、部門間でこの電気代についてどちらの部門が担うのか、という話が出てきます。例えば、水道ならば蛇口ごとに使う部署を決めて管理する、といったこともあります。ある意味、本末転倒な議論が起こるのですが、GEのすごいとこはそれを実行してしまうところにあります。
業績評価についてしっかりしていないといけないと申しましたが、敬虔な成果主義の主張はインテグラル・プロセス、すり合わせ型の製品を開発している会社には合わない、といったことが起きる可能性もあります。日本の自動車メーカーに成果主義を入れてもうまくいかないことはよくあります。
ある自動車メーカーは年俸制を導入して失敗しました。その会社はすり合わせ型のものづくりを進めていました。ワイガヤをやり、誰の手柄でもなくチームの手柄であることが優先されるような方法で製品開発をすすめていたのです。このような場合、成果給をやりすぎてしまうと、失敗する可能性が大きいのです。一人に成果を集中させないということ、分散化させるというのはそれぞれ難しいと思います。が、チームの成果をみんなで分配する、プロフィットシェアリングは意外と日本にはなじみやすい成果主義のやりだと思います。
GEのマネジメントはすばらしいことがわかると、みなこれを真似してやろう、思うわけです。ただし、どのような製品を作って、どういうふうに開発するのかによって、マネジメントスタイルは規定されます。それぞれ自社に合ったスタイルを採用することが大切です。東芝時代の西室泰三氏が経営者として優れているのは、ジャック・ウエルチと親交があったけれども、全てを真似しようとしなかった点です。GEは20何年もかけてシステムを作ったわけですから、真似をして導入するのも大変だ、ということがあったのかもしれません。ただ、ベストプラクティスは確かに学ぶことが多いのですが、うのみにしてはいけないのです。優秀な経営者はそのことを良くわきまえているのです。(岩崎 卓也)
2007/07/21
豊田市というインテグリティのプロセス
記事を掲載するにあたり、編集者は関連書籍を読みます。「プロダクト・インテグリティすり合わせの製品開発力」に合わせ、私は藤本隆宏先生の書籍を全部読み、一部の本を再読しました。今、改めて読んでおいて良かったと思っています。
これから、藤本先生のご著書をお読みになろうとする方は、『日本のもの造り哲学』をおすすめいたします。英語で出された『Product Development Performance』、(製品開発力)という論文があるのですが、これは『日本のもの造り哲学』が下敷きになっているのです。そこから、10年以上が経ちますが、藤本氏は常に新しいことを行っている方で、『日本のもの造り哲学』は先生自身の考え方を集大成した一冊だといえます。
前回のブログで「製品統合性(プロダクト・インテグリティ)」について説明をしました。藤本氏のいう「インテグリティ」とは、水平統合なのですが、垂直統合的なマネージメントを加えて行うというものです。分業は水平的です。コスト競争力をあげるため、外部も含めてどうハンドリングしていくか、製品開発をするにあたり重要になります。そのようなことも含めて、製品開発に全体を見渡す人がいるかどうかというところは製品の成否を分けるポイントになります。ただし、これは難しいことです。組織図、フローでみると、水平統合になっている組織が、そこにインテグリティを持たせることは容易ではありません。
トヨタは工場、支社がある場所に、トヨタそのものがあるから強い、と言う人がいます。トヨタという会社は豊田市という組織があり、街全体がシステムになっているのです。
言い換えると、トヨタがあるところには、豊田市いうインテグリティのプロセスがあるのです。看板方式というのは、道路の導線とか、全部が揃って成り立つものです。当月号の「トヨタのものづくり哲学」(トヨタ自動車 代表取締役社長 渡辺捷昭氏インタビュー)のなかにも出てくるのですが、一種のシステム系になっています。
トヨタのグローバル生産は各国のトヨタにおいて、構造、生活の再現をしています。BCGのパートナーミーティングというのがプラハ、チェコでありました。ある人から聞いたことですが、チェコにもトヨタがあるそうです。そこには居酒屋まであり、まるで豊田市にいるようだといいます。これが強みになっているのです。
これはレッドオーシャンだからこそ生まれたシステムなのでしょう。そう考えると、レッドオーシャンはレッドオーシャンで面白いのだぁ、と私は感じました。(岩崎 卓也)
これから、藤本先生のご著書をお読みになろうとする方は、『日本のもの造り哲学』をおすすめいたします。英語で出された『Product Development Performance』、(製品開発力)という論文があるのですが、これは『日本のもの造り哲学』が下敷きになっているのです。そこから、10年以上が経ちますが、藤本氏は常に新しいことを行っている方で、『日本のもの造り哲学』は先生自身の考え方を集大成した一冊だといえます。
前回のブログで「製品統合性(プロダクト・インテグリティ)」について説明をしました。藤本氏のいう「インテグリティ」とは、水平統合なのですが、垂直統合的なマネージメントを加えて行うというものです。分業は水平的です。コスト競争力をあげるため、外部も含めてどうハンドリングしていくか、製品開発をするにあたり重要になります。そのようなことも含めて、製品開発に全体を見渡す人がいるかどうかというところは製品の成否を分けるポイントになります。ただし、これは難しいことです。組織図、フローでみると、水平統合になっている組織が、そこにインテグリティを持たせることは容易ではありません。
トヨタは工場、支社がある場所に、トヨタそのものがあるから強い、と言う人がいます。トヨタという会社は豊田市という組織があり、街全体がシステムになっているのです。
言い換えると、トヨタがあるところには、豊田市いうインテグリティのプロセスがあるのです。看板方式というのは、道路の導線とか、全部が揃って成り立つものです。当月号の「トヨタのものづくり哲学」(トヨタ自動車 代表取締役社長 渡辺捷昭氏インタビュー)のなかにも出てくるのですが、一種のシステム系になっています。
トヨタのグローバル生産は各国のトヨタにおいて、構造、生活の再現をしています。BCGのパートナーミーティングというのがプラハ、チェコでありました。ある人から聞いたことですが、チェコにもトヨタがあるそうです。そこには居酒屋まであり、まるで豊田市にいるようだといいます。これが強みになっているのです。
これはレッドオーシャンだからこそ生まれたシステムなのでしょう。そう考えると、レッドオーシャンはレッドオーシャンで面白いのだぁ、と私は感じました。(岩崎 卓也)