2009/11/24

「教師」ドラッカーから何を学ぶか

ドラッカーが生きていたら、今のアメリカを見て何を語るだろうか。今号(2009年12月号)の『ドラッカーに学ぶべきこと』でロザベス・モス・カンター(ハーバード・ビジネススクール 教授)はこのように問います。彼女はHBR誌の編集長として、ドラッカーに何度も会い、彼の著作と向き合ってきた数少ない経営学者です。この論稿ではドラッカー生誕100年にあたり、ドラッカーの英知をどのように今後の指針とすべきかについて語っています。

ところで、先の質問、「ドラッカーが今を見て何を語るか」は日本の経営者にそのままぶつけられる質問だともいえます。最近、出口戦略という言葉を耳にするようになりました。「出口」という文字をそのままとらえるなら、今の日本は出口を出た後の世界が不透明であるばかりか、出口にたどり着くのかさえ不安な要素を抱えています。その中、今回の特集で触れているドラッカーの両義性、多様性というものをもう一度みていくことで、ある種経営のあり方が明らかになっていくのではないでしょうか。

日本の経営者の中にはドラッカーのことが好きな人が多くいます。たしかに、ドラッカーはかつての日本の経営をほめました。一見アメリカ人には非効率に見える意志決定方法、つまり根回しといった全員からコンセンサスをはかったうえで判断を下す方法が日本にはありますが、ドラッカーはこれも民主主義的な合意ではないかと考えました。また、終身雇用や非常に高いロイヤルティ、個人主義ではなく個人主義を保証しながらも、ある種の組織への貢献といったものが共存している点を取り上げました。

ただし、ドラッカーがかつての日本企業を手放しで礼賛していたとは思えません。当時の日本は今よりもダイバーシティをはじめとする制度面で遅れていた部分もありました。これら負の部分をドラッカーが知らなかったとは思えません。ドラッカーはある意味、日本人のために日本を取り上げたのではなく、合理主義であり、二元論的に意思決定を下すアメリカ企業に対して、日本企業の両義性を紹介したのだととらえられないでしょうか。

ドラッカーは常に、「権力の一極集中」と「その権利の非合理的な行使」に批判的です。これは企業にも同じことがいえます。企業が経済機関として活動し利潤をもたらす。そして、権力の集中が起こる。人間は金と権力を手にすると、堕落しやすい側面があります。結果、お金と権力を手に入れた人が本来進むべき道を誤る。そのときに、企業は社会機関であるところに立ち返るなら、経済機関である場合とおのずと下す判断が異なってきます。たとえば、雇用の問題についても、単に合理的に、二元論に従わない決定になるでしょう。ドラッカーは婉曲に問題点に重要な気づきを与える、真の意味での「教師」でした。企業は社会機関であることで社会により豊かな価値がもたらされる。ドラッカーはこれが経営者の使命であり、仕事であると考えていた。とすると、ドラッカーが生きていたら、現在の日本企業を見て、いったい何と言うでしょうか。(岩崎 卓也)

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posted by ダイヤモンド社 at 06:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 記事
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