携帯電話の入力方法に、「2個打ち」なるものがあることを初めて知りました。通常「お」を出すときは、「あ」のキーを5回打ちます。2個打ちは数字ふたつを入力するだけで文字を出すというものです。「ツータッチ入力」と呼ぶ人もいるようです。2個打ちのメリットはスピードアップ。キーを打つ回数が少ないから、恐ろしく速く文字が打てます。
ここのところ、パソコンを使わない携帯オンリーという10代、20代が増えているという声をよく耳にします。携帯電話があればメールもネットもできるから、不要だというのです。彼ら彼女らは「純血ケータイ族」「ケータイネイティブ」「下流携帯族」などと言われているようですが、この方たちの多くは2個打ちをやっているそうです。私も真似してやってみようとしたところ、周囲から「四十の手習い」「年寄りの冷や水」などと言われてしまいやめました。
この世代の子供たちが大人になったらどうなるのか、私はついていけるのだろうか、と心配になっています。まず、コミュニケーションのあり方が変わってきます。会議はケータイを使って、チャットで行われるかもしれません。文字の入力が速い若者は、カタカタカタっと猛スピードでまくし立てるわけです。考えるのよりも先に文字として自分の意見を打ち込んでくるわけですね。他方、文字入力ができない者は発言ができないのです。
コミュニケーションの形態が変わると次に何が起きるでしょうか。情報の流通の仕方が変わると、組織のあり方も変わってくるかも知れません。生産者は否応なく、製品をあわせなくてはならない状況に追い込まれるのです。どのくらい既存の勢力が抵抗するかはわかりませんが、多くの行動変革を強いられることが予想されます。想像するだけで面倒くさい気持ちにならないでもありません。
DHBRをケータイで読む時代はそう遠くないかもしれません。誌面をそのように合わせて作らなければならないのか……、と思うと複雑な気持ちになります。(岩崎 卓也)
2007/06/30
2007/06/27
ローカリゼーションはグローバリゼーションの対比語
今月号に掲載した論稿に『「脱」標準化のマーケット戦略』というものがあります。この論稿を読んだとき、日本の社会にとってここで書かれていることは面白いものと位置づけられるのではないかと思いました。原題は「Localization」です。ローカリゼーションはグローバリゼーションとの対比語で、通常国単位の市場でどのような事業展開をするのか検討をするときに使われる言葉です。
この論稿ではローカリゼーションといっておりますが、これはもっと狭い意味で使われています。市町村などの自治体や特定エリアでの市場を対象にしています。日本語ではエリアマーケティングという言葉がより近いでしょう。ただし、今の日本でエリアマーケティングというと、地域に応じて宣伝文句を変える、価格を変える、東京と大阪で商品を変える、といったことくらいしか行っていません。この論稿では「より細かくやりなさい」といっているわけです。
小売りに関しては、日本でも細かく実践しているところがあります。戦術、戦略としてどのように製品やプライシング、製品ミックスを変えるのか。チャネルの組み替えとしてオンラインショップをどのように利用していくのか。セブンイレブンでは近所に運動会があると、おにぎりを多く追加注文します。また、品揃えが、港区と立川市とでは違います。
食品メーカーでも同様にローカリゼーションを実践しているところもあります。大阪と東京では味が違うといわれている「どんべえ」などがそうです。日清カップヌードルもそうでしょう。アメリカで売られているカップヌードルってまずいと感じるのは私だけでしょうか。麺が固くて、エビは一個か二個。しかもやせている。その上フォークでたべるので麺が短いのです。日本のカップヌードルのほうが美味しいと日本人である私は感じていますが、アメリカ人にはこの味、この麺の長さが適しているのでしょう。
このように地域によって商品の仕様を変えているメーカーもあります。しかし、多くはやっていない。なぜなら、コストが上がるからです。この論稿にもP&Gが登場します。プリトレー、コカ・コーラなどの食品メーカー、ほかアパレルなどの企業の事例が紹介されています。地域の特性を考えて巨大メーカーがローカライズするというのは必要なことなのです。日本の食品業界でいえば御当地ビールはその最たるものだといえます。上手くいったら地域限定版を全国区、ナショナルブランドにしよう、という話を耳にします。
一部の小売りや食品メーカーだけでなく、もっと多くのメーカーがローカリゼーションについて取組むべきではないでしょうか。ただし、ここで重要なのは「もしも……、うまくいったらいいなぁ」といった話ではなく、しっかりとやっていくことです。上辺だけマネをしてもうまくいかない。それはあえてここで言うもでもないことでしょう。(岩崎 卓也)
この論稿ではローカリゼーションといっておりますが、これはもっと狭い意味で使われています。市町村などの自治体や特定エリアでの市場を対象にしています。日本語ではエリアマーケティングという言葉がより近いでしょう。ただし、今の日本でエリアマーケティングというと、地域に応じて宣伝文句を変える、価格を変える、東京と大阪で商品を変える、といったことくらいしか行っていません。この論稿では「より細かくやりなさい」といっているわけです。
小売りに関しては、日本でも細かく実践しているところがあります。戦術、戦略としてどのように製品やプライシング、製品ミックスを変えるのか。チャネルの組み替えとしてオンラインショップをどのように利用していくのか。セブンイレブンでは近所に運動会があると、おにぎりを多く追加注文します。また、品揃えが、港区と立川市とでは違います。
食品メーカーでも同様にローカリゼーションを実践しているところもあります。大阪と東京では味が違うといわれている「どんべえ」などがそうです。日清カップヌードルもそうでしょう。アメリカで売られているカップヌードルってまずいと感じるのは私だけでしょうか。麺が固くて、エビは一個か二個。しかもやせている。その上フォークでたべるので麺が短いのです。日本のカップヌードルのほうが美味しいと日本人である私は感じていますが、アメリカ人にはこの味、この麺の長さが適しているのでしょう。
このように地域によって商品の仕様を変えているメーカーもあります。しかし、多くはやっていない。なぜなら、コストが上がるからです。この論稿にもP&Gが登場します。プリトレー、コカ・コーラなどの食品メーカー、ほかアパレルなどの企業の事例が紹介されています。地域の特性を考えて巨大メーカーがローカライズするというのは必要なことなのです。日本の食品業界でいえば御当地ビールはその最たるものだといえます。上手くいったら地域限定版を全国区、ナショナルブランドにしよう、という話を耳にします。
一部の小売りや食品メーカーだけでなく、もっと多くのメーカーがローカリゼーションについて取組むべきではないでしょうか。ただし、ここで重要なのは「もしも……、うまくいったらいいなぁ」といった話ではなく、しっかりとやっていくことです。上辺だけマネをしてもうまくいかない。それはあえてここで言うもでもないことでしょう。(岩崎 卓也)
2007/06/23
組織がわかるまでに要する時間
ここのところ、やっと組織というものがわかってきたという気がしています。以前、私はこちらのブログで〈組織がわかるようになるまでには時間がかかる〉という話をしたことがあります。やはり、大学を卒業して20年くらい経過しないと、会社の組織っていったい何なのか、どういう力学が働いているのか、わからないのではないか、と思うときがあります。
組織は情報で出来ています。その情報はあまりにも複雑です。これを処理するには演算処理スピードが早ければ良いということではありません。トレードオフにある情報がたくさんあるわけです。
極めて即物的に言えば、人間の関係というのは情報処理によって構築されていく部分があります。Aという男性について、私が認識するとき顔と名前、髪型などを覚えます。A氏が顔の形を整形手術で変えてしまったら、私は認識できなくなることもあるでしょう。
既知の情報の交換の中で、関係というものが決まるのです。こういうことを言われたから嫌い、こうだから好き、ということが決まっていくわけです。そういった人間関係の集合体が組織なわけです。それが言葉で表現できるのか、できないのか。そういった違いはあるけれども、社会というのは情報で構成されていて、企業も家族も情報で作られているといっていいでしょう。
結局重要なのは、その情報処理のプロトコルの精度だと思います。歳をとればとるほど、情報処理にまつわるルールが増えていきます。別の言い方をすれば、考慮すべき項目が増えるということだと思います。
本を読んだだけではその知識は使えません。自転車と同じように体で覚えていくのです。自転車はこういうふうに乗るのです、と解説書に書いてあったとして、それを読んですぐに自転車が乗れるようになる人って、いるかも知れないけれども決してうまい自転車乗りではないでしょう。ゴルフにしても、同じことが言えます。
頭の情報システムに、考慮すべきことへの対処が無意識に作動するようインプットが完了するには時間がかかる。これが私の感じたことです。組織がわかるようになるには時間が必要なのです。〈岩崎 卓也〉
組織は情報で出来ています。その情報はあまりにも複雑です。これを処理するには演算処理スピードが早ければ良いということではありません。トレードオフにある情報がたくさんあるわけです。
極めて即物的に言えば、人間の関係というのは情報処理によって構築されていく部分があります。Aという男性について、私が認識するとき顔と名前、髪型などを覚えます。A氏が顔の形を整形手術で変えてしまったら、私は認識できなくなることもあるでしょう。
既知の情報の交換の中で、関係というものが決まるのです。こういうことを言われたから嫌い、こうだから好き、ということが決まっていくわけです。そういった人間関係の集合体が組織なわけです。それが言葉で表現できるのか、できないのか。そういった違いはあるけれども、社会というのは情報で構成されていて、企業も家族も情報で作られているといっていいでしょう。
結局重要なのは、その情報処理のプロトコルの精度だと思います。歳をとればとるほど、情報処理にまつわるルールが増えていきます。別の言い方をすれば、考慮すべき項目が増えるということだと思います。
本を読んだだけではその知識は使えません。自転車と同じように体で覚えていくのです。自転車はこういうふうに乗るのです、と解説書に書いてあったとして、それを読んですぐに自転車が乗れるようになる人って、いるかも知れないけれども決してうまい自転車乗りではないでしょう。ゴルフにしても、同じことが言えます。
頭の情報システムに、考慮すべきことへの対処が無意識に作動するようインプットが完了するには時間がかかる。これが私の感じたことです。組織がわかるようになるには時間が必要なのです。〈岩崎 卓也〉
2007/06/20
6月は環境月間です
今月号の巻頭論文は「『地球温暖化』時代の競争優位戦略」です。我が国では環境庁の主唱により、1991年度から6月を「環境月間」としています。私はビジネスの出版において温暖化や環境保護については市場性がないというか、作り手の思いと買い手の間にはずいぶんと温度差がある領域だな、と思っていたのです。
グリーンコンシューマやエコロジー、ロハスなど、いろいろな言葉がありますが、これらはどちらかというと、個人の志による活動が主体です。なかには、個人の趣味で行われているものもあります。名刺に再生紙を使い、割り箸を使わずに箸を使う……。もちろん、個人レベルでの取組みも大切です。ただし、これだけでは森林破壊は防げません。もっとも、割り箸のなかには建材に使った材木の余りを有効利用しているものもあり、一概に森林破壊を促進しているとは言い難い、と主張している人もいます。私個人としても、レストランに自分の箸を持ち込んで使うことにはいささか行き過ぎといった印象を抱かずにはいられません。
巻頭論文では温暖化が企業活動に及ぼす影響について書かれています。法的リスク、風評リスクなど、6つのリスクと4つのステップに分かれた対応策について述べられています。訴訟リスクでは、ニューヨーク市らがアメリカ大手電力会社を相手取り起こした訴訟の事例が紹介されています。
温暖化が進むとハリケーンの勢いが増すといわれています。電力会社の温暖化ガス排出は、ハリケーン「カトリーナ」の勢力拡大を助長したということが訴訟の背景にあるのです。この訴訟では、電力会社に対してCO2排出削減を求めているといいます。また、ミシシッピ州では同様に、石油会社と石炭会社が訴えられています。
ここにきて、アメリカの産業界は自らの責任で、環境問題を義務として取り込まなくてはいけない状況になったことを強く感じます。アル・ゴアがアカデミー賞を取ったというのは、伊達や粋狂じゃない。『不都合の真実』が面白いからではないのです。産業政策の見直しのひとつの象徴的な出来事だといっていいでしょう。
アメリカは京都議定書を批准していませんが、産業界では今までになく環境に対する取り組みが高まっていくような気がします。今後は温暖化リスクといった言葉が、もっと一般的に使われるようになるのではないでしょうか。(岩崎 卓也)
グリーンコンシューマやエコロジー、ロハスなど、いろいろな言葉がありますが、これらはどちらかというと、個人の志による活動が主体です。なかには、個人の趣味で行われているものもあります。名刺に再生紙を使い、割り箸を使わずに箸を使う……。もちろん、個人レベルでの取組みも大切です。ただし、これだけでは森林破壊は防げません。もっとも、割り箸のなかには建材に使った材木の余りを有効利用しているものもあり、一概に森林破壊を促進しているとは言い難い、と主張している人もいます。私個人としても、レストランに自分の箸を持ち込んで使うことにはいささか行き過ぎといった印象を抱かずにはいられません。
巻頭論文では温暖化が企業活動に及ぼす影響について書かれています。法的リスク、風評リスクなど、6つのリスクと4つのステップに分かれた対応策について述べられています。訴訟リスクでは、ニューヨーク市らがアメリカ大手電力会社を相手取り起こした訴訟の事例が紹介されています。
温暖化が進むとハリケーンの勢いが増すといわれています。電力会社の温暖化ガス排出は、ハリケーン「カトリーナ」の勢力拡大を助長したということが訴訟の背景にあるのです。この訴訟では、電力会社に対してCO2排出削減を求めているといいます。また、ミシシッピ州では同様に、石油会社と石炭会社が訴えられています。
ここにきて、アメリカの産業界は自らの責任で、環境問題を義務として取り込まなくてはいけない状況になったことを強く感じます。アル・ゴアがアカデミー賞を取ったというのは、伊達や粋狂じゃない。『不都合の真実』が面白いからではないのです。産業政策の見直しのひとつの象徴的な出来事だといっていいでしょう。
アメリカは京都議定書を批准していませんが、産業界では今までになく環境に対する取り組みが高まっていくような気がします。今後は温暖化リスクといった言葉が、もっと一般的に使われるようになるのではないでしょうか。(岩崎 卓也)
2007/06/16
マーケティングがあるところ、ないところ
最近、マーケティングの本は売れなくなったといわれています。3年くらい前まで、弊誌ではマーケティングの特集を組めば、どのくらいの方に手に取っていただけるのかが読めました。でも今は、マーケティングは売れない分野になっているのです。
それはマーケティングが本質とは違う意味合いで理解されるようになったからかもしれません。マーケティングにはネガティブなイメージすら抱いている人もいるくらいです。今回の特集が面白いのは本来のマーケティングを追求し、最近の誤った見解を払拭しているからだと思っています。
「顧客は『あなたを満足させます』という誓約を購入している」――。
これは、マーケティング界のドラッカーとも言われる、セオドア・レビットの言葉で名言になっています。彼はハーバード・ビジネス・スクールの先生で、マーケティングとはお客様に対して価値の保証を誓約する活動だといっています。物を売り込むことではなく、自分たちが作っている材やサービスは「いいものです。満足させます」ということを誓約する活動を指すと言い切っているのです。そういう意味では、P&Gのマーケティングの建て直しは、レビットの名言にあてはまるといえるでしょう。今回の特集、「消費者『理解』のマーケティング」の考えと一致します。
世の中にはヒット商品が多数ありますが、運に左右される部分も全くないとはいえません。市場で受けるものを売れるかどうかはいろいろな要素が必要で、そのなかには必ず運が含まれると言っていいでしょう。
よくある雑誌などで見かけるヒット商品特集では大量に売れた商品の開発者やそのコンセプトなどを紹介しています。ただ、私が思うに、宝くじに当たった人を褒めるのは、いかがなものなのでしょう。
まじめに品質の高いものをきちんと計画して、お客さんに届けて、それに対して正しい評価が返ってくる。派手に売れる商品を出す企業よりも、このような製品をたくさん作っている会社のほうが本当は強いのだと思います。「ヒットメーカー」「一発屋」と呼ばれるところには、本来のマーケティングがないと私は思うのです。(岩崎 卓也)
それはマーケティングが本質とは違う意味合いで理解されるようになったからかもしれません。マーケティングにはネガティブなイメージすら抱いている人もいるくらいです。今回の特集が面白いのは本来のマーケティングを追求し、最近の誤った見解を払拭しているからだと思っています。
「顧客は『あなたを満足させます』という誓約を購入している」――。
これは、マーケティング界のドラッカーとも言われる、セオドア・レビットの言葉で名言になっています。彼はハーバード・ビジネス・スクールの先生で、マーケティングとはお客様に対して価値の保証を誓約する活動だといっています。物を売り込むことではなく、自分たちが作っている材やサービスは「いいものです。満足させます」ということを誓約する活動を指すと言い切っているのです。そういう意味では、P&Gのマーケティングの建て直しは、レビットの名言にあてはまるといえるでしょう。今回の特集、「消費者『理解』のマーケティング」の考えと一致します。
世の中にはヒット商品が多数ありますが、運に左右される部分も全くないとはいえません。市場で受けるものを売れるかどうかはいろいろな要素が必要で、そのなかには必ず運が含まれると言っていいでしょう。
よくある雑誌などで見かけるヒット商品特集では大量に売れた商品の開発者やそのコンセプトなどを紹介しています。ただ、私が思うに、宝くじに当たった人を褒めるのは、いかがなものなのでしょう。
まじめに品質の高いものをきちんと計画して、お客さんに届けて、それに対して正しい評価が返ってくる。派手に売れる商品を出す企業よりも、このような製品をたくさん作っている会社のほうが本当は強いのだと思います。「ヒットメーカー」「一発屋」と呼ばれるところには、本来のマーケティングがないと私は思うのです。(岩崎 卓也)
2007/06/13
インタビュー記事の行間から汲み取れること
2007年7月号の特集、イチオシはP&Gグローバル・マーケティング・オフィサー、ジェームズ・R・ステンジェル氏のインタビュー記事です。こちらはベテランのマーケター、あるいはリーダーにとって、非常に共感できる内容になったと自負しております。
最近、マーケティングというと広告宣伝の代名詞のように思われているふしがあります。が、本来はそのような活動ではないのです。もちろん、営業そのものでもありません。特に、マーケティングというとデータ分析、ヒアリング、フォーカスグループ、顧客定義、セグメントなどを使い消費者に売り込むこと、あるいは企業のご都合で考える戦術の一連の活動だと認識されています。ビジネススクールでさえ、その様に教えてしまうところもあるくらいです。でも、それは違うでしょう。
会社にはいろいろなプロセスがあります。社内のシステムは出入金の仕組み、配送など、お客さんの都合で作られているものばかりではなく、会社の都合で作られたものが多くあります。経理システムなら、経理の人やベンダーの発言で仕様が決まります。お客さんのプロセスを第一にして作られていないのです。
このインタビューは「お客さんの都合から考えましょう」というマーケティングの本質が語られています。P&Gの新しいマーケティングスローガンは“consumer is boss”です。昔から、“Customer is king”という言葉はありました。日本では「お客様は神様です」といいます。これをもう一度、かみ締め、咀嚼しなおすというところから、マーケティングは始まるのです。これは大事なメッセージだなと私は思いました。実際にお客さんを見ないでマーケティングプランを立てている人もいます。
マーケティングをやっている人のなかには「新しい物好き」の方が多く、新しいマーケティングコンセプトや技術を実行する場面をよく目にします。ただし、地に足が着いていないと、マーケティングは機能しません。結局のところお客さんなのです。このことは、今までしっかりとマーケティングをやってきた人ならば、今回のP&Gのインタビュー記事の行間から汲み取れるはずだと思います。(岩崎 卓也)
最近、マーケティングというと広告宣伝の代名詞のように思われているふしがあります。が、本来はそのような活動ではないのです。もちろん、営業そのものでもありません。特に、マーケティングというとデータ分析、ヒアリング、フォーカスグループ、顧客定義、セグメントなどを使い消費者に売り込むこと、あるいは企業のご都合で考える戦術の一連の活動だと認識されています。ビジネススクールでさえ、その様に教えてしまうところもあるくらいです。でも、それは違うでしょう。
会社にはいろいろなプロセスがあります。社内のシステムは出入金の仕組み、配送など、お客さんの都合で作られているものばかりではなく、会社の都合で作られたものが多くあります。経理システムなら、経理の人やベンダーの発言で仕様が決まります。お客さんのプロセスを第一にして作られていないのです。
このインタビューは「お客さんの都合から考えましょう」というマーケティングの本質が語られています。P&Gの新しいマーケティングスローガンは“consumer is boss”です。昔から、“Customer is king”という言葉はありました。日本では「お客様は神様です」といいます。これをもう一度、かみ締め、咀嚼しなおすというところから、マーケティングは始まるのです。これは大事なメッセージだなと私は思いました。実際にお客さんを見ないでマーケティングプランを立てている人もいます。
マーケティングをやっている人のなかには「新しい物好き」の方が多く、新しいマーケティングコンセプトや技術を実行する場面をよく目にします。ただし、地に足が着いていないと、マーケティングは機能しません。結局のところお客さんなのです。このことは、今までしっかりとマーケティングをやってきた人ならば、今回のP&Gのインタビュー記事の行間から汲み取れるはずだと思います。(岩崎 卓也)
2007/06/09
P&Gのマーケティングをよみがえらせた人物
2007年7月号『消費者「理解」のマーケティング』は8日に発売しました。
弊誌はアメリカ本誌「HBR」に掲載された論文を日本語に翻訳しているだけではありません。日本独自の企画もあります。今月号でいえば、特集記事の「P&Gマーケティングの原点」がそうです。こちらはP&Gグローバル・マーケティング・オフィサー、ジェームズ・R・ステンジェル氏のインタビュー記事で、「DHBR」(日本版)でしか読めません。
2003年、ステンジェル氏はアメリカ本誌「HBR」にシンシナティ大学の教授と一緒に寄稿した方です。このときの論稿はお芝居でいえば第一幕にあたります。今回のインタビューは第二幕、「その後どうなったのか」ということを中心にお話をおうかがいしました。
「DHBR」の原稿には書きませんでしたが、ステンジェル氏は雑誌の「TIME」にいた人なのです。退職後、広告代理店に就職し、P&Gに転職するのです。
P&Gについて少し説明をしましょう。1999年、P&Gの社長兼CEOに任命されたのは、ダーク・イェーガーです。彼は生え抜きで、P&Gジャパンにもいたことがある人なのですが、一年を待たずに解任されてしまいました。当時、全社的なプログラム「オーガニゼーション2005」を指揮するにあたり、あまりにも急激な変革をしたために、社内が混乱してしまったのです。株価はイェーガーが就任した当時は市場から期待され株価があがったのですが、みるみるうちに下がって「P&Gのマーケティングは死んだ」とまで言われるようになりました。
その後、アラン・ラフリーにCEOが変わりました。このとき、市場はこれまでになく失望を持って彼を迎えたのです。通常、P&Gに新CEOが誕生すると株価はあがるものですが、ラフリーが就任したときは下がったのです。彼はイェーガーの「オーガニゼーション2005」を踏襲して改革をします。具体的には、「コア」と呼べるものを再定義しました。コア事業、コア市場、コア製品、コア技術などです。このとき、ラフリーがマネジメント・チームに任命した人物が今回インタビューに答えたステンジェル氏なのです。彼はマーケティングの再生を行った人物です。「DHBR」のインタビュー記事をお読みいただくにあたり、なぜ話を聞く相手としてステンジェル氏を選ばせていただいたのか、補足させていただきたいと思いこちらに書いた次第です。(岩崎 卓也)
弊誌はアメリカ本誌「HBR」に掲載された論文を日本語に翻訳しているだけではありません。日本独自の企画もあります。今月号でいえば、特集記事の「P&Gマーケティングの原点」がそうです。こちらはP&Gグローバル・マーケティング・オフィサー、ジェームズ・R・ステンジェル氏のインタビュー記事で、「DHBR」(日本版)でしか読めません。
2003年、ステンジェル氏はアメリカ本誌「HBR」にシンシナティ大学の教授と一緒に寄稿した方です。このときの論稿はお芝居でいえば第一幕にあたります。今回のインタビューは第二幕、「その後どうなったのか」ということを中心にお話をおうかがいしました。
「DHBR」の原稿には書きませんでしたが、ステンジェル氏は雑誌の「TIME」にいた人なのです。退職後、広告代理店に就職し、P&Gに転職するのです。
P&Gについて少し説明をしましょう。1999年、P&Gの社長兼CEOに任命されたのは、ダーク・イェーガーです。彼は生え抜きで、P&Gジャパンにもいたことがある人なのですが、一年を待たずに解任されてしまいました。当時、全社的なプログラム「オーガニゼーション2005」を指揮するにあたり、あまりにも急激な変革をしたために、社内が混乱してしまったのです。株価はイェーガーが就任した当時は市場から期待され株価があがったのですが、みるみるうちに下がって「P&Gのマーケティングは死んだ」とまで言われるようになりました。
その後、アラン・ラフリーにCEOが変わりました。このとき、市場はこれまでになく失望を持って彼を迎えたのです。通常、P&Gに新CEOが誕生すると株価はあがるものですが、ラフリーが就任したときは下がったのです。彼はイェーガーの「オーガニゼーション2005」を踏襲して改革をします。具体的には、「コア」と呼べるものを再定義しました。コア事業、コア市場、コア製品、コア技術などです。このとき、ラフリーがマネジメント・チームに任命した人物が今回インタビューに答えたステンジェル氏なのです。彼はマーケティングの再生を行った人物です。「DHBR」のインタビュー記事をお読みいただくにあたり、なぜ話を聞く相手としてステンジェル氏を選ばせていただいたのか、補足させていただきたいと思いこちらに書いた次第です。(岩崎 卓也)
2007/06/06
共感できるものが変わること
年をとったな、と思うときがあります。
ひとつが幼い頃の夢をときどき見ることです。私が小学生のとき、日本は高度成長期時代でした。当時の夏は今よりももっと涼しかった。ペットボトルはまだ誕生しておらず、コカコーラはビン入りのものしか売っていませんでした。特製のビニールの袋に詰められた6本入りのコカコーラをよく買いました。飲み終わったあとは、ビニール袋を捨てずにプールの道具を入れるのです。その年によって、取っ手の色が変わるので、毎年買って色が増えていくことが楽しみなのです。コカコーラよりもビニール袋が欲しくて買っていたようなものでした。
そしてもうひとつ、年をとったなと感じるのは、50代、60代の方がおっしゃることに共感するようになったことです。もちろん、20代、30代の人にいたずらに反発するということではありません。
「いろいろあるよね」
「本当ですね」
“いろいろある”というあいまいな表現に、若い頃ならば「いろいろってナンだ?」と感じていましたが、今はしみじみと共感できるのです。
20代の後半の頃、私はマッキンゼーの連載をしていました。そのときの書き手は、今は50代になっている方です。MBAをとったのが30代、積極的な方でした。当時の私は彼らの言っていることに一番共感がえられたものです。「あうんの呼吸での経営はやめろ」「ロジカルに話せ」「老害を排せ」など、いろいろ言うわけです。そのような言葉がもっとも私の心に響いたのです。
あれから20年近くの歳月が過ぎました。当時は受け入れられなかったものが受け入れられるようになり、私自身少しずつ変わっていきました。なかでも、大きく違うのは組織というものに対する理解の深さでしょう。組織のことを本当にわかるまでには、時間がかかります。
年をとったことを自覚するのは、共感できるもの、理解できるものに対する変化を感じたときなのでしょう。ここのところ、やっと組織が見えてきたという気がしています。組織についてのお話はまた後日お話します。(岩崎 卓也)
ひとつが幼い頃の夢をときどき見ることです。私が小学生のとき、日本は高度成長期時代でした。当時の夏は今よりももっと涼しかった。ペットボトルはまだ誕生しておらず、コカコーラはビン入りのものしか売っていませんでした。特製のビニールの袋に詰められた6本入りのコカコーラをよく買いました。飲み終わったあとは、ビニール袋を捨てずにプールの道具を入れるのです。その年によって、取っ手の色が変わるので、毎年買って色が増えていくことが楽しみなのです。コカコーラよりもビニール袋が欲しくて買っていたようなものでした。
そしてもうひとつ、年をとったなと感じるのは、50代、60代の方がおっしゃることに共感するようになったことです。もちろん、20代、30代の人にいたずらに反発するということではありません。
「いろいろあるよね」
「本当ですね」
“いろいろある”というあいまいな表現に、若い頃ならば「いろいろってナンだ?」と感じていましたが、今はしみじみと共感できるのです。
20代の後半の頃、私はマッキンゼーの連載をしていました。そのときの書き手は、今は50代になっている方です。MBAをとったのが30代、積極的な方でした。当時の私は彼らの言っていることに一番共感がえられたものです。「あうんの呼吸での経営はやめろ」「ロジカルに話せ」「老害を排せ」など、いろいろ言うわけです。そのような言葉がもっとも私の心に響いたのです。
あれから20年近くの歳月が過ぎました。当時は受け入れられなかったものが受け入れられるようになり、私自身少しずつ変わっていきました。なかでも、大きく違うのは組織というものに対する理解の深さでしょう。組織のことを本当にわかるまでには、時間がかかります。
年をとったことを自覚するのは、共感できるもの、理解できるものに対する変化を感じたときなのでしょう。ここのところ、やっと組織が見えてきたという気がしています。組織についてのお話はまた後日お話します。(岩崎 卓也)
2007/06/02
需要予測の誤りが宣伝文句になる出版業界
次月号の特集は「消費者心理とマーケティング」です。6月8日発売の予定となっています。
マーケティングの事例集には、世の中にあふれかえるヒット商品が登場します。執筆者は生み出したとされる人たちについて、どこが良かったのかを分析し語ります。が、売れた商品の中には、運が良かったから売れたものもあります。私は以前から、運よく宝くじに当たった人を褒めることはいかがなものかな、と思っていたのです。まじめに良い物をちゃんと計画して作り、お客さんに届けて、それに対して正しい評価が返ってくる。このような製品を継続して作っている会社が本当に強いのだと感じています。思わず売れてしまったというところには、マーケティングはありません。
話は変わりますが、出版業界は需要予測が誤ったことを胸を張って言う業界ともいえます。
書籍の広告文句には「たちまち重版!」などと書かれていることがあります。が、これはある意味、間違えただけの話です。刷り部数を。
もちろん、全部がそうだとはいえません。マスメディアや製品には、お客さんから好評をいただき、市場を広げていくことがあります。本とは吟味商品です。だんだんとクチコミで広がっていくことがあります。ですから、重版を広告のコピーにすることは間違っていません。とはいえ「たちまち」がついたときは明らかに需要予測を見誤ったと言って良いでしょう。
本の場合、ものすごく売れるといったことは一週間でわかるのです。弊社は木曜日に配本します。その段階で、わかります。都心の真ん中にある大型店で売れると、突然注文が入り、それで重版がかかります。以前、配本した翌日、広告も出していないのに、重版が決定したことがあります。
「はぁ? うれしいけれど、それって単純に需要予測を見誤っただけですね」
ある著者が私にこう言いました。
かように、出版業界にはマーケティングがないこともあるのです。(岩崎 卓也)
マーケティングの事例集には、世の中にあふれかえるヒット商品が登場します。執筆者は生み出したとされる人たちについて、どこが良かったのかを分析し語ります。が、売れた商品の中には、運が良かったから売れたものもあります。私は以前から、運よく宝くじに当たった人を褒めることはいかがなものかな、と思っていたのです。まじめに良い物をちゃんと計画して作り、お客さんに届けて、それに対して正しい評価が返ってくる。このような製品を継続して作っている会社が本当に強いのだと感じています。思わず売れてしまったというところには、マーケティングはありません。
話は変わりますが、出版業界は需要予測が誤ったことを胸を張って言う業界ともいえます。
書籍の広告文句には「たちまち重版!」などと書かれていることがあります。が、これはある意味、間違えただけの話です。刷り部数を。
もちろん、全部がそうだとはいえません。マスメディアや製品には、お客さんから好評をいただき、市場を広げていくことがあります。本とは吟味商品です。だんだんとクチコミで広がっていくことがあります。ですから、重版を広告のコピーにすることは間違っていません。とはいえ「たちまち」がついたときは明らかに需要予測を見誤ったと言って良いでしょう。
本の場合、ものすごく売れるといったことは一週間でわかるのです。弊社は木曜日に配本します。その段階で、わかります。都心の真ん中にある大型店で売れると、突然注文が入り、それで重版がかかります。以前、配本した翌日、広告も出していないのに、重版が決定したことがあります。
「はぁ? うれしいけれど、それって単純に需要予測を見誤っただけですね」
ある著者が私にこう言いました。
かように、出版業界にはマーケティングがないこともあるのです。(岩崎 卓也)
