「週刊ダイヤモンド」12/29・1/5合併号では京セラ名誉会長の稲盛氏がインタビューに答えています。その中のくだりに次のような一文があります。
〈成果主義は、金銭欲を刺激して人を動かそうとする卑しい施策で、私は「導入すべきではない」と主張してきました〉
これを読んで、さすが稲盛さんだと思いました。
次号のDHBRはリーダーシップを特集します。人々の自発性を促し、その勤労意欲とパフォーマンスを向上させることは大きなテーマの一つです。次号のDHBRに『Y理論は万能ではない』という論文を掲載します。ご存知の方も多いと思いますが、X理論とY理論について簡単に説明しておきましょう。X理論とは性悪説で、人はもともと怠け者で働くことが嫌い。従って、管理しなければいけない、と考えます。(ここでいう管理というのは監督を意味します)。他方、Y理論はそうではなく性善説です。人は自由にやらせてあげて、それで動機づけをしようとするのがY理論です。ダグラス・マグレガーが提唱しました。
戦後の日本では高度成長期が終わった頃から、ドラッカーのナレッジワーカーが出て来ました。この頃からY理論でなければいけないという考え方がホワイトカラーの現場において言われ始めました。最近よく言われることに「部下はほめなければいけない」「自由奔放に好きなことをやらせてあげよう」「叱ったりしない」「任せる」「権限委譲」といったことが推奨されています。ある意味、Y理論は万能だというような風潮さえあります。
ところが、次号掲載するこの論文では「Y理論は万能ではありません」と言っているのです。本論ではある実験が紹介されています。比較実験なのですが、結果には興味深いものがありました。実験の対象となる工場では、二つのうち一つはしっかり管理し、もう一つは工員に対して自由奔放にやらせたのです。研究所も同じように二つ、管理しているところと本人の自立性に委ねているところを比較しました。Y理論が万能ならば、工場、研究所、コールセンター、営業、本社スタッフなんでもY理論でやればいい結果が出るはずです。
実験の結果どうだったのでしょうか。工場はきちんと行き届いた管理をしたほうが動機付けもなされる。モラルや意欲も高いという結果が出たのです。その反面、研究所は自由にやらせたほうがいいという結果が出ました。Y理論は万能ではない。だからといって、冒頭で触れた稲盛さんがおっしゃった通り、金銭欲を刺激して人を動かせばよいというものでもありません。
私はこの論文を読んでY理論だけでなく、成果主義も有効な職種とそうではない職種があると感じました。例えば、コールセンターや顧客の窓口対応など、顧客接点に関する仕事はどうなのでしょうか。リッツカールトンのように顧客接点の部署にも、自由奔放な裁量に任せている企業もあります。裁量権で使えるお金もある程度与えています。でも、基本的にルールに則ってしなければならない仕事ってあると思います。成果主義の話の続きは次回にゆずります。(岩崎 卓也)
-----------------------------------*
今年は今回で更新は最後になります。一年間、弊誌およびこちらのブログとご購読いただき感謝しております。ありがとうございます。
次号、2008年2月号は1月10日に発売予定です。こちらのブログは2008年1月4日からスタートとなります。来年もお越しをお待ちしております。
2007/12/28
2007/12/26
海外での布施の心
前回の記事で布施の話をしました。もちろん、同様の考え方は海外にもあります。
以前、曽野綾子さんがおっしゃっていたことを思い出します。キリスト教では宗派にもよりますが、全てのものは神が与えたものだという考え方をします。日々の食事も仕事も富も全てです。それは人間にとって都合の良いものだけでなく、例えば身体の障害なども含むのです。障害は神から与えられたもの、決してネガティブなものではないという考え方をするそうです。
健常者が障害者の支えになることは、日本的にいうと徳の高い行為とでもいいましょうか。クリスチャンにとっては、積極的に行いたい「喜び」なのです。
曽野さんがブラジルの教会に立ち寄ったとき、子供が捨てられているのを目にしたそうです。その頃、教会には親が育てられずやむなく捨てられてしまった子供が集まっていました。その子供を養子にしたいと願う方に、養育をお願いするシステムができているのです。
曽野さんが訪れたとき、教会には障害者の子供が残されていました。日本ですと、障害があるから、誰も引き取り手がいなくて残されたのだと思うことでしょう。ところが違うのです。その子供は引っ張りだこで、誰にお願いしたらよいのか、決まらないから残されていたといいます。日本の布施の心とはやや違う部分もありますが、それぞれ国によって仕える心はあるものだと改めて知らされました。
話は変わりますが、
「私は植林のメンテナンスで草刈に行った事があります」
このように話すと、意外な顔をされることがあります。以前から、私はCSR、環境問題等について調べてきました。その一環として、90年代にはさまざまなボランティアに参加したことがあるのです。樹林の中にはメンテナンスをしないと枯れてしまうものがあります。枝葉が生い茂って、日が当たらないといった不具合が出るそうです。とはいえ、枝打ちは素人にはできません。我々ができることとして草刈をしたのです。
「ビールが美味いよ!」
と事前に言われておりましたが、確かにその通りでした。ドラム缶風呂に入るなど、みなで楽しみながら行いました。そのほか、身体障害者をディズニーランドに連れて行ったこともあります。ただし、人には向き不向きがあります。私には編集者として皆様にお伝えしていくことのほうが向いていると、そのとき思いました。
以前にも書きましたが、社会に貢献する形はそれぞれ人によって、企業によって異なってもいいと私は思うのです。自分ができることをひとつずつ行っていくのが良いと私は思っています。(岩崎 卓也)
以前、曽野綾子さんがおっしゃっていたことを思い出します。キリスト教では宗派にもよりますが、全てのものは神が与えたものだという考え方をします。日々の食事も仕事も富も全てです。それは人間にとって都合の良いものだけでなく、例えば身体の障害なども含むのです。障害は神から与えられたもの、決してネガティブなものではないという考え方をするそうです。
健常者が障害者の支えになることは、日本的にいうと徳の高い行為とでもいいましょうか。クリスチャンにとっては、積極的に行いたい「喜び」なのです。
曽野さんがブラジルの教会に立ち寄ったとき、子供が捨てられているのを目にしたそうです。その頃、教会には親が育てられずやむなく捨てられてしまった子供が集まっていました。その子供を養子にしたいと願う方に、養育をお願いするシステムができているのです。
曽野さんが訪れたとき、教会には障害者の子供が残されていました。日本ですと、障害があるから、誰も引き取り手がいなくて残されたのだと思うことでしょう。ところが違うのです。その子供は引っ張りだこで、誰にお願いしたらよいのか、決まらないから残されていたといいます。日本の布施の心とはやや違う部分もありますが、それぞれ国によって仕える心はあるものだと改めて知らされました。
話は変わりますが、
「私は植林のメンテナンスで草刈に行った事があります」
このように話すと、意外な顔をされることがあります。以前から、私はCSR、環境問題等について調べてきました。その一環として、90年代にはさまざまなボランティアに参加したことがあるのです。樹林の中にはメンテナンスをしないと枯れてしまうものがあります。枝葉が生い茂って、日が当たらないといった不具合が出るそうです。とはいえ、枝打ちは素人にはできません。我々ができることとして草刈をしたのです。
「ビールが美味いよ!」
と事前に言われておりましたが、確かにその通りでした。ドラム缶風呂に入るなど、みなで楽しみながら行いました。そのほか、身体障害者をディズニーランドに連れて行ったこともあります。ただし、人には向き不向きがあります。私には編集者として皆様にお伝えしていくことのほうが向いていると、そのとき思いました。
以前にも書きましたが、社会に貢献する形はそれぞれ人によって、企業によって異なってもいいと私は思うのです。自分ができることをひとつずつ行っていくのが良いと私は思っています。(岩崎 卓也)
2007/12/22
WAVE〜CSRがたどった三つの波
日本で社会と企業の関係が問われ始めたのは、古くは高度成長期、1960年代後半から1970年代の半ば頃でしょうか。この頃はコンシュマリズム、公害などがキーワードとして使われ、CSRという言葉はありませんでした。当時、新聞3誌は企業の社会性のなさについて批判を行いました。これが日本でのCSRの第一の波でした。
第二の波は1990年前後になります。今号の「FROM the EDITORS」にも書きましたが、1989年、エクソンのバルディーズ号がアラスカ沖で座礁する事故が発生しました。流出した重油をエクソンは放置したのです。この事故からバルディーズ原則という環境に対する企業倫理の原則が生まれました。そこには生物圏の保護や天然資源の維持可能な利用、廃棄物処理と減量などが入りました。
ソーシャルスクリーニングという言葉が出てきたのもこの頃です。社会に対して害をなす企業の株は売ることを明確化したものです。これを最初に行ったのはハーバード大学です。この頃、CSR投資という概念ができあがり、資本市場を介して企業を評価する流れがありました。
1989年頃、日本はバブル経済の中にいました。衣食足りて礼節を知るという言葉があります。1990年11月、日本経団連は1%(ワンパーセント)クラブを設立しました。このクラブは社会貢献活動のため、拠出することに努める企業や個人を支援することを目的として設立されたものです。拠出する金額が法人の場合ですと経常利益の1%以上、個人では可処分所得の1%以上を目安にしているところから1%という名前がついたのです。
このような流れがあり、現在では第三波とでもいいましょうか、CSRブームになっています。前の記事でも紹介しましたが、今号の「社会とともに」で紹介した経営者の言葉からは、日本にある布施の心が感じられます。経済合理性の追求のみに走るわけでもなく、日本企業が行うCSRは「布施の心」がポイントのひとつとしてあるような気がします。(岩崎 卓也)
第二の波は1990年前後になります。今号の「FROM the EDITORS」にも書きましたが、1989年、エクソンのバルディーズ号がアラスカ沖で座礁する事故が発生しました。流出した重油をエクソンは放置したのです。この事故からバルディーズ原則という環境に対する企業倫理の原則が生まれました。そこには生物圏の保護や天然資源の維持可能な利用、廃棄物処理と減量などが入りました。
ソーシャルスクリーニングという言葉が出てきたのもこの頃です。社会に対して害をなす企業の株は売ることを明確化したものです。これを最初に行ったのはハーバード大学です。この頃、CSR投資という概念ができあがり、資本市場を介して企業を評価する流れがありました。
1989年頃、日本はバブル経済の中にいました。衣食足りて礼節を知るという言葉があります。1990年11月、日本経団連は1%(ワンパーセント)クラブを設立しました。このクラブは社会貢献活動のため、拠出することに努める企業や個人を支援することを目的として設立されたものです。拠出する金額が法人の場合ですと経常利益の1%以上、個人では可処分所得の1%以上を目安にしているところから1%という名前がついたのです。
このような流れがあり、現在では第三波とでもいいましょうか、CSRブームになっています。前の記事でも紹介しましたが、今号の「社会とともに」で紹介した経営者の言葉からは、日本にある布施の心が感じられます。経済合理性の追求のみに走るわけでもなく、日本企業が行うCSRは「布施の心」がポイントのひとつとしてあるような気がします。(岩崎 卓也)
2007/12/19
アショカ・フェローとチョボラ
2006年、ムハマド・ユヌス氏がノーベル平和賞を受賞したことにより社会企業家の存在が注目を集めるようになりました。今号の特集では「社会企業家の育て方」という記事を掲載しました。こちらはアショカという社会企業家を支援する組織のCEO ウィリアム・ドレイトン氏のインタビュー記事です。
アショカはユヌス氏を含め、世界中で数多くの社会企業家を支援してきました。創業以来60カ国以上で活動し、支援した社会企業家は1500人以上にものぼります。アショカはアショカ・フェローと呼ばれる社会企業家を選び、そこに支援を行います。アショカ・フェローに選ばれると、アショカの世界的なネットワークを生かした物質面の支援かを得られます。さらには、確固たる信用となりますから、有望な投資対象として見られるというメリットも生まれるのです。
こちらの記事ではドレイトン氏がアショカを作ろうと思ったきっかけやアショカ・フェロー選考の過程などについて、ドレイトン氏の貴重な言葉を掲載しました。
〈倫理観は社会がばらばらにならないようにつなぎとめるものです。それがない社会企業家は成功しません〉
数多くの人に接して、支援をしてきたドレイトン氏ならではの発言が盛り込まれています。
アショカ・フェローとなる人はどのような人でしょうか。先に触れたユヌス氏のほか、日本人では、アメリカに住む中南米などの出稼ぎ移民の本国への送金サービスを革新した〓迫(とちさこ)篤昌氏が選ばれています。また、カナダ人のメアリー・ゴートン氏はいじめ問題に取組んだ一人です。いじめの原因の一つは共感できないことにあると思った彼女は問題がある学校に赤ちゃんと母親を連れて行きます。生徒にその赤ちゃんが何を話しているのか、何を感じているのかを記入するように言のです。赤ちゃんは大人が話すような言葉を発しません。当然、始めたばかりの頃、生徒は赤ちゃんが何を言おうとしているのか理解できないのです。しかし、何回かくりかえすうちに、だんだんわかるようになるといいます。そうすることで、生徒は自分以外の人が何を感じているのかわかるようになり、結果として共感能力が養われていくといいます。
この記事で紹介した社会企業家のやり方は一つの社会貢献として素晴らしいと思います。ドレイトン氏の行いも一つのやり方として同様に素晴らしいと思います。ただ、私は日本人もこのようになりなさい、という意図でここに載せたわけではありません。曽野 綾子さんが言っていましたが、社会に対して何かをするには余裕がなければやってはいけないと。私はその通りだと思います。日本は横並び社会です。みんなが行くときに行かないと、「なぜ?」と訊ねられます。
「チョボラ」という言葉があります。ちょっとしたボランティア。私はこれで良いと思います。人それぞれ異なるもの、同じでなくて良いのです。自分ができることをしていくことが良いのではないでしょうか。(岩崎 卓也)
アショカはユヌス氏を含め、世界中で数多くの社会企業家を支援してきました。創業以来60カ国以上で活動し、支援した社会企業家は1500人以上にものぼります。アショカはアショカ・フェローと呼ばれる社会企業家を選び、そこに支援を行います。アショカ・フェローに選ばれると、アショカの世界的なネットワークを生かした物質面の支援かを得られます。さらには、確固たる信用となりますから、有望な投資対象として見られるというメリットも生まれるのです。
こちらの記事ではドレイトン氏がアショカを作ろうと思ったきっかけやアショカ・フェロー選考の過程などについて、ドレイトン氏の貴重な言葉を掲載しました。
〈倫理観は社会がばらばらにならないようにつなぎとめるものです。それがない社会企業家は成功しません〉
数多くの人に接して、支援をしてきたドレイトン氏ならではの発言が盛り込まれています。
アショカ・フェローとなる人はどのような人でしょうか。先に触れたユヌス氏のほか、日本人では、アメリカに住む中南米などの出稼ぎ移民の本国への送金サービスを革新した〓迫(とちさこ)篤昌氏が選ばれています。また、カナダ人のメアリー・ゴートン氏はいじめ問題に取組んだ一人です。いじめの原因の一つは共感できないことにあると思った彼女は問題がある学校に赤ちゃんと母親を連れて行きます。生徒にその赤ちゃんが何を話しているのか、何を感じているのかを記入するように言のです。赤ちゃんは大人が話すような言葉を発しません。当然、始めたばかりの頃、生徒は赤ちゃんが何を言おうとしているのか理解できないのです。しかし、何回かくりかえすうちに、だんだんわかるようになるといいます。そうすることで、生徒は自分以外の人が何を感じているのかわかるようになり、結果として共感能力が養われていくといいます。
この記事で紹介した社会企業家のやり方は一つの社会貢献として素晴らしいと思います。ドレイトン氏の行いも一つのやり方として同様に素晴らしいと思います。ただ、私は日本人もこのようになりなさい、という意図でここに載せたわけではありません。曽野 綾子さんが言っていましたが、社会に対して何かをするには余裕がなければやってはいけないと。私はその通りだと思います。日本は横並び社会です。みんなが行くときに行かないと、「なぜ?」と訊ねられます。
「チョボラ」という言葉があります。ちょっとしたボランティア。私はこれで良いと思います。人それぞれ異なるもの、同じでなくて良いのです。自分ができることをしていくことが良いのではないでしょうか。(岩崎 卓也)
2007/12/15
今、伝記を読む意味
何か悪いことをしたとき、諫めてくれる存在って誰ですか? 両親? それとも上司でしょうか。若い人ならば、自分に対してさまざまなことを言ってくれる人がいることでしょう。ときにはうんざりすることもあるかもしれません。ところが、年をとるとともに苦言を呈してくれる人は減っていきます。昔なら、「地域のオバサン」と呼ばれる人物が目を光らせ、口うるさく注意をしてくれたものです。でも、都心に住んでいると近所づきあいがほとんどありません。良い意味で、近所に対して無関心なのです。恩師との関係も希薄になっていますね。
フィードバックシステムがなくなりつつある今の時代、自分が正しくあるにはセルフフィードバックしかないのです。それには、誰かレスペクトできる人から学ぶことが一つの手段として有効ではないでしょうか。ただし、組織の中で師を作ろうとしても、年齢が高くなるにしたがって難しくなります。同じ組織ですと相手のアラが見えてしまうことも実現しにくい理由になっています。ある程度距離のあいた人物が良いのです。とすると、偉人の本を読むのが最も適した手法ではないでしょうか。これから先、私は「伝記の時代」が来るのではないかと思っています。私達は歴史学者ではないので、内容について細かく正しいかどうか検証する必要はありません。読んで内省ができるようなエピソードに溢れていることが大切なのです。それには、伝記が好適なのではないかと思います。
そこで、今月号では「日本の企業家13人の信念 社会とともに」というコーナーを作りました。こちらには松下幸之助、井深 大、土光敏夫など、日本の産業史における偉大なリーダーの言葉が掲載されています。本田宗一郎は退陣のとき語った挨拶の言葉を紹介しました。本田さんは私がレスペクトする経営者の一人です。通産省に一升瓶持って座りこんだ話など、痛快で豪快な側面について語られることがよくありますが、私が印象に残っているのは青山本社ビルの話です。原稿には載せませんでしたが、ホンダではビルを建てるに当たり最初はガラスばりにしようとしていました。ところが、ガラスが一面に広がっているとドライバーにとって運転しにくい、危険なのでやめようということになったと聞きました。本社ビルは交差点に面しています。角が丸くなっているのは交差点を曲がるドライバーの視界を遮らないようにという思いがあったといいます。また、窓ガラスが前面に出ていないのは、大地震が起きたとき、道を歩いている人を傷つけないようにという配慮からだといいます。
このほか、稲盛和夫、オムロン創業者の立石一真、小倉昌男などを紹介させていただきました。13人のリーダーの言葉から漂うものは「リーダーの品格」です。ぜひとも味わっていただきたいと思う次第です。(岩崎 卓也)
※「DHBR」1月号は一冊からお求めになれます。
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690108
フィードバックシステムがなくなりつつある今の時代、自分が正しくあるにはセルフフィードバックしかないのです。それには、誰かレスペクトできる人から学ぶことが一つの手段として有効ではないでしょうか。ただし、組織の中で師を作ろうとしても、年齢が高くなるにしたがって難しくなります。同じ組織ですと相手のアラが見えてしまうことも実現しにくい理由になっています。ある程度距離のあいた人物が良いのです。とすると、偉人の本を読むのが最も適した手法ではないでしょうか。これから先、私は「伝記の時代」が来るのではないかと思っています。私達は歴史学者ではないので、内容について細かく正しいかどうか検証する必要はありません。読んで内省ができるようなエピソードに溢れていることが大切なのです。それには、伝記が好適なのではないかと思います。
そこで、今月号では「日本の企業家13人の信念 社会とともに」というコーナーを作りました。こちらには松下幸之助、井深 大、土光敏夫など、日本の産業史における偉大なリーダーの言葉が掲載されています。本田宗一郎は退陣のとき語った挨拶の言葉を紹介しました。本田さんは私がレスペクトする経営者の一人です。通産省に一升瓶持って座りこんだ話など、痛快で豪快な側面について語られることがよくありますが、私が印象に残っているのは青山本社ビルの話です。原稿には載せませんでしたが、ホンダではビルを建てるに当たり最初はガラスばりにしようとしていました。ところが、ガラスが一面に広がっているとドライバーにとって運転しにくい、危険なのでやめようということになったと聞きました。本社ビルは交差点に面しています。角が丸くなっているのは交差点を曲がるドライバーの視界を遮らないようにという思いがあったといいます。また、窓ガラスが前面に出ていないのは、大地震が起きたとき、道を歩いている人を傷つけないようにという配慮からだといいます。
このほか、稲盛和夫、オムロン創業者の立石一真、小倉昌男などを紹介させていただきました。13人のリーダーの言葉から漂うものは「リーダーの品格」です。ぜひとも味わっていただきたいと思う次第です。(岩崎 卓也)
※「DHBR」1月号は一冊からお求めになれます。
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690108
2007/12/12
ビジネスマンが道徳心を失う瞬間
2008年1月号『「公器」の経営』のなかで、私が面白いと感じた原稿の一つに教育心理学者のハワード・ガードナーが執筆した『ビジネスマンは道徳心を失いやすい』があります。ガードナーはハーバード大学 教育学大学院の教授です。日本でも「ハワード・ガードナーを読む会」があり、知る人ぞ知る存在なのです。
ガードナーは人間の知能というのは7つの知能で成り立っていると言います。これを“multiple intelligence”(マルティプル・インテリジェンス)と呼び、日本語では多重知能または多元的知能と訳されています。彼は今までの一元論、二元論で語られてきた頭の良さとは違った形での知能を提示します。
インタビューはHBRアメリカ本誌が行い、我々DHBR編集部が日本語に訳しました。その中で彼は人間の知能のほかに徳(virtue)の部分にも言及しています。なぜビジネスパーソンはethical mind――ここでは道徳心と訳しましたが、道徳心を失ってしまうのか。その答えをガードナーは示します。
私が面白いと思ったのは、子供の頃から高い道徳観を持って成長した人でも、組織に入ると忘れてしまう。朱に交わると赤くなってしまう、と彼は言うのです。なぜそうなるのか? ビジネスパーソンはプロフェッショナルではないからです。ここでいうプロフェッショナルというのは、長い歴史があり、その歴史の中で職業に従事する人を律し、規範を破った者を罰する仕組みを作り上げたものを指します。医師のようにインターンを経て、臨床を行ない、技術をみがきながら一流を目指していくといった職業がプロフェッショナルなのです。プロとは自らの職業を神にprofess(プロフェス)した人を言います。
アメリカの場合、ビジネススクールを出たら、すぐに経験がなくても管理職になれるケースが多くあります。誰でもビジネスパーソンになれる。だから、わかりやすくて共通のものさしである「利潤」によって突き動かされてしまうようになる、と彼は言うのです。私はこの論文を耳が痛くなる思いで読みました。確かに、歴史が浅ければお金や利潤以外の基準を確立するのは難しいでしょう。
また、彼が指摘しているように、悪いことをしたことに対するフィードバックをしていくシステムは不十分なところがあるかもしれません。これはビジネスパーソンだけでなく社会全体としてあてはまることだと思います。ガートナー教授はとても厳しい人です。一つひとつの指摘に頷きながらも、自省させられる内容になっています。(岩崎 卓也)
※「DHBR」1月号、一冊からお求めになれます。
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690108
ガードナーは人間の知能というのは7つの知能で成り立っていると言います。これを“multiple intelligence”(マルティプル・インテリジェンス)と呼び、日本語では多重知能または多元的知能と訳されています。彼は今までの一元論、二元論で語られてきた頭の良さとは違った形での知能を提示します。
インタビューはHBRアメリカ本誌が行い、我々DHBR編集部が日本語に訳しました。その中で彼は人間の知能のほかに徳(virtue)の部分にも言及しています。なぜビジネスパーソンはethical mind――ここでは道徳心と訳しましたが、道徳心を失ってしまうのか。その答えをガードナーは示します。
私が面白いと思ったのは、子供の頃から高い道徳観を持って成長した人でも、組織に入ると忘れてしまう。朱に交わると赤くなってしまう、と彼は言うのです。なぜそうなるのか? ビジネスパーソンはプロフェッショナルではないからです。ここでいうプロフェッショナルというのは、長い歴史があり、その歴史の中で職業に従事する人を律し、規範を破った者を罰する仕組みを作り上げたものを指します。医師のようにインターンを経て、臨床を行ない、技術をみがきながら一流を目指していくといった職業がプロフェッショナルなのです。プロとは自らの職業を神にprofess(プロフェス)した人を言います。
アメリカの場合、ビジネススクールを出たら、すぐに経験がなくても管理職になれるケースが多くあります。誰でもビジネスパーソンになれる。だから、わかりやすくて共通のものさしである「利潤」によって突き動かされてしまうようになる、と彼は言うのです。私はこの論文を耳が痛くなる思いで読みました。確かに、歴史が浅ければお金や利潤以外の基準を確立するのは難しいでしょう。
また、彼が指摘しているように、悪いことをしたことに対するフィードバックをしていくシステムは不十分なところがあるかもしれません。これはビジネスパーソンだけでなく社会全体としてあてはまることだと思います。ガートナー教授はとても厳しい人です。一つひとつの指摘に頷きながらも、自省させられる内容になっています。(岩崎 卓也)
※「DHBR」1月号、一冊からお求めになれます。
http://book.diamond.co.jp/cgi-bin/d3olp114cg?isbn=059690108
2007/12/07
戦略的と受動的の違い
次号の特集では、マイケル・ポーターの「競争優位のCSR戦略」という論文を巻頭に置きました。この論文では、事業活動とCSRを有機的に関連付け事業を伸ばすことの重要さを説いています。さらにポーターは社会に役立つようなCSRの展開が必要だ、と事例をあげながら解説をしています。この論文には「受動的CSR」と「戦略的CSR」ということばが出てきます。事業に対して関連の乏しいものを「受動的CSR」と呼び、それを超越したものを「戦略的CSR」と言っています。
今まで、日本のチャリティというと、創業者の意思で行っているものがほとんどでした。創業者が作った財団はたくさんあります。本業とは関係がないものですと、創業者でないと決断を下しにくいものです。今後は、社長が創業者の血を引いている場合でも、社長個人の意思でチャリティに会社のお金を使うことは難しいケースが増えるでしょう。会社のお金は株主からお預かりしているものだ、という考えが強くなっています。これからは、ポーターがこの論文で言っているような文脈で「戦略的CSR」を展開していくのが恐らく一番良いのでしょう。
ただ、この論文を金科玉条にするというのはいかがなものかと思うわけです。基本的には、日本企業の場合でも、「戦略的CSR」を展開していくことを意識すべきことに間違いはないと思います。ただ、100パーセント常にそうだと断言しきれない部分もあるのではないかという気がしています。私は日本企業においては、「受動的CSR」でも良い場合があるのではないかと思っています。
例えば、知的障害者の雇用を積極的に行いたいときに、「受動的CSR」だから、本業と関係ないから、といったことを理由に組織として賛同を得られなかったとします。これはジレンマになるわけです。また、温暖化対策についても経営に貢献するCSRじゃないとダメだ、と言われたとします。そうなると、事業に関係ないことならば、問題があっても気づかなくても良いのだ、といったロジック入ってしまうでしょう。社会の一員として、やらなければならないことに気づいたとき、自分の事業に関係ないからやらない、という理屈にいってしまうのはイヤだな、と思うのは私だけしょうか。
「受動的CSR」と「戦略的CSR」、企業のCSRをどのようにすすめていくべきなのか。
この論文はお読みになった方によって、それぞれ意見が分かれるものだと思います。(岩崎 卓也)
※「DHBR 2008年1月号」の発売は12月10日(月)です。
今まで、日本のチャリティというと、創業者の意思で行っているものがほとんどでした。創業者が作った財団はたくさんあります。本業とは関係がないものですと、創業者でないと決断を下しにくいものです。今後は、社長が創業者の血を引いている場合でも、社長個人の意思でチャリティに会社のお金を使うことは難しいケースが増えるでしょう。会社のお金は株主からお預かりしているものだ、という考えが強くなっています。これからは、ポーターがこの論文で言っているような文脈で「戦略的CSR」を展開していくのが恐らく一番良いのでしょう。
ただ、この論文を金科玉条にするというのはいかがなものかと思うわけです。基本的には、日本企業の場合でも、「戦略的CSR」を展開していくことを意識すべきことに間違いはないと思います。ただ、100パーセント常にそうだと断言しきれない部分もあるのではないかという気がしています。私は日本企業においては、「受動的CSR」でも良い場合があるのではないかと思っています。
例えば、知的障害者の雇用を積極的に行いたいときに、「受動的CSR」だから、本業と関係ないから、といったことを理由に組織として賛同を得られなかったとします。これはジレンマになるわけです。また、温暖化対策についても経営に貢献するCSRじゃないとダメだ、と言われたとします。そうなると、事業に関係ないことならば、問題があっても気づかなくても良いのだ、といったロジック入ってしまうでしょう。社会の一員として、やらなければならないことに気づいたとき、自分の事業に関係ないからやらない、という理屈にいってしまうのはイヤだな、と思うのは私だけしょうか。
「受動的CSR」と「戦略的CSR」、企業のCSRをどのようにすすめていくべきなのか。
この論文はお読みになった方によって、それぞれ意見が分かれるものだと思います。(岩崎 卓也)
※「DHBR 2008年1月号」の発売は12月10日(月)です。
2007/12/05
ポーターの論文を読む前に
日本には布施(ふせ)というものがあります。仏事の際の僧に対する謝礼を表す言葉として私達は使うことが多いのですが、正確に言うと3つに分類されます。「財施(ざいせ)」といって金銭や衣服、食料を人に施すことがひとつ。ふたつ目は「法施(ほうせ)」といって、仏の教えを説くことです。そして、三番目は「無畏施(むいせ)」といって、人の厄難を救うこと、悩んでいる人が不安や恐怖を取り除くことができるようにすることです。このほか、地位や財産がない人でも簡単にできる「無財の七施」と言うものがあります。詳細は10日に発売する1月号の「FROM the EDITORS」に書きましたが、布施とは見返りを求めない心のことを指すのです。
ある僧侶の話を聞いたことがあります。その僧侶は道を歩いていると、貧しそうな身なりをしている男性がうずくまっているのを見かけました。季節は冬、とても寒そうです。僧侶はその人に袈裟(けさ)をかけてあげました。
ところが、相手の男性は何も言わずにうずくまったままです。
「温かくなりましたか?」
僧侶は声をかけました。その直後、激しく訊いたことを悔やみました。なぜなら、僧侶は男性が温かくなったかどうかを知りたかったのではなく、「ありがとう」という言葉が返ってくるのを期待していた。自分の未熟さに気づいて後悔したのです。この僧侶は自身が行ったことは、見返りを求めた時点で「無畏施(むいせ)」ではなくなっていたことに気づいたのです。
話は変わりますが、ドラッカーの『非営利組織の経営』には、NPOに所属している人は経済合理性のためにだけに働いているのではない。社会に貢献しているという実感と、そこに自分が貢献している自信がもとになっているのだと書かれています。NPOだけでなく、社会機関である企業も同様なことがいえるでしょう。布施の心と同じように、事業と関係なくても、必要なところには手を差し伸べてあげてもいいじゃないですか。見返りを求めるとか、企業のイメージ向上を念頭に置かなくても、普通に人間として、そして社会の一員として助け合う。それで良いと私は思います。
次号の特集「公器の経営」に『競争優位のCSR戦略』(マイケル・ポーター、 マーク・R・クラマー)という論文を掲載しました。こちらはCSRを企業と社会双方がメリットを享受できる活動として展開することの大切さについて触れています。企業は社会と競争力、その両方に益するイノベーションをもたらすべきと説いているわけです。これから先もこの論文のように、経済合理性の中でCSRを語ることはあることだと思います。
『競争優位のCSR戦略』の具体的な内容の紹介は次回このブログで行うつもりでいます。ただ、その前提には日本でいう布施の心があることを伝えたい、と思い今回紹介しました。(岩崎 卓也)
ある僧侶の話を聞いたことがあります。その僧侶は道を歩いていると、貧しそうな身なりをしている男性がうずくまっているのを見かけました。季節は冬、とても寒そうです。僧侶はその人に袈裟(けさ)をかけてあげました。
ところが、相手の男性は何も言わずにうずくまったままです。
「温かくなりましたか?」
僧侶は声をかけました。その直後、激しく訊いたことを悔やみました。なぜなら、僧侶は男性が温かくなったかどうかを知りたかったのではなく、「ありがとう」という言葉が返ってくるのを期待していた。自分の未熟さに気づいて後悔したのです。この僧侶は自身が行ったことは、見返りを求めた時点で「無畏施(むいせ)」ではなくなっていたことに気づいたのです。
話は変わりますが、ドラッカーの『非営利組織の経営』には、NPOに所属している人は経済合理性のためにだけに働いているのではない。社会に貢献しているという実感と、そこに自分が貢献している自信がもとになっているのだと書かれています。NPOだけでなく、社会機関である企業も同様なことがいえるでしょう。布施の心と同じように、事業と関係なくても、必要なところには手を差し伸べてあげてもいいじゃないですか。見返りを求めるとか、企業のイメージ向上を念頭に置かなくても、普通に人間として、そして社会の一員として助け合う。それで良いと私は思います。
次号の特集「公器の経営」に『競争優位のCSR戦略』(マイケル・ポーター、 マーク・R・クラマー)という論文を掲載しました。こちらはCSRを企業と社会双方がメリットを享受できる活動として展開することの大切さについて触れています。企業は社会と競争力、その両方に益するイノベーションをもたらすべきと説いているわけです。これから先もこの論文のように、経済合理性の中でCSRを語ることはあることだと思います。
『競争優位のCSR戦略』の具体的な内容の紹介は次回このブログで行うつもりでいます。ただ、その前提には日本でいう布施の心があることを伝えたい、と思い今回紹介しました。(岩崎 卓也)
2007/12/01
タイトルにもこだわりがあります
次号の特集は「公器の経営」です。「CSR」などに関する論文を掲載します。今回の特集を読まれたなら、特集のタイトルに疑問を持つ方もいるでしょう。論文のタイトルにあわせて、「CSR」「社会貢献」「共生」といった言葉を使えば良いのに……、と思う方もいらっしゃるかもしれません。それでも、次号の特集タイトルには「CSR」といった言葉をあえて使いませんでした。実は、これには理由があります。
私たちは日頃、「環境に優しい」という言葉を耳にすることがよくあります。ただ、私は企業が環境に優しいのは当たり前のことだと思うのです。ドラッカーは『マネジメント』という本の中で、<企業は経済機関ではなく社会機関である。>と語っています。そもそも、CSRという言葉を使わなくても、企業とは社会の便益をもたらすために作られた機関なのです。
DHBRではこれまでも特集の企画としてCSRが何回か候補にのぼったことがあります。それでも、行わずに来ました。今回、あえてCSRを特集することにしたのは、経営の世界の中でグルといわれているマイケル・ポーター、クリステンセン、プラハラッドなどのCSR等に関する論文が出たからです。特集では『CSRの戦略的価値』(マイケル E. ポーター)、『破壊的イノベーションによる社会変革』(クレイトン M. クリステンセン)、『協創力という新たな社会契約』(C. K. プラハラッド)などを掲載しております。『CSRの戦略的価値』は2006年マッキンゼー賞受賞論文です。詳細の内容は次回以降、こちらのブログで紹介する予定でいます。これらの質の高い論文をぜひ読者の皆様に読んでいただきたい。そのような思いから特集を組みました。
CSRの特集を組むにあたり、DHBRでは「私たちは社会的に意義があることを行っている」などと言いながら、自分達の行為に酔いたくなかったのです。企業は公器です。そこにCSRという言葉をあえて使わなかった理由があります。
特集の大タイトルには「社会貢献」「CSR」といった言葉を一切使わないという縛りの中で、今回の特集がしかるべき利潤と社会貢献のバランスが取れた特集になったかどうか。それは読者の皆さんが決めることだと私は思っております。(岩崎 卓也)
※「DHBR 2008年1月号」の発売は12月10日(月)です。
私たちは日頃、「環境に優しい」という言葉を耳にすることがよくあります。ただ、私は企業が環境に優しいのは当たり前のことだと思うのです。ドラッカーは『マネジメント』という本の中で、<企業は経済機関ではなく社会機関である。>と語っています。そもそも、CSRという言葉を使わなくても、企業とは社会の便益をもたらすために作られた機関なのです。
DHBRではこれまでも特集の企画としてCSRが何回か候補にのぼったことがあります。それでも、行わずに来ました。今回、あえてCSRを特集することにしたのは、経営の世界の中でグルといわれているマイケル・ポーター、クリステンセン、プラハラッドなどのCSR等に関する論文が出たからです。特集では『CSRの戦略的価値』(マイケル E. ポーター)、『破壊的イノベーションによる社会変革』(クレイトン M. クリステンセン)、『協創力という新たな社会契約』(C. K. プラハラッド)などを掲載しております。『CSRの戦略的価値』は2006年マッキンゼー賞受賞論文です。詳細の内容は次回以降、こちらのブログで紹介する予定でいます。これらの質の高い論文をぜひ読者の皆様に読んでいただきたい。そのような思いから特集を組みました。
CSRの特集を組むにあたり、DHBRでは「私たちは社会的に意義があることを行っている」などと言いながら、自分達の行為に酔いたくなかったのです。企業は公器です。そこにCSRという言葉をあえて使わなかった理由があります。
特集の大タイトルには「社会貢献」「CSR」といった言葉を一切使わないという縛りの中で、今回の特集がしかるべき利潤と社会貢献のバランスが取れた特集になったかどうか。それは読者の皆さんが決めることだと私は思っております。(岩崎 卓也)
※「DHBR 2008年1月号」の発売は12月10日(月)です。
