2009/07/03

グロース、イノベーション、人材の問題

残念なことに、今後10年を考えると、明るい展望はあまり浮かんできません。エコポイントが奏功していますし、エコカー減税などの効果が表れ始めているとはいえ、10年後、日本のエコカーが市場で一位になり、そのおかげで日本が潤うとは言い切れないのが現状でしょう。たしかに、電気自動車は日本のすり合わせの製品開発力が強みとなるといわれています。また、日本は環境技術が優れているともいわれています。しかし、環境技術といっても、分野によっては模倣が難しくないものもあり、実用化の段階においてかつての経済成長を実現させるドライバーになるのかというと、いささか疑問が残ります。

前回のエントリーでは「先の質素な経済成長」について触れました。この数年で、日本人のマインドセットは変わったかもしれませんが、体質改善は充分ではありませんでした。結局、ボディブローでじわじわと倒れていくのではないかという気もします。このペシミスティックになりがちな状況下、特集を組み、今後さらに重要になってくるであろう問題は次の三つの項目であると思いました。一つはグロースの問題、二つめはイノベーションの問題、そして最後に人材に関する問題です。特集の冒頭の三論文、「不況期の成長戦略」「乱気流時代のイノベーション戦略」「不況期こそ人材獲得のチャンス」はこの三つの問題、グロース、イノベーション、人材の問題に対応しています。詳細は次回以降、お伝えしていきます。

景気が回復したとき、全て元通りになることはありえない。ということは、今のやり方を踏襲していてはうまくいかないことは明らかです。規模とか、ブランドとか、既存の業界トップの強みで押し切るようなやり方には限界があるといわざるを得ません。今後は競争の仕方、ビジネスのコスト構造などが変わっていくのだと思います。とすると、成長を考えていく上で、何をどのように変えていったらいいのか、この三つの論文は参考になると思います。

ところで、先日、トヨタ自動車の社長に就任した豊田章男氏の会見が行われました。そこでは、新たな方針が語られています。新聞の報道によると、「地域本位路線」「現地現物」など、各地の需要動向の変化を敏感に生産・販売に反映させるといったことが報道されています。たとえば、中国なら、中国に合った商品開発や仕様が必要だということです。ビジネスジャーナリストの方にとって、それぞれお考えがあると思いますが、私は豊田氏の発言は意味深長なのではないかと思っています。

これまで、トヨタは同じプラットフォームで規模の経済を働かせるという手法をとってきました。しかし、この手法では通用しない部分が出てきていると感じ、変えていこうとしているのか。それとも、プラットフォームは変えずに、上のほうだけ変えていこうとしているのでしょうか。それによって豊田章男氏の言葉の意味するところは大きく変わります。以前、トヨタはオプションを増やしすぎて、失敗をしたことがあります。お客様の言うことに全部対応するわけではないでしょう。でも、かつてフォードがとったTモデルのように一色しかないという、極端に選択肢のない方向に行くことではない。プラットフォームを変えるかどうかは雲泥の差です。いずれにしろ、競争の仕方やコスト構造の変化の兆しには違いありませんが、この社長の言葉の意味するところはどこにあるのか、非常に興味深いものがあります。(岩崎 卓也)

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2009年8月号の発売は7月10日です。
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2009/06/30

「何も学んでいない2年」になる時

次号(2009年8月号)では、不況にどう対応するかをテーマに特集を組みました。5月号でも、「不況期の戦略」として不況に関する特集を組んでいます。前回は不況期をどう克服すべきかということを中心に特集を組みました。今回は前回よりも、回復期に優位に立つため不況期に何を準備すべきかという点により焦点をあてています。

一部報道では、今回の不況は底を打ったと伝えられています。確かに、マクロ指標の多くは回復に向かっています。とはいえ、この下半期、景気後退以前の状況に戻るのかといえば、まずありえないでしょう。回復に向かう証拠がいくつか出てきたというだけであって、著しく変わるわけではないし、スタグフレーションの懸念さえもまったくないわけではありません。

先の経済成長期は、いざなぎ景気よりも長く続きました。しかし、賃金が抑え込まれたため、一般の人たちにとっては景気がいいという実感があまりありませんでした。可処分所得が増えたわけでもなく、バブルのときのようにみんなが踊ったわけでもなく、質素な経済成長だったといえます。他方、今の不況はかつてのオイルショックのような驚天動地、世の中を一変させるようなパニックは生じていません。オイルショックのときと比べると、危機を深刻に感じている人の数は少ないでしょう。しかしながら、事業の環境はとてもきびしい状況にあると思います。景気が上向きか、後退かにかかわらず、ここ何年か、現実と一般の人たちの感覚が乖離している部分があるといえます。

これは一部報道の偏りが輪をかけていることもあるでしょう。大スターの訃報を伝えることも大切ですし、芸能人が公園でどうしたといった報道も不要だとは言いません。でも、中には、どうでもよいことに対する報道にたくさんの時間が使われ、肝心なことを知る機会が少なくなっているようにも思います。たとえば、中国、インドが今後どうなっていくのでしょうか。景気回復期には世界の競争地図が大きく変わっていることでしょう。数年後今を振り返り、「日本はあの時、何をやっていたのか」と問われることになる可能性もあります。失われた10年どころか、今度は「何も学んでいなかった2年(あるいは3年)」などということになるのではないでしょうか。今、私たちは回復期に優位に立つため、何をすべきか考える時期にあります。

経営者はシビアにものごとをとらえていると思いますが、経営者だけが意識していてもどうにもなりません。オイルショックの頃の日本は、「世界第二位の経済大国になる」という目標がありました。組織の中にはもっと幸せになろう、物質的にも豊かになりたいという具体的な希望があって、みんなが一丸になれました。当時と今とではマクロの環境が違うので一概に比較はできませんが、今はみんながひとつになることが難しい時代になっています。今の状況において、経営者の危機感だけではこの不況を乗り切れない。このような状況下、どうしたらよいのか。今回の不況をくぐり抜けた後、自社、そして日本が優位に立つには、大きく3つの重要な事項があると私は感じています。この3つの事項につきましては次回解説します。(岩崎 卓也)

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2009年8月号の発売は7月10日です。
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2009/06/26

ゲーム理論を皮肉る

今号(2009年7月号)の論文、「ライバルの反撃を予測する法」は非常に面白いです。この論文はゲーム理論を皮肉っています。ゲーム理論では、ライバルはもっとも合理的な判断を下すという前提があります。自社の動きに対して、ライバルはどのように動くことが利得を大きくするのか、あるいはロスを最小にするのか、経済合理性の中でものごとを考えます。この前提の下、自社の動きに対する、ライバル会社の動きを予測し、さらにその裏をかくにはどうすればいいのかを考える。ゲーム理論ではこのようなプロセスがあります。

かつて、日本たばこは、日本でフィリップモリスが売り出されるとき、ゲーム理論を用いたといいます。この場合は一騎討ちですし、商品はたばこ一種、価格の幅も広くないので、ゲーム理論が成り立ったようです。今回紹介する論文には、マッキンゼーの調査結果が示されているのですが、実はライバルというのは、自分たちの動きに意外と鈍感だといいます。ゲーム理論のフレームワークには、相手が反撃してこないという選択肢はありません。自分たちはすごいことをしていると信じている人に対して、ライバルは脅威を感じるどころか、気にも留めていないこともあります。ゲーム理論は情報の非対称性は加味していませんので、現実世界では無用であるとこの論文はいいます。

たしかに、自分の周りをながめると、ライバルが反撃してこない場合がよくあります。たとえ、ライバルの動きに気づいても、気にも留めないことが少なくないです。正直なことを申し上げれば、「一橋ビジネスレビュー」が創刊されると耳にしたとき、申し訳ないのですが、私たちは何か対策を打たなければならないとは思いませんでした。

私は「一橋ビジネスレビュー」と争うのではなく、むしろ手を組むのが最良だと感じていました。真っ向から戦い、相手を倒すことだけがよいとは限りません。「戦わない」という選択がより多くのメリットをもたらすこともあります。私が第一に重要だと考えたのは、経営誌の市場を大きくしていくことです。それには、論文を読む習慣を一般化する必要があります。「DHBR」のみで、単独で進めるよりも、両誌で協力したほうが、目標達成がしやすくなります。両誌で力を合わせることで、皆様により多く論文を読んでいただくことが可能になるのです。しかし、実際はなかなかメリットを理解してもらえません。

現在、「DHBR」は号あたり数千万円の規模です。この小さなマーケットの3割を奪ったとしても、たかが知れています。しかも、「DHBR」では、相当の時間とコストをかけ、高いレベルの翻訳に仕上げています。書き下ろしも同様です。単に、英文を日本語に訳しっぱなしにしているわけではありません。クオリティの高いものを創ろうとしたら、小さなマーケットの一部を奪う程度では利益も大して出ないでしょう。

プロセスに対する理解がない、市場の大きさとかける投資の関係が見えていないというのが、フォロワーの戦略の失敗というか、伸び悩んでいる原因なのだと思います。小さな市場の中で、互いの利益を奪い合って一喜一憂するより、市場自体を大きくしていったほうが互いにとってメリットが大きいはずなのですが……。

それはそうと、論文に話を戻せば、ゲーム理論を用いて自己満足に終わるよりも、ムダをなくし、しかるべきところに投資したほうがよいのではないかという結論に達します。ゲーム理論はいくつかの選択肢を出してくれるので、何もしないよりかは利用したほうが選択肢に柔軟性が出てきますが、かならずしも万能ではない。そこにこの論文の面白さがあります。(岩崎 卓也)

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2009/06/23

人事制度に規模の経済を働かせるな

今号(2009年7月号)に、「自閉症のソフトウエア検査技師たち」という記事があります。こちらは社会起業家でもある、デンマークのソフトウエア・エンジニアのインタビューです。お話をしてくださったのはソフトウエア検査会社の代表者、ゾンネ氏という方です。この会社の特徴は従業員に自閉症の人が多いことにあります。2008年7月の時点で、従業員51人中、37人が自閉症だといいます。

会社を立ち上げる前のことになりますが、ゾンネ氏は自閉症の人たちには二種類の優れた特性があることに気づきました。一つは記憶力がいい、もう一つは細部を観察する優れた目があるということです。当時、ソフトウエアのエンジニアだったゾンネ氏はソフトウエアの品質管理に頭を悩ませていました。そのとき、自閉症の特性を見出し、ソフトウエアの品質管理上、非常に役に立つことに気づいたのです。

自閉症はチームで働くことが苦手で、ジェスチャーや相手の表情からコミュニケーションの合図を理解するといったことが苦手だといわれています。たしかに、その通りかもしれません。が、チームで働きにくい人は健常者にもいますし、自閉症が悪いというわけではないとゾンネ氏はインタビューの中で答えています。とはいえ、職場環境など、自閉症の特性に合わせなければならない部分はあるのも事実で、これらを乗り越え、環境を整えることでうまくいったということが語られています。

このインタビュー記事には、障害を抱えている人を支援し、活躍できるチャンスの場を提供したことが主に書かれています。きめの細かい、自閉症の特性に合った職場環境や企業内の仕組みがあったからうまくいったといえます。この記事とは少し離れた話題となりますが、結局は、「人事制度に規模の経済を働かせるな」ということにたどりつくと思います。人事部門はみんな同じ、一律の基準にしたがる。そこに限界があると思います。

本来なら、評価制度をはじめとする企業内の仕組みは細かく作りこんでいく必要があります。たとえば、「研究」について着目するなら、研究というものは実験やデータ解析を始めまわりのスタッフの協力があるからできる部分があります。たとえば、ノーベル賞は当人も含めたチームで受賞し、当人はチーム代表者として賞を受け取るべきだという考え方もあるくらいです。確かに、そうかもしれません。私の個人的な意見としては、大江健三郎の編集者もノーベル賞をもらってもよかったのではないかと思うときがあります。

それはそうと、一律管理から脱却するにはどうしたらよいでしょうか。たとえば社会貢献を第一に掲げていくなら、職場によっては今回の記事のように、障害者に合わせて、職場環境から人事制度まで組み立てる必要があります。私が思うに、職場によってはワーカーズ・コレクティブのように、みんなが成果をシェアすることが必要となるところもあるでしょう。労働時間ではなく、成果量でみんなの分け前を決めましょうという制度が合っている仕事もあるのです。しかし、現状の評価制度は一律のことが多い。ここに私は問題を感じます。

制度はそれぞれのビジネスの特性に合わせて構築するべきです。業種、職種、サイズによって細かく制度を作りこむ必要があります。一律管理のほうがラクだから、現場に委ねたら悪さをしそうだからといったことが現行制度をよいとする理由になっています。制度を変えるとなると、先日お伝えした感情タグが働き、尻込みしてしまうこともあるでしょう。既得権益をどうするのかという問題は簡単に解決しないと認識しています。さらには、第三者のチェックが必要だという議論もあると思います。結局は試行錯誤していかなければならいうえ、トライアンドエラーが必要なジャンルだといえます。

ドラッカーの晩年は、「NPOに学べ」という言葉で示される通り、NPOの研究に向かっていきます。その中で、志とか、やりがいの重要性について触れていきます。
ミッション、事業の目的はビジネスによって違います。金儲けだけが目的ではないでしょう。したがって、状況に合わせて一律から脱却することが必要なのだと私は思います。(岩崎 卓也)

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2009/06/19

アートと科学を組み合わせる

今号(2009年7月号)の特集は文字通り科学的思考について触れています。トヨタの生産方式のように、徹底した業務の標準化を進め、成果をあげているケースはよく知られています。その一方で、全ての面で科学的なプロセス管理が有効かというと、そうではないと感じられる方もいらっしゃるのではないでしょうか。仕事によっては、個人の判断にゆだねられた仕事や人間の手作業によるもの、匠の技などといった「アート」が求められる場面もあります。

ところで、今回の不況について、その原因をさまざまな人がいろんな角度から分析し述べています。その中には「科学しすぎた結果」だという人もいます。金融工学が浸透し、私たちは多くのメリットを享受しています。が、その数式モデルが想定している前提から、環境が外れる状況に陥ってしまったとき、時として「売られすぎ」といった場面が出てきます。私は「金融工学=悪」だと言いたいわけではありません。問題の根源には、「個人の判断にゆだねられた仕事」といった科学ではない領域の欠落があったと思います。科学偏重がもたらす影響は少なからずあると現在の金融工学を観察して思うときがあります。

今号に掲載した「アートすべき時、科学すべき時」は、アートと科学は相反するものではなく、むしろうまく組み合わせることで効率と効果を同時実現できるといっています。具体的な事例として、ピアノのスタインウェイ・アンド・サンズやホテルのザ・リッツ・カールトン、そのほかミニット・クリニック、マサチューセッツ総合病院(MGH)などをあげながら解説しています。

この論文を読んで、改めて感じたのは科学偏重の怖さです。科学は思考を停止させます。直観や経験則を否定する材料が科学にはある。ここが怖いのです。「データによれば……」と誰かが言った瞬間、直観は引っ込められてしまいます。『統計でウソをつく法』という本を読まれたことはありますか。統計データを巧みに利用することで、自分の意見を無理に通してしまう人がいるのも事実です。リーダーは誤った判断をしないためにも、統計データを扱うリテラシーを高める必要はあります。リーダーには、統計の素養がないと困るといわれているのは、このようなことを指しているのでしょう。だます人がいるから、だまされないために勉強したほうがいいというのも納得いきます。(岩崎 卓也)

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