今年は明治、大正、昭和初期に創業した経営者の自伝、評伝を読もうと思っています。本田 宗一郎の『俺の考え』(新潮社)、『私の履歴書』(日本経済新聞社)や藤沢武夫の著書など、すでに読了したものもあります。
今、私が最も興味深いと感じているのは大塚製薬です。1921年、大塚武三郎氏は徳島県鳴門市に化学原料メーカーとして大塚製薬工場を創立しました。その後、大塚正士(まさひと)氏が経営を継承。オロナイン軟膏やオロナミンCドリンクなどを発売し、大塚製薬の名が知られるようになりました。意外に思われる方もいるかもしれませんが、大塚製薬は上場していません。
商品開発で特徴的なのは、それまで市場にないものを創るところにあります。競争のないところに進出していくのです。ポカリスエット(POCARI SWEAT)をみてもわかるでしょう。これは大塚明彦氏が代表取締役社長のときに発売されました。SWEATって汗です。今でこそ、スポーツドリンクはたくさん出ていますが、当時は画期的な商品でした。ファイブミニも、カロリーメイトも同じです。
ポカリスエットが発売された当時、消費財のパッケージにブルーを用いることはご法度だったといいます。色には進出色と後退色があって、進出色はオレンジ、黄色、朱色などの暖色系で、色の配置によって向こうからこちら側に出っ張って見える色をいいます。進出してくるように見えるから、進出色というようです。後退色は青などの寒色系で向こう側に後退して見える色を指します。赤などの進出色は波長が長く、後退色である青は波長が短い。当時、青などの波長の短い色よりも赤などの長いものを使ったほうが良いとされ、コカ・コーラをはじめ、赤をイメージカラーにした商品は多かったのです。ならば、あえて他が避ける青を使おうということで、ポカリスエットのカラーを掟破りの青にしたといいます。
大塚製薬といえば、オロナミンCドリンクが有名です。オロナミンCが誕生する前、飲料メーカーの多くはブドウ糖などをビンにつめて売っていました。大塚製薬も同様の製品がありましたが、競争に勝てませんでした。そんな折、リポビタンDなどの他社商品が薬っぽいことに気づきます。美味しくするにはどうしたら良いのだろう? 試行錯誤の末、炭酸を入れることに気づいたのです。これがオロナミンCの開発のきっかけだといわれています。
類似の他社商品の多くは医薬部外品(あるいは医薬品)になります。今でこそ医薬部外品はコンビニでも売れるようになりましたが、当時は薬局等でしか売れませんでした。でも、オロナミンCは医薬部外品、医薬品ではありません。炭酸が入りおいしさを追求したおかげで、お菓子屋さんでも売れるようになったのです。違うチャネルを得ることで、競争から逃れられるようになったわけですね。以来、大塚製薬は競争のないところに行くようになりました。競争がないから、常に一番手になれます。とにかく、逆張りをして過当競争に巻き込まれないようにする。まさに、これはブルーオーシャン戦略なのですね。大塚製薬はずっと昔から、意識もせずにブルーオーシャン戦略をとっていた会社なのです。(岩崎 卓也)
2008/02/02
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