2007/08/18

企業の存立とCSR

いつから企業にとって、事業と社会性が別のものになったのでしょうか。知らないうちに、カネを儲けることが事業になってしまったような気がします。そもそも、企業は社会に価値のあるものを提供するために、ひとりではできないことをみんなでやりましょう、ということでできたものです。これが株式会社や組織の成り立ちだったわけです。それなのに、いまでは事業と社会性が別々に議論されるようになってしまいました。企業に対してCSRを問うこと自体がおかしいな、と思うことがあります。

企業の責任は「まずは遵法義務だ」という言葉をよく耳にするようにもなりました。この「まずは」というのもおかしなことだと思うのです。なぜなら、あまりにも当たり前のことだからです。90年代、社会貢献という言葉が言われ始め浸透していくわけですが、そんなことは言われなければいけないのか、というところが悲しいですね。
組織が巨大化していくほど、ルールが必要になってくる。ルールが複雑になっていくと、知らないうちに大事なものを見失っていく。このようなジレンマが組織にはあるとは思います。そういった意味で、CSRを忘れずにいましょうというメッセージがもともとはあったと思います。それは間違いではないと思うのですが、原点を忘れて単なる寄付行為や慈善活動をすればいい、という形になってしまっている部分を目にすると、少し違うのではないかと感じました。もちろん、なかにはあえて区別をしておかないとやりきれないものもあります。例えば、身体障害者の雇用がそれにあたります。雇用を確保するには、別途CSRの看板を掲げる必要はあるのかもしれません。

今号の特集は『「脱」管理主義のリーダーシップ』です。人を動機付けることは、ふたつあると思います。衛生要因に注目するやり方がひとつ。そして、もうひとつはシグニチャー・エクスペリエンスと関連します。シグニチャー・エクスペリエンスは今号掲載の『「理想の職場」のつくり方』に記載されています。内容はそちらを参考にしていただくとして、最近は社会に対して手ごたえのある仕事をしたいという方が増えています。それに伴い、その企業の社会性が重視されてきているのです。このこと自体、そもそもの企業の存立の理由に疑問を投げかける要求だと感じました。今一度企業と社会性というものについて考える時なのではないか、と思った次第です。(岩崎 卓也)
posted by ダイヤモンド社 at 04:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 記事
この記事へのコメント
ほんとうに、障害者に限らず、雇用そのものがCSRから抜け落ちているという問題が大きい、そう感じています。
環境にやさしい車が絶望工場でつくられているとしたら、どうでしょうか。
安価な日雇い労働者の活用を前提になりたっているビジネスって、どうなんでしょう。
安価なパートタイマーの活用で社員をリストラして、環境保全に努力するっていうのは、どうなんでしょう。
あまりにも、雇用が軽視され、まさにその部分で、社会が持続可能になっていない、そんなことを考えています。
Posted by 本橋牛乳 at 2007年08月20日 11:50
本橋牛乳さま

貴重なご意見ありがとうございます。
岩崎とは全く異なった視点でのご指摘、
興味深く読ませていただきました。

Posted by ダイヤ at 2007年09月02日 10:34
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