2008/03/28

新しいチャンスを優位に導く

次号、2008年5月号では新しい優位の論点を特集します。現在はこれまで以上に変化とチャンスが多くある時代です。原油の価格がここまで高くなり、ロシアやOPEC産油国は増産のインセンティブが働かない状態にあります。有限資源である石油に対して、減産するインセンティブが働いています。また、IPCCの知見の評価などからは、温暖化、気候変動がビジネスに与えるインパクトの大きさを感じさせられます。もう一度、方向転換のため舵を切るのは諸外国も同じ状況にあります。では、そこにどんな新しいチャンスがあるのか、トレンドがあるのか。それをどうやって自分達にとって優位に導けるのか。このような視点で特集を組みました。

次号では21個の「パワー・コンセプト」を紹介します。毎年開催される世界経済フォーラム主催のダボス会議では、「ハーバード・ビジネス・レビュー」アメリカ本誌が共同でブレークスルー・アイデア・リストを作成しています。この最新リストはビジネスを変えるアイデアが記載されています。

そのなかで、これから会社で主役となっていく世代について書かれた「ジェネレーションYの仕事感」という論文を紹介する予定です。ジェネレーションYというのは、定義がいろいろありますが、会社でいえば新入社員から20代後半くらいの世代を指します。実は、この世代では価値観の転換が起こっています。まず、勤務時間で縛るということを嫌がることがあげられます。そして、ワーク・プレイスもそうです。自分の好きな時間帯に好きな場所で、高いパフォーマンスを追求するほうが良いと思っているのです。

当社は出社と退社の時刻が決まっています。それに合わせて残業がいつ発生するのかが決められています。加え、自分の机に出社することが原則です。現実には、直行、直帰での仕事もありますが、この論文でいうと就業規則で決めることはナンセンスだというのです。もともとも、就業時間を決めるということは性悪説に立っている怠勤管理が原点にあります。ジェネレーションYの価値観に照らすと、人事制度は何が何でも守るものではないことが読み取れます。ジェネレーションYの価値観とはどのようなものなのでしょうか。詳細は次回触れます。
(岩崎 卓也)

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次号の発売は2008年4月10日です。
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2008/03/26

一人前になるまでに必要な時間

食事に行く場所として、私は六本木や銀座の店を利用することがあります。加えて、私は港区の西麻布(六本木から渋谷方向に少々行ったあたり)に行くこともときどきあります。5年ほど前の西麻布には、私が知っている限り、鮨屋は5、6軒しかありませんでした。しかし、知らないうちに増え続け、今は25〜30軒くらいあるようです。

鮨屋といえば銀座の「すきやばし 次郎」などが有名で、職人は人間国宝のような扱いを受けています。私は『ど根性ガエル』で育った世代ですから、梅さんは鮨を握るが、簡単にお店は持てない。一人前になるには苦労を重ね、お店を出すには20年くらい修行を積むのが当たり前だと思っていました。

先日、この西麻布の鮨屋に関することがあるブログで触れられていました。鮨って私たちがあがめたて祭るほど、すごいスキルは要らないのではないか、と書かれていたのです。名店でそこそこ修行をして、良い仕入れ先を知っていて、良い場所にこぎれいな店を出して、高い値段をつければ客は来るというのです。私はそれだけでお客様が来るとは思いませんが、確かにそう言われてみるとそういうものなのかな、とも思いました。

西麻布では、同じビルの地下一階と一階に高級鮨店が並んでいるところもあります。銀座と比べると西麻布は職場から近くて便利です。数年前は、鮨屋の予約を取るたびにもう少し店が増えればいいのに、と思っていました。あれよ、あれよと二十数軒、土が盛り上がるみたいに鮨屋が増えています。

驚くことに店主は20代半ばから後半くらい。若いのです。私が行った鮨屋の店主は「すきやばし次郎」で修行したと言っていました。どう見ても20代です。西麻布の鮨屋だけでなく、飲食店の店長の年齢が下がっているように感じます。『ど根性ガエル』の梅さんのように、なかなか店が持てない時代は終わり、20代でも店が出せるようになったのです。私は西麻布の鮨屋乱立を見て、一人前になる年齢が意図的に下がっているのかなと思いました。(岩崎 卓也)
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2008/03/21

改善できないレベルのサービス

先日、職場の派遣社員が退職することになりiPod nanoを買いました。ビックカメラまで買いに行ったのですが、プレゼントなのでラッピングが必要です。私は店員の案内通り、上階にあるラッピングコーナーに行きました。着いてみると、ラッピングコーナーには修理用の窓口も併設されており、3名ほど人が待っていました。

包んでもらおうと思ったのですが、あいにく店員が一人もいないのです。カウンターから奥をのぞいてみたものの、駆けつけてくれる気配もありません。
「すいませーん」
何度か呼びましたが、誰も来てくれませんでした。横には修理を待っている年配の男性がいます。どうやら、彼は相当待たされているらしいのです。私の「すいませーん」と言った言葉がきっかけとなったのでしょうか、さんざん待たされていることに対して、急に怒りがこみ上げてきたようです。すると、近くにいた女性も連鎖的に怒り出しました。そうしているうちに、もうひとりの主婦にも怒りが移り、私の周りには怒りの輪が生まれてしまいました。通常、この様な状態になったら、店員の誰かが抑えに来るべきです。それでも、誰も来る気配がありません。

そこに偶然、修理品を抱えた店員が下の階からやってきました。なんと運の悪い人でしょう。その店員に対して、年配の男性と主婦ともう一人の女性の三人は怒涛のごとく文句を言い始めました。言われている店員は下階の販売を担当している人で、修理担当ではないにもかかわらずです。でも、良く見ると修理コーナーの奥のほうに人がいる気配がします。なのに、出てきません。知らないふりをしているのです。

私は怒鳴られている店員が気の毒になり同情する気持ちもありましたが、その一方で修理担当の店員の態度はいかがなものかという疑問を強く持ちました。おいおい、怒鳴られている仲間を見捨てるなよ、と言いたくもなります。
この店には顧客サービスの基本であるABCのAがなっていないだけではなく、もっと大切な物が欠けていると思いました。サービスがダメなら、改善指導でレベルアップをはかることもできます。しかし、仲間が困っている状況を知っていて隠れているというのは改善が困難なことです。

修理は数こそ出ませんが、利益率が高いのです。ですが、量販店の中には、修理とか、アフターサービスのプロセスがルーズになっているところがあるのではないでしょうか。安く売っているからいいだろう、という心が見え隠れします。もう価格だけでは競争できない時代になっています。「一円でも安いところがあったら教えてください」と言うけれど、これは自分で調べるべきだという意見にも納得できます。その昔、ある人が言っていましたが、
「サービス業は100−1=0」
一個でも欠けた時点でゼロになってしまうのです。ビックカメラはまさにゼロになった例だと思いました。(岩崎 卓也)
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2008/03/19

バブル経済が染みていない世代

失敗の経験は時間とともに薄れていくものです。誰かが同じ失敗を犯してしまう。そんなことが経済、組織においても必ずあると思います。先日、不動産関係者から聞いた話によると、最近、資産運用で住宅を購入する人が多くなったといいます。夜、大きなマンションに足を運ぶと、電気が消えているのです。
資産運用という名の下に、億ションを売り込んでいますが、いずれ限界は来るだろうという声を耳にします。都内のマンションはそろそろだぶつき、バブル経済のときに近いことが起こりそうになっている気配もあります。

実は、このバブル経済の繰り返しともいえる事象を推進しているのは30代だそうです。「バブルを知っている世代のヤツはダメだ」と口にする30代もいますが、今度は自分たちでバブル経済のときと同じようなことをやってしまう。歴史は繰り返すのです。
会社も同じです。20年くらい経って忘れた頃に、同じ間違いをする人、同じ成功をする人が出てくるのです。天才は忘れた頃にやって来るといいます。組織の中にも、成功失敗のサイクルがあるのです。

サブプライムの問題はそれ自体で日本の金融に問題を提起しています。日本の金融が遅れていたから傷が小さかったと言う人もいますが、個々を突き詰めていくと、金融のシステムについて、キリがなく意見が出てきます。
話を聞いて言えることは、人は反省しないものだということです。バブル経済のときと同じ商習慣、購買習慣が出てきているのです。運用利回りの良いものやリターンの高いものを求めて行ってしまう。株は今、不安定ですし、不動産のほうが安心だということで、お金のある人は不動産に投資してしまうのです。人というのは、誰かが儲かっていると聞くと、同じ方向に行ってしまいます。これは江戸時代からずっと今でも変わらないことのようです。(岩崎 卓也)
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2008/03/14

何かをしないという決断

前回、多角化におけるCSOの役割について書きました。多角化にあたり、新規事業に進むかどうか、見極めは本当に難しいものがあります。隣接分野だから、技術があるからといった理由で多角化ができるものではありません。今、ライバルはグローバルになっていますし、魅力的な新興市場もあります。この誘惑をあえて断ち切り、「ここは行くべきではない、何々をしない」という判断をくだせるような人、きちんと見極めができる人がトップにいないとうまくいきません。骨太で勇気のある人物が経営陣には必要なのです。

何をするのかだけでなく、何をしないのか。その何かを定義していくことがもう一度求められているのではないでしょうか。上場企業の短期的な利益プレッシャーが大きくなったこともあり、企業が成長分野に行きたいという思いが強まりました。でも、成長分野は混雑分野です。素晴らしい戦略を持っていたとしても、成功する確率はライバルが多いほど下がっていきます。

バブル経済のとき、企業の多くはキャッシュがあり、多角化をどんどん進めて行きました。バブルがはじけ、担保がなくなりました。新規に興した事業は2、3年でダメになり、死屍累々となりました。結局、組織に残ったものはシコリです。
「あの時、100億追加投資してくれたら上手くいったのに……」、と。

何かをしない決断をくだすとき、シニアマネジャーはミドルマネジャーに現場を説得させようとすることがあります。でも、ミドルマネジャーは現場で嫌われたくありません。現場の意向にOKを出してしまうのです。同じ2、3年後に嫌われるなら、今嫌われましょう、と私は言いたいですね。とはいえ、できれば現場に対して厳格に「ノー」と言うのではなく、上手くその事業から撤退をしていけたら、一番良いのだと思います。それを担うのがCSOなのでしょう。(岩崎 卓也)

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DHBRブログではアンケートを実施しています。サイドバーの「このブログから知りたいことは?」をクリックするとアンケートページが開きます。ご協力いただけると幸いです。(編集部)
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2008/03/12

多角化におけるCSOの役割

インターネットなど、ITの分野が出てきたことで、事業のフィールドがあいまいになったと感じるときがあります。企業は今まで認識していたライバルとは違うライバルと戦っている可能性もあります。このような状況下、現場の勢いに任せていくと、配分すべきところに経営資源が配分されないという問題が出てきます。境界が甘くなり、自分たちが通用しないかもしれない苦手分野へ行軍を始めてしまうこともあるでしょう。あいまいになっているからこそ、誰かが自分たちの持っている競争優位の源泉について判断して、それに経営資源配分を合わせていかなくてはいけないと思うのです。

アメリカは60年代から高度成長期の波に乗って多角化を進めて行きました。その結果、会社全体の利益率が下がって、コングロマリット・ディスカウントが起き、シナジーを生み出せないケースもありました。関連性の少ない分野の多角化をしてしまったことが原因の一つでしょう。あるいは、シナジーを生み出すためのカタリストの役割など、コーポレート本社の支援がより必要だったこともあると思います。もちろん、モノカルチャーでは企業は大きくなれません。事業には派生的なビジネスが発生してきますから多角化は必然でしょう。

今、多角化をどうやって上手くマネジメンとしていくのか、もう一度問われているような気がします。今号の2008年4月号では最高戦略責任者(CSO)を特集しています。多角化の問題を問うということは、突き詰めていくと企業戦略の実現という問題に行き着くと思います。ただ単に現場のエネルギーとか、能力とか、現場力だけに委ねて、企業の全体の価値を上げていくのは難しいでしょう。企業がさらなる成長を求めていくとき、CEOやCOOのキャリアや経験値からみて、CSOという存在が良い場合もあるでしょう。CSOは必須だとは思いません。でも、事業のフィールドがあいまいになった今日、CSOの存在を正当化しうるような事業環境の複雑さは以前よりも増していると感じます。(岩崎 卓也)
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2008/03/08

最高戦略責任者を特集します

「DHBR」2008年4月号は『最高「戦略」責任者』を特集として組みました。日本にはまだ最高戦略責任者(CSO)という役職はありません。CEOやCOOが戦略の立案と実行の最終責任を負っているのが現状です。

「CSO:最高戦略責任者の役割」という論文には、アメリカではCSOは増えている、と書かれています。AIG、キャンベル・スープ、モトローラーなどではCSOを導入しているといいます。ありきたりな言い方をすると、ビジネスが複雑になり、グローバルになっているので、CEOひとりでは手に負えなくなっている。戦略という企業の根幹にかかわる仕事を見きれなくなっています。そこで、CSOの存在がクローズアップされるわけです。もう一度、戦略が本質的な事項を含めてより重要視されていると私は感じます。

私たちが日常的に戦略と呼んでいるものの中には戦略とは言い切れないものもあります。例えば、アニメの『名探偵コナン』。「水平線上の陰謀(ストラテジー)」というタイトルがついたものがあります。ストラテジー(戦略)と書いて、陰謀という日本語をつけていますが、戦略の意味として何だか違和感を覚えます。企業経営の中では、問題解決プランを戦略と言うことがあります。これも戦術と戦略が混同されている例だと思います。

CSOの仕事は、CEOをサポートして、企業戦略ないしは重要な事業の競争戦略を実現させることなのだと思います。「CSO:最高戦略責任者の役割」を読んでいると、CSOは戦略を実現する人であるかたわら、審判みたいなところもあることがわかります。例えば、多角化の際、きちんと整理をして棲み分けをし、自社は何をして、何をしないのかをきちんと口に出して言うことがCSOの役割のひとつだと思います。理由は次回にゆずるとして、実はこの審判のような役割が今、企業にとって重要なのだろうと思います。(岩崎 卓也)

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「DHBR」2008年4月号は3月10日発売です。
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2008/03/05

メーカーは女性執行役員を増やしたい

先日、女性の執行役員はなぜ増えないのか、ということについて書かれた論文を目にしました。こちらは2007年度のマッキンゼー賞受賞論文です。増えない理由は、グラスシーリング(ガラスの天井、目に見えないバリアー)と言われている問題だけではないようです。日本の主だった会社50社の役員一覧を見ました。家電などのメーカーの場合、女性の名前が載っている企業は少ないといわざるを得ませんでした。もちろん、女性がトップになったメーカーもあります。が、役員欄に女性の名が載っている企業はサービス業などが多く、メーカーは少ない傾向があるようです。

ただし、私が経営者などのトップに話をうかがった限りでは、企業は女性を役員に出したいという希望はあるのです。男女雇用機会均等法にともない女性総合職がつくられました。しかし、その後、育成、キャリアパス、その他福利厚生などについて、未整備な点があり、結局、女性役員を出しても、次が続かないような土壌ができてしまったのです。大手メーカーの多くは女性の執行役員、マネジャーを増やそうと、教育に力を入れる動きも見られました。でも、昭和のツケとでもいうべきでしょうか。急にミドルの女性を鍛えて、将来シニアにしていこうとしても、すぐには無理な部分もあります。

例えば、社内の人脈や人を動かす力はすぐに着くわけではありません。さらには、結婚した女性が働く上には子育ての問題が出てきます。子育て、ベビーシッターの問題などはお金で解決できるものもあります。お金があれば、ベビーシッターの手厚いサービスが受けられる。子育てに関する行政が充実しているエリアに住めるのです。そうすれば、残業や休日出勤をして、能力をいかんなく発揮しつつ、子育てでもできるでしょう。ただし、これは相当な金額が必要で、誰でもがまかないきれるわけではありません。

職種によって、女性が活躍できるものと、過去の負の遺産を抱え女性を台頭させられない産業に分かれていると感じました。産業はモザイクで一色でみると難しい問題があります。女性執行役員の問題は、職種による差異という意味合いも含んでいるのだ、とも思いました。
さらにいえば、経済的な余裕により、解決できる問題が増えるのは確かですが、しかしながら、女性執行役員が少ない現状に対して、社会的背景を考えると、単純にお金だけで解決できる問題だけではないものもあるのだなと気づかされます。そんなに、物事は単純ではないのだとも思いました。(岩崎 卓也)
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2008/03/01

ポーターの戦略論だけではない

ハーバード・ビジネス・スクールというと、マイケル・ポーターの戦略論を思い出す人が多いでしょう。もちろん、ポーターのフレームワークを踏まえておかなければならないのは暗黙の了解としてあるでしょう。ただし、学会にはポーターのポジショニングとややぶつかる学派もあります。組織能力や経営資源に重きを置く、リソース・ベースト・ビュー(resource-based view)といわれている学派がそうです。
日本でいうと研究科長に相当する、ハーバード・ビジネス・スクールの戦略担当者は、現在リソース・ベースト・ビューを提唱しているシンシア・A・モンゴメリーという女性です。ポーターとモンゴメリーの共編の『Strategy: Seeking and Securing Competitive Advantage』という本も出ていることからも、ハーバード・ビジネス・スクールはポーターばかりではないことがわかります。

次号ではモンゴメリーが書いた論文を掲載します。タイトルは「戦略の核心」です。彼女の夫はリソース・ベースト・ビューを最初に提唱したBirger WernerfeltというMIT Sloan School of Management.の教授です。この論文でモンゴメリーは「原点に戻りましょう」と言っています。戦略というのは問題解決の道具ではない。企業の目的を実現させるためのものです。ここでいう目的とは、何をなしとげたいのかということで、「金儲けをしたい」というのは目的ではありません。ボスコンの創業メンバーの一人がハーバード・ビジネス・スクールで教えていたとき、ビジネス・スクールの学生に「十年後のあなたは何になっていますか」という質問をしたそうです。8割以上の学生が結婚して、子どもができ、車や家があって、会社ではエグゼクティブに成っているといったことを話しました。そして、残りの一部が「こういうことを成し遂げたい」と回答したそうです。前者は目的ではありません。後者がモンゴメリーの言う目的になります。

「一億円稼ぐ」「一兆円企業になる」というのは野望だけど目的ではありません。一兆円企業になりたいのなら、どんな事業に手を出しても良いわけです。正しく目的を持っていないと、会社というのは自分たちのアイデンティティを毀損していくのです。
「しょせんお金のためにやっているのですよ。それも自分のお金じゃなくて、会社のね……」
このような自嘲気味な言葉を耳にすることがありますが、処世論で青臭い話をするなら、私はこの言葉は吐くべきではないと思うときがあります。お金のためは違うのです。
この論文を読んで、戦略というのは金儲けのためのツールではないことを痛感させられました。(岩崎 卓也)
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